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8. 姫騎士×オーク


西の国境にはいくつかの重要な砦がある。そのうちの三つがすでにオーク軍の手に落ち、撤退を繰り返した王国軍はいよいよ後が無い。最大の要衝であるラーズウルリッヒ砦が落ちれば西部の中心都市ローゼンは目と鼻の先だ。何千人もの一般市民が血に飢えた怪物どもの脅威に曝されることになる。だからこそその文字通り最後の砦を死守するために駆け付けたのが、王国最強の将にして常勝無敗の姫騎士オリエ。齢わずか十四で初陣を飾って以来、あらゆる外敵との戦いで常に陣頭に立ち、すべて勝利に導いてきた。


ゆえに誰も想像していなかった。この英雄少女が敗北することを。


俺たちがラーズウルリッヒ砦に到着した時には、すでに戦局の大勢は決していた。程なく城壁に翻っていた王国の旗は焼かれ、怪物どもの勝利の雄叫びが辺りを埋め尽くした。


「嘘だべ?……オリエんてぃが負けるとかマジあり得んてぃ……」


おネェの口から思わずオヤジギャグが飛び出すぐらい、それはショッキングな光景だった。いやもちろん俺はこの展開を知っていたわけだが。


「姫騎士さん……やられちゃったんでしょうか?」


「いや……オリエはまだ生きてる。ただの騎士団長ならすぐ殺されて終わりかもしれないけどな。王家の人間、しかも国民的英雄だ。人質としての利用価値は計り知れない」


「オークがそんなこと考えるかねぇ?」


「敵がただのオークならラーズウルリッヒ砦は落ちねぇだろ。少なくとも奴らを率いてるボスをそこらの脳筋雑魚と一緒に考えない方がいい」


「だったら早く助けに行かないと!」


能天気な天使は簡単に言うが、おネェはともかく俺たちのレベルじゃ最初の関門を突破することすら難しい。だが幸いというかなんというか、ここは経験値の宝庫。おネェを盾にして無限に湧き出るオークどもを狩ってりゃあっという間にレベルMAXだ。オマケにモフ用の育成アイテムをドロップする敵もいるしな。ここで一気に戦力を底上げしてボス戦に備えるぞ。


「そんな悠長な……」


「オリエのことなら大丈夫だって。今頃は多分……」


ゲームではちょうどこのあたりでイベントシーンが入る。

砦の最上階で孤軍奮闘を続けていた姫騎士オリエだが、やがて配下の騎士たちがすべて力尽きて倒れ、ソイツらを人質に降伏を迫られると、もはやこれまでと悟って剣を下ろす。


「我が軍の敗北を認める………私の首を取るがいい。だが捕虜には誇りある戦士としての扱いを望む。貴軍の将が誇りある戦士であるならば」


そこにひときわ巨体のオークが現れる。オークって連中は大抵裸か腰布一枚の上に粗雑な防具を着けただけの格好だが、コイツは人間のような服を着ている。完全に特注サイズ。攫った人間の奴隷にでも作らせたんだろうか。


「あ〜……戦士の誇りだのなんだの、そ〜ゆ〜ダリぃのは興味ねぇなぁ〜……あとアンタの首にも興味ねぇ」


「貴様が部族の長か………では何が望みだと言うのだ?私一人で応えられる要求ならどんなことでも飲もう。我が兵たちに非道な扱いをしないと約束するならな」


その言葉を聞いて巨体のオークはニンマリと頬を弛ませる。


「そんな雑魚どもに用はねぇよ。用があるのは最初からアンタだけだ、姫騎士オリエ。アンタが俺の言うことを聞いてくれるってんなら、ソイツらは生かして帰してやってもいいぜ?」


「是非もない………私ならばどうなっても構わない。兵たちを解放してくれ!」


「まだダメだ。人間は嘘つきだからなぁ。アンタがちゃんと俺の相手をしてくれたら、ソイツらは晴れて自由の身だ。俺は約束を守るぜ?」


人質にされた騎士たちは口々に叫ぶ。


「姫様!そのような(ケダモノ)を信用してはなりませぬ!どのみち我々は殺されます!姫様お一人ならば逃げられるはず……貴女はこの国の希望なのです!」


「勇敢なる我が兵たち………お前たち皆がこの国の希望なのだ。誰一人失いたくない。この身一つで皆が助かるならば喜んで差し出そう」


オークの長は目をギラつかせて舌舐めずりした。


「い〜い覚悟だ。じゃあまずその仰々しい鎧を全部脱ぎな。武装解除だ」


「……わかった」


オリエは手にした剣を鞘に収め、腰から外した。続いて両腕の籠手(ガントレット)、肩当て、胸当てと外していく。ガシャリと金属が床に落ちる度に取り囲む怪物どもが囃し立てるが、誇り高い姫騎士は表情を一切崩すことなく、敵将を鋭く睨む視線も揺らぐことは無い。


「ああ………姫様………」


ある者は顔を背け、ある者は歯を食いしばって怒りに震えながら、捕虜たちはこの後オリエを待ち受ける最悪の運命に想像を巡らせた。


「ゲッヘッヘッヘ………そのお高くとまった顔がいつまで続くかな?無敵の姫騎士も丸裸になりゃただの小娘。俺たちオークと大した違いはねぇってことをわからせてやるぜ」


オークの巨体がズンズン近付いていく。そこでイベントシーンは一旦途切れる。なんとも妄想が膨らむ展開だ。


このオークキング討伐イベントは、当時まだよくある美少女ソシャゲの一つに過ぎなかった天界恋奏ティアピュリカが一躍人気タイトルの仲間入りを果たす起爆剤となった。と同時に、異常な額の廃課金者を続出させて一躍その悪名を世に知らしめるきっかけにもなった。


人はなぜソシャゲに課金するのか?それはもちろん、引きたいキャラやアイテムがあるからだ。このイベントの報酬、限定SSメイ奴隷オリエ目当てにこのゲームにハマった奴は相当な数に上るだろう。かくいう俺もこのイベントには相当な額を注ぎ込んだ。なぜそこまで人気を集めたかといえば、まあ一言で言うとエロいからだろう。


姫騎士×オークの組み合わせといえばファンタジー系成人向けコンテンツの王道。敗北して捕らわれた姫騎士が「くっ……殺せ!」と強がりながら野蛮なオークにゴニョゴニョされるという、いわゆる「くっ(ころ)」展開はその手の薄い本の世界ではもはや古典とも言うべき定番ジャンルだ。

もちろんこのゲームは全年齢対象だから、露骨にナニがナニするような描写は無いものの、限定オリエのビジュアルは男どもの妄想を大いに(はかど)らせた。


だが俺がかつてコイツをゲットするために大枚をはたいた理由は単なるエロ目的じゃない。この限定オリエは歴代の強SSの中でも群を抜いた物理攻撃性能を誇る。守りの能力もバランスよく備え、壁としても優秀。はっきり言って前衛にコイツ一枚置いておけば、ほとんどの敵は力押しで吹っ飛ばせる。

入手難度は高いが、逆に言えば序盤でこのチートウェポンを手札に加えられたら、しばらくは無双できる。これは絶好のチャンスなんだ。


すでにイベント攻略の切り札は用意した。だがそれだけじゃダメだ。パーティー全体を底上げしなきゃ肝心のボス戦までたどり着けない。だからハズレとコワモテをここで徹底的に鍛え上げる。砦の第一階層でオーク百人組手だ!


「コワモテ!お前はとにかく手当たり次第にモフアタックを喰らわせろ!それしかできねぇからな」


「フモ〜ッフ!」


「HPがヤバくなったらすぐにおネェの後ろに逃げ込め!ハズレは聖なる護りホーリープロテクション治癒(ヒール)だ!」


「ハズレハズレってなんですかもうっ!治癒(ヒール)っ!治癒(ヒール)っ!……次から次からっ、キリがないですよ〜っ!」


「ハイカキンちゃん!ちょいヤバみなのがそっち行ったよ〜!」


おネェの声に振り返ると大型のトカゲに跨ったオークライダーが二騎、こっちに突っ込んできた。


「問題ない。俺には守護亡霊が憑いてるからな」


背後でドス黒い気配が膨れ上がり、可視化した怨霊の乱れた黒髪がザワザワと俺を包み込む。


「許さない許さない許さない許さない許さない許さないわた私の大切なヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒトを傷付けようとする奴はのろのろのロロロロロロロロロ呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる……」


目に見えない嫌な圧がトカゲとオークの突進を阻み、まとめて弾き返した。グシャリと何かが潰れた嫌な音がした。


「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる……」


「わかったわかった。俺も愛してるぜキャサリン」


「なんですか守護亡霊って!私という守護天使がありながらそのような不浄の者と!」


「お〜お〜、モテモテだね〜ハイカキンちゃん」


「フモッフ!」


第一階層のオークを一匹残らず片付けると、コワモテがモフからモフモフに進化した。特に育成アイテムを使わなくてもレベルだけで自動的に進化する規定ルートだ。順調順調。


第二階層には育成アイテム「ブートプロテイン」をドロップするビルドアップオークが出没する。このマッチョどもはまともにやり合うと硬いわ単発の火力もバカ高いわでかなり手強い。でもわかりやすい弱点があって、モフモフのスキル「くすぐり」に弱い。コワモテがまとわりついて柔らかい毛先でこしょこしょすると、鋼の筋肉に力がこめられなくなる。そこにマッチョでは負けないおネェがワンパン。楽勝だ。

俺たちはガチムチバトルの連戦でどんどんレベルを上げ、ブートプロテインも目標の6個が集まった。これでコワモテをムキムキモフモフに進化させられる。


「ムキムキとモフモフって両立できなくないですか!?せっかくモフモフになって少し可愛くなったのに……」


天使は俺の育成方針に文句があるようだ。


「心配するな、見た目はほとんど変わらん。外はモフモフ、中はムキムキ。抱き心地はちょっと硬くなるが」


「えぇ~っ!」


柔らかな抱き心地との別れを惜しむかのように、コワモテを抱えてギュウッと無駄肉で押し潰すマノン。しかし俺は非情に毛玉を取り上げると、その口に6個のブートプロテインを放り込んだ。


「ムッ……ムッ………ムムムムムムッ……ムキ~モッ!」


鳴き声はキモい。顔もさらにちょっとコワモテになった。だがムキムキモフモフ、通称ムキモの必殺技「メテオアタック」は単発ダメージながらSSクラスの相手にも十分に通用する威力だ。これでボス戦に挑む準備は整った。あとは敵の本隊が待つ第三階層で残るオークを狩り尽くし、レベルMAXで最上階に向かうだけだ。


その頃最上階では、紳士諸君お待ちかねのイベントシーンの続きが繰り広げられていた。

いや、全年齢対象ゲームだからホントにナニをナニするような展開は無いんだ。くどいようだけど。


姫騎士オリエは大勢のオークと配下の騎士たちの視線が集まる中、真っ赤な顔でモジモジしていた。


「な、なんだこの服は!侮辱にも程があるぞ!」


着せられているのはいわゆるメイド服。しかもスカートの丈はかなり短く、手枷をはめられた両手でしきりに裾を掴んで下に引っ張っている。胸を強調するように鎖で縛られ、鎖の一方の端は手枷に、もう一方の端は首に巻きつけられた皮のベルトにつながっている。まあ一言で言うと、エロい。


「ゲッヘッヘッヘ……人間の世界じゃこういうのが流行ってるんだろ?よく似合ってるぜ〜?なぁお前ら!」


取り巻きのオークどもが野太い歓声で応える。オークだけじゃなく捕虜の騎士たちまでこっそり頷いている。


「ふざけるな!こんなヒラヒラした……か、可愛い服なんて……」


「姫様ッ!お似合いでありますッ!」


「いつもの凛々しいお姿とのギャップが最高ですッ!」


「かっ、かっ……可愛すぎますッ!!」


こらえきれなくなった騎士たちがここぞとばかり口々に本音を叫び始めた。そんな状況でも立場でもねぇだろ。呑気な連中だ。


「かっ……可愛いとか()うなっ!騎士にこんな格好をさせて……一体何をさせるつもりだ!」


徐々に堅苦しい口調が崩れ、素が出始めている姫騎士。照れまくりながら妙な剣幕でキレられ、オークキングはボリボリ頭を掻く。


「ナニってそりゃ〜お前……」


「貴様ァーーーーッ!!その下半身の薄汚い蛮刀にッ……ひ、姫様の可憐な唇で……ほ、ほっ、奉仕させようというのかァーーーーッ!!」


騎士の一人が勝手に生々しい妄想を膨らませて激昂する。怒ってるのか興奮してるのかわからんが。全年齢対象だからな。アウトなワードを口走るなよ?


「奴は武器など持っていないようだが……」


「姫様ッ!男は皆下半身に凶器を隠し持っているのですッ!特にオークのソレは巨大でッ……姫様を貫こうと禍々しく反り返っておりますッ!」


「そ、反り返って??……オークの……ソレを…………く、口でッ!?」


そのぐらいにしておけ。もうほとんどアウトだ。

しかし興奮した騎士たちの妄想は止まらない。


「姫様の汚れなき柔肌をこんなに露出させて……まッ、まさか我々の目の前でッ!煮えたぎる欲望の証をッ……ぶッ、ぶッかけようというのではあるまいなッ!!」


はいアウト。お前ら薄い本の見すぎだ。


「ぶっかけって、な、何を??私、何されるの???」


おそらくその手の知識が小学生以下の姫騎士は、謎に盛り上がる騎士たちの剣幕にわけもわからず怯え、毅然としたキャラがすっかり崩壊しつつあった。


「ゲッヘッヘッヘ……それじゃあ始めようか?オークと人間の異種間交流ってヤツをなぁ」


いよいよ迫る貞操の危機!ってとこでまたイベントシーンはお預けとなる。最上階まで行って助けず放置したらどこまで行くか見てみたい気もするな。いきなり18禁マークが付いたりするんだろうか?


俺たちは手強い第三階層のオークどもを相手に経験値を荒稼ぎし、さらにメキメキとレベルを上げていた。


「悪いがお前ら全部俺たちの養分だ。一匹残らず狩り尽くすぜ!」


「ムッキ〜モッ!」


とっくにMPが尽きた天使は鈍器を振り回す撲殺マシンと化している。


「キラースマ〜ッシュ!」


結局技の名前になってんじゃねぇか。


「ハイカキンちゃん、こっちは片付いたよ〜」


「おう、こっちもコイツが最後だ」


モヒカン頭のヒャッハー系オークがキャサリンのポルターガイストでスクリューしながら視界から消えていった。


「思ったより早く制圧できましたね」


「ムッキムッキ!」


いやまったく、みんな頼もしくなったもんだ。現時点で考えられる最強のチーム。ボス戦に向けて死角はどこにも見当たらない。


「それじゃあ行こうか、最上階へ。あとはイベント報酬をいただくだけだ」



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