第二章 兄
兄は破天荒な人だった。
「最強のギタリスト」とやらになる為に親の反対も聞かずに大学を辞めて家を飛び出し、そこそこ売れて来た頃にライブの帰り道で車に撥ねられて呆気なく死んでしまった。
彼の無茶苦茶振りは幼い頃からそうだったようで、父と母はかなり苦労したんだと思う。
私に対する「普通」の押し付けも、少なからず兄に原因があったと思う。特にそれで兄に思う事は無いけれど。
兄は大酒飲みでベビースモーカーで、深夜に大声で自室でギターを掻き鳴らしながら歌を歌うような人だった。
当時はうるせーなくらいにしか思ってなかったけど、私はそんな兄が嫌いじゃ無かった。
多分あの頃から、変な人が好きだったんだと思う。
兄がいつも言っていた言葉がある。
「いいか、けーちゃん。おもしれーって事は大事な事だ。おもしれーから楽しいし、おもしれーから頑張れる。もし死んだ時に「おもしろくなかったなー」って思うよりは、「おもしろかったー!」って思いながら死んだ方がぜってーおもしれーだろ?」
当時の私はその言葉を聞いて、「そっか」って適当に返事をしたような気がする。
でも今なら分かる。面白いって事は大事な事だ。
死んだ様に、退屈に塗れて生きて来た私は多分、深層心理で思っていたのだ。「このまま死んでもいいのか」って。
だから、私はあの男に座ったのだ。
だから、兄は家を飛び出して行ったんだ。
兄が好きだった曲がある。ブルーハーツの『ブルースをけとばせ』だ。
「70年なら一瞬の夢」、「やりたい放題やらせてもらうぜ」。
兄はこの歌が好きだった。だからやりたい放題やってたんだと思う。
そういえば、兄が家を出て行く前日、母と父に引っ叩かれていたな。
あれは、愛だったのだろうか。
兄は父と母に叩かれて、それを愛だと思ったのだろうか。
結局兄は、私とお酒を飲む前に死んでしまった。
まあ、「俺はたぶん二十七歳で死ぬ!」ってよく言ってたし、本当にその通りになったから……最初から約束なんて無いようなものだったんだろうけどさ。