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第一章 それから

 そんな騒動から、一週間が過ぎた。

 あれからエイミーは、ちゃんと学校へ来るようになった。

 正直私としては生きてさえいてくれれば学校なんて来てくれなくても良かったのだけど、彼女が行くと言って聞かなかったのだ。

 私が大暴れしたせいもあって彼女への悪戯は現在収まっているが、いつまたぶり返すかはわからない。だけどまあエイミーの様子を見ている限り大丈夫だろう。

 その理由は、彼女が露出趣味の事を普通に口外し始めた事だった。

 私の言った「露出嗜好もお前の一部だろ」という一言が刺さったとかなんとかで、自分のアンデンティティとして胸を張って生きていく事にしたんだそうだ。

 開き直ってる相手を揶揄ったりしてもつまらないだろう。次第に皆興味を失うか、露出嗜好の女子高生という存在に順応していく気がする。

 自分のコンプレックスも、これが自分だって認めて、受け止めるのが大事なんじゃないかって思うようになった。


 「あ、ケーコちゃんおはよ〜」

 そんな事を考えていたら、件のエイミーちゃんがご登校してきた。

 「おはよう」

 「もうマジで最近夏だね〜。汗ヤバいんだけど」

 制服の胸元を掴んでパタパタとやりながら、エイミーが席に着く。

 「そだねー」

 「うわってきとー」

 あと、もう一つ変化があった。

 「あ、そだケーコちゃん」

 「なに」

 声を掛けてきた彼女は、突然私の腕を引っ張り耳元でこう囁いた。


 「あたし今日……えっちな下着履いてるんだぁ……ティーバックの、ほっそいやつ……」


 熱っぽい声色でそんな事を言うので、思わず私は息を呑む。

 「後でかくにんよろしくっ……」

 それだけ言うと、彼女は席に着いて一時間目の授業の準備を始めてしまった。

 そう、私が屋上で言い放った「あんたの裸は私が見てやる」発言が原因だ。こうして毎日私に下着を報告したり、見せて来たりするようになってしまった。

 まあこれくらいなら大した事じゃないし、女の私からして見てもエイミーの体は見ていて飽きないくらい綺麗だ。

 それに、刺激的で面白い。


 放課後、嘉靖さんと椅子の中の彼に改めてお礼を言う為に、私は手土産のケーキを買うことにした。

 場所は以前エイミーと行った所だ。

 味の好みはよく分からないけれど、とりあえずモンブランでいいかな。なんとなく、成人男性はモンブランが好きなイメージがある。偏見だけどね。

 店の扉を開くと、二人の男性客がケーキを選んでいた。片方には見覚えがある、あの時ケーキを爆食していたチンピラさんだ。

 もう片方は、拗らせた文系大学生のような長身痩躯の男だった。天然なのかどうか分からないが、フワフワのパーマがかった長めの黒髪に、丸い眼鏡と細い目が特徴的だ。もう夏だというのに春物のベージュのトレンチコートに身を包んでいる。

 「だからさあ、苺タルトは目に良いんだよ。映える赤っつーの?血みたいで綺麗だろ?」

 と金髪ツーブロックのチンピラさんが文学青年に語り掛ける。

 なんかエイミーみたいなこと言ってるなあ。後半物騒だったけど。

 「目に良いと言うなら、苺は確かにそうだろうね。苺の赤い色素には視力回復、眼精疲労に効果があるとされるアントシアニンが含まれている」

 と文学青年が若干噛み合ってない返事を返している。口調もだいぶ拗らせてる感じだ。

 ……なんだか何処かで聞いたような声だなあ。まあいいか。

 「だけどどうだろう。アントシアニンの含有量という点で見れば、苺は百グラムあたり二十グラム程度。ブルーベリーは百グラムあたり百から二百程度と言われている。目に良いという点で選ぶなら此方のブルーベリータルトにするべきではないかな」

 「はあ?ブルーベリータルトはツブツブしてキモいからやだね」

 「好き嫌いは良くないよ。それに苺だって近くで見るとブツブツしていてなかなかグロテクスだとは思わないかい?」

 なんだか楽しそうだなあ。とっとと選んで持っていくか。

 彼らの横を失礼してショーケースのケーキに目を向ける。

 モンブランモンブランっと……。

 「おや?恵子君じゃないか」

 「えっ?」

 突然、文学青年が私の名を呼ぶので驚いて顔を上げる。

 え?誰?なんで私の名前知ってんの?

 ていうか、前にもこんな事あったような……。

 「なんだ、おやつを買いに来たのかい?それなら私がついでに買ってあげよう。これから戻る所だったしね」

 「え?はい?」

 「ん?今日はシフトの日だっただろう?どうせサロンで食べるのなら、私がご馳走しようと言っているのだよ」

 シフト?サロン?

 は?え?

 ちょっと待て。待って欲しい。その言葉と、この声、まさか……。


 「……人間椅子?」

 「おや、そういえば顔を見せるのは初めてだったかな。モニター越しではなく、自分の眼を通して見る君も美しいね」

 そう言って笑って見せたその男の声は、紛れもなく椅子の中の彼のものだった。

 「ええええええええ⁈」


 「いやあ驚かせてしまったね、済まなかった」

 そう言って笑う男は、どうやら私が週四で尻に敷いている人物らしかった。

 現在私達はサロンに向かって歩いている途中だ。

 ケーキを奢ろうとする彼を「お礼なので」とねじ伏せて、結局彼らが買うケーキを全て私が払う事になってしまった。

 「……いや、別にまあ、いいんですけど」

 以前自分で見てくれは良いと言っていたが、本当だったな。好き嫌いは別れるが、イケメン作家って呼ばれてそうな雰囲気だ。

 「しっかし本当に実在したんだなあ「椅子の君」。てっきりおれぁ欲に呑まれたお前の妄想だと思ってたぜ」

 そう語るのはあのチンピラさんだ。事前に私の話を聞いていたらしい。

 どうやら椅子の彼とは友人のようで、やけに親し気だ。

 「相変わらず失礼だな君は」

 「お前ほどじゃねえよ……おっと、嬢ちゃん。挨拶が遅れたな、俺は桃瀬慎也。慎也でいいぜ。あとケーキあんがとな」

 チンピラさん改め慎也さん。ワインレッドのパンツに黒いタンクトップという厳つい出たちだ。首にはジャラジャラと金のネックレスも付けてるし……椅子の中の彼とは正反対な印象を受ける。更に言えば、何故かその顔や腕に包帯やら絆創膏やらがやたらと貼られている。喧嘩の傷だろうか?

 しかし椅子の彼とはどういう関係だろう。向かってる先が一緒という事、私の存在を彼から聞いていると考えるとなんとなく共通点は見えてくるが……。

 「篠嵜恵子です。どういたしまして」

 「しのざきけーこね。じゃあケーコだな」

 いきなり下の名前呼び捨てか……チャラいなあ。

 「しっかしアレだなあ嬢ちゃん。こいつの説明聞いた上で座ってやってるとか、あったまおかしいな!」

 「そうだね、恵子君は少し変わっているね」

 「失礼ですね」

 なんなんだ二人して。しかも椅子の彼に関してはお金払って座ってもらってる身だろうに。

 「さて、恵子君。今日は当サロンの会合があるんだ」

 「えっ」

 今日だったのか、異常性癖者の集まりって。

 「と言っても、今日集まる人数は君に買ってもらったケーキと同じ数だから、そんなには集まらないんだけれどね」

 私は彼が手に持っている箱に目をやる。

 私と彼と嘉靖さんと慎也さんで四つ。残り一つで合計五つだ。

 「都合が合わない者も何人かいてね……まぁ君の事は説明してあるから、気兼ねなく私の上に座ってくれたまえ」

 「はぁ、それはどうも」

 そんな話をしていたら、気が付くとエドガワビルディングの目の前まで来ていた。

 「それじゃあ私は準備をしてくるから、恵子君達は嘉靖にケーキを渡してお茶の準備をさせておいてくれたまえ」

 そう言って彼は地下への階段を通らずに、奥のエレベーターの方へ向かって行ってしまった。

 どうやら別の入り口があるらしい。

 「準備とは?」

 疑問に思ったので慎也さんに尋ねてみる。

 「椅子の中に入るんだよ。あいつサロンの中じゃ絶対あの中から出ねーからな」

 「そうですか」

 「んじゃまあ、行くか」


 こうして私は、【異常性癖サロン・人間椅子倶楽部】に正式に足を踏み入れる事になった。

 そこに集うは多種多様な性癖を持つ人物達。一癖も二癖もあって、中々刺激的な顔ぶれだろう。

 少しの期待と、少しの不安を抱きながら、私は扉を開いた。

 部屋の中にあるのは、やはり一つの椅子だ。

 アンティックな、木製の洒落た枠の付いた、革張りの豪奢な一人掛けの椅子が、客人の訪を歓迎してくれる。


 「ようこそ。【異常性癖者サロン・人間椅子倶楽部】へ」


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