夏休み短編5 エイミー
高校二年生の夏休みは、人生に一度しかない。
これは、私の友人の言葉だ。
彼女は初めて出来た友達で、私と違って明るく、活発で、行動的な人物だった。
彼女曰く、ダラダラと目的意識もなく、何となく日々を消費し続けるのは宜しくないとの事だ。
「どう良くないの?」
と、ふと気になった部分を拾って彼女に尋ねると、「え?あ〜……うーん……」と唸り、腕を組んで考え込んでしまった。
どうやらそこまで深く考えては居なかったらしい。
私としては、今まで生きて来た約十七年の歳月が、何となく、薄ぼんやりと、ダラダラと消費し続けてきた期間そのもので、一度しか無いとか宜しくないとか言われてもどうしたらいいか分からなかった。
だから、ここは彼女に任せるのが一番だろう。
まだ出会って数ヶ月程の付き合いだが、それでも彼女の事はそれなりに分かっているつもりだ。何か前置きを並べ立てているけれど、結局この後彼女が言うであろう言葉は容易に想像出来た。
「と、と……とりあえず!めっちゃ遊ばなきゃ損するよ!ってことだよケーコちゃん!」
彼女は私に向かってそう告げる。
ほら、やっぱりね。
「とりま、明日水着買いいこ?」
彼女の名前は薔薇園エイミー。
カナダと日本のハーフで、ギャルで、可愛くて、私の初めての友人で、少しえっちな……露出女子高生だ。
そんな話があったのが昨日の事、バイト終わりに歩いていたら偶然エイミーに会い、一緒に帰っている際に強引に今日の予定を決められてしまった。
しかし、水着ねえ。「学校指定のじゃダメなの?」と昨日彼女に尋ねると「いいわけなくない?」と言われてしまった。そういうものなのだろうか。
とりあえず、私は今瑞江駅前でエイミーを待っている。
彼女は割と時間にルーズで、悪気はないがこういう約束事の時に遅れてくる事が多い。それを見越してやや遅めに家を出たのだが、まだ彼女の姿はない。
暑いから早く来て欲しいなあ。
そんな事を考えながら、冷房の効いたコンビニで待っていようかとその方向を向いた時、エイミーの姿が目に止まった。
「ごめ〜ん!」
手を振りながら此方に走ってくる彼女は大きな声でそう叫ぶ。
オーバーサイズの黒いTシャツに、裾と腿の部分に大胆にダメージの入ったグレーのデニムのホットパンツと黒いスニーカーサンダルというシンプルだが、スタイルの良い彼女にはよく似合うコーディネートでエイミーは現れた。
「……いや、まじごめ!パパがトイレから出てこなくてさあ……」
膝に手を付いて、肩で息をする彼女は私に向かって謝る。
「別にいいよ」
と、私はそっけなく返すが別に怒っているわけでもなければ不機嫌でもない。これが通常運転だ。その事はエイミーもよく分かっている。
「今日、黒いね」
と、私はふと思った事を適当に投げ掛けてみる。
「え⁈まじ?焼けた?え〜ヤダー」
「違う、肌じゃなくて服が」
「あ〜、そっち?」
自分の腕や足を見ながら慌てていた彼女は私の言葉を聞いてニコリと笑う。
「ケーコちゃんいつも黒いの着てるから、合わせて来た!えへへ」
うおっかわいっ。
いっつも何なんだよこいつ本当に、ジャブより早くてストレートより重たい一撃をポンポンとなんでもなさそうに放ってくる。心臓に悪い子だ。
確かに、今日の私は前にエイミーに選んでもらった黒いワンピースを身に付けている。
私のような初心者に様々な色を使ったコーディネートは難しいので、黒とか白しか着ない。考えるの面倒だし。
「……そっか」
「あ!今照れたっしょ?」
「照れてない」
「も〜、ケーコちゃんかわゆいな〜」
「暑い、離れろ殺すぞ」
「言葉キツ過ぎん?」
テンションを上げて私の腕にしがみ付いた彼女を払い除けながら、私は駅に向かって歩き出す。
「それで、水着ってどこで買うの?」
「どこがいーい?」
「じゃあそこのスーパーで」
「ええ……?スーパーの水着なんてダサいのしかないじゃん」
「は?スーパーの二階の衣料雑貨を舐めるな。あのお値段でしっかり機能的で、偶に商品入れ替えでエグい値引きしてる時あるし」
「は?ケーコちゃんスーパーで服買ってんの?やばっ」
「親が買ってくる」
「やばっ」
こんな具合に、私と彼女の会話はどうしようもない適当なものばかりだ。
知り合って間もない頃は、どうせこんな感じでいつも通りそっけなく喋ってたら勝手に消えてくだろうと思っていたが、意に反して彼女は私の態度が気に入ったらしい。変な子だ。
結局以前服を買った時同様、電車で本八幡へと向う。
流石に暑過ぎるので駅前のロータリーで商業施設とここを繋ぐ無料送迎バスを待つ。
「ケーコちゃん最後に海とかプール行ったのいつ?」
バスに乗り込み、隣に座る彼女がそんな事を尋ねて来た。
「いや、覚えてない」
「マ?やばいんだけど」
「別にヤバくねーよ」
「海いこーよ、この後」
「え〜……プールで良くない?」
この辺りの海なんてどこも汚いし、仮に綺麗だったとしてもベタつくし疲れるし……。
「プールでもいーよ」
「……やっぱりプールも無し、あそこにしよう。千葉万華鏡温泉」
浦安の方にある複合温泉施設で、家族皆んなで水着で入れる温泉コーナーとかがあった筈だ。利用した事はないが。
「え〜?うーん……まあいーけど」
温泉なら汚くないし、ベタ付かないし、疲れもしない。うん、我ながら完璧な提案だな。
程なくして、コルトンに辿り着いた私達はバスを降りて施設内へと入る。
夏真っ盛りという事もあり、売り場は殆ど夏仕様だ。一部店舗は先回りして秋物などを置いている店舗もあるが、やはり水着や浮き輪等の夏のレジャー商品が目立つ。
「とりまあそこいこ」
彼女に手を引かれ、よく分からないショップへと入る。
スタイル抜群のマネキンに、様々な色、種類の水着がディスプレイされていた。
「っぱ流行りはレイヤードだよね〜。あ、このワンピかわいい。お、このビスチェもフリルいっぱいで良さげ」
と、エイミーは店内に入るなり訳の分からない呪文のような言葉を並べ立てる。
正直水着なんて、スクール指定の水着と、競泳用水着と、ビキニと、スリングショットしか種類を知らない。
「エイミー」
「どしたん」
「任せてもいい?」
「おけ〜、そーゆーと思ってた」
どうやら私の事をかなり理解出来て来たようだな。頼もしい限りだ。
「う〜ん、っぱケーコちゃんは黒かなあ。色がセクシーだから可愛い系のシルエットの方が良さげかなあ」
何だって?
「む?オフショルダーもギャンかわ。絶対これ似合う」
ギャン?なんだって?マ・クベが乗ってるやつ?
「このワンピにかぎ編みクロップドのトップスもヤバいな」
ワンピ?ウソップ?
その後彼女に何となく聞いてみたが、どうやらビキニやワンピースタイプの水着の上から、キャミソールっぽいものや丈の短いチュール素材のトップスを重ね合わせるのが流行りらしい。重ねるからレイヤードとか呼ばれてるんだとか。難しいね。
とりあえず彼女が色々選んでくれてるので私も適当に辺りを見渡してみる。
お、スリングショットだ、あるんだなこんな所にも。
「なに見てんの……ってうわぁ、すご」
私が見ていたスリングショットに気が付いて、エイミーが驚いている。
「この水着、兄さんが好きだったんだ」
「え⁈あー……うん、そっかー」
「名前がかっけー」って言ってあれ着て海行こうとして母に怒られてたなあ。
「えっと……そ、それにする?」
「は?するわけないじゃん。バカじゃないのエイミー」
「は?バカじゃないし!ケーコちゃんたまにマジか冗談かわかんない時あるじゃん」
「兄がこれ好きだったのはマジだよ」
「マジか〜」
その後、エイミーは何着か自分と私の水着を選んで試着室へと行く。
「そ、それじゃ……入ろっか……」
と、何故かここでエイミーがぎこちなく喋り出した。
なんだ?どうかしたのだろうか。
彼女は私の手を取ると、同じ試着室に私を連れ込んだ。
あ〜、思い出した。なんか前にサロンで水着が〜とか、試着室で〜的な事を言ってた気がするなあ。
「……ケーコちゃんも脱いで」
エイミーは、顔を赤らめながらそんな事を言い出す。
「えっ私も脱ぐの」
「じゃないと水着の試着なんて出来ないでしょ……それに、偶にはいいじゃん」
そう言って彼女は、ホットパンツを下ろして、その下着を露わにする。
ド、ドスケベだ……!
水着の試着をするだろうから布面積少なめのを履いてこいと言われたけど、エイミーが履いてるのは殆ど紐だった。
その流れで、残るTシャツも脱ぎ去ってしまう。
落ち着け、冷静になるんだ。彼女の身体を舐め回すように見た後、掛けてやる言葉がある。
ここ数ヶ月、彼女が喜ぶ言葉は幾つもストックしてきた。
「ふ〜ん、えっちじゃん」
努めて冷静に、エイミーのすぐ側に歩み寄ってそう言い放つ。
「……どのへんが?」
頬を朱に染めて、モジモジとしながら彼女は問い掛けてくる。
なんだと、向こうも多少は慣れて来たのか逆に聞き返して来やがった。ええと……。
「腰の……ところの紐かな……なんか、すんごいえっちだ」
彼女のその紐ショーツは、腰のところを紐で結んで固定しているだけのようだった。
後退る彼女に合わせて、私は徐々に、徐々に近付いて、遂には壁際まで追いやる。
「……これね、飾りじゃないんだ」
と、エイミーが紐の結び目をヒラリと手で遊ばせて、そんな事を言ってくる。
「……」
どういう事だ?飾りじゃない?飾りじゃない紐もあるのか?とりあえず理解が及ばないが、更に掛けるべき言葉がある筈だ。私はそれを脳内の選択肢の中から慎重に選び取る。
「そっか……それ、解いてもいいの?」
「……うん」
よし。
私は紐の位置を確認して、ゆっくりとそれに手を伸ばす。そこから、視線を彼女の顔に持っていき、目と目で見つめ合う。
「……」
異国の血が混じった、整い過ぎたその顔に、羞恥と興奮とが綯い交ぜる。少しずつ、少しずつ引っ張ると、その紐が解けて彼女の恥部が露わになる。
「手ぇ退けろ」
思わず隠そうとする彼女の手を私の手で以って押さえ付ける。
「ッ……」
「何これ、ビショビショじゃん」
「うう……恥ずい……」
それを指摘してやると、彼女は更に頬を紅く染め上げて目を瞑る。
最近分かった事だが、この子はマゾヒズムも持ち合わせている気がする。暴力による痛みではなく、言葉による羞恥でその興奮を更に高めていくのだ。
慎也さんが私の犬になってから、私の責め側の能力も向上して来たような気がする。
ほんと、この数ヶ月で身に付けた知識や技術は、将来の役に立たなさそうなものばかりだが、面白くて堪らない。
「上、取るよ」
ショーツ同様布面積の小さい彼女のブラの背中側に手を回し、ホックを外す。
すると、彼女の桜色の乳首が露わになる。溜息が出る程に綺麗だ。何だこれ、誰かに自慢したいくらいだ。そこら辺の人に見せびらかしたいな。
おっと、なんか最近思考回路がおっさんめいて来たな。落ち着かなくては。
「……ケーコちゃんも脱いでよぉ」
私の手を握って、そう懇願する彼女に対して、仕方がなく私も脱いでやる事にした。まあ、水着の試着をしに来た事には変わりはないしね。
着ていたワンピースを捲り上げ、私も下着のみの姿になる。
う〜ん……やっぱり恥ずかしいな。ジェシーちゃんの時もそうだったが、見られたり、嗅がれたりする側に回るのは妙な感じだ。
私は身を抱くように腕で身体を隠しながら、エイミーの視線を辿る。
見てるなあ。
「あんま見ないで」
「……綺麗……」
と、彼女はうっとりするような口調でそう言った。
うん、やはり私は見られて興奮する訳じゃないな。申し訳ないがやはりこの辺りは共感出来ない。
「……これじゃあ、試着できないよね」
とりあえず私は、彼女のそこに目をやってからエイミーに問い掛ける。
これでは水着を汚してしまいかねない。
私は鞄からハンカチを取り出して、彼女の前でしゃがみ込む。
「拭いてあげる」
「えっちょ、ちょっと……あんっ……」
「足開け」
少し抵抗を見せた彼女だったが、直ぐに甘い声を出して従順になる。
「……どんどん溢れてくるね」
「……うう、ごめんなさい……」
溢れて止まらないその蜜は、拭いても拭いて直ぐに湿り気を帯びて流れ落ちてくる。
これは一回絶頂させてやらないとダメかもな。
彼女の下半身に吐息が掛かるくらいの距離に顔を持っていき、グリグリとハンカチで以ってそこを弄る。
「あっ……ケーコちゃ……ダメ……」
切なげな声と顔でそう言うが、全くやめて欲しそうには見えなかった。
「ほら、全部見てるから……イっていいよ、エイミー」
「ッ……」
私の言葉をその身で受け止め、ビクリと身体を震わせながら、暫く足腰を痙攣させる彼女は、この世のどんなものよりも美しく見えた。
ガクリと膝を曲げ、私に凭れ掛かる彼女を抱き止めてやり、少し頭を撫でてやる。
その時、鏡に映った私と、目が合う。
「!」
何だその顔は……。
そこに映る私は、見た事のある顔をしていた。
同じじゃないか、彼らと。
同じじゃないか、今目の前にいる彼女と。
表情こそ乏しいが、頬を朱に染めて、熱っぽい目をしたその顔は……確かに発情していた。
自分のを弄っていた訳ではない。見られて興奮した訳でもない。
でも、こんな顔……アダルトビデオを見た時だって……こうはならなかった筈だ。
そこで、エイミーはふと何かに気が付いたように目を開くと、直ぐに細めて不適に笑った。
「……なんだぁ、ケーコちゃんも濡れてんじゃん」
「えっ」
思わず、私は下半身を勢いよく隠す。
恐る恐る確認すると……確かにその……ヌメりがある……下着の上からでも分かるくらい。
こ……ここまで……。
「ケーコちゃん、アタシの見てそーなってくれたんだ」
なんだか嬉しそうにそんな事を言う彼女に、私も思い当たる節があった。
動物の交尾を見ている紗奈さんの発情する様を見た時、慎也さんが蹴飛ばされて喜んでる時、ジェシーちゃんが私の匂いを嗅いでいる時、彼に座っている時、今と似たような気持ちが……腹の内から湧き起こるような熱が、確かにあった気がする。
慎也さんが前に言っていた。「お前は異常性癖性癖だ」と……。
本当に、本当にそうなのか?
異常性癖者が興奮する様を見て、興奮する事が私の性癖だというのか?
「今度はアタシが拭いてあげるね」
「ちょっ……まっ….…自分で出来るっ」
私の下着を脱がそうとする彼女の手を払い、私は自分で処理をする。
「え〜」
と、エイミーは不服そうだったが、そんな恥ずかしい事させる訳ないだろ。
その後、ちゃんと水着の試着を済ませた私達は、一着購入してコルトンを後にした。
現在バスで向かっている先は例の浦安の温泉施設だ。
「温泉楽しみだね」
「そだねー」
エイミーに対して適当に返事をする私は、先程の事に頭を取られていた。
元々、性欲は強い方ではなかったと思う。特にアダルトビデオを見たり、そういう画像や漫画を調べたり、想像したりしても興奮するような事はあまり無かった。刺激による自慰行為を試みた事は何回かあるが、基本的に途中で飽きるか、一回で辞めてしまうのだ。
そんな私があそこまで……。
いや、分からない。
ここ数ヶ月で様々な性癖を覚えたんだ。
一概にこれがどんな性癖かだなんて特定は出来ない。
サディズムの一部かも知れないし、女体を見るのか好きなのかもしれない。
よくよく考えてみれば恋愛もした事ないから対象が男かどうかも分からない。
だから今は少なくとも、興奮してるエイミーを見ると私も興奮する……この情報だけで十分だ。
程なくすると、千葉万華鏡温泉に到着する。
平日とは言え、世間は夏休みだ。たぶん中高生などが多いのだろう。
入り口から館内へと入り、入館手続きを済ませる。
ここは全て後払い方式で、館内では手渡されたバーコード付きのリストバンドで決済を済ませる仕組みになっている。
うっかり使い過ぎちゃいそうな仕組みだ。良く出来ている。
「ほらほら、はやくいこっ」
「はいはい」
はしゃぐエイミーを宥めつつ、私達は脱衣所に入る。ここから水着で入れるゾーンと、普通に裸で入るゾーンとで分かれているのだ。
とりあえず先に水着で入れる方に行く事にした。
ここで気を付けなければいけない事がある。エイミーの身体を見過ぎではいけないと言う事だ。
体育の授業等でもそうだが、更衣室で着替えるのは自然な行為だ、プールや海で水着になるのも普通の事だ。なのでエイミーもそれで極端に発情したりはしない。しかし、私がえっちな目で見ていると、彼女も意識して発情してしまうのだ。
なるべく変な視線を送らないよう着替えを済ませる。
「えへへ、どーかな」
とエイミーが水着を見せびらかしてくる。
めっちゃ可愛い。
なんだこれ、誰にも見せたくないし、誰かに自慢したいくらい可愛い。
「まぁ、いいんじゃない」
「もお!なにそれ!」
私の返事に頬を膨らませるエイミーだが、仕方がないだろう。思ったままを言ったらお前発情するんだから。それにさっき試着する時に舐めるように見たし。
結局私達は、エイミーの強い希望でお揃いの水着を買った。フリルショルダーのワンピースタイプの色違い。私は黒で彼女は白。
シンプルなデザインだがスタイルの良い彼女にとても良く似合ってる。因みに私も美少女なので良く似合っている筈だ。
着替え終わって外に出ると、そこは立派な露天風呂だった。
客はそれなりに居るが、この水着ゾーン自体がかなりの広さなので窮屈さはない。充分ゆったり出来そうだ。
客層は子供連れの家族、中高生のお友達同士やカップルって感じだ。ていうかカップルが多い。カップル多過ぎないか?
まあなかなか男女で温泉に入れる場所もないからな、重宝されているのだろう。
とりあえずは近場にあった岩場の温泉へと浸かる。
「ッ……アァァァ……」
いやー沁みるねえ。
「えっ……なに、まじでおじさんじゃん……」
「はあ?」
温泉に浸かる私を見てエイミーが巫山戯た事を抜かしてくる。
「ケーコちゃんって結構おじさんっぽいとこあるよね」
「全然ないでしょ、今をときめくうら若きぴちぴちギャルでしょうが」
「そーゆーとこだよケーコちゃん」
どーゆーところだ?良く分からないな。
「あの〜すいません」
と、そこで突然近くに居た大学生くらいの男性二人組から声を掛けられる。
何だろう。
両方共茶髪でスラリとしたイケメンだ。
「え、二人ともめっちゃ可愛いなって思って声掛けちゃったんすけど、よかったら俺らと温泉巡りませんか?」
「よろしくお願いします」
あ〜、これナンパか。
私はかなりの美少女だが、一人で歩いてたりすると、意外と声は掛けられない。
イヤホンを付けている女性、早歩きで歩いてる女性はナンパが成功し難いと前に兄さんが教えてくれた。私は一人でいる時はそれなりに早歩きな方だし、仏頂面なのであまりナンパされた経験がないのだ。
今はエイミーと二人でいる事もあってか、ナンパされやすいのかも知れないな。
ていうか兄さんは妹の私に何を教えているんだ。
「あ〜、えっと……」
と、エイミーの反応を見るに、彼女の感触は良くなさそうだ。彼ら結構イケメンなんだけどなあ。まあここは適当に断っておくか……。
何だっけな、最近ネットで読んだ漫画でこんなシーンがあった筈だ。仲良し女の子二人組が華麗にナンパを断る場面。
とりあえずエイミーの肩を抱いて私の方に抱き寄せ、大胆不敵にこう言って見せる。
「男いらな〜い」
よし、決まったな。
あの漫画も黒髪の美少女が派手髪の美少女をこうやって守ってた気がする。まぁエイミーの赤毛に関してはただの地毛なんだけど。
「えっ」
しかし、私の突然の行動にエイミーが驚いている。
あれ、反応がおかしいな。何だろう、私またなんかやっちゃいましたか?
「あ〜あの漫画のやつっしょ?あれおもろいすよね〜」
「あ〜、明日カノの人の〜」
あれ?なんか伝わってないぞ、ボケたみたいな感じになってしまった。確かにあの漫画は面白かったけど、困ったな……。
すると、不意に私達がいる場所に影が差す。それと同時に、目の前にいた二人組が急に怯えるような表情を見せた。
なんだ?何かあったのか?
「おい小僧共ぉ……うちのお嬢になんか用かぁ……」
突然、ドスの効いた声が真後ろからする。
その声と、その呼び方はまさか……。
振り返るとそこには、チンピラマゾヒストの桃瀬慎也さんが立っていた。
うわっ……こわっ。てか何でこんなところに?
黒字に赤いカニのシルエットが幾つも描いてあるド派手な海パンと、レンズが赤いサングラスを掛けた慎也さんは、何処からどう見てもカタギじゃない。
何より身体中にある夥しい量の傷がとにかく怖い。私は以前に病院で見てるからそれ程でもないけれど、隣にいるエイミーなんか泣きそうになっている。
彼はサングラスを少し下にずらして、その刃のような鋭い目付きで目の前のナンパ二人組を威嚇する。
「お嬢達に指一本でも触れてみろぉ、散らすぞシャバ僧がぁ」
いやあんた、シャバ憎て……もう完全に極道じゃないですか。
「ひっ!す、すいませんでした!」
「こ、殺さないで下さい!」
と、イケメン二人はとんでもない速さで腰を折って謝罪する。
いや、そんな謝らなくても……ナンパしただけじゃんか……。結構物腰柔らかだったし、これよりタチの悪いナンパなんて世の中に幾らでもいるんだぞ。
「どうしますお嬢……軽く捻りますかい?」
「いや、捻らなくていいから」
それにあんた人殴るの嫌いでしょ。
「だそうだ、てめぇら命拾いしたなあ……とっとと去らんかぃッ!!!」
「「はい!失礼しましたぁッ!!!」」
慎也さんが吠えると、彼らは新幹線もかくやという勢いでその場から去っていった。
「いやぁ、洒落臭ぇ奴らでしたねぇ。ご無事で?」
「えい」
「ッ!ワォーンッ!!!」
こちらに振り返ってそんな事を言う慎也さんに、思わず私は股間に蹴りを入れてしまった。
ウッ……今私裸足だし、彼も水着だからいつもより感触がリアルだ……。
「何やってんのバカ犬、あの人達怖がってたでしょ」
「い……いやでも、こ、こ……困ってらしたのでは……」
「別に……あんなのただのナンパでしょう」
「バカ言っちゃいけねえや、男は全員狼……」
「あ?今私にバカって言ったか?」
「いえっ!滅相もございやせん!ワォーンッ!」
私は再度慎也さんを蹴り飛ばし、反省を促す。
まったく、油断も隙もないなこの駄犬は。おまけにまたもやエイミーを怖がらせやがって……。
いや、でもしかし……。
「慎也さん、立ちなさい」
「ワン」
私が命令すると、直様立ち上がる慎也さん。こういう時だけは従順でいいな。
私は、後ろで手を組み直立する彼の周りをぐるぐる回りながらその肉体を見る。
いや、すっげぇ筋肉だなあ。
え、何これ、引き締まり過ぎだろ。ボコボコじゃんか、腹筋も胸筋も。
え、傷だらけだけど慣れてくるといいな〜これ。チンピラ系だけどイケメンだし。
よし、少し遊ぶか。
「ダブルバイセップス」
「ワン」
慎也さんは返事はともかく、私の指示に合わせて完璧にポージングをする。
「サイドチェスト」
「ワン」
「モストマスキュラー」
「ワン」
「おお〜」
思わず拍手してしまった。
二頭がいいね!チョモランマ!
「ケーコちゃん、何やってんの……?」
おっと、興が乗り過ぎた。こんなムキムキな肉体なんて中々拝めないのでテンションが上がってしまった。
私も年頃の女子高生なので、男の筋肉は見ていて楽しいのだ。
このバカ犬も偶にはやるじゃないか。
「いや、あんまりいい筋肉だったからテンションが上がっちゃっただけ」
「ケーコちゃんも意外とそーゆーとこあるんだね」
意外とは何だ、失礼だな。
「それで慎也さん、何故ここに?」
私はポージングをして硬直したままの慎也さんに尋ねる。
「いや、あの椅子野郎と嘉靖と偶には遊び行くかっつって、水着の若え女が拝めてしかも泳がなくていいからここに行こうって話になりやしてね」
と、モストマスキュラーを維持したまま何でもない風に答える慎也さん。何だそのどうしようもない理由は。
でもあれだな、ちゃんと友達やってるんだな
「椅子の彼と嘉靖さんも来てるの?」
「ええ、あっちで湯に浸かってますよ。俺ぁ酒買いに行こうと思って通り掛かっただけなんで」
「ふ〜ん、そっか。よし、じゃあ酒買ってきなさい。あと私達のジュースも」
「ワン」
そう指示すると、彼はこのエリア内にある自販機の方に向かっていった。
嘉靖さんと椅子の彼か……。両方共慎也さんとベクトルは違えどイケメンの類だ。これを拝まない手はないな。
「よし、エイミー行こう。上裸の男が待ってる」
「ケーコちゃんって意外とえっちだよね……」
「そう?普通じゃない?」
意気揚々と彼らの方に行こうとする私に、呆れ半分意外さ半分といった具合で彼女はそう言った。
少し歩き、檜風呂のエリアに行くと彼らの姿が見えた。
おお……。
美青年二人が上裸で談笑している……。
まず嘉靖さん。オフの日は女装していないので現在も男性バージョンでのお届けだ。
華奢で色白だが、適度に引き締まっており、なんか良く分からんがえっちだ。男性にしてはやや長めの髪を前髪ごと後ろで無造作に纏めており、イケメン力が更にアップしている。
そして椅子の彼、あまり外出しないせいか、女の人みたいに肌が白く、かなり痩せ細っていてもはや病的なんだが、手足が長く、何処か浮世離れした色気がある。
人によって好みは分かれそうだが、とりあえず細身のナヨっとした男が好きな人には堪らないだろう。
よし、少し驚かせてやろう。
私はまだこちらに気が付いていない彼らの後ろに回り込む。すると、慎也さんがビールを三本とジュースを二本買って戻ってきた。
「お待たせ致しやした。お嬢はドクペで良かったんで?」
段々と私の犬としての能力が上がってきたのか、彼は大分私の好みを把握して来たようだ。
「うん、ありがとう。ちょっとビール貸して」
「ワン」
私は彼からビールを二本拝借する。おっ……キンキンに冷えてやがるな、ありがてぇ。
嘉靖さんと椅子の彼にゆっくりと背後から近付く。どうやら何か会話をしているようだ。
「……檜というのはね嘉靖、建材として非常に優秀なのだよ。加工が容易なのに耐久性、耐水性に富んでおり、しかも伐採後にその堅牢さはより高まっていくのさ」
「へぇ、そうなんだ」
椅子の彼がいつものように何かうんちくを語っているらしい。
「伐採後三百年で最も高い強度になり、千年程度で伐採時の強度に戻るそうだよ」
「途方もない時間だね」
「檜風呂と言えば、千葉県の千倉には松本清張が宿泊した旅館があるんだ。その客室には檜風呂があって、彼はそこで四十日間寝泊まりし、『影の車』を執筆したと言われている」
「影の車?僕は聞いた事ないな」
「短編集のタイトルだからね、私は『鉢植えを買う女』が好きだったなあ」
「ああ、それは聞いた事ある。ドラマにもなっていたね」
「今度貸そう。文章で読む事による発見も理解もある。その逆もまた然りだがね」
……なんかもっと面白い話とかしてて欲しかったなあ。いや、普通に知識としては面白いんだけど、男の人が二人きりなので下世話な話でもしているのだろうかと思っていたが、全くそんなことは無かった。
とりあえず、高説を垂れる彼と嘉靖さんにほぼ手の届く距離に近付いたので、私は缶ビールを彼らの首元に触れさせてみた。
「わっ」「へあッ⁈」
嘉靖さんは淡白な、椅子の彼は素っ頓狂な声を上げてそれぞれ驚く。
嘉靖さんは驚いて振り向くが、椅子の彼は驚き過ぎて立ち上がり掛けた後、つんのめって温泉にダイブしてしまう。
……やっといてごめんなんだけど驚き過ぎだろ。
「おい桃瀬、君……って恵子ちゃん?……なんだびっくりしたなぁ……」
彼は首に手を当てながら私を見てそう言った。夏休み前のエイミーの一件もあった為か、慎也さんの悪戯だと思い込んだ彼は振り向き様は鋭い目付きだったが、すぐにいつもの無表情へと戻る。
「こんにちは」
「ども」
私とエイミーはそれぞれ嘉靖さんに挨拶をした。
「ぶはぁッ」
と、ここで彼が水中から顔を出してこちらに振り向く。
「おい慎也、お前……って……恵子君?」
彼もまた慎也さんの仕業だと思ったのだろうが、私を見て目を丸くする。
「すいません。つい悪戯心が働いただけだったんですが……驚かせ過ぎましたね」
私は一応謝罪をしながら缶ビールを二人に手渡す。
「へぇ、恵子ちゃんにもそういう面があるんだ。可愛いね」
おお……無表情からの「可愛い」発言……破壊力凄いな。
私がこんな真似をした事が意外だったのか、嘉靖さんはそんな事を言ってくる。
「……」
チラリと椅子の彼の方に目を向けるが、何故か目を丸くしたまま硬直している。
あれ、心臓止まったか?
「水着、よく似合ってるよ。エイミーちゃんもね」
嘉靖さん程の出来る男はこの辺の気遣いも忘れない。極当たり前の様に水着を褒めてくれる。
「はい、おそろっちにしたんです。えへへ」
と、エイミーも嬉しそうだ。
「でも……」
立ち上がった嘉靖さんは私の方に近いて、その長い睫毛を震わせながら目を細めると、少し不敵な笑みをその顔に浮かべた。
「あんまり大人を揶揄うものじゃないよ……恵子ちゃん」
うっひょお……顔が良い。
不意打ちのハンサム微笑だ。これは凄い。やはり私の知り合いの中でも一番顔の造形が整っているなこの人。とにかく顔が良い。
「すいません」
と、私はとりあえず謝っておく。
「あれ、イスさんどしたん?だいじょぶそ?」
ここで、全く動かない椅子の彼を見てエイミーも首を傾げている。
「……恵子ちゃんの水着姿を見てビックリしたんじゃないかな。彼、あんまり刺激の強いものは慣れてない筈だしね」
と、嘉靖さんは彼を眺めながらそんな事を口にする。
はあ?私を座らせておいて緊張して固まっているって言うのか?
ついこの間「水着で座ってもらうのもいいね」的な事を言っていたじゃないか。
私は温泉に入り、彼の方に近付いてみる。
「……あの」
「いや……恵子君……その、近い」
本当だ。顔を赤くして目を逸らされた。
「近いって……いつも貴方の上に座ってるじゃないですか」
「あれは椅子越しで……しかも画面越しだ。これは僕には刺激が強過ぎる」
まるで初心な中学生のような反応を見せる彼に、少し面白くなってくる。一人称も「僕」になっているから相当動揺しているな。
「はあ、普段あんなに口説いて来るのに?」
私は更に彼の方に歩み寄る。
「ちょ……一寸待ちたまえ……恵子君、女性が屋外でそう淫らに肌を晒すものではない」
何言ってんだ?武士か?
「水着をこういう場で着るのは不適切ではないと思いますが」
「そ、そういう問題ではない。とにかく近い。眩し過ぎる。僕から少し離れてくれたまえ」
そんな事を口走りながら、彼は私とは反対側の端まで後退した後に肩まで温泉に入った。
この人にもこういう面があったんだなあ。
「こいつぁバキバキの童貞ですからねぇ、ま、気にするだけ損ですぜ」
背後に控えていた慎也さんが缶ビールのプルタブを起こしながら温泉に入ってくる。
「何を言っているんだ慎也、君も童貞だろう」
慎也さんを睨み付けながら、彼がそう言い放つ。
「おうよ。俺の操はお嬢に捧げるって決めてんだ」
「えっ」
急に何言ってんだこの人。
「だ、ダメです!ケーコちゃんは渡しません!」
と、何故か今度はエイミーが私の腕を掴んで抗議する。お前も何を言ってるんだ?
「エイミーにはこの間の件でわりぃと思ってるがこれは譲れねえ。お嬢程の女王様はいねぇからな」
いや、絶対いるだろ。ちゃんとサディズムに傾倒してる人が。
「ダメです!ケーコちゃんはこの先一生あたしの裸を見続けるって決まってるんです!」
え?マジで?
それはそれで楽しそうだな。エイミーの身体は見ていて飽きないしな。
「二人共、恵子ちゃんが困ってるよ」
と、ここで嘉靖さんが私の側に立って止めに入る。
しかし、なんか……なんだ?私の肩に手を置いた彼の……少しこう……その無表情の奥に何か熱っぽい視線を感じるような……。
「カ、カセイさんもケーコちゃんから離れて下さい!」
「どうして?」
「な、なんかダメです!アブナイ気がしてきた!」
何が危ないんだか分からないが、エイミーが嘉靖さんにも噛み付いて行く。
「少なくとも桃瀬の方がダメだよ。この間の一件があるからね」
「んなこたぁ分かってるさ。お嬢が二十歳超えて俺がとびっきりの酒ご馳走して土下座するまでは手ぇ出さねえよ」
「そうだね、それまでは僕も許さないよ」
「てめぇにどうこう言われる筋合いはねぇよ」
なんかこの二人も歪み合い始めたぞ。
「恵子ちゃんは女装した僕の次に美しい女性だ。君みたいなチンピラ崩れには渡さないよ」
真顔でそんな事を口にする嘉靖さんに思わずドキリとする。
え?私なんか口説かれてないか?
「俺は生涯お嬢のもんだぜ」
「彼女は椅子の彼にとっても僕に取っても大切な人だ」
「ケーコちゃんはアタシのしんゆーです!」
慎也さんとエイミーと嘉靖さんの三つ巴の中心に放り込まれた私は、どうしたら良いか分からずに椅子の彼の方を見やる。
「……私は君のパートナーまで縛る権利は無いからね。これからも私の上に座ってくれればそれで構わないさ」
先程の悪戯の仕返しか、彼は助けてくれないようだ。
よし、とりあえずこの三人が睨み合っている間に逃げるか。
ソロリとトライアングルから抜け出して、私は檜風呂から一旦撤退する。
私篠嵜恵子!夏休みに遊びに出掛けてたら、突然爽やかイケメンとワイルドイケメンと美少女ギャルに同時に言い寄られれちゃった!ええ〜⁈一体全体、私これからどうなっちゃうの〜⁈トホホ〜!
私はとりあえず、近くの香り付きの温泉エリアへと逃げ込んだ。赤く着色されたその温泉は、どうやら薔薇の香りが付いているようで、客は私の他に二人しかいない。割と人気そうなエリアなのにどうしてだろう。
疑問を抱いていたら、答えはその二人の客にあった。
大人の男女なのだが、その……物凄いキスしている。それも濃厚で深いやつ。私がここに逃げ込んでかれこれ一分たったが、その間ずっとキスをし続けている。憚らないなあ。
流石に気不味いので、そちらの方をチラ見してから私は移動しようとする。
女性の方は大変な美人で、ベリーショートとって言うんだっけか……女性にしては短めの黒髪が似合うエキゾチックな雰囲気だ。男性の方は大柄な外国人。やや癖の付いた赤毛と、恐らくカナダ系と思われるハンサム顔……ってあれ?
「ブレイデンさん?」
「ン……?オォーウ!オジョーさん!奇遇デスネ〜!」
そう言って笑顔で手を上げたのは、すいませんの常連客のイケオジ外国人、ブレイデンさんだった。
「こんにちは……」
「ハイ、コンニチワ〜。ワタシ、オドロキましタ。こんなトコロで、オジョーさんに会えるなんテ……水着、とってもニアッテますネ?ベリーキュート!」
「はあ、ありがとうございます」
「いや、大変なヤマトナデシコGirl……ドウデスカ?一緒にアソビマスカ?」
おい、その人多分奥さんだろ?なにジローラモみたいにナンパしようとしてるんだよブレイデンさん。
すると彼に肩を抱かれているその美人さんは、私に目を合わせて来る。
「こんにちは……旦那がお世話になっているようね」
ややハスキーめの、綺麗な声だ。中性的でなんか凄く色っぽい。
「ハイ、カノジョはイキツケのテーショク屋のジョーレン同士なのデス」
「あなたが私に隠れて通ってるお店?」
「エッ……アア〜……はい、すいません」
ブレイデンさんはいつもスーツ姿で店に訪れるので、どうやら仕事帰りや、仕事中に抜け出して通っていたようだ。
「高血圧なんだから飲み過ぎ食べ過ぎは気を付けてって言ったわよね」
「ハイ……返す刀もゴザイマセン……」
「返す言葉ね」
どうやら奥さんは彼の体調を気遣って怒っていたようだ。愛し合ってるんだなあ。めちゃくちゃキスしてたし。
「私は瑞稀。貴方お名前は?」
鋭い目付きを穏やかにさせると、奥さんは私にそう尋ねて来た。
「えっと、篠嵜恵子です」
「恵子?……篠嵜恵子……」
すると、私の名前を聞くや否や、瑞稀さんは何か考え込むような仕草を見せる。
「オォーウ、ケーコさんというのデスネ?キュートな名前デス。それにMy娘のマブダチと同じデスネ〜」
話が逸れたので、テンションを上げたブレイデンさんがそんな事を口にする。マブダチて……。
……娘さんの友達と同じ名前……。まぁ、けいこなんて名前の人はそれなりにいるだろうし、そこまで疑問に思う事はないんだろうけど……。何かが引っ掛かる。この奥さん……なんか既視感があるんだよな……。
「恵子ちゃん。貴方もしかして、江戸川第一高校?」
すると、顎に当てていた手を離した瑞稀さんが、私にそんな事を尋ねる。
「え?そうですけど……」
「二年B組?」
「え?あ、はい」
何故か瑞稀さんは、私の高校とクラスまでを言い当てた。まさかこの人……。
彼女はそれを聞くや目を丸くすると、徐に口を開いた。
「そう、貴方がそうだったのね……恵子ちゃん」
「エッ?マジデスカ?あのケーコサン?」
何やら夫婦の間で意思疎通があり、彼らは私に向き直って神妙な面持ちになった。仄かにあった私の中の予想と、多分合致したのだろう。
この二人……。
「……恵子ちゃん、私の名前は薔薇園瑞稀。娘が……エイミーがお世話になっているわね」
薔薇園瑞稀さん……そう、この人達はエイミーの両親だったのだ。
以前ブレイデンさんが娘の事をちょっと変わっていると言っていた事、瑞稀さんを見た時妙な既視感を覚えたのはエイミーと似ていたからだ。こんな偶然があるんだな。
「……エイミーのご両親だったんですね」
「ええ、今気が付いたわ。挨拶が遅れてごめんなさい……それに、あの件でも本当に娘が迷惑を掛けて……」
そう言って彼女は頭を下げると、それに倣ってブレイデンさんもお辞儀をする。
あの件……要はエイミーの露出嗜好に関する学校での出来事だろう。
「いえ、別に私は気にしてないです」
彼女が何処まで親に話しているのかは分からないから、慎重に言葉を選んだ方が良さそうだ。
「なんでも時々娘の趣味に付き合って貰ってるとか……」
あ、そこまで喋ってるんだ。
「オゥ……ケーコさん。ホントに、My娘のコト、アリガトゴザイマス」
「いや、本当に大丈夫なので頭を上げて下さい」
再び頭を下げ始める二人を慌てて制止する。
「エイミーは……私に初めて出来た友人です。私も彼女にお世話になっているので、おあいこです」
「……でも、本当に迷惑じゃないの?その……娘の趣味は……」
そう言って眉を顰める彼女から感じるのは、嫌悪や拒絶ではない。恐らく単純な娘への思い遣りと心配、そして世間からエイミーが傷付けられる事への恐れだ。なんとなくそう感じる。
「……これは私の持論なんですが……エイミーの嗜好は、彼女のほんの一部でしかありません」
その言葉に、彼らは恐る恐る顔を上げる。
「私はこの通り無愛想で、あまり気も遣えないので友人がいませんでした。でも、エイミーはそんな私に優しく接してくれた。笑顔が素敵で、明るくて、優しくて、元気一杯な彼女は……私の大事な親友です。確かに世間的に見ればちょっと変わった趣味を持っているかもしれないけれど、私にとっては些細な事でしかありません」
まあ、異常性癖にも重きは置いているんだが、そこは黙っておこう。他の皆んなの話まではしない方が良さそうだし。
「それに……エイミーが学校であんな事になっても笑っていられるのは……お二人が彼女を愛してるからじゃないですか?エイミーは家の事を笑って話しますし、家に帰るのも嫌じゃなさそうだ。あの事が学校にバレて、周りから拒絶されて……それでも今彼女が笑っているのは、お二人のお陰だと思います」
慎也さんが私の犬だと公言した時も、ブレイデンさんは嫌悪を露わにしなかった。それどころか、人間は皆んな個性を持っているんだと、そう諭してくれた。この二人はエイミーの露出嗜好も、あるがまま受け止めたのだろう。他と違うからって、矯正しようともせず、そのまま彼女が生きられる様に。
「……エイミーに聞いていた通りね」
私の言葉を受けて、瑞稀さんはフッと微笑みを浮かべる。
「え?」
「とっても優しくて、可愛い親友が出来たって……あの子、毎日貴方の話をするのよ」
「は、はあ……」
なんだか照れ臭いな。
「あんな事になるまで……私達はあの子の事を分かってあげられていなかった……あの子も、私達に拒絶される事を恐れていたのかもしれない……でも、あの子が言ったのよ「今は、ケーコちゃんがいるから大丈夫」って……私達じゃない、貴方がエイミーの側に居てくれたから、今あの子は笑っていられるの」
「……」
「ケーコサン」
続いて、ブレイデンさんも口を開く。
「My娘のコト、ホントにアリガトウ。前ヨリ、明るくナリマシタ。スマイルで出掛けテ、スマイルで帰ってキマス。それ、スゴク大事なコトネ?」
「はい」
私が彼女の一番好きなところ……そう、笑顔だ。それは二人も同じなんだろう。
「エイミーの個性、アナタは受け入れてクレマシタ。ワタシ達、ドウしたらイイカ、ドウ声をカケタライイカ、分かりませんデシタ。デモ、アナタが寄り添ってクレタ。ソレホントに凄いコト。ホントにアリガタイコト」
大した事をしたつもりはない。ただ、彼女の事を知りたいと思っただけだ。彼女と一緒にいるのが楽しかったから、続けているだけだ。多分そこら辺にある普通の友人関係と、本質は変わらない。
「これからも、エイミーの事よろしくお願いします」
「オネガイシマス」
瑞稀さんとブレイデンさんは、再度私に頭を下げる。エイミーは愛されてるんだな。このご両親で良かったと、私も思う。
「此方こそ、よろしくお願いします」
とりあえず、私も頭を下げて応える。
「あ、そうだ。今度うちにいらっしゃい?私も貴方と仲良くなりたいわ」
「オォーウ、ソレいい考え!ミズキの料理、是非食べてイッテクダサイ!ミズキの料理、世界一デス」
「あ〜、いや。お気遣いなく……」
「ていうかあなた、私に内緒で恵子ちゃんと仲良くなってたなんてズルいわよ。暫く外食は禁止ね」
「エッ……ソレダケはご勘弁ネガエマセヌデスカ……?」
私の遠慮を他所にそんな風なやり取りをする二人を、私は側から眺める。仲良いんだな。エイミーがやたらと距離感が近いのはこの二人の影響か。
「あ、ケーコちゃんこんな所にいた!ちょっとなにして……ってパパ⁈ママ⁈」
ここで、私を探しに来たのかエイミーがこのエリアに訪れ、両親を見るなり素っ頓狂な声を上げる。
「あらエイミー」
「オォーウ、エイミー!水着、とってもキュート!」
二人は彼女を見てそれぞれの反応を取る。
「え?マジ何これ?てかなんでいんの?」
「エイミーもジョージも出かけちゃったからデートしてたのよ」
「逢引きデス」
ジョージ?他にも家族が居たのか。
その後、二人は私と会った経緯と、元々すいませんで顔見知りであった事をエイミーに伝える。
「はあ⁈ちょ待ってくんない?ケーコちゃんパパに会ってたの⁈」
「うん、何度かご馳走になってる」
「なに見知らぬJKに貢いでんのパパ!」
「イヤァ〜とってもキュートだったのデつい……」
「貴方本当に何やってるのよ。他の所でも若い娘引っ掛けてるんじゃないでしょうね」
ブレイデンさんは何やら妻と娘に詰められているようだ。
その後、五分程わちゃわちゃしたやり取りをしたブレイデンさんが「もうちょっとアッチでイチャイチャしてきマス」とか言い出して、瑞稀さんの肩を抱いて別のエリアへと去っていった。
「も〜……マジなんなのこれ……あの二人なんか変な事言わなかった?」
それを見送ったエイミーが、私の方を向き直ってそう尋ねる。
「いや別に。エイミーが毎日私の話をしてるって事だけは聞いた」
「はあ⁈ちょ……えぇ……なんでそういう話するかなぁ……」
顔を赤くして、彼女は照れ臭そうに私の隣に座り、湯に浸かる。
「あれだから、ええと……マジあれだから、そういうんじゃないから」
「アレってなんだよ」
どうにか誤魔化そうとするエイミーが可笑しくて、私は少し笑ってしまう。
「何笑ってんの?」
そんな私に対して、彼女は頬を膨らませる。
「別に」
「出た、沢尻エリカ」
「だから違うって。沢尻エリカそんなに言ってないし」
「話逸らさないで」
「先に逸らしたのそっちでしょ。ていうか逸らして誤魔化した方が良かったんじゃないの」
「ぐぬぬ」
言い返せなくなったエイミーが、難しそうな顔で黙り込む。本当、この子といると飽きないな。
風が吹いて、湯の表面を撫でるようにして薔薇の香りが立つ。薔薇の花言葉は確か……『美』とか『愛情』だったかな。あれ、本数によって変わるんだっけ?まあ良いか。
美しい彼女は、家族に愛されてこれからも元気に生きて欲しいと心から思う。あと、エイミーって名前も『愛される』とかそういう意味があるんだと、最近知った。
まあ、別に誰に愛されなくったって、私はこの子の友達でいる事は辞めないだろうから、それもどうでも良いか。
私にとってはそれが全てだ。
「エイミー」
「ん?どしたん」
私の呼び掛けに、彼女は膨らませていた頬を元に戻して首を傾げる。
「今日はまぁ、そこそこ楽しかったよ」
思ったままを告げるのは気恥ずかしいので、少し下げて伝えておく。
「……ツンデレた!」
対して何を思ったか、そんな事を口走りながら彼女は立ち上がる。
「いや、ツンデレてないから」
ていうかツンデレるって言い方はしないだろ。
「いーや!ツンデレたね!ケーコちゃん嘘付く時絶対目ぇ逸らすし!超楽しかったんでしょ⁈」
「別に」
「出た!沢尻エリカ」
「だから違うって」
気が付くと、私が何か誤魔化さなければならない状況になっていた。してやられたな。
とりあえずテンションを上げているエイミーを宥めながら、私は椅子の彼達がいる方へと戻る。
こうやって、また夏休みの一日が終わる。
高校二年生の、たった一度の夏休みのその一日が、こうして終わりを迎えて行く。
明日はどんな一日だろうか。来年はどうだろう。
その時も、彼女が隣にいてくれたらなって、そう思う。