第一章 発見!露出女子高生
それから半月程の時が過ぎた。
週四日のアルバイトは変わらず続けている。
椅子の中の彼は、私に座られる事で興奮し、時折射精しているようだった。
退屈凌ぎに良く会話もするが、彼は異常性癖の事等はよく話してくれるけれど、彼自身の名前やどのような職に就いているのかというような事は語ってはくれなかった。
特にこちらから聞いた訳ではないというのもあるし、私自身そこはあまり重要ではないかと思ったということもあるのだけれど。
何はともあれ私の生活には一つの彩りが生まれた。
訳の分からぬアルバイトで、訳の分からぬ雇い主から、訳の分からぬ話を聞いて、訳の分からぬ額面の給料を貰う。普通の女子高生では有り得ない生活……援助交際とかやっていたら話は別か……。
そんなくだらない事を考えながら授業を聞き流し、放課後を待つ毎日だ。
基本的に私は、昼休みなどは人気の無い場所を探して昼食を取り、読書に耽るのが常である。
今日も例に漏れず、まず誰も立ち寄らない旧校舎へと向かう。
我が校は割と最近校舎を建て替えたらしいのだが(詳しい時期は知らない)、その時に物置として旧校舎の一部を残したのだそうだ。
旧校舎の名の通り、壁全体が古ぼけておりなんとも不気味だ。埃や虫の心配もある為殆どの人間はまず近付かない。
一年時の私は、一度だけこの旧校舎への荷物運びの役目を担任に命ぜられ、中に立ち入った事がある。その時にある一部屋の窓の鍵を開けておいたのだ。以降昼休みはそこに籠る事にしている。
私は旧校舎一階の美術準備室だったと思われる教室の窓へと辿り着く。周囲を確認した後、空けておいた窓から中へと入り、いつも通り侵入に成功した。
とりあえず私が寛ぐスペースは確保しようと、この部屋の半分程度は掃除してあるので気兼ねなく木製の椅子へと腰掛ける。
行き掛けにコンビニで購入したサンドイッチを自販機で買った缶コーヒーで流し込みながら、私はブレザーのポケットに入れていた小説に目を通す。
昨日、椅子の中の彼から借りたものだ。『屋根裏の散歩者』という表題らしい。作者はまたもや江戸川乱歩だ。
ページの端に手を添え、ゆっくりと捲り、文字からその場面を想像し、屋根裏へと思いを馳せている時であった。
「……?」
音がしたような、そんな気がしたのだ。
本の内容が内容だっただけに、一度真上を見上げるが直ぐに目線を戻す。
風か何かだろう。そう思った時、やはり廊下の方から何者かの足音がする事を確信した。
「……」
誰だろうか……まぁ十中八九教師が物を置きに来たか、またはその逆だろう。
逃げるか……いや、今窓を開けるなどして物音を立ててバレるという可能性を考えると、得策では無いな……とりあえずは隠れるか。
サンドイッチのゴミを丸めてポケットへと捩じ込み、飲み掛けのコーヒーと文庫本をデッサン用の石膏像の裏へと隠す。私は大きめのカンバスの後ろに隠れて息を潜めた。
「……」
妙だな……。
身を隠してから約五分間、足音を聞く限りこの人物は何故か廊下をグルグルと歩き回っているだけのようだ。
底が抜け落ちる程では無いが、木造校舎の廊下は歩くと軋んで大きく音を鳴らすのだ。
ふとその時私は、屋根裏の散歩者が頭の中に浮かんだ。
なんとなく、この奇怪な行動を取る人物を除き見てやろうと思ったのだ。
この旧校舎にある教室は、上の方にガラス窓の格子があり、廊下を見渡せるようになっているのだ。
ここは屋根裏でもないし、郷田三郎気取りじゃないが何となくこの謎の人物を側から見てやる事にした私は、カンバスを乾かしておく為の棚に足を掛け、音を立てないようゆっくりと登る。
落ちないようバランスを取りながら、ガラス窓からソロリと廊下の様子を覗き見る。
「は?」
目に飛び込んできたのは、一人の女性の姿であった。
ウェーブがかった異国を思わせる赤毛と、電気石を嵌め込んだような碧い瞳。雪のように白い肌と、しなやかに伸びる四肢はまるで西洋人形のようで、その美しさに一瞬息をするのも忘れていた。
決して大き過ぎず小さ過ぎない乳房と、桜の花弁のような淡い色をした乳輪が彼女の足の運びと共に僅かに揺れ遊ぶ。私の前を通り過ぎて飛び込んで来るもぎたての桃のような尻は、もはや芸術的ですらあった。
まるで彼女の裸でも見ているようではないか?と思われたかも知れないが、何を隠そう彼女は今正に【裸】なのである。
裸なのである。
大事な事なので二回言ってしまったが、今廊下を歩いているこの美しい女性は何故か紺色の靴下と、ローファー以外を何一つ身に付けていないのだ。
何故裸でこんな所を歩いているのか。
その疑問と共に、この間椅子の中の彼から聞いた言葉が私の脳裏を過ぎった。
『露出性愛』
【Exhibitionism】と呼ばれ、彼曰く割とポピュラーな異常性癖の一つなのだとか。
自らの裸体や恥部を往来で晒したり、第三者に見せ付ける事で興奮を覚える性癖らしい。
その事を念頭に置いて見ると、成る程彼女の顔は興奮の色と笑顔を浮かべているように見える。
白い肌に朱が刺し、早歩きをしている訳でもないのに肩で息をする様は、明らかにこの行動によって性的興奮を覚えているように思う。
女性の私ですら目が離せなくなるようなその扇状的な姿に、思わず生唾を呑み込んでしまった。
そんな彼女の痴態に釘付けになっていると、予鈴が新校舎の方から響き渡った。
彼女はビクリと肩を震わせ立ち止まると、弾かれたように廊下を走り去ってしまった。
「……」
私はヨロヨロと棚から降りて、思わずその場にヘタリ込んでしまう。
とんでもないものを目撃してしまったと衝撃を受けたのだ。
そして同時に彼女に対して申し訳なさを感じてしまった。
きっと彼女は、見られたいという思いと、見られては困るという思いに折り合いを付けて、このような行為に及んでいたのではないだろうか。
私はそんな彼女の行為を意図せず盗み見てしまったのだ。
とりあえず、教室に戻ろう。この事は誰にも話さず、旧校舎に立ち入るのも今後は控えた方がいいだろう。
あの場所は割と気に入っていたのだが、こうなってしまっては仕方がないではありますまいか。
そう自分に言い聞かせ、急足でスチール缶を回収して、教室へと戻った。
しかし、衝撃はそれだけでは終わらなかったのだ。
教室へと戻り自分の席に付いた後、何の気無しに横を向いた時だった。
あの裸の女性が、私と同じブレザーを身に付けて座っていたのだ。
同じクラス……それも隣の席だったのか……。
私は他人に興味が無かった為、まだクラスメイトの顔と名前も誰も覚えていなかったのだ。
私は目付きが鋭いから、睨んでいると勘違いされてる事を防ぐ為に人の顔を見ないようにしていた事が仇となった。
いや、別に仇でもなんでもないが、とにかく僅かに驚愕の色を顔に浮かべていたのだろう。そんな私を目にして、彼女は可愛らしくコテリと小首を傾げてこちらに尋ねた。
「……ん?篠嵜さん、何かあたしの顔に付いてる?」
「いや、別に」
「そ?ならいーんだけど」
そう言って彼女はフワリと笑顔を向けて来た。
誤魔化せたかなあ。ていうかかわいい顔してるなあ。
あれ?ていうか……。
「……なんで私の名前知ってるの」
「えっ……なんでって……同じクラスじゃん……」
と今度は不思議そうな顔だ。
「……もしかしてクラスメイトの名前全員覚えてるの」
「そりゃそっしょ。まして篠嵜さんは隣の席だし……」
マジか、まだ五月も半ばだぞ。他人に興味がない私とて、一年の三学期頃には四、五名程度のクラスメイトの名前は覚えていたが、もう全員の名前を把握しているのかこの女。
「篠嵜恵子さん……部活は無所属、趣味は読書と音楽鑑賞……だったよね?」
「ああ……うん」
もしかして、一学期の初めにした自己紹介の内容だろうか。他人の事は疎か、自分が言った事すら覚えてないな。
「もしかして篠嵜さん……あたしの名前覚えてないかんじ?」
「……うん」
気を悪くさせたかな、と思ったが意に返した様子も無く彼女はペコリと可愛くお辞儀をして見せた。
「そっかそっか……では改めまして、薔薇園エイミーですっ」
薔薇園エイミー……。この赤毛といい顔立ちといい、何処かヨーロッパの国と日本のハーフだろう。
「えっと……よろしく」
「はいよろしく〜」
挨拶を交わしたと同時に、本鈴が鳴り授業が始まったので私達の会話はそこで終わった。
こんなハーフの美人さんが露出趣味ねえ。
人間っていうのは分からないものだ。