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6. キスマイアス


「ふっざけんなてめぇっ!」


おっとまた一人後ろから来た。でも残念、致命的失敗(ファンブル)だ。派手にすっ転んで入り口の扉に顔面を強打し、そのまま気を失う。

そこにようやく追いついた天使が入ってきて、裏返った声を上げた。


「な、なんですかコレ?ハイカキンさんがやったんですか?」


「いいや?俺は何もしてない。コイツらが勝手に絡んできて勝手に自爆しただけだ。なぁ?」


「お、お前いったいどんな手品を使ってんだ?」


さすがに気味が悪くなってきたのか、連中の一人が恐る恐る聞いてくる。


「俺が無能な雑魚だから、お前らの攻撃は絶対に当たらないのさ」


謎かけのような話だが実際そういうことだ。この力がある限り俺は強くなる必要が無い。むしろ弱いままの方がいい。


「意味わかんねぇ………雑魚なら雑魚らしく、昨日みたいにコソコソしてろやボケぇ!」


ヤケクソになったリーダー格のデカい奴が飛びかかってくる。こういう連中は一度人を見下すと立場が変わってもなかなか気が付かねぇからな。俺は軽く顔をそらしてカウンターパンチを放つ。おおっ?当たった!まあそういうこともある。当たりガチャを引いたらそのまま俺が使えばいい。ハズレは全部お前らにくれてやる。それが俺の見つけた俺だけのチート能力……贈り物(ギフト)だ。


なんのことはない、これは俺の特殊スキルでも何でもなく、このゲーム世界におけるただの標準(デフォルト)機能。ガチャで引いたキャラやアイテムを他人にプレゼントできる。

贈り物のレア度によって相手の好感度がいくらか上がるって仕組みなんだが、俺の場合、というかハイカキンの場合に限って言えば、プレゼントできるのはいい物ばかりじゃない。なにせ行動のすべてがガチャで決まるんだからな。やることなすこといちいちハズレガチャだ。

昨日までの俺はそれで散々足を引っ張られてきた。実を言うとさっきも奴らに攻撃しようと試みて、ことごとく失敗(ミス)致命的失敗(ファンブル)を引いたんだ。でもその最低なガチャ運を全部相手に押し付けることができたら?

ギフトは本来、相手にとってプラスになる物しか贈れない。だから特に制限なく誰にでも勝手に投げつけられる。ガチャがマイナスの効果を生むのは職業(ジョブ)・ハイカキンでガチャ運がゴミクズ以下の俺だけ。つまりさっきの現象は、廃課金という理不尽でイレギュラーな存在が引き起こすこのゲーム世界の欠陥(バグ)みたいなものだ。コイツは使える。俄然楽しくなってきたぜ。


「……なんか邪悪な顔してますよ?ハイカキンさん……」


一人ほくそ笑む俺を見て天使が気味悪がっている。そういやハズレの分際で俺を正しい道に導くとか言ってたな。認めよう。お前を選んだのは正解だった。この裏ルートを発見できたのはたしかにお前のおかげだ。正しい道かどうかは知らんが。


「……んの野郎、ただじゃ済ませねぇぞ……」


俺のラッキーパンチを喰らってフラついていたヤカラどものリーダー格は、とうとう激昂して短剣を抜いた。


「おいおい、そこまでやるとどうなるか俺も責任持てないぜ?」


最初の同士討ちが素手じゃなくて短剣だったら、床にのびてるデブは死んでたかもしれない。


「うるせぇ!てめぇなんぞにコケにされてこのまま引き下がれっか!」


やれやれ。コイツがどうなろうと知ったこっちゃないが、これ以上揉め事が大きくなると面倒だ。最悪、関係ない他の客まで巻き込んだ日には俺まで責任を問われかねない。ここは一旦退くか?せっかく条件を満たしたイベントフラグが無駄になるが……

などと頭の中で打算を巡らせていると、不意に背後から場違いに緊張感の無い間延びした声が割って入ってきた。


「ちょっと男子〜、そのへんにしときなよ〜?」


来た!ランダム発生イベント!これを待ってたんだ。

オロオロしてる天使の後ろから店に入ってきた男の姿を見て、黒山羊の客たちがどよめく。


「キスマイアスだ……どんな負け戦でも必ず最後まで戦場に残って仲間を逃がす不死身の傭兵『敗走のキスマイアス』……」


「小っちゃいコトでカッカしないでさ〜、喧嘩は楽しくやりな?まったく〜、これだから男子は」


ここにいる誰よりも男らしい激シブなイケボでおネェ言葉を話すマッチョイケメン。ケツにキスしろ(キスマイアス)とは酷い名前だが、序盤に金で雇える前衛キャラの中では攻撃力、防御力ともに最強クラス。並のSSレアより強い上に、Sレア一体をレベルMAXまで育成するより安上がりに雇えるから、育成資源が乏しい最初のうちは重宝する。

どうせ序盤しか使わないキャラをせっせと育成するのもバカらしいからな。発生確率はそんなに高くないが、出てきたらぜひ雇っておきたい便利キャラだ。

昨日の騒動はコイツが登場する前フリだった。絡んでくるヤカラを撃退するとフラグが成立して雇えるようになる。普通ならサクッと流れ作業的に進む話なのに、俺が弱すぎて雑魚モブにも勝てなかったからここまで引っ張っちまった。もう出てこないかと思ったぜ。


「あ、あんたには関係ねぇだろ……目障りだったら外でヤるからよぉ……」


抜いた剣の収めどころがわからない馬鹿をイケボが一喝する。


「関係ねぇのはテメェだよチンピラ。あーしはそこのハイカキンちゃんに用があんの。今すぐ消えるかあーしに消されるか選びな」


「ひいぃっ!?」


ヤカラどもは震え上がって逃げて行った。おいおい、寝てる奴らは置いてけぼりかよ。わかりやすくクズい連中だ。

イケボのおネェはこっちを見てニッと凄みのある笑顔を浮かべた。


「余計なお世話だった?」


「いや、助かった。荒事は苦手なんだ」


「ハッ、よく()うよ。アンタ面白ぇな」


クセ強キャラの見本みたいなアンタにそう言われると複雑な気分だ。


「俺に用があるとか言ってたが」


「いや別に、噂のハイカキンちゃんがどんな奴かと思って、ちょっと挨拶をね」


「別に大した奴じゃないだろ?ガッカリしたか?」


「いいや?気に入ったよ。アンタは普通の奴とどこか違う。コイツは只者じゃないってあーしの勘が言ってるね」


握手を求められて思わず躊躇すると、笑いながら肩をパンチしてきた。痛てぇ!なんでお前らゴリラはすぐに人の手を握り潰したがるんだ。


「ほら、やっぱ変わってる」


だからアンタに言われたくねぇんだよ。


「……実は俺もアンタに用があったんだ」


肩をさすりながら少し距離を取って向き直る。 


「俺が西の国境のオーク討伐に誘われてるって話は知ってるか?だが見ての通り俺は貧弱な後衛職。強い前衛の戦士が要る」


「ん?仕事の話?」


途端におネェのまとう空気が凄みを増す。ホントにあるんだな、こういう気とかオーラみたいなやつ。


「いいけどあーし高いよ?お友達価格とか無いし」


「そうですよ、ハイカキンさんほとんど一文無しじゃないですか」


天使が赤裸々に俺の懐具合を暴露する。いらんこと言うな。それについちゃアテがあるんだ。


「一日だけ待ってくれるか?金はちゃんと用意する」


多重債務者みたいなセリフだが、別に超えてはいけない一線(デッド・ライン)のスキルを使おうってわけじゃない。ただちょっとヤバい仕事に手を染めるだけだ。


「約束はできないけどね。ま〜面白そうだから、貢ぐ用意ができたらまた来な」


よしよし、序盤攻略の糸口が見えてきたぜ。俺たちは黒山羊を出て裏通りからほど近い商業区に向かった。裕福な商人の屋敷なんかが立ち並ぶ一角だ。

俺はそのうちの一軒に出ている張り紙を見つけて来客用の通用門をくぐる。


「ちょっとダメですよハイカキンさん!こんな立派なお屋敷に入り込んで……用意するお金ってもしかして……」


天使が何を考えてんだ。


「仕事だ仕事。さっきの張り紙に書いてあっただろ。町外れの旧館を改装工事してて、夜になると浮浪者とかが勝手に入り込んでくるから警備員を募集してるんだよ。一晩見回りするだけで500Gだぞ?」


「そんなに!?それだけあったら今日は普通のパンが食べられますね!」


ガチャが外れなければな。

俺たちは屋敷の使用人から仕事の説明を受け、町外れの旧館に案内された。


コイツは凄い。相当な年季の入った豪邸だ。歴史を感じさせる重厚で壮麗な建物だが、一体いつから人が住んでいないんだっていう朽ち果てっぷり。


「なんだか不気味なところですねぇ………い、今あっちの方で誰か通りませんでした??」


まさにピッタリな表現がある。

幽霊屋敷だ。


「さっきからずっと誰かに見られてるような……」


そう、この仕事には裏がある。

依頼人の豪商モリスは最近この館を知り合いから格安で手に入れた。綺麗に改装してお得意先の貴族に高値で売りたいが、言うまでもなく格安なのには理由があった。いわゆる事故物件だ。改装業者がウッカリ地下の封印の祭壇を壊しちまったせいで、館全体が亡霊(ゴースト)の巣窟になっている。つまり俺たちの仕事は見回りなんかではなく、魑魅魍魎(アンデッド)退治っていう裏ミッションだ。

初期レベルにはキツいミッションだが、ここで頼りになるのは我らがハズレ天使。何しろ死者の魂を天界なり冥界なりに導くのがコイツらの本業だからな。


「ハイカキンさん〜……さっきからあの絵がずっとこっちを見てる気がします〜」


除霊のプロのはずの天使はモフをギュッと抱きしめて心細そうな声を出す。お前がビビってどうする。

その絵に描かれた女は知っている。


「コイツはキャサリン。愛する男に裏切られ、高い塔から身を投げて死んだ。以来その肖像画からは夜な夜な女のすすり泣く声が聞こえるという……」


「な、なんでそんな絵がここにあるんですか〜」


「さあな。あんまりジロジロ眺めてると取り憑かれるかもしれないぜ?」


「お、脅かさないでください!」


慌てて目をそらしてこっちにしがみついてくる。


「お前な……天使がお化けを怖がってどうするんだよ。俺だって最初に会った時は霊だっただろ。そのキラースマッシャーで思いっきり昇天させてくれたよなぁ?」


「霊が怖いわけじゃありません!この雰囲気が苦手なんですよ〜……なんか空気がジト〜ッとして……」


その時、館の二階からけたたましい叫び声が聞こえてきた。


「ひぃぃぃぃぃっっっ!!!」


俺の腕にガッチリしがみついてる無駄肉もけたたましい。


「ビビってる場合か。今のは明らかに人の声だ。侵入者を追い出すのが俺たちの仕事だろ」


「ええぇ〜〜っ?行くんですか〜〜!?」


「行かんでどうする。出番だキラースマッシャー」


「その変な名前やめてください!」


急いで二階に駆け上がると、 廊下に青白く透き通る亡霊(ゴースト)どもが溢れ返っている。


「ひぃぃぃぃぃっっっ!!!」


「いちいちうるせぇ!チャンスだろ」


「ふぇ??」


涙目ですがりつく天使に自分の取り柄を思い出させてやる。


浄化の光(ホーリーフラッシュ)だよ!あいつら全部まとめて消し飛ぼせ!」


「は、はいっ!」


雰囲気に流されやすい奴だ。俺の戦闘モードに釣られてようやくファンシー鈍器を構えた天使が必殺の対アンデッド魔法をぶっ放した。


「よい子はお休みの時間ですっ!ホーリィ〜……フラーーーッシュ!!」


俺は素早く目を閉じる。まともに見たら眩しすぎて目が潰れちまう。廊下に溢れる亡霊たちの断末魔。一体何匹いたのか知らないが、目を開けた時には綺麗サッパリいなくなっていた。


いや、一匹残ってるな。


ジャキン……………ジャキン……………


「な、なんですかこの音??今度は何ですか!」


「ギャムジィか……厄介なのが出やがった」


俺は音を追って三階に上がっていく。無駄肉が背中にピッタリと張り付いて歩きづらい。さらにその後ろをノソノソとついてくる毛玉。お前もビビってんのかよ!コワモテのくせにだらしねぇな。

だがここは慎重にいかないとヤバい。何せ敵の得物は一撃必殺の……


ヒュッ……と空気の動きを感じて俺はとっさにのけぞった。後ろの天使を押し倒すように床を転がる。


「ちょっ……ハイカキンさん!?」


あっぶねぇ……間一髪、回避ガチャは当たりを引いた。まあこのあたりで来るのはわかってたからな。


ジャキン……………ジャキン……………


床に転がった俺たちにニタニタとキモいニヤケ面を向けてるのはハサミ男のギャムジィ。愛する女に相手にされず、巨大なハサミで自分の首を切り落として死んだクソ迷惑なストーカー霊だ。ブサイクな小男だが、両手で抱えた巨大なハサミは強制クリティカルの即死効果を持つ反則凶器。喰らったらまず命は無い。


「おい、悪霊退散(ターン・アンデッド)だ!」


「は、はいっ、でもあのっ、私さっきので腰が抜けて……」


「はぁぁぁぁっ!?」


こんな時に想定外の役立たず(ハズレ)っぷりを発揮しやがる。お前はアンデッド相手なら無敵だと思ったからこのミッションに挑んだんだぞ!天使がお化けにビビって腰抜かすとか意味わかんねぇ。


「ヒヒッ……く〜びチョ〜ンパッ♪」


ジャキッと錆びた金属の擦れ合う音。そして座り込んだままの俺たちに凶悪な二枚の刃が襲い掛かった。



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