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第三章 ジェシーとエイミー

 翌日私は今日もこの暑さの中、登校する為に家を出たのだが、あまりの熱気に頭がやられそうになっている。

 体育祭がもう五日後くらいに迫っているのだが、このまま暑さが引かない内にそんな行事に勤しんでいたら倒れてしまいそうだ。

 ふと前方を見やると、日傘を刺した同じ高校の女子生徒の姿が見える。

 あ〜……日傘かあ。なるほど、その手があったか。そんなもの刺したところで大して変わらないと思っていた時期が私にもあったが、あるのとないのとでは結構違うんだよな。夏休み中ジェシーちゃんと出歩く時は、私も中に入れてもらって相合傘をしていたので、その違いを体感した私は少しだけ感動を覚えたものである。

 ……ていうかあれ、ジェシーちゃんじゃないか?

 黒を基調として赤いフリルとリボンであしらった日傘と、透けるように白い後ろ髪と小さな背中……うん、あれジェシーちゃんだ。本当に同じ学校だったんだなあ。

 私は彼女の方に早歩きで近付いて、強引にその傘の中へと身を寄せる。

 「入れて」

 「きゃっ」

 突然の事に驚いた彼女は身を退け反らせるが、私の顔を見てその紅い目を輝かせた。

 「お姉様!」

 「おはよう、ジェシーちゃん」

 ジェシーちゃんと私では身長差があるので、彼女から日傘を取り上げて私が刺す。

 「まあ、本当に通学路で会えるなんて。わたくし嬉しいですわ」

 「そっか」

 いやあ、やっぱり日傘があると体感温度がグッと下がるな。いかにこの黒髪が太陽の光を熱として溜め込んでいるかが良くわかる。

 そんな私に対して、彼女は嬉しそうに私の腕に絡み付いて来た。

 「ちょっと、暑いんだけど」

 「いいではありませんか、わたくしお姉様と一緒に居られて嬉しいのです」

 「え〜」

 私も嬉しいけど流石に暑さが勝つだろ。

 「……ご迷惑でしたか?」

 うおっ……なんだこれ可愛いなあ。

 うるうると瞳を滲ませて、上目遣いで私にそう尋ねる彼女……いや、私の妹はこの暑さも相まって卒倒しそうになるくらい可愛らしい。法が許すならこのままほっぺにチューしてるところだぞ。私が理性のある人間で良かったな。

 「まあ、いいけど」

 「えへ♡チョロチョロですわ♡」

 「あ?今なんて?」

 「いえ?何も」

 なんだ、今「チョロい」的な事を言われたかと思ったが気のせいだったか。

 「〜♪」

 私に会えてご機嫌なジェシーちゃんは、鼻歌混じりに歩き始める。そしてついでに私の匂いも嗅いでいるんだろう。

 「ふふっ……くっさくっさぁ♡お姉様マジで汗くさい♡」

 「ねぇ傷付くんだけど」

 前にも言ったけどその表現なんとかならないのか。

 「褒めてるんですのよ?くっさあ♡は最高の褒め言葉ですわ」

 それ本当になんなんだよ。

 「まあいいけどさあ。往来で腰振らないでよ?」

 「はぁい♡」

 ま、可愛いから良いか。許してやろう。……え、てか本当に可愛いな。なんだこれ、妖精さんか?アルビノという体質故か、夏服の上から黒の薄手のサマーカーディガンを羽織っているのだが……制服というのも新鮮で良いな。ていうか本当にちっこくて可愛い。どうなってんだこれ。本当に高校生?どう考えても小六か中一だろう。……こんなに小さくて可愛かったら悪漢に襲われるやもしれない……よく今まで無事だったなこの子。私が慎也さんくらいムキムキの男だったら絶対道端で抱き付いてるぞこれ。……うん私が守ってやらねば。

 「ジェシーちゃん」

 「はい?」

 「何かあったらお姉ちゃんにすぐに言いなさいね」

 「へ?はあ……わかりましたわ?」

 私の言葉を受けて、コテンと首を傾げるジェシーちゃん。ギザカワユスなあ……おっと、肉球豚ラーメンさんの口調が感染ってしまった。

 暫く歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。

 「お〜いケーコちゃんおは……」

 エイミーだった。この暑さでもいつも通り元気な様子で手を振って駆け寄って来たが、空気の抜けて萎んでいく風船のようにどんどんとそのトーンを下げていく。

 「おはようエイミー」

 「ああ、おはよ……その子誰?」

 ん?……ああ、そういえばこの子達知り合いじゃないんだった。

 「えっと……こちらジェシーちゃん。私の妹」

 「えっ⁈いもーと⁈」

 ジェシーちゃんを紹介して上げると、エイミーが素っ頓狂な声を上げた。

 「あ、血は繋がってないから」

 「え⁈あー……複雑なかんじ?」

 「あーいや、妹分的な感じ。家族じゃないよ」

 「なんだビビったー」

 肩を落としてホッとしたエイミー。すると、何故かジェシーちゃんが私の腕に絡み付く力を強めた。ん?なんだろう。

 「えっと、こっちはエイミー。クラスメイトで友達のギャル」

 「ギャルじゃないけどよろしく〜」

 「……よろしくお願いします」

 あれ?なんだろう。にこやかに挨拶をするエイミーに対して、ジェシーちゃんは何か警戒する兎の様な態度で構えている。口調もお嬢様じゃなくなってるし。

 「えっと、ジェシーちゃんハーフ?あたしもハーフなんだ〜おそろっちじゃんね?」

 「……日本人です」

 「え⁈ああ、そなんだ……」

 おいどうしたジェシーちゃん。いつものお嬢様ような態度が抜け切ってただの暗めの小学生みたいになってるぞ。エイミーもどうしたらいいか分かんなくなってるし

 「えと、ケーコちゃんどうやってこの子と知り合ったん?」

 「ああ、夏休みにワングーでたまたま」

 「ワングー?」

 「は?ワングー知らないの?大丈夫?」

 「え?だいじょぶだけど……まじでどこそれ」

 そうか、今をときめくJKギャルのエイミーはゲーム屋さんとか行かないし、わざわざこの大サブスクオンデマンド時代にDVDも CDも借りに行かないのだ。

 「あそこだよ、TATSUYAの横」

 「あ〜、そういやあったねそんなん。てか、ケーコちゃんゲームとかやるん?」

 「まあ、TCGを少々」

 「は?東京ガールズコレクション?」

 「それTGCね」

 自分で言ってて気が付かないかね。

 「カードゲームの事」

 「あ〜、弟が小学生の頃やってたな〜」

 弟がいたのかエイミー。そういえば前にエイミーのお母さんがジョージとかいう名前を口走っていたな。その人がそうか。

 「……では、私は教室に行くので失礼します」

 学校に辿り着き、校門を潜って昇降口付近まで黙っていたジェシーちゃんが口を開いた。

 この子……学校ではこんな感じなのかな。

 「うん、またね」

 彼女の頭を撫でてやると、少し嬉しそうな顔をしてパタパタと一年の教室に向かって駆けて行った。

 「……ケーコちゃんが友達作るなんて珍しいね」

 「ん?……ああ、まぁなんか流れでね」

 「あの子も変な子なの?」

 ローファーを上履きに履き替えながら、エイミーがそんな事を尋ねて来る。なんだその聞き方は、まるで私が変な人じゃないと友達になれないみたいじゃないか。

 「まあ、変な子だね。良い子だけど」

 「ふーん、そっか」

 私も上履きへと履き替えて、二年生の教室へと向かおうとする。

 すると、背後から声が掛かった。

 「おはよう、篠嵜さん」

 振り返るとそこには掛川君が居た。今登校して来たのだろう。

 「おはよう、掛川君」

 「その、今日は一緒に帰れますか?」

 彼はやや照れくさそうに頬を指で掻きながらそう尋ねて来た。

 「すいません。今日はバイトがあるので……」

 「そうですか、じゃあまた誘いますね」

 そう言って彼は「ではまた」と言い残して我々を追い越して教室へと向かっていった。

 私達も行くか。

 「なにいまの」

 隣で今の会話を見ていたエイミーが、目を丸くして私にそう言った。

 「何って、掛川君。生徒会長なんだっけ?」

 エイミーが言ってたんじゃないか。

 「いや、そうじゃなくて……絡みあったっけ?ていうかなんか、その……」

 「ああ、なんか告られたから付き合う事になった」

 「ふぇあッ⁈⁈⁈」

 うわうるさっ。

 突然素っ頓狂な声を上げるエイミーが、万歳をするようなポーズで飛び上がって驚愕の色をその顔に浮かべる。動きも声もやかましいなこの子は。

 「なに、うるさいんだけど」

 「ちょ!え?まってまってまって!なに⁈どゆこと?なんなの⁈」

 歩き出す私にやや遅れて着いて行きながら、エイミーは早口で捲し立てる。

 「いや、だから言葉の通りだけど」

 「付き合った⁈カケカワ君と⁈カレカノ⁈カレカノって事⁈」

 「そうなるね」

 「なんで⁈何急に⁈あたしの事は遊びだったん⁈」

 なんだその言い方は。まるで私がエイミーを口説いてたみたいじゃないか。

 「遊びってなんだよ……別に、なんとなく興味があったから付き合ってみてるだけ。そういう点で見ればこっちの方が遊びみたいな感じになっちゃうけど」

 彼には大変失礼だが、まぁそこは承諾してもらってるしなあ。

 「ええ……?告られたからとりあえず付き合ってみっかー……ってこと?なにその普通のJKムーブ……ケーコちゃんがおかしくなった……」

 「いや、普通の女子高生なんだけど」

 私達の教室に辿り着き、引き戸を開けて中に入り、それぞれ席に着く。

 「ええ……ケーコちゃんがカレシ……ええ……?なんか複雑ぅ」

 どういう感情なんだそれは。さっきから何を騒ぎ立てているというのか。誰や彼やが付き合った別れたはアンタら普通の高校生だったら掃いて捨てる程ある事柄だろうに。

 「それで……どうなん、付き合ってみて」

 机に伏せるような体勢で、顔だけこちらに向けて来たエイミー。

 「いや、まだよく分かんない。彼がなんで私のこと好きなのかも知らないし、彼の人となりもまだなんとも」

 「まぁ、ケーコちゃん激マブだからなあ……シンプルに顔じゃね?」

 「まあそうかもね」

 この子時々古い言葉使うよな。

 「とりあえず、なんかあったらあたしに報告してね」

 「なんでだよ」

 ガバッと体を起こした彼女は、指を立ててそんな事を言い放ってくる。

 「ほら、男はオオカミだってパパが言ってたし!なんかあったら危ないよ」

 オオカミねえ……まぁ確かにブレイデンさん自身プレイボーイ的な感じだからなあ。

 「まあその時はその時でしょ」

 「そんな簡単にヤっていい訳なくない?」

 「別に、経験出来る時に済ませといた方がいいんじゃない?」

 「軽っ!ケーコちゃん軽過ぎ!尻軽ムーブじゃんそれは!」

 「そうかな、よく分からない。別にみんなやってる事でしょ?大した話じゃ無いと思うけど」

 「ええ〜……もうなんなのぉ……」

 私の態度にゲンナリとした様子を見せるエイミー。まあ、この子も抱えているものがものだけに、その手の経験は私同様無い筈だし。一応私の心配をしてくれている雰囲気があるのは分かるから、邪険にするのは失礼か。

 「まあ、なんかあったら相談させて貰うよ」

 「ん……頼むよマジで。ケーコちゃん「え?処女なら昨日その辺で捨てて来たけど?」とかサラッと言い出しそうだし……」

 まあ、行きずりの人とするのは私だって抵抗があるっていうか普通に嫌だけどね?言ってしまえば椅子の彼に座っている事も、慎也さんの金玉蹴っ飛ばす事も、大将の前で大飯食らう事も、エイミーの裸を見る事も、ジェシーちゃんに匂いを嗅がせる事も所謂性交渉だ。単純にやり方が一般のそれとは違うだけで、同意の上でそういう行為に及んでるという意味合いでは今時おかしい事でも無いんじゃなかろうか。

 物理的な意味では私は処女なのだけど、精神的な部分では私はそれなりに経験豊富なのかも知れない。

 創作物や、ネットを見る限り、ただヤりたいだけの人間なんてごまんといる。そういう人の事をヤリチンヤリマンと揶揄する事があるけれど、人間として別に間違ってはいないように思う。我々には性欲があって、それを発散する手段として性行為を用いているだけの事だ。勿論配偶者やパートナーが居て、別の人とそういう行為に及ぶのは些か問題があるけれど。

 私の場合は、ただ知りたいだけなのだ。大袈裟に言って仕舞えば、「笑って死ぬ為」。今際の際に脳裏を過ぎるかも知れない後悔の数を減らそうとしているだけだ。

 だから私は掛川君とお付き合いをしている。ただそれだけに過ぎない。その流れで彼とそういう事をするかも知れないが、それもまあ確認作業の一環だ。

 こんな私は尻軽だろうか。もしかしたらそうなのかも知れないけれど、ただ知らないまま何やら言葉を並べ立てて生きているよりは、知った上で考えて、生きていたいだけなのだ。

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