第一章 どうして
私の母は、真面目で融通の効かない、ちょっと面倒な人だった。
身内の目から見てもしっかりとした人だと思う。父は仕事であちこちを回っていたから、私の世話は殆ど母の役割だった。
幼い時分に、私にも友達っぽい人は居た。
でも、友達にはなれなかった。
母には口癖が幾つかあった。
「普通の、まともな人間になりなさい」
「普通ってなあに」
その時私は母にそう尋ねた事をよく覚えている。それに対して彼女は、「普通は普通よ」としか答えられなかった。
「あの子の家は親御さんが……」「あんな乱暴な子と連んじゃダメ……」「もうちょっとちゃんとした子と友達になりなさい」
私の遊び相手を見て、母はよくそんな事を口走っていた。
もう名前も思い出せない同級生の彼らは、別に悪い子達じゃなかったと思う。普通の、普通の人間だった。
結局、母の言う「普通」とやらが分からないまま、私は友達を作るのを諦めた。
友達を作ろうとしても、母に否定される気がして、それが怖くて、だったら初めから友達なんて居なくてもいいかって……そう思ったのを今でも覚えている。
次第に他人への興味も、物事への興味も無くなって……いや、無くなったフリをしていたのが、そのうち本当にそうなって、何となく生きるだけの装置になった。
程々に勉強して、程々の学校に進学して、程々の企業に就職して、程々の、普通の人生を歩むんだと思っていた。
でも、違った。
中学の二年生くらいになった時に母に言われたのだ。
「そろそろ友達の一人くらい連れて来たら?普通の子みたいに」と。
気が付くと、私は普通の女子中学生ではなくなっていた。
元々生まれ付き口数は少なく、表情も乏しい気難しい質だったと思う。
だが、友人と呼べる者は一人もおらず、趣味も、好きなものもない空っぽの人間になっていた。
人に興味が持てない、空っぽな人間になっていた。