第三章 ジェシーとサロン
放課後になりエイミーと共に教室を出て昇降口に行くと、そこにはジェシーちゃんの姿があった。
「あ、お姉ちゃん……」
お嬢様口調が抜け、少し暗めの面持ちで彼女は私に声を掛けてくる。この普通の女の子バージョンもこれはこれで可愛いな。
「どうしたの」
彼女の頭を撫でながら聞いてみる。
「いや、その……一緒に帰りたくて……」
私のワイシャツの裾を掴んで、ジェシーちゃんは上目遣いでそう言った。可愛い〜。なんだこれ、食べちゃいたいな。
「いいよ、でも今日はバイトだから途中までね」
「うん!」
ひょえ〜……笑った顔天使か?メスガキお嬢様バージョンの時は人を舐め腐ったような笑い方をする子だから不意を打たれた。私は両手で彼女の頭をワシワシとやってから、靴を履き替える。
「なんか可愛がり過ぎてない?」
その様子を見ていたエイミーは、私にそんな疑問をぶつけてくる。
「は?可愛いから仕方がなくない?」
「いや、まあ可愛いけどさ」
「突然こんな可愛い妹が出来てみてよ、絶対可愛くてしょうがないでしょ。なんかもうお小遣いとかあげたいもん」
「溺愛の極みじゃん」
私の言葉を聞いて、ジェシーちゃんはモジモジと照れながらも嬉しそうにはにかんでいる。
「じゃ、行こっか」
「ちょっとまった!」
ジェシーちゃんの手を掴んで歩き出そうとする私に、何故かエイミーがストップを掛けてくる。
「なに」
「ずるい!」
「は?」
何がだ?
「ずるい!あたしが手ぇつなごーとすると拒否るのに!なんでその子はオーケーなの⁈」
あ〜そういう話か。
「いや、妹だし」
「妹的な後輩でしょ⁈」
「まあそうだけど」
……あれか、嫉妬してるのかな。この手の事が原因であんまり自暴自棄になられても困るので、少しケアが必要かな。
私はエイミーの耳元に顔を近付けて、小声で彼女にこう囁く。
「裸見て貰うだけじゃ満足できないの……?」
「なっ……」
私の言葉に、赤面したエイミーは少し飛び退く。
「次はもっとすごい事してあげるから、今は我慢して」
「なっ……えっ……ちょ……」
凄い事とやらに想像を膨らませて、更に顔を赤くして薔薇の花のようになった彼女は、少し逡巡した後、コクリと頷いた。
まあ、ぶっちゃけ言ってる私本人、凄い事というのがなんなのか思い付いてもいないから、これから考えればいいかとか適当な事を考えているのだが。まぁ納得してくれたようだし良かった。
「ケーコちゃんずるいよぉ……」
「なにが?」
「なんでもない!」
ぷいとそっぽを向きながら、彼女は腕を組んで歩き出す。怒った顔も可愛いなこいつ。
私はジェシーちゃんの手から日傘を取り上げて、相合傘をしながらエイミーを追い掛ける。
「そういえばジェシーちゃん。お嬢様はどこ行っちゃったの」
なんの気無しに彼女にそう尋ねると、ジェシーちゃんは少し困った顔をし始めた。
「え?ええと……その、あれはなんていうか……デュエバやってる時のキャラ付けというか……」
「あー……」
なるほどね。まああれだ。内弁慶みたいなものか。
「そう……まあ、エイミーはその辺気にしない子だから、好きなように接してあげて」
「……うん、わかった」
なんだかよく分からないけど、エイミー……っていうか初対面の人の事を警戒しているようだし。あのキャラを被ってないと人見知りなんだろうか。
とりあえず打ち解けてくれればなんでもいいかな。
「ジェシーちゃん一年生だよね?何組?」
「B組です」
「じゃあ体育祭一緒じゃんね。楽しみ〜」
「は、はい」
砕けて喋るエイミーと、緊張混じりのジェシーちゃん。まあエイミーは子供と接するの上手いから大丈夫だろう。この子は子供じゃないんだけどね。
程なくして、サロンの辺りまで来るが……どうしようかな……。
「エイミー、今日は?」
「あ〜、顔出してこうかな」
「そう……。ねぇ、ジェシーちゃん」
「なに、お姉ちゃん」
声を掛けられて私を見上げる。この子もサロンに放り込んでもいいかも知れない。そっちの方が私としてもやり易いし。
「私のバイト先さあ、異常性癖者の集まりなんだよね」
「は?いじょ……なんて?」
突然私の口から飛び出して来た言葉に、彼女は分かりやすく首を傾げた。
「ちょ、ケーコちゃん……」
「大丈夫、この子もそうだから」
「えっ?」
私が軽はずみにサロンのことを話したと思ったのか、エイミーは制止しようとしていたが、更に重ねた私の言葉により一層驚いている様子だ。
ジェシーちゃんは匂いフェチだからな。
「そしてこのエイミーもそう、ちょっと人とは変わった性癖を持っている」
「異常性癖……」
ジェシーちゃんは、私の言葉を繰り返す。
「私のバイト先は、そういう人達の集まる社交場で、まあなんていうか……仲間で集まってお話しする程度の緩い場所なんだけど……良かったら一緒に来るかなあって」
「……危ないところ?」
「いや、危なくはないけど……いや……まあ怪しいよなあ……」
なんていうか秘密倶楽部感あるしなあ、金持ちが道楽でやっているような。よくよく考えてみれば場所も内装も怪しさ満点だ。最近は黒服のチンピラが入り口で控えてるし……。
「まあ、無理にとは言わないよ。単純に、ついでに来る?って感じで声掛けただけだから」
「……行く」
少し黙っていたジェシーちゃんは、そう言って強く頷いた。
「お姉ちゃんが普段何してるか知りたい」
「そっか」
私が彼女達の事を知りたいと思う様に、ジェシーちゃんも私の事を知りたいと言って来てくれる。嬉しい……のかな、よく分からない。よく分からないがとにかく大変可愛らしい。
私の腕に絡まってくる彼女の頭を撫でて、エイミーの方を見やる。
「てことで、行こうか」
「……ほんと、ケーコちゃんてイジョヘキの人たぶらかすの上手いよねえ」
「は?イジョヘキ?」
「いじょーせーへきしゃって長いじゃん」
「もうちょっと他に略し方あったでしょ」
いや、異常癖か……まあ意味は伝わるしどうでもいいか。ていうかたぶらかしてないし。紗奈さんみたいな事言わないで欲しかった。
くだらない会話をしながら、エドガワビルディングの前に到着。そして今日も今日とて、後ろで手を組み、足を肩幅程度に広げて直立しているのは……。
「お嬢!お勤めご苦労様です!」
何を隠そうチンピラマゾヒストこと慎也さんだった。そのまま四十五度の最敬礼をして、私に挨拶をする。
「ぴっ」
黒いスーツに身を包んだこの一見極道とも取れる男に対し、ジェシーちゃんは少し怖がってしまっている。
「なに私の妹怖がらせてんだ」
「ッ!ワォーンッ!」
例に漏れず、私は彼の股間に爪先蹴りをぶち込む。そして彼が犬になってからもう何度目になるのかも分からない遠吠えをしながら慎也さんは地に伏せた。
「えっ⁈お姉ちゃんなにしてんの⁈やばいよ!殺されちゃう!」
突然目の前のマゾ組若頭に金的蹴りを放った私に対してジェシーちゃんはもう半狂乱になって腕を引っ張り始める。
「大丈夫だよジェシーちゃん。これは私の犬だから」
「へ⁈犬⁈なに⁈どういうこと⁈」
「この人は桃瀬慎也。サロンのメンバーで、被虐性愛者……詰まるところマゾヒストだよ」
「え?……マゾヒスト?」
「ほら、喜んでるでしょ」
そう言って私が指刺した慎也さんは、這い蹲りながらも恍惚とした表情を浮かべている。
「訳あって私が躾けてるの」
「ええ……お姉ちゃん変な知り合いが多いって言ってたけど……こういうこと?」
「こういうこと」
すると、エイミーが呆れた様子で慎也さんを助け起こそうとする。
「相変わらずですね〜、シンヤさんだいじょぶそ?」
「お……おう」
エイミーが彼の腕を引っ張り、上体を起こさせようとするが……。
「なにエイミーに触ってんだ」
「ッ!ワォーンッ!」
本日二度目の蹴りと共に、この路地裏に成人男性の鳴き声が木霊する。
「ちょっとケーコちゃん、あたしから触ったんだよ?」
「関係ない、エイミーに近付くなって何度言っても覚えない慎也さんが悪い」
「わぁお……もうすっかり女王様じゃんね?」
「別に違うけど」
もうエイミーはこの人がやらかした件もどうでもいいと思っているようで、普通に接しているが私が許さない。ていうか、私が二十歳になるまで許さないって話でこうして彼を蹴り続けているのだ。これは良いとか悪いとかじゃなくて、私達なりのコミュニケーションなのだ。
「ほら、行くよ二人とも……慎也さんも、そのままだと怪しまれるので早く入って下さい」
「うす、男磨かせて貰いやす」
私が声を掛けると直様起き上がり、頭を垂れる慎也さん。いや、こんなので男磨けないでしょうよ。
薄暗い廊下から、地下へと続く階段を降りて、私は入り口横のインタフォンを鳴らす。すると、普段は直ぐに嘉靖さんが出てくるのだが、今日はインタフォン越しに返事をして来た。
『嘉靖です。……恵子様、そちらのお嬢様は……』
ああ、一応初顔だから確認を取っているのか。時々忘れそうになるけど一応ここ違法倶楽部だしね。
「私の妹的な後輩です。異常性癖者なんで連れて来ました」
「なんかその紹介複雑なんだけど……」
「でもそうでしょ?」
「そうなんだけど……」
少し不服そうな顔をするジェシーちゃん。頬を膨らませても可愛いな。写真撮りたい。
『……かしこまりました。暫しお待ちを』
スピーカーからの音が途絶え、程なくして扉から鍵を開く音がする。
「いらっしゃいませ、お客様。そしてお帰りなさいませ、恵子様、エイミー様、……桃瀬」
扉を開き、見事なカーテシーで以て私達を出迎える嘉靖さん。どうやらまだ慎也さんの事を怒っているようだ。彼が誰かを呼び捨てにするなんて普通はないからな。
「私、当サロンのメイドを務めております……嘉靖と申します」
ジェシーちゃんに向き直り、再度お辞儀をする嘉靖さん。対して、驚愕の色をそのちっちゃな顔に浮かべているジェシーちゃん。まぁ、初めて見た時はビックリするよね。
が、しかし。ここで何故がジェシーちゃんは半歩後ろに下がると、嘉靖さんに負けず劣らずの見事なカーテシーを見せた。
「わたくし……恵子お姉様の妹のジェシーと申しますわ……この辺りでは【絶望の魔の手】と呼ばれていますの」
「えっ?どしたんジェシーちゃん。だいじょぶそ?」
突然お嬢様キャラが復活し、おまけにワングーでの通り名(誰も絶望の魔の手とは読んでいない)で名乗り返すジェシーちゃんに、エイミーが困惑している。
なんだろう、こんな綺麗なメイドさんを見てテンションが上がっちゃったのかな。
「このガキなに言ってんだ?」
慎也さんも困惑気味だ。
「ジェシー様ですね、どうぞ中へ」
しかし、流石の嘉靖さんだ。全く意に介した様子も見せずに、彼女を中へと案内する。
「ジェシーちゃん急にどうしたの。お嬢様に戻っちゃったけど」
流石に疑問に思った私が彼女に尋ねてみる。
「いえ、こんな美人なメイドさんが居るなんて思いもよりませんでしたわ……完璧な立ち振る舞いに感動したので、わたくしも自分が誇れる自分として接しなくてはと思い、つい……」
私の予想が当たっていた。単純にテンション上がっちゃっただけのようだ。
「ええと、ジェシーちゃんはデュエリストなので、ワングーにいる時はこんな感じで喋る」
「ん〜、どゆことかさっぱりだけど、可愛いからおっけ〜」
「デュエリストっすか。お嬢もなんかやるんで?」
「デュエバ」
「あ〜、俺も昔やりましたねぇ」
そんな会話をしながら、私達は嘉靖さんが開いてくれた最奥の扉を潜る。
いつ用意したのか、部屋には既に人数分の通常の椅子とサイドテーブルが並べられていた。インタフォンで話してから嘉靖さんが出てくるまで殆ど間がなかったが……流石だな。
部屋の中央に円を描くように並べられた四つの椅子。一つだけ豪奢な装飾が施された一際大きな椅子は、扉から見て正面に設置されている。
「こんにちは、小さなお嬢さん」
「え?」
突然発せられた何者かの声に、キョロキョロと辺りを見渡すジェシーちゃん。
私は彼女から手を離し、真っ直ぐに彼の元に歩み寄り、そして腰掛ける。
「随分とまた可愛らしい客人を連れて来たね」
「この子はジェシーちゃんです。私も大変可愛いと思っています」
「……ははは、君のその様子から察するにかなり気に入っているようだね」
私の態度が少し可笑しかったのか、椅子の彼はクスクスと笑い出す。
「おっと失礼。ジェシー嬢。ようこそ……『異常性癖サロン 人間椅子倶楽部』へ」
「えっと……あの、お姉様。この殿方の声はどちらから」
困惑気味のジェシーちゃんに、私は肘掛けをポンと手で叩いて示して見せる。
「ここの中」
「はい?」
「椅子の中だよ」
「はい?」
まぁそりゃそうだよね。訳わかんないよね。私だって最初はずっと首傾げてた気がするし。
「この人はこのサロンのオーナーで、椅子の中に入って私のような美少女に座ってもらう事で性的興奮を覚える異常性癖者なの」
「……ケーコちゃんって自信満々ですよね……」
「……おう、そこがお嬢のすげぇところだぜ……」
説明を始める私に対し、エイミーと慎也さんが小声で話しているが、聞こえているぞ。ていうか近付くんじゃないよ。
「そして、私のアルバイトはこの彼に座る事。今年の春から始めた」
「そ、そうだったんですのね……」
突飛な話に少し面食らっていたが、彼女は椅子の彼に対しても美しいカーテシーで挨拶をする。
「ジェシーと申します。恵子お姉様の妹にして、巷では【絶望の魔の手】の異名で恐れ慄かれておりますわ」
いや、異名ってあんまり自分で言うものじゃなくない?
「……絶望の魔の……む?……ふむ、礼儀正しいお嬢さんだね。好感が持てるよ」
あ、流したな。椅子の彼は少し疑問に思ったようだがそのまま会話を続ける。
「さあ、皆掛けてくれたまえ。……ジェシー嬢もお好きな席に……と言っても、私の上は恵子君専用なんだがね、ははは」
「は、はい」
「今日も暑かったらしいからね、嘉靖ティータイムの用意を」
暑かったらしい……という言葉から察するに、ここ数日この人はサロンから出ていないようだ。どうやらこの建物、私の知らないところに寝泊まりする場所があるようで、彼は長い時は一週間程ここで生活しているらしかった。
命令を受けた嘉靖さんだが、いつの間に別室に行って、いつの間に用意して戻って来たのか、既にサービングカートにお茶や菓子の類を乗せて運んできていた。
「コーヒーか紅茶を選べますが」
「じゃあコーヒーで」
「あたし紅茶!」
「おれぁコーヒー」
「……わたくしもコーヒーを……」
嘉靖さんはそれぞれのサイドテーブルにテキパキと配膳する。
私には砂糖もミルクもなし、エイミーと慎也さんは砂糖とミルクたっぷりと好みも全て熟知している。本当この人出来た人だなあ。一家に一人は欲しいところだ。
「ジェシー様、お砂糖とミルクは……」
「……い、いえ、大丈夫ですわ」
嘉靖さんの問い掛けに断りを入れるジェシーちゃんだが……背伸びして無理してるだろ。この子アイスとか大好きだし、ワングーでよく飲んでたものといえば表の自販機にあるメロンソーダだったし。苦いの飲めない食べれないって感じじゃなかったか?
「……かしこまりました」
しかし流石の嘉靖さん、私達に背中を向け、その体で隠しながら(私の位置からは見えた)コーヒーを透けていないステンレスのグラスに注いだ後、恐るべき速さで砂糖をスプーン三杯分と、適量のミルクを放り込んだ。普段はアイスで出す時はガラスのコップを使用しているのだが、今日は全員ステンレスグラスにする事で、「一人だけステンレス?」と違和感を感じさせない配慮も欠かせない。
一瞬ジェシーちゃんを心配する私の表情も伺っていたとは言え、見抜くのが早過ぎるだろ。
恐らく水出しと思われるマイルドな味わいのコーヒーで喉を潤すと、椅子の中の彼が口を開いた。
「さて、ジェシー嬢。ここは異常性癖サロンだ。無理にとは言わないが、自身の性癖を話してくれると嬉しいね」
「え、あ、はい」
急に話を振られたので慌てるジェシーちゃん。可愛いなあ。
「わたくしはその……所謂匂いフェチというやつでして……良い香り、特に人の体臭でその……ええと、……体臭が好きと言いますか……」
少し言葉を選んだ彼女は、おずおずと話し始める。
「ふむ、【Olfactophilia】……体臭性愛者というわけか。なるほど」
興味深そうな声で、彼はポツリと呟いた。
「匂いと言うものは五感の中でも重要なものだ。味覚にも大きな影響を与えているしね」
「ええ、そうですわね」
「何か好きな匂いとかがあるのかい?」
「はい。とりわけ、お姉様の匂いが一番ヤバいですわ」
「言い方気を付けて」
ふんふんと鼻息を荒くさせながらそう語るジェシーちゃんに私はツッコミを入れる。
「なるほど、恵子君の香りがお気に入りという訳だね?ジェシー嬢」
「はい、それはもう!嗅いだだけでぶっ飛びますわ!」
「表現の仕方気を付けて」
ヤバい薬じゃないんだからさ。
「確かに、恵子君の香りはとても良いものだね……例えるなら……そう、夜露に濡れる黒百合の様な……仄かだが、それでいてなんとも芳しい」
「分かりますわぁ〜……嗅いだ瞬間に、大脳辺縁系と視床下部がガツンとブン殴られて、強制的にホルモンバランスや免疫機能が整えられていくのを感じる……正に至高のフレングランス……はあ……♡」
片や詩的に、片や人体学的に私の匂いを表現する二人。なんかそれぞれうっとりとしている様だが、ちょっとやめて欲しかった。
「へぇあんま気にした事ないや、嗅がせて?」
エイミーがそんな事を言いながら椅子から降りて私の方へと近付いてくる。
「ちょっとやめてよ、恥ずかしいんだから」
「えー?でもジェシーちゃんには嗅がせてるんでしょ?」
「あれはほら、そういう子だし」
「いいじゃんいいじゃん」
「ええ……まぁ別に良いけどさ」
私の許しが降りると、遠慮なく首元の辺りに顔を近付けるエイミー。ったく、こいつ本当に顔が良いな。おまけに香水のいい匂いがしやがる。
「……うん、確かに良い匂いだけどあんま香ってこないや……てかケーコちゃん香水付けてない感じ?」
「付けてない感じ」
「そっか、じゃあ今度選びいこーよ」
「それはなりませんわッ!」
とここで、突如立ち上がり声を張り上げるジェシーちゃん。なんだなんだ。
「お姉様の匂いはこれで完成されているのですッ!それに上から匂いをぶっかけるとは言語道断ッ!」
「ええ〜?」
先程とは違う雰囲気で鼻息を荒くするジェシーちゃんにエイミーは困った顔を浮かべている。
「また変なのが来たもんだなあ。ふっ……おもしれー女」
そんな様子を眺める慎也さんは、咥え煙草でそんな台詞を放つ。なんだお前は、少女漫画の俺様系イケメンか。
まあ、なんかエイミーとも砕けて話せる様になって良かった。
こうしてジェシーちゃんがサロンのメンバーに加わり、私の周りはより一層騒がしくなって来た。
人間椅子、女装メイド、露出女子高生、アニマルセ⚫︎クス博士、チンピラマゾヒスト、すいません大将、メスガキ匂いフェチ。錚々たる顔ぶれだ。
……賑やかになって来たのはいいのだが、私はここ最近、ふと思い出す事がある。
この騒がしさに対して、私のスマートフォンのベルは、沈黙したままだ。夏休みの終わり掛けに、たまたま私に電話を掛けて来たあの異常性癖者は、今どうしているのだろうか?
今日も、したくもない勉強を強いられて、半ば家に閉じ込められる様に、部屋の窓から月夜を見上げるのだろうか。