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第二章 認識との相違

 「いやあ、大変だったね恵子君」

 あの後、診察代と治療費を私が払い、慎也さんと別れた後にサロンへ向かった。

 今は遅刻した経緯を椅子の中の彼と嘉靖さんに説明し終わった所だ。

 彼の上に座り、嘉靖さんが入れてくれた紅茶を飲んで一息つく。

 「まあ一応助けてもらった形にもなるので、構わないんですが」

 「ふむ……確かにこの通りは少し治安が宜しくないかもしれないね。ビルの周囲にも監視カメラを設置しようか。君のスマートフォンでもモニタリング出来るよう設定しておけば安心だ」

 「はあ」

 そういえば、彼の金の出所は一体どこなのだろう。このサロンといい、カメラといい、私の給料といい、かなり金が掛かる筈だ。

 この人の外見はこの間確認出来たが、恐らくあれは不可抗力というか、ただ偶然出会しただけだ。躍起になって自身の姿を晒さんとしている訳では無いんだろうけど、必要が無ければこのまま彼は人間椅子として居続けた筈だ。

 結局、あのお茶会でも彼だけは名前を明かしていない。慎也さんだって「おまえ」とか「椅子」とか呼んでいたし。

 まあそれは一旦いいか。彼が話したくなったら自然に教えてくれるだろう。

 徐々に私への信頼を露わにしてくれているような……彼の周り口説い口調を体現したようなやり方……というのは考え過ぎかな。

 「悩んでいるね?」

 と、ここで突然彼がそんな事を私に尋ねる。

 「……何故ですか?」

 「あくまで推測だよ。座っている君の様子が、以前友人の事で思い悩んでいた時の様子と類似していると私は感じただけだ」

 「……」

 私は表情に乏しいが、嘉靖さん程のポーカーフェイスではない。加えて、彼はずっと私に座られている。革と綿を介してだが、私に触れ続けているのだ。そこから読み取れる情報もあるという事か。

 「……慎也さんの身体の傷を、見ました」

 「……ふむ」

 とりあえず、思っていた事を話してみよう。彼なら、何かわかるかも知れない。

 「私の中のサディストとマゾヒストの認識と、彼が余りにも掛け離れていたので、少しショックを受けただけです。悩んでいるのとは、少し違うような気もします」

 これは、私の中にある人間としての普通の反応のような気がするのだ。

 痛みというのは、身体の危険を報せるシグナルだ。危険から自らの命を守る為に備わっている本能なのだ。

 それを不快に思うのは当然で、他人の傷や怪我を見た時に、痛みを想像して顔を顰めるのだっておかしな事ではない。

 エイミーの一件で思ったが、私は人を傷付けるのが得意ではないらしかった。得意でなくて良かったなとも思うが、とにかく相手にどれだけ非があろうとも、殴ったり傷付けたりするのは避けたい所だ。

 もし誰かを殴るとするのなら、怒りや……何か正当な理由が必要だと思う。……いや、それは当たり前のことだが、やはり暴力は良くないな。

 「確かに、サディズム、マゾヒズムと言っても様々で、人によるところが大きいのは事実だね。言葉による責苦だけを快楽とする者も居れば、叩いたり縛ったりする事だけを快楽とする者もいる。マゾヒストでも、暴力はただの暴力だと認識している者も中に入るのだよ」

 「……はい」

 「桃瀬慎也は、暴力と愛をイコールで結び付けている人間だ。『暴力とは愛』であり、『愛とは暴力』なのだと。『愛している相手を愛故に殴る』というのが彼の理屈なのだが、正直私としても理解し切れていない」

 「と言うと?」

 「今君から聞いた話が正に疑問なのだよ。『愛故に殴る殴られる』という話なら順序が逆だ。彼は殴られ、そして殴った後にその不良青年達を愛そうとしていた」

 慎也さんの言う『ダチになる』という事が、『愛する』という事なのだとしたら、確かに順序が逆だ。

 「まあ、単純に慎也のサディズムがより強く働いたと考えれば納得も行くのだがね」

 「……貴方でも分からない事があるんですね」

 異常性癖の専門家のような印象を抱いていたから、彼の言葉は少し意外だった。

 「勿論私にも分からない事はあるさ。と言うより分からない事だらけさ。これは個々の人間の心理的な話も絡んでいる。客観的に観察し、ある枠組みに当て嵌める事は出来ても、対象の主観を完璧に把握出来るわけではない」

 「まあ……それもそうですね」

 相手の心情を完璧に理解するだなんて、そんなのは不可能だ。

 エイミーが露出行動を取る事で、性的興奮を得ているという事は客観的な認識だ。彼女の主観的な快楽や羞恥や、その他の感情から来る興奮は私には共感出来る物ではない。

 ……今朝は半ば強引に彼女の下半身を見てしまったが、よくよく考えてみると良くなかったかも知れない。もう少しコミュニケーションを取ってどうして欲しいか聞くべきだったかもな。

 「まぁ、確かにこういった面で彼は危険な男でもあるが、根底の部分にある善性には目を見張るものがある。気が向いたら構ってあげてくれたまえ」

 「はあ」

 そういえば紗奈さんも慎也さんの事は良い人だと言っていたな。さっきお金をたかられたばかりだから私としては想像し難いのだが。

 「私は賛成しかねます」

 とここで私の横に立って話を聞いていた嘉靖さんが口を開いた。

 珍しいな、彼が会話に入ってくるとは。

 「当サロンにて顔を合わせる程度なら構いませんが、それ以外の場所で二人で交流するというのは少し心配です。慎也様は素行は良くありませんが、確かに善人としての側面が強いということは認めます。ですが、彼は自身の欲を満たす為に、時折周りの人間を巻き込む事があります。恵子様に危険が及ぶ可能性を見過ごす訳にはまいりません。議長様、彼が貴方にした事をお忘れですか?」

 淡々と言葉を並べた後、嘉靖さんは椅子の中の彼に問い掛けた。

 「そうだね……そんな事もあった。だが彼もあの時の事は反省していると言っていたし、私の『椅子の君』に何か良からぬ事をするつもりはないと思うがね」

 慎也さんと彼の間に、以前何があったのだろうか。

 「何があったんですか?」

 とここで、やはり私は不躾にも尋ねてしまう。

 「……いや、済んだ話だ。悪いが説明は控えさせて貰うよ。誰にでも、若さ故の過ちというものがある。友人の悪い所を他人に話すのは気が引けるしね」

 「……そうですか」

 まあ、深掘りする事もないか。彼もこう言っているし。

 嘉靖さんの態度も少し気になるが、まぁ単純に昔はヤンチャしてましたって話かな。アレでも今は丸くなってるんだろう。気にする事でもないかな。

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