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第二章 茶会

 「さて、初対面の者もいるし軽く自己紹介でもして頂こうかと思う。まずは慎也、お願い出来るかな?」

 「おう」

 椅子の中の彼に声を掛けられて、煙草の灰を灰皿に落としながら慎也さんが返事をする。

 「名前はさっき言ったからもういいな?歳は二十五。無職。葛西の方でやってる裏格闘技のファイトマネーで生計を立ててる」

 裏格闘技?

 「非合法な賭け格闘技の事だよ。所在は私も知らないが、彼曰く葛西の方で不定期的に開催されているらしい。詰まる所彼はピットファイターと言う訳さ」

 賭け闘技場……実在したのかそんなものが……。ここのアルバイトといいつくづく彼らはアウトローだな。

 「つっても趣味でやってる訳じゃねえ。俺は『殴っても死なねえ奴』、『俺を殺せる奴』を探す為この世界に飛び込んだんだ」

 「……?」

 つまりどういうことだ?

 「彼はサディストであり、そしてマゾヒストでもある」

 と、椅子の中の彼が慎也さんをそう定義付けた。

 加虐性愛、被虐性愛……そういう方面に疎い私でもよく聞く文言だ。SっぽいとかMっぽいとか、昨今日常でも話の種として上がってることも珍しくない。

 「それって両立するものなんですか?」

 と私は慎也さんに湧いた疑問をまた不躾にも尋ねてしまう。

 「サドもマゾも表裏一体だぜ。痛みってのは愛なんだよ。殴るのも愛、殴られんのも愛だ」

 「?」

 言ってることが全然分からん。

 「彼の言葉が抽象的だから分かり辛かったね。詰まる所、共感性の問題なのだよ」

 とここで椅子の中の彼がフォローを入れる。

 「共感性?」

 「そう、恵子君にこんな話をするのは少々心苦しいが、SM倶楽部を例に上げてみよう。サディストな女王様と、マゾヒストな客が居る。女王様は客を鞭で打つ事で興奮を覚える。客は女王様に鞭で打たれることで興奮を覚える。これは理解できるね?」

 「はい」

 「さすれば、其処に共感性が発生するのだよ。女王様は鞭で打たれて興奮する客を見て更に興奮する。客は鞭を打って興奮する女王様を見て更に興奮する。その相互関係こそが共感だ。ある種相手に自己投影する事で更に高みへと昇っていくのだよ」

 「成る程」

 痛みを与える側が、与えられる側の痛みを想像して、痛みを与えられる側が、与える側の昂りを想像する。それが循環していくという事か。つまり、サディストはマゾヒズムを理解し、マゾヒストはサディズムを理解していると言う事だ。

 「これは別にSMプレイに限った話ではない。通常の性行為でも同じ事が言える。相手の反応があるから興奮し、相手が興奮している事を認識して更に興奮して高め合う。詰まる所それが愛であると彼は言っているんじゃないかな」

 「まあ、そんなチャチな話じゃねえが……大体合ってるよ」

 と椅子の中の彼の解説に同意する慎也さん。思っても見なかった話だ。成る程、共感ねえ。

 「まあ、私は童貞だから、後半部分は知人の受け売りなんだけれどもね。理解頂けたかな?」

 「えっ……あ、はい」

 突然何をカミングアウトしているんだこの男は。

 「じゃあ今度は私の番かな」

 そう言って二本目の煙草に火を付けるのは紗奈さんだ。

 「私は大学で生物学部に所属していてね、まあ中でも一番興味があるのは生物の性行動かな」

 「性行動……」

 「そう、巷では『アニマルセ⚫︎クス博士』って呼ばれてる」

 「は、はあ……」

 なんだか蔑称の様にも聞こえるが、彼女は全く意に返してはいないみたいだ。

 「子供の頃から近所の野良猫とか犬とか虫とかの交尾を見るのが好きだったんだ」

 「彼女の様な性癖は【窃視獣姦性愛】と呼ばれるものだ。まあ彼女の説明通り、読んで字の如くだね」

 窃視獣姦……動物の性行為を覗き見るって事か……またとんでもないのが飛び出してきたなあ。

 「アニマルセ⚫︎クスは奥深いよ。基本的に動物ってのは繁殖のために生殖行動を取るものなんだけど、中にはただ快楽を得る為だけに性行動を取る生き物もいる。マスターベーションからア⚫︎ルセ⚫︎クスなんて事もやる奴らがいるの。面白いし興奮するでしょ?」

 とやや早口に捲し立てる彼女は、好きな物事を語っているせいかややテンションが高くなっていく。

 「いや、知的好奇心はありますけど、興奮するかどうかは見てみないとちょっと分からないです」

 そう答えた私を見て、紗奈さんはその瞳を細めながら、

 「へえ……椅子の人、この子やっぱ面白いね」

 と、ふっと笑いながら突然そんな事を言い出す。

 「あったまおかしーよな」

 と今度は慎也さんが。

 「恵子様は奇特な御方です」

 と嘉靖さんまでも。

 「彼女は変わっているからね」

 と椅子の中の彼がそう締め括る。

 なんだ失礼な。あんた達だけには言われたくないぞ。

 「恵子君、前にも言ったがね。大体の人間は我々のような異常性癖者の話を聞くと、否定や嫌悪、嘲笑や拒絶を露わにするのが殆どだ」

 「はあ」

 「興味を抱いて「見てみない事には分かりません」だなんて、普通出てくる言葉じゃない」

 「そういうものですか」

 「ここにいる我々の経験上ね」

 私に対して、それを彼らは「優しい」と表現するけれど、それは間違いだ。

 私が、もっと普通に人付き合いが出来て、友人も沢山いて、世間一般の普通の生活を送っていたら、彼らの言う普通の反応を示していたに違いない。

 だから、私は優しいとか、そんなんじゃない。

 だけど、彼らに好印象を抱いて貰えているのなら、人付き合いが苦手で、友人もいなかった私の半生にもありがたみが出てくるってものか。

 「じゃあ今度一緒に動物性行観察に行こうよ。夏になるとそこら中に生き物が湧き出すからパラダイスだよ」

 と紗奈さんが嬉しそうにそんなお誘いをしてくる。パラダイスねえ。

 「はあ、まあ……バイトがない時ならいつでも」

 「よっしゃ。じゃあ連絡先交換しとこう」

 紗奈さんと連絡先を交換し、流れで慎也さんのも教えてもらった。

 なんだかスマホの電話帳がえらい事になってきたな。

 母、父、兄、人間椅子、女装メイド、露出女子高生、アニマルセ⚫︎クス博士、サディスティックチンピラマゾヒスト。登録されている人物の六割以上が異常性癖者だ。

 その後、椅子の中の彼が言うように、このお茶会は単なる雑談大会へとシフトして行った。

 最近読んだ本の話とか、良い茶葉が手に入ったとか、美味しい居酒屋があるとか、大学の教授がムカつくとかそんな話だ。

 この二ヶ月程度で分かった事の一つ、異常性癖者だからと言って、他の所は特に普通の人間と変わりはないという事。

 文系学生を拗らせたような喋り方だったり、表情に乏しかったり。コテコテのリケジョみたいな見た目だったり、チンピラ風なのはそれぞれの個性による所だ。勿論異常性癖が全く関係ないとは思わないけどね。

 何度も言うようにそれも彼らの一部でしかないという事だ。

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