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夏休み短編4 夏雨の蛙合戦

 雨が降ると、様々な生き物が活発化する。カエルやミミズ、カタツムリなんかもそうだろう。夏場は雨が多く、この手の生き物をふと見掛ける機会も多い。

 私の友人には、動物の性行動にやたらと詳しい……というか、動物の性行動を見ると性的興奮を覚える人物がいる。彼女曰く、多種多様の生物が活発になる夏はフィーバータイムなんだそうだ。だからあまりサロンでも彼女の姿を見る事は少なくなった。

 そんなある日、久しぶりに彼女から呼び出しを受けた。

 時間はお昼時、場所は隣駅にある個人経営の焼肉屋だ。

 『ほるもんもん』という名のその店は、駅から五分程度の位置にあり、その名の通りホルモンが売りのようだった。

 待ち合わせの五分前に店に到着すると、既に彼女は店内で待っていた。

 「やあ、恵子女史。こっちだよ」

 今時珍しく、席での喫煙が可能な店なのか彼女は咥え煙草で片手を上げて私を呼ぶ。

 「こんにちは」

 「はいこんにちは。悪いねぇ呼び出しちゃって」

 「いえ、別に」

 私を呼び出したのは紗奈さんだ。巷でアニマルセ⚫︎クス博士と呼ばれている動物の交尾が大好きな理系女子大生。

 短めのデニムスカートに、タンクトップという涼しげな出立ちだが、やはり夏でもトレードマークの白衣は忘れていない。

 「とりあえず食べようか、ここは私が持つから遠慮なく食べて」

 既に生ビールとハチノス刺を注文している紗奈さんは、メニューを手渡しながらそう言ってくれる。

 「いえ、そういう訳には」

 「大丈夫大丈夫、昨日馬鹿勝ちしたからさ」

 「馬鹿勝ち?」

 何の事だろう。

 私が首を傾げると、彼女は満面の笑みを浮かべる。

 「競馬だよ競馬」

 「けいば……ああ、競馬……」

 あ〜、競馬で勝ったのか。

 「紗奈さん、ギャンブルとかやるんですね」

 「いやいや、初めて初めて。桃瀬さんに誘われてさあ」

 あの馬鹿犬、ギャンブルまでやっていやがるのか。まったくけしからんな。

 「いやあ、競馬よく分からんから激しいセ⚫︎クスしそうな馬を三頭選んでエロそうな順番で三連単に三百円適当にぶち込んだらドンピシャ!なんと二十五万七千円くらいになってさ〜」

 「えっ」

 何だそのとんでもない選び方ととんでもない金の膨れ上がり方は。

 ポケットから出したその万馬券を掲げてご機嫌な様子の彼女を見て私は目を丸くする。

 「流石にテンション上がったねえ。とりあえず負けまくって泣いてた桃瀬さんに居酒屋奢って昨日は帰ったけどさ」

 慎也さんなら競馬で負けても喜ぶんじゃないのか。マゾヒストだし。

 「という訳で、どうせ泡銭だから遠慮せず食べちゃって」

 「はあ、まあ……そういう事なら」

 お言葉に甘えさせて頂こう。

 しかし、たった一回のレースで三百円が二十五万七千円か……大体八百五十七倍……競馬はとんでもないな。

 とりあえず私達は適当に注文を済ませて、テーブルに運ばれてきた肉を七輪で焼いていく。

 「馬のセ⚫︎クスは迫力すごいよ〜。馬は何と言ってもチ●ポ!チ●ポがとにかくでっかい!種類にもよるけど七十センチくらいの長さのチ●ポもいるんだよ。それに馬のチ●ポは食べても美味しくて……」

 「あの、紗奈さん。ここ飲食店なんで……」

 「おおっと、失敬失敬」

 まったく、この人も油断も隙もないな。すぐに公共の場でセ⚫︎クスだのチ●ポだのと口走るからな。

 ていうか食べられんのかい。

 「まあそれはさておき、本題に入ろうか」

 焼き上がったこの店の名物でもある分厚いタンを私の取り皿に乗せながら、紗奈さんが眼鏡を指で押し上げる。

 「いきなりの臨時収入でね、来年の夏に先送りにしていた予定を今年、やってみようと思っているんだ」

 予定?なんだろう。

 「と、言いますと?」

 すると、彼女は拳を突き上げてこう叫ぶ。

 「ワクワクドキドキ!真夏の夜の淫乱アニマルセ⚫︎クス旅行〜!」

 「ご馳走様でした。帰ります」

 「ちょっと待って!ごめんごめん!」

 大声で卑猥な言葉を叫ぶ紗奈さんを置いて立ち上がった私。対して彼女はすかさず私の腕を掴んで止める。

 そろそろ怒るぞ。他の客もこちらをチラチラと見ているし、追い出されたらどうするつもりだ。

 「分かったから!小声で話すから!」

 「……次はないですよ」

 「……はい……」

 仕方がなく再び席に着いた私は、遠慮なく網の上の焼き上がった肉をごっそり掴んで口に放り込む。

 「で?どうぞ続けてください。小声で」

 「う、うん。いやね?小学生くらいの頃にさ、家族で千葉に旅行に行った事があるのよ」

 「はあ」

 「その辺りはほんとデカい沼と田んぼと公園とかしかないから、真夏の淫乱アニマルがわんさか湧く訳よ」

 「淫乱アニマル……」

 まあ要は夏になって繁殖期を迎える動物がいっぱいいるって事だろう。

 「その時の記憶が正しければ何だけどさ、私見たんだよ。ウシガエルの蛙合戦を……」

 「かわずがっせん?」

 聞き慣れない単語に、思わず私は首を傾げる。

 「蛙合戦って言うのはね、平たく言うとまあカエルの大乱交スマッシュブラザーズだね。少数のメスに大量のオスが飛び付いてもう組んず解れつでヤバいの。あ、なんだか想像したら濡れてきた」

 スマブラに謝れよ。小声で喋ってるからまあ許すけどさ。

 「それで、その蛙合戦が見たいって事ですか?」

 「まあていうか、本当に蛙合戦だったかどうか確かめに行きたいんだよね」

 ここで彼女は少し真剣味を帯びた面持ちになる。

 「どういう事ですか?」

 「いや、ウシガエルは蛙合戦をやるイメージじゃないんだよね。一般的にはヒキガエルが有名かな。少なくとも私はウシガエルの蛙合戦をしている所を見た事がないし、動画とかを調べてもヒキガエルしか出てこない」

 「へえ、つまり見間違いだったと」

 「う〜ん……でもその時も夏だったのはよく覚えてるんだ。ヒキガエルの繁殖時期は春先だし、ウシガエルは夏場でドンピシャ。ヒキガエルと見間違えたとは思えないしなあ」

 まあ詰まる所こういう事だろう。

 一緒にカエルの交尾を見に行こうって話だ。それも泊まり掛けで。

 「という訳で、一緒にカエルのセ⚫︎クス見に行こう!旅費とかは全部私が出すからさ!」

 ほら来た。

 「……まあ、別に構いませんが」

 旅行か……いつ振りだろう。小学校低学年くらいの時かな。観光とかレジャーとかも興味なかったから何処に行ったかも思い出せない始末だ。

 「よしきた!じゃあ明日の朝十時に出発でどうだい?」

 「えらくまた急ですね」

 「いやあ、天気予報的に明日のその行き先は雨なんだよ。カエルは雨か雨上がりに活発化する事が多いからね」

 雨を狙っての旅行。これまた風変わりだな。紗奈さんらしい。面白そうだからまあ良いか。

 「それで構いません」

 「よしきた!じゃあウシガエルの大乱交セ⚫︎クスパーティに向けて!カンパーイ!」

 「やっぱ無しで。私帰ります」

 ジョッキを高らかに掲げてそう叫んだ紗奈さんを置いて、私は立ち上がって出口へと向かう。

 「ごめん!ほんとごめんなさい!頼むからゆるして〜!」

 「……ったく……」


 こうして、私と紗奈さんの一泊二日の旅行が決まった。

 彼女から聞いた話によると、その宿には温泉があるらしい。娯楽はそれなりにあるそうだが、今回の目的はそれではないのでひたすら動物の交尾を観察しよう、との事だった。

 現在時刻朝十時、私の家まで迎えに来てくれるとの話だったので、私は準備を整えてリビングで待つ。

 とりあえずは着替えその他諸々と、レインコートと長靴は用意した。主に雨の中の活動になるから両手は空いていた方がいいだろう。

 暫くすると、インタフォンの呼び鈴が鳴った。

 恐らく紗奈さんだろう。

 玄関を開けると、家の横にシルバーのエブリイが停まっており、扉の前には紗奈さんが立っていた。

 「おはよう恵子女史」

 「おはようございます」

 「それじゃあ行こうか」

 彼女に促され、私はワゴンの助手席に乗り込む。

 「免許持ってたんですね、車も」

 「まあ色んなセックス見に行くのに便利だからねえ」

 本当にそればっかりだなこの人。

 「それじゃあ出発進行!」

 「よろしくお願いします」

 紗奈さんは車に搭載されている音楽プレーヤーのスイッチを入れて、アクセルを踏む。スピーカーから流れてきたのは『あめふりりんちゃん』だ。まさかの童謡である。

 端的に言うとりんちゃんと言う名のカエルがおでかけして転んで泣いてはしゃいで滑り台から転げ落ちて泣いてスキップして虹が掛かる歌だ。

 「〜♩」

 彼女は上機嫌にそれを口ずさんでいる。

 楽しそうだなこの人。

 「おっと、恵子女史からしてみれば些か幼稚だったかな?私のアニマルセ⚫︎クスムービーコレクションも入れてあるけど、それ流す?」

 この車は多分中古だな、見るからにかなり古い。最近の車は運転中だとテレビやDVDの映像が見れないように自動で画面を変えたり一時停止させたりと工夫されているのだが、この車に備え付けられている液晶画面はまだ運転中もそのまま映像が流れる仕組みのようだ。

 「いや、大丈夫です。紗奈さんそれに夢中になって事故るでしょう」

 「あはは、免許取りたての時に一回それやっちゃってさあ。突っ込んだ先に人が居なくて助かったよ〜」

 あっぶな、笑えないぞ紗奈さん。

 「高速乗るよ〜」

 私達が住むこの町は、都心より千葉に行く方が早い。私の家からこの篠崎インターチェンジを通って千葉に入るのに五分程度しか掛からないのだ。

 まあと言っても千葉は広い為、何処に行くかにもよるのだが。

 「今回は何処に行くんでしたっけ?」

 「ん?ああ、千葉の手賀沼だよ。混み具合にもよるけど大体一時間半くらいかな」

 「そうですか」

 結構早いな。やはり千葉へのアクセスには目を見張るものがある。

 「お!見たまえ恵子女史、あの雨雲を」

 彼女の言葉に進行方向上の辺りを見やると、少し先の方に暗雲が立ち込めていた。

 既に車窓にはほとんど気が付かない程度が、雨粒めいた水滴が付着し始めている。

 「そろそろ降りますね」

 「うん。実に楽しみだ」

 真っ当な旅行をしたのは何年前だったか、思い出せないけれど、こんな訳の分からない旅行も良いかもしれない。普通旅行中に雨なんか降ったらテンションが下がるものだろうに、隣の彼女は意気揚々としている。

 「さて、着くまでの間恋バナでもしようぜ」

 「恋バナ?」

 意外な事を口にするので、思わず私は面食らってしまう。

 「うん、私も女の子だからね。人並みにそういう話は好きさ。あんまり共感は出来ないんだけどね」

 「はあ、そういうものですか」

 理解と共感……この数ヶ月で何度も頭に浮かんだ言葉だ。

 「私も一匹のメスだからね。生物としてオスに惹かれるのは当然の摂理だもの。これでも彼氏が居た事くらいはあるんだぜ」

 「ああ、紗奈さん美人ですもんね」

 「へ?美人?」

 と、今度は私の言葉に彼女が面食らっている。

 「私が?」

 「はい。化粧っ気はないけど目鼻立ちは整ってますし、スタイルも良い。明るく元気で誰とでも分け隔てなく接してるんでそれなりにモテるんじゃないですか?」

 「え、ええ〜……そうかなあ」

 どうやら照れているようだ。

 この人そこら辺に頓着なさそうだから無防備なんだよな。平気でスカート履いたまま椅子の上で胡座かくし、男の人はそういうのが好きなんじゃないだろうか。

 「それで、その彼氏は?」

 「え?ああ……高校の時だったかな〜。生物部の同級生でね。彼も生き物が好きで話が合ったんだよ。そんで告られたから付き合った」

 「成る程」

 「私もその時は色々考えてた時期でね。ふつーに恋してふつーの人間として生きていけるんじゃないかって思ってたんだ」

 普通の恋と、普通の人間。

 人間としての三大欲求の一つが、普通のそれでは満足出来ない彼らは、その普通の営みからズレた場所に立っている。

 「キスしても驚きとか発見はあるけど、動物の交尾を見た時のドキドキではないし、試しに彼と交尾した時は、初めて見るチン●ンへの興味で頭いっぱいだったからねぇ。デートしても私は偶々見かけた動物に夢中になっちゃうし、段々と彼とも疎遠になっちゃった」

 「……」

 「まあそんなこんなで別れてからは、告られても誰とも付き合ってないね。私としては良い経験させて貰ったから特に気にしてはないんだけどさ」

 恋愛というものは、そこら辺に転がって掃いて捨てる程にあるもので、創作物や、クラスメイトの話も殆どはそんな感じだ。

 しかし、彼らはそれに一枚噛む事が難しい。

 「まあ、私の事より恵子女史の話が聞きたいね。今をときめく国産JKなんだからさ」

 「私ですか……」

 国産ってなんだよ……。しかし困ったなあ。話せる事なんて無いけど……。

 「気になっている人とか居ないの?」

 押し黙る私に、彼女が再度問い掛ける。

 「うーん……この人イケメンだなあとか、見てくれが良い人は見ていて楽しいのは分かるんですけどね……」

 「お、じゃあ見た目の好みとかは?」

 「慎也さんですかね」

 「おお……即答したよ……」

 私の返しに再び彼女は面食う。

 「背は高いし、鼻は高いし、単純にイケメンだし……見た目だけなら私の身近にいる人だったら慎也さん一択ですね」

 「ああいうヤンキー系が好きなの?」

 う〜ん……。

 「多分あれですね、派手な人が好きなんですよ。私はああいう服装とか雰囲気にはなれそうもないから」

 「成る程ねえ」

 同様の理由でエイミーとジェシーちゃんも系統は違えど派手なので目の保養になる。ギャルとサブカル女子は結構好きなんだと最近分かった。

 「まあでも、嘉靖さんも椅子の彼もイケメンだと思います。ジャンルは違うけど見ていて楽しい。……まあ椅子の彼は殆どお目にかかれないけど」

 「ははは、確かにそうだ」

 こう考えると私の周りは美形が多いな。すいませんの大将も太ってるけど物腰柔らかで柔和で整った顔をしているし笑顔が素敵だから普通に好きだ。

 しかし、少しズレているがこういうガールズトーク的なのは初めてだな。エイミーも男に興味無さそうだからこういう話しないし。

 恋愛か……いつか私もそういう経験をする日が来るのだろうか。

 別に特殊な性癖の持ち合わせはないけれど、かと言って誰かとどうこうなりたいとか考えた事はないし。恋愛的に誰かを好きになった事がないから分からない。

 まあ、今はとりあえず彼等の事で頭がいっぱいだ。その片隅で適当に考えていこう。


 暫くして手賀沼付近に到着した私達は、適当にマックに入って昼食を取る。

 このご当地のものに完全興味無しって感じも少し可笑しくて良いな。

 私も中学の修学旅行の自由行動でサイゼに入って時間を潰した覚えがある。

 「さて、そろそろ宿だよ」

 それから少し車を走らせると、件の宿が見えてきた。

 小ぢんまりとして年季の入った民宿で、なかなか雰囲気がある。

 三台分しかない駐車場に車を停めて、私達は中へと入った。

 女将さんが一人出迎えてくれて、受付で軽く手続きを済ませて部屋へと通される。どうやら私達以外の客はいないらしい。

 「おお、良い部屋だね」

 与えられた客室はよくある和室だった。

 ちゃぶ台と座布団。備え付けのテレビと飾ってある花瓶くらいしか物はない。

 部屋の端に荷物を置いた私達は、それぞれ座布団に座って一息吐く。

 「おお、人の頭を殴るタイプの灰皿だ。最近これ見かけないんだよなあ」

 と言って、ガラス製のゴツい灰皿を眺めながら紗奈さんは一服入れる。

 前に何かで聞いた事あるが、現在では百グラムを超える灰皿を所持していると銃刀法違反になるんだそうだ。私でさえサスペンスドラマ等で、この手の灰皿で人が殴られるシーンを何度も見てきた。そういうイメージがあるから規制されたって理由もあるんだろう。

 「さて、これ吸ったら行くかい?恵子女史」

 「分かりました」

 彼女が吸い殻を灰皿に押し付けた所で、私達はそれぞれ準備して部屋を出る。

 私は黒いレインコートを、紗奈さんは大きめのリュックだけ背負って雨具は手にしていない。

 「……紗奈さん傘とかカッパは?」

 「ん?ああ、どうせ着替えるから別にいらないよ。こういう事してるとずぶ濡れになる事はしょっちゅうだしね」

 「そうですか」

 まあ、夏真っ盛りだし風邪は引かなそうだからいいか。つくづく適当だなあ。

 女将さんに軽く声を掛けてから、私達は宿を出る。

 道路の脇は草木や茂み、外れた所には雑木林と、自然と人の営みが隣接する境目だ。

 「さてさて、ウシガエルが活発化するのは夜になってからだ、彼等は夜行性だからね。それまでは他のアニマルセ⚫︎クス探検と洒落込もうか」

 へえ、カエルって夜行性なんだ。

 「分かりました」

 空を見上げると、一面雨雲が広がっており、かなり強めの雨が降り続いている。卯の花腐しとは、どれくらい長い期間の雨の事を言うのだろうか。

 車は置いて、歩きで沼の方に向かう。手賀沼までは歩いて十分くらいだそうだ。

 夏休みで、しかも日曜日だが、この雨のせいで人通りは殆どない。

 「お!見たまえ恵子女史!」

 と、ここで紗奈さんがいきなり叫んで走り出す。

 始まったか。

 「ミミズだッ!ミミズがセ⚫︎クスしているッ!」

 「うるせえよ……ってまあいいか」

 周り誰もいないし、雨音でだいぶ聞こえ辛いしね。

 地面に半ば這い蹲るようにしている紗奈さんの隣にしゃがみ、ミミズの交尾を観察する。

 ミミズが二匹、頭?の部分を擦り合わせながらヌメヌメと蠢いている。キモいな。

 「日本でそこら辺の地面を這っているミミズの殆どはフトミミズの一種だね!これもそう!彼等の殆どは雌雄同体、つまりオスの性質もメスの性質も兼ね備えているんだ!」

 へぇ、そうなんだ。ていうかミミズって卵産むんだな。全く知らなかった。

 「身体の一部に帯状に腫れ上がった部分があるだろう?あの辺りを擦り合わせて精子を交換するんだ!うっひょー!見たまえ恵子女史!こいつらとんだドスケベだ!全身ビショビショに濡れてやがるッ!」

 「雨降ってますからね」

 それにあんたも今ビショビショだろうが。……いや、ほら。傘とか刺してないからね?そういう話。

 「んっ……ふっ……んっ」

 しかし前回同様、やはりそっちもビショビショになってしまったのか、発情した紗奈さんは四つん這いの姿勢を取りながら股間に手を伸ばし、弄っている。

 辺りを見渡すが、特に人は居ないしまあ今回は大丈夫かな。偶には発散させておかないとね。脱いだりし始めたら止めよう。

 「お前らっ……こんなっ……公道で……セ⚫︎クスするなんてっ……んっ……とんでもない変態じゃないかっ……」

 「公道でこんな事してる紗奈さんには言われたくないと思いますよ」

 暫くミミズカップルと紗奈さんの成り行きを眺める。事が済んだのか紗奈さんが立ち上がった。

 「ふぅ……久々に臨場感のあるオ●ニーが楽しめたよ。っぱアニマルセ⚫︎クスもニンニクもライブ感が大事だね」

 「そうですか」

 ニンニクのライブ感というのはちょっと意味が分からなかったがとりあえずはスルー。沼に向かって再び歩き出す。

 「ミミズのセ⚫︎クスはどうだったかな?」

 「キモかったです」

 「だよねぇ、アレキモいよねぇ!」

 同意するんかい。

 この人の事が分かってきた感じがあったが、だんだん分かんなくなって来たなあ。

 「お⁈お⁈ぉおおおおお⁈」

 また何かを発見したのか、紗奈さんが奇声を発して近くの茂みに頭から突っ込んで行く。本当憚らないなあこの人。

 「見たまえ!恵子女史!」

 「いや、見えないですけど」

 「そぉいッ!」

 彼女は茂みの草を両手で掻き分け、私に見えるようにしてくれる。

 「カタツムリだッ!カタツムリがセ⚫︎クスしてるぞぉッ!」

 その言葉を聞いて、中を覗き込むと確かに二匹のカタツムリが身体を寄せ合っていた。よく見つけたなこんなの。小さいし、葉っぱで隠れてたし。

 「カタツムリは陸に棲む巻貝の一種なんだ!カタツムリはミミズ同様雌雄同体でね!自家受精……つまり一匹でも子を成せるんだが、産卵数や孵化率がやたらと低くなる可能性がある!」

 へぇ。

 「カタツムリは精莢と呼ばれる精子を溜め込む機関が存在し、それを直接相手にぶち込むんだッ!まぁ人間で言うとキ●タマをぶち込むのに近い!えっちだろう⁈」

 「いや、よく分かんないです」

 「えっちだよね⁈」

 「……えっちですね」

 「それはさておき!」

 さておくな。

 「日本でよく見られるカタツムリはオナジマイマイっていう種類だ!彼等は有肺類なので触覚が四つある!触角の後ろの首っぽい部分から交尾器を伸ばして相手に突き刺して精子を交換するんだ!その際に石灰質の槍状の器官を出し入れしてセ⚫︎クスアピールをする!この針はラブダート、恋矢と呼ばれているんだ!そして最終的にブッ刺す!この行為はダートシューティングと呼ばれている!」

 恋矢……確かに目の前で交わるカタツムリは、それっぽい槍状の細い針めいたものを出し入れしている。童謡の「角出せ槍出せ」の部分はここから来ているんだろうか。

 「ひょっほいッ!見たまえ!互いに恋矢を突き刺し合い!精莢を交換し合っているッ!差し詰めラブジュースの飲まし合いだ!そ〜れ飲め飲めイッキ!イッキ!イッキ!イッキ!マイマイ飲んでなくない⁈」

 「うぉううぉう」

 しまった、思わず乗ってしまった。

 「うおッ!こっちでも他のカップルがセ⚫︎クスの真っ最中だッ!どいつもこいつも見せてくれるじゃないかッ!くぅぅぅぅ!」

 紗奈さんは再び下腹部へと手を伸ばして自慰行為を始めてしまう。

 お盛んだなあ、カタツムリも紗奈さんも。

 因みに私はさっきから紗奈さんに手渡された防水のビデオカメラを片手に記録係をやっている。これ、思いっきり彼女の嬌声が入ってるんだけど大丈夫かな。

 「まったくこいつら軟体生物は本当にえっちなセ⚫︎クスをしやがる!そうは思わないかね恵子女史⁈」

 「ちょっとよく分かりません」

 「そうか!それは残念!」

 また一頻り自慰行為をした紗奈さんは、満足したのか茂みから顔を出そうとするのだが……。

 「お?おお?」

 またなんか見つけたか……。

 「見たまえ恵子女史、ゴキブリだ」

 「えっ」

 彼女の口から出たその言葉に、私は思わず後退る。大抵の虫はどうでも良いが、流石にゴキブリは嫌悪感がある。

 彼女が指差す方を恐る恐る見やると、確かに二匹のゴキブリが茂みの下に這っていた。

 「見たまえ……多分こいつら、このあとセ⚫︎クスする」

 「ええ……」

 流石にきついが……紗奈さんが余りに冷静なので私も流されて録画を始めてしまう。

 「おお、おお……キタ!キタキタキタァッ!」

 すると、片方のゴキブリがもう片方の尻の辺りに顔を突っ込み始めた。

 うわぁ……これ何やってんだよ……。

 「見たまえ、恵子女史……ゴキブリが……フェ●チオしているッ」

 「……」

 もう今にも逃げ出したい気分だったが、這い蹲りながら顔を上げてこちらを見る紗奈さんの顔が超マジだったので私は動けなくなる。

 「彼等はクロゴキブリだね、ゴキブリのオスは羽の下辺りにある刺激体……エクステイサーと呼ばれる器官からメスを誘惑させるフェロモンを出す。すると発情したメスはそのエクステイサーを夢中で舐めるんだ。ご覧、これがゴキブリのフェ●チオだ」

 ご覧、じゃねーんだよ。なんてもの見させてくれるんだ。うっかり夢に出て来そうな光景でなんだか頭痛がして来た。それより……。

 「……さっきからどうして小声で喋ってるんですか」

 「ゴキブリはとても臆病な生物だからね、近くに人間が居て騒ぎ立てると逃げてしまう」

 「はあ」

 その気遣いは普段の公共の場でも見せて欲しかったなあ。

 「見たまえ、メスがフェロモンに夢中になってる隙に、オスがメス後ろに回り込んで尻と尻を合わせ始めた……前戯が終わって、遂にセ⚫︎クスへと辿り着いたのだ……!」

 うわぁ……なんだか頭が二つある新種のヤバいゴキブリの様にも見える。目を逸らしたいがとりあえずカメラに録画しておく。

 「ふほッ……ったくゴキブリちゃんめ……お前らこんな所にいたらすぐ殺されちゃうぞ……まったく不用心な……!不用心セ⚫︎クス……!正に命懸け……!暁光……!暁光……!」

 何やら小声でブツブツと呟きながら本日三度目の自慰行為に耽る紗奈さん。もうどうにでもなれ。

 暫くして絶頂したのか、紗奈さんが立ち上がる。

 「ふぅ……夏の大豊作スペルマ……スペシャルだね。最高でした」

 なんだって?

 「さぁ次へ行こう恵子女史。発情したド淫乱アニマル共が私達を待っている」

 キメ顔でそんな事言われても……。

 降り注ぐ夏雨に打たれ、私達は動物の性の営みを盗み見る。窃視獣姦性愛、その性癖の強さと執念とが改めて彼女から垣間見えた。


 その後、他にも様々な虫や、軒下で雨宿りがてら交尾に及ぶ野良猫達を撮影した後、私達は一旦宿へと戻る。手賀沼も下見して二、三匹のウシガエルを見掛けたが、やはり活発化するのは夜で、本命は夕食を食べてからだそうだ。

 私達は行き掛けにコンビニで買っておいた弁当を腹に入れる。

 旅行って言うか、生物学的調査に赴いてる感じだな。まぁ、観光とかレジャーよりは彼女を見ていた方が余程面白いから私としては文句はないが。

 「いやあ、恵子女史と一緒にいると何故か動物達が盛り出すんだよ。彼等を惑わすえっちなフェロモンが出ているのかもね」

 「勘弁して下さい」

 猫とか犬とかならまだしも、さっきのゴキブリみたいなが私の周りで常時発情してたら困り果てるぞ。

 「さて、ひとっ風呂浴びようか」

 「はい」

 食事を終えて煙草を吸っていた彼女は、火を消して立ち上がる。私も荷物からシャンプーやその他タオル等を持って浴場へと向かった。

 脱衣所に入り、互いに服を脱ぐ。

 う〜ん……最近エイミーのせいで女性の裸を見るとドキドキして来てしまうな。

 紗奈さん、意外とエロい身体してるんだよな……。

 「ん?どうかした?」

 「いえ、別に」

 彼女と目が合ってしまい、私は思わず逸らして誤魔化す。危ない危ない。ジロジロ見るのは失礼だ。

 風呂場は銭湯程の広さで、露天風呂等は無いようだ。この手の民宿ならこんな物なのだろう。二人なら十分過ぎる広さだ。

 互いに体を流し、一通り洗い終えてから湯船へと浸かる。

 「ふぅ……良い湯だね」

 「そうですね」

 風呂は結構好きな方だ。何時間も入る程じゃないけど、やはり平たい顔族としてテルマエの文化は気に入っている。

 「いやあ、楽しみだなあウシガエルのセ⚫︎クス。見れるかなあ」

 「ウシガエルの交尾は珍しいんですか?」

 「いや?この時期は割と東京でも見れたりするからね。特に珍しくはないよ」

 「そうですか」

 「まあ、子供の頃に見た蛙合戦が本当に行われているとしたらヤバいね。あんなの見たら興奮して気絶するかも」

 そうならないように祈るばかりだな。

 流石に沼から宿までこの人を運ぶのはしんどいぞ。

 「いやあ、しかし懐かしいなあこの風呂」

 体を伸ばしながら、彼女はそんな事を口にする。

 「そういえば、前に家族で来たんでしたっけ?」

 「うん。小学生の頃ね〜。あん頃はまだ両親仲良かったからね」

 その言い方だと、今は家族仲が悪いのかな。

 「……離婚でもしたんですか?」

 「あれ?言ってなかったっけ?そうだよ」

 あっけからんとした様子で、紗奈さんはそう答えた。

 「お金だの家事だの育児だの浮気だのなんだの……面倒くさいよねえ人間って。愛し合って私を産んだ筈なのにさあ」

 紗奈さんは湯気で曇る眼鏡を外して、大浴槽の縁の部分に置いた。

 「浮気する動物なんて山程いるんだよ?性欲があるからしょうがないし、生殖本能があるんだから仕方がないのにね」

 確かに、そう割り切れたら楽なんだろうけど。人間は社会性の中で種として繁栄し、発展してきた生き物だ。社会の枠組みの中で、決まりや仕来りがあって、そこからはみ出ないようにする事で八十億人以上の群れとして生きていけるのだ。

 でも、そんな事は紗奈さんだって分かっている。私なんかよりずっと分かっている筈だ。

 「恵子女史の家はどう?仲良い感じ?」

 押し黙る私に対し、彼女はそう問い掛ける。

 いけないな、気を遣わせてしまっただろうか。

 「普通……いや、よく分からないです」

 「よく分からない?」

 私の返答が意外だったのか、彼女は聞き返して来る。

 「父親は殆ど単身赴任で家に居ないし、母も働いて共働きなんで両親が二人でいるところをあまり見た事ないんですよ」

 「なるほどねぇ」

 「それに、私あんまり家族に興味なかったので」

 「と言うと?」

 「……家族って言われても、父は家に居ないし、母は世間体ばかり気にして私の事を見てくれている気がしてなかったので、なんとなく興味が失せていったんです。とりあえず家族だから一緒にいて、とりあえず家族だから話して、とりあえず家族だから私をここまで育てている……そんな風に思ってたので」

 「今は違うの?」

 首を傾けて、彼女はそう問い掛ける。

 「……いや、兄に関しては最近認識が変わりました」

 「お兄さんいたんだ」

 「はい、もう亡くなってますが」

 「ありゃ、そうなの」

 「はい、でも気にしないで下さい。特に後悔して死んでいった訳じゃなさそうだったんで」

 父も母も、どんな気持ちで私を育ててくれているのか分からない。単純に産まれちゃったから育てている。私からすればそんな感じがしないでもなかった。

 別に愛情に飢えている訳ではない。寂しいと思った事はないし、一人でいるのも嫌いじゃない。ただ、私からしてみれば。家族というものは一番近くにいる他人だった。

 手放しに何かをしてあげたいと思う程の愛も、彼らを理解したいと思う程の興味も持ち合わせてはいなかった。

 まあ、兄に関しては普通に私に愛を注いでくれたんじゃないかと最近思うようになったのだが。少し本人の趣味に偏り過ぎていたけど。

 「紗奈さんは?」

 「ん?」

 「ご家族の事、どう思ってたんですか?」

 また私は無遠慮に、不躾に踏み込む。どうもこの癖は治せそうもないらしい。

 「ん〜、さっきも言ったようにめんどくせえなあって思ってたかな。喧嘩ばっかしてるし、しかもその喧嘩の内容がくっだらないしね」

 うへぇ、って感じの表情をしながら紗奈さんはそう語る。

 「くだらない?」

 「父さんがゴミ出し忘れただけで母さんがそれに怒って、父さん逆ギレして大喧嘩とか。母さんがブランド物のバッグ買っただけで父さんがブチギレて大喧嘩とか。どっちが掃除しただしないだ、どっちが洗濯するだしないだとか、くだらたいでしょ?」

 「正直それはしんどいですね」

 「でしょ?そんなんで毎日怒声聞かされてるこっちの身にもなって欲しいよ〜。偶にそこから私に飛び火してくるしね」

 ああ〜、うちも兄が親を怒らせて、私も適当な理由でついでに怒られる事があったなあ。

 「その点生物は良いよ。シンプルで分かりやすい。喧嘩をする理由も縄張りだとか、誰が一番強いだとかそんな感じだし。正に生きる物だよ」

 「……生きる物」

 彼女が口にした言葉を、繰り返す。

 「蛙合戦なんか正にそうなんだよ。メスが少ないと、オスがそのメスを取り合って大喧嘩になる。繁殖する為の本能に忠実に従ってるんだ。種として生きる為の本能に従ってるだけなんだ。そう言った意味では。人間は欠陥品で、生物としては不十分だ」

 「本能の埒外の行動を取るから?」

 「そゆことそゆこと。まあ、そう考えると私達異常性癖者の方がよっぽど欠陥品だけどね」

 「と言うと?」

 「繁殖する気がない、または出来ないから」

 「……」

 あくまでも生物として、種の繁殖を本能としている生物的な観点で見れば、欠陥があるという事だ。それは別に異常性癖者に限った話では無く、普通の人だって今では配偶者を持とうとしない者も大勢いる。

 欠陥と断じるのは些か乱暴な気がするが、彼女の言いたい事は分かった。

 彼女の性癖も、その手の感情の反動から来ているのだろうか。負の感情がきっかけになる事もあると椅子の彼も言っていたし。

 「まぁでも、私はその欠陥が好きですけどね」

 「え?」

 私の返しに、声を上げた彼女はこちらに目を合わせる。

 「生物的に見ても、私の経験や知識から見ても、面白くて、刺激的で、訳が分からない。そんな欠陥品の貴方達に、興味が絶えない」

 子を成す気がないのに、紗奈さんは交尾をしている動物に興奮を抱き、毎度毎度自慰行為に耽ている。

 私は繰り返す日々が退屈でしょうがなかった。そこに一石を投じたのは彼等異常性癖者だ。訳の分からない生き様で私を飽きさせてくれないのだ。

 「……ふっ……はははは」

 紗奈さんはいつもの猫みたいな笑顔を浮かべて、少し笑った。

 「私も人間の中では、恵子女史には興味があるかな」

 「何故ですか」

 曇りが無くなって、見通しが効くようになった眼鏡を掛け直す彼女は私の方を指先でこう告げる。

 「訳が分からないからね」


 その後、風呂から上がった私達は、準備を整え再び手賀沼へと出掛ける。

 雨はやや小雨へと変わり、昼間よりは活動しやすそうだ。暗いので見通しは悪いのだけれど。

 暫く歩くと、遠くの方から何か唸り声?のような音が聞こえる。

 「お、ウシガエルが鳴いてるね」

 その方向を見てニヤリと笑う紗奈さん。

 これがウシガエルの鳴き声か。チューバを鳴らし続けるような、低くて重い音なんだな。確かに牛の鳴き声にも似てる。名前はそこから取られたのだろう。

 「ウシガエルは特定外来生物でね、彼等は食用として日本に輸入されて養殖されていたんだけど、そこから逃げ出して大量に繁殖したんだ。以降日本の生態系をぶち壊しまくってる」

 「へぇ」

 こいつも食べられるのか。

 「因みに味や食感はほぼ鶏肉。ちゃんと調理すれば美味しいよ」

 「それは少し興味ありますね」

 昆虫食は少し抵抗があるが、その手のジビエっぽい物なら食べられそうだ。

 程なくして手賀沼に到着し、岸に沿って歩き始める。

 「おっ!いたいたぁッ!ウシガエルウシガエル!」

 夜目が効くのかなんなのか、紗奈さんが声を上げて走り出す。そちらの方に寄ってみると、確かに水面で何か蠢いている。

 「うおおおおおおッ!みたまえみたまえ!奴らセ⚫︎クスしようとしている!」

 手渡された懐中電灯で辺りを照らしてみると、二匹のウシガエルが眼前に居た。

 深緑色の大きなカエルだ。……いやほんとデカいな。なんだこれ、私の可愛い小さな顔くらい大きいぞ。

 「む?あれ……違うな、こいつらセ⚫︎クスは出来ないぞ」

 「なんでですか」

 何かに気が付いたのか、腕を組みながら紗奈さんがそんな事を言い出した。

 「見たまえ恵子女史。奴ら両方共オスだ。オスは深緑色だが、メスは褐色なんだよ」

 「なるほど」

 雌雄同体ではないのでこれでは交尾ができないな。

 しかし、片方のオスがもう片方にいきなり飛び付き始めた。背中に抱き付いているような体勢を取っている。

 「……あれは?」

 「抱接と呼ばれる行動だね。彼等はああやってセ⚫︎クスをするんだ」

 「……でもオス同士なんですよね?」

 「その通りだよ。カエルは動く物ならなんでも食べるし、動く物ならなんでも飛び付く。発情したオスガエルに糸で吊るしたこんにゃくを目の前にチラつかせたら飛び付いて抱接し始めたなんて事もあるらしい」

 なんだかバカっぽいな。

 「他の種類のカエルに飛び付く場合もある。もうオスもメスもヒキガエルもウシガエルも果てはカエルかどうかも関係ないのだよ。動いたらセ⚫︎クスしようとする。まるで盛った男子中学生だね」

 それは男子中学生に失礼だろ。

 「む?向こうの方で更にウシガエルが鳴いてるね。行こう恵子女史」

 「はい」

 走り出す彼女に着いて行くと、今度は四、五匹程度のウシガエルが水面でバチャバチャとやっていた。

 「おっほーッ!ヤッてるヤッてる!セ⚫︎クスだ!セ⚫︎クスセ⚫︎クス!」

 セ⚫︎クスという単語を覚えたての男子中学生の様にはしゃぐ紗奈さん。

 そこを見やると、確かに褐色の一匹のウシガエルが混じっている。

 少数のメスに多数のオス。これは見られるのではないだろうか。その蛙合戦とやらが。

 「ひぇ〜!見たまえ!一匹のメスに一匹のオスが抱接している!抱き付いた衝撃でメスは排卵し、それにオスが精子をぶっかける!これがカエルのセ⚫︎クスだ!たまんねぇ!……アッ……!別のオスが乱入して来た!三段重ねだ!3Pだ!3Pしてる!うおッ!すぐ横でオスがオスに飛び付いた!BLだBLだッ!てぇてぇなあッ!ぐ腐腐腐腐腐」

 いや、なんかもう何言ってんのか分かんないや。あとなんだその笑い方は。

 「アッ!メスが逃げました!すかさず他のオスが飛び付く!今度はまた別のオスがその上から抱接!更に別個体抱接からのハッケヨーイ!ノコッタノコッタ!4Pノコッタノコッタ!一匹だけ端の所でノコッタノコッタ!」

 残っちゃった一匹がなんだか不憫だなあ。

 「これ、蛙合戦なんですか?」

 「えッ?あ〜、まあそうだね。蛙合戦と言えなくもない。でもヒキガエルの蛙合戦はもっと圧巻だよ。タイミングとか数にもよるけどもう引くくらいの量が組んず解れつしてるからね」

 まぁ特に定義は決まっていないのか。

 「ヒキガエルは繁殖期間が凄く短くてね、だから一箇所に大量のヒキガエルが集まって蛙合戦が起きる。ウシガエルは長い繁殖期間を持つ種類だから、あまりそういった事は起きないんだよ」

 いちいちこの瞬間に焦ってやる必要はない訳か。

 「多分、あの時は偶々……一箇所に大量のウシガエルが集まっていたんだろうね。さっき言ったようにも彼等は特定外来生物だから、今は捕獲や駆除も進んでいる。この沼にも昔はもっと居たのかもしれない」

 「成る程」

 「まぁ、こんなものさ。軽くオナって帰るとするかい。カエルだけにね」

 キメ顔で言われましても……。

 そんなふざけた事を話している時だった。

 水草の間から追加でもう一匹のメスが飛び出してきた。

 「おっ?」

 すると、それを追いかけて更に二匹のオスが顔を出す。

 「おおっ?」

 今度は別方向からまた別のメスが来て、オスが数匹追い掛けてくる。

 「おおっ⁈おおっ⁈おおおおおおおっ!」

 気付けば一箇所にウシガエルが十匹程群がり、抱接しては離れ、抱接しては離れをひたすら繰り返している。

 「ヤバい!キタ!合戦来た!出会え出会えぇッ!開戦の狼煙だッ!出会え出会えぇ!」

 突如として開戦の火蓋が切って落とされ、ウシガエルの蛙合戦が目の前で繰り広げられる。まさか本当に見られるとは。

 確かにこれは圧巻だ。元々身体が大きい事もあって、なんていうか生命の躍動的なものを感じざるを得ない。凄い光景だな。

 「む⁈東方より更に曲者じゃッ!出会え出会えッ!おい!メスが逃げたぞ!背を向けるとはなんだ!そこに誉はないのか⁈なにぃ?「誉は沼で死にました」?ふざけるなッ!ちゃんとセ⚫︎クスしろ!アッ!横取りしやがった!お侍様のヤり方じゃない……!」

 何を申す……。

 テンション爆上がりの紗奈さんは、何やらウシガエルに対して叫び続ける。こんな感じでもしっかり興奮しているのか、股間に手を添える事を忘れていない。

 「アッ……!ヤバい!とんでもないッ!これイクッ!これは流石にイクッ!」

 頼むから誰一人この場所を通りませんように。私は祈りながら紗奈さんが絶頂するのを待つ。

 しかし、本当に凄いな生き物って奴は。

 数匹のメスを多数のオスが奪い合う。会ったばかりの、名前も分からない相手と子を成して、子孫を繁栄させていく。仮にそのあと全く別の相手と交尾をしたところで、怒るものは誰もいないし、糾弾される事もない。

 今まで彼女に連れ添って、様々な生き物のそれを見てきた。

 感情もクソも社会性もへったくれもない。ただただ【生きる】をやっているのだ。

 確かに彼女の言う通り、人間という種は面倒臭いのかもしれない。

 何をするのにも理由が必要で、生きる為に必要のない事であれこれ考えて、喜んで、怒って、泣いて、笑って……。

 愛し合って子を成したのか、それとも性欲に駆られて子を成したのかなんて、よくよく考えてみればどうでも良い話だ。

 私は今ここに生きていて、父と母は生きる為にお金を稼いで、子孫を残す為に私を育てた。

 そこに世間体とか体裁とかなんとか言う社会性がチラリと顔を覗かせているのだが、まぁそれも最早どうでも良いかもな。

 私は今笑ってるから。それで良いのかもしれない。

 彼女も今笑ってるから。これで良いのかもしれない。

 子を成さないかも知れない、生物として間違っているかも知れない、欠陥品なのかもしれないけれど、それでも笑って生きている。

 とりあえず今は、それで良い。


 「いやあ、楽しかった楽しかった!」

 翌日の朝、私達は車で帰路に着いていた。

 あの後テンションが上がり切った紗奈さんが絶頂と共に沼にダイブしたり、夜中に思い出し自慰行為をしたりと中々大変だった。

 「ウシガエル合戦は私の人生のトップスリーに入るオナネタになったよ。暫くはオカズに困らないね」

 「それは何よりです」

 もう少し言葉を選んでくれないだろうか。

 「楽しかったかい?恵子女史」

 ハンドルを握りながら、少しだけこちらを見て彼女は尋ねて来た。

 「そうですね、楽しかったです」

 やっぱり興奮はしなかったけどね。

 「そっか、それは何よりだ」

 ニコリと笑って紗奈さんはそう返す。

 アニマルセ⚫︎クス博士は今日も楽しそうで何よりだ。

 「もし恵子女史が今後セ⚫︎クスをする事があったら呼んでくれたまえ。君のセ⚫︎クスには興味がある」

 「勘弁して下さい」

 まぁ、その内私も経験する事があるのかも知れないな。まずは彼氏……ていうか恋愛をしなければならない。そんな感情抱いた事がないならよく分からないが。

 もしその時に隣に紗奈さんがいたら困るな。私がそういう事をしている最中に真横で自慰行為し始めるんだから。

 「秋になったらまた別のアニマルセ⚫︎クス探検に行こうよ。そして冬のアニマルセ⚫︎クスを見て、春になったらヒキガエルの蛙合戦も見れる!いやあ、今から楽しみだ!」

 「……そうですね」

 どうやら私の先の予定は、彼女との動物交尾観察でどんどん埋まっていくらしい。

 まぁ悪い気はしないし面白いから構わないけどね。

 「〜♪」

 彼女は上機嫌に、カーステレオのスイッチを入れる。また動物関係の同様だろうか、と思っていたら、やはり流れて来たのは『あめふりくまのこ』だ。雨の中で生きる可愛らしい熊を歌った童謡だ。

 雨の中に水面を覗き込んで魚を探す熊と、雨の中で沼を覗き込んでカエルを探す紗奈さんとがマッチしていて少し可笑しい。

 こうして私の夏のアニマルセ⚫︎クス探検は幕を閉じたのだった。


 「いやあ、熊のセ⚫︎クスも見てみたいね!恵子女史!」

 「それは怖いんで勘弁してください」

 食べられちゃうでしょ。

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