5. 守護天使
冒険者ギルドに戻ると早速結成したばかりのパーティーを登録する。
「ほえぇ〜……天使様だ、初めて見た」
ワンパオが目を丸くしている。
「守護天使様が付いてるなんて、さすがハイカキンの兄ちゃんだね」
「いえいえ、それほどでも♪」
尊敬の眼差しを向けられたハズレ天使が背中の翼をパタパタさせて得意気な顔をする。なんでお前が謙遜するんだよ。
俺は足元でピョンピョン跳ねてるモフを軽くすくい上げるように蹴ってワンパオにパスすると、酒場のテーブル席にドカッと腰を下ろした。一日中山の中を歩き回ってもうクタクタだ。
「ソイツに何か食わせてやってくれ。それから俺も……何か安くて腹が膨れるものを頼む」
「オッケー。今日は奢りにしとくから好きなの頼みなよ」
「ありがたい……」
「その代わり、これからバリバリ働いてもらうからさ」
「バウッ」
モフモフ親子に深々と頭を下げてメニューを開く。
その途端にまた回り始めるガチャ。嘘だろ?飯ぐらい好きなの選ばせてくれよ……
温かいスープや肉汁の滴る骨付きチキンがクルクルと目の前を通り過ぎ、最後にテーブルの上で止まったのは………カビたパン。泣いていいか?
鬱々とした気分で白い部分をむしって食えそうなところを探す俺に、おせっかい焼きがいらんことを言う。
「見えてるカビを取り除いても菌は中まで入り込んでますから、お腹壊しちゃいますよ?」
わかってんだよそんなことは。でもガチャで引いた物しか食えねぇし、せっかくのワンパオとバオバオの厚意を無にするわけにはいかねぇだろうが。
黙々とパンをむしってると、いきなり誰かに背中を小突かれた。手元が狂って取り落としたパンの欠片がコロコロ床を転がる。
「おぉ〜っとぉ?だ〜れかと思ったら我らがギルド期待のニューヒーロー、ハイカキン様じゃ〜ねぇ〜ですか!こんな隅っこでしけたツラしてしけたモン食ってるから気付きませんでしたぜ」
カウンターの方で盛り上がってるヤカラっぽい冒険者パーティーの一人がわざわざ絡みに来たらしい。すでにかなり出来上がってるみたいで顔を近付けられるとひどく酒臭い。
昼間目立ちすぎちまったからな。こういうのに目を付けられるからそっとしておいてほしかったんだが。俺は静かに床からパンを拾い上げると、丁寧にホコリを払った。
「隅っこと湿気たパンが好きなんだ。俺のことは気にしなくていい」
と言ったところでこの手の連中には通じない。スキップしたはずの幼少期の記憶が蘇る。一人で便所飯を食ってると上からバケツで水をかけられたり、弁当箱の中に虫を入れられたり………やっぱイジメられてたんだな俺。スキップしても過去は無かったことにはならないようだ。
思った通り、クソは何度生まれ変わってもクソでしかない。たとえ異世界に転生しようと、待ってるのは何も変わらない負け犬人生。ああくだらねぇ。
「ちょっとあなた!人にぶつかったらまず謝るのが礼儀でしょう?失礼ですよ!」
さすが天使は優等生。まっとうな理屈が通じない相手にまっとうな説教をかます。結果、余計に面倒が大きくなる。
「これはこれは可愛らしい守護天使様。お詫びになんでも奢っちゃうからよぉ、あっちに行って一緒に飲もうぜぇ~?」
「ちょっ……ベタベタ触らないでください!嫌っ……顔、近っ……お酒臭いですっ!」
馴れ馴れしく肩に腕を回して臭い息を吹きかけてくる酔っ払いをなんとか引きはがそうと、顔を引きつらせて身をよじるマノン。その胸元まで無遠慮な手が下りていく。
「やっ……嫌ぁっ!」
「おい!」
俺は思わず立ち上がっていた。こういうの、自分じゃない誰かがやられてるのを傍で見てるのも気分が悪いもんだな。
「あぁん?なんか文句でも……」
振り返った馬鹿の顔面に向かって、近くにあった天使のファンシー鈍器をフルスイングする。鈍い感触。不意打ちの一撃はガチャを外す間も無く相手を血の海に沈めた。
「は、ハイカキンさん……」
「借りたぜ、お前のキラースマッシャー」
返り血の付いた凶器を突っ返す。
「そんな名前じゃありません!この杖はピュアハート・コレクターといってれっきとした……」
「どうでもいいけどお前、俺の顔面は木っ端微塵にしたクセに、なんでコイツを同じ目に遭わせねぇんだよ」
「ここは天界じゃないんです!召喚したハイカキンさんのレベルが低いと使える力が制限されるんですよ」
俺のせいかよ。悪かったなレベルが低くて。
グダグダ不毛な言い合いを続けてると、カウンターの方からゾロゾロと馬鹿の仲間どもが集まってきた。向こうは五人か。こりゃ勝ち目は薄そうだ。
「おいおいおいおいハイカキンさんよぉ〜……ウチらの連れに何してくれちゃってんの?」
「ちょっとツラ貸せやコラ」
一番ガタイのいい奴が肩を組むようにして俺を店の外に引きずっていこうとする。
「ハイカキンさんをどこに連れて行くんですか!離しなさい!」
必死に止めに入ろうとする天使を俺は片手で制した。SSとはいえコイツも俺と同じレベル1。さっきの様子じゃ五人どころか一人相手だって荷が重そうだ。一緒に裏通りに連れて行かれて、俺がやられちまったらどうなるか………そんな胸クソ展開を見せられるぐらいなら一人でボコられる方がまだマシだ。
「ちょっと外で話してくるだけだ。お前はそこで待ってろ」
騒ぎに気付いたワンパオも駆け寄って来る。
「おい、お前ら寄ってたかってみっともない真似は……」
「いいんだ。こういうのは慣れてる」
人目につかないとこでボロクソにやられて身ぐるみ剥がされたりするのはな。抵抗したところでどうせ結果は変わらない。逃げたって無駄なのもわかってる。でもまあ、足掻くだけ足掻いてみよう。負け犬のままで終わるか、この先の道が開けるか、ここが最初の分岐点だ。
……そのまま裏通りに連れて行かれた俺は、反撃らしい反撃もできないまま見事にフルボッコにされた。
普通、この手のヤカラは単なるやられ役のモブキャラで、主人公に秒殺されるだけの存在だ。しかし俺はモブにすら手も足も出ない最底辺の存在。なんとか一矢報いようとガムシャラに腕を振り回しても、いちいち回り出すガチャはことごとく致命的失敗、失敗、また致命的失敗で、とてもじゃないが戦いになりゃしねぇ。
結局、連中が飽きるまで一方的に殴られ、蹴られ、踏んづけられ、最後は裸にひん剥かれてゴミ捨て場に投げ捨てられた。またこんなとこで死ぬのかよ俺は。つくづくゴミだな。
意識が薄れてきた時、遠くから天使と犬娘の声が聞こえてきた。こんなザマを見られたくはないが、まあいいや。ゴミにカッコいいも悪いもねぇし。いいから黙ってこのままここに捨てといてくれ。
「ハイカキンさん!しっかりしてください!ハイカキンさん!」
天使の腕に頭を抱き上げられ、無駄肉がポヨポヨ顔に当たる感触に不本意な安らぎを覚えながら、俺の意識は闇に落ちていった。
*
目が覚めた時、全身の怪我はすっかり完治していて、どこにもかすり傷一つ見当たらなかった。ベッドの横にもたれかかるように座り込んで寝息を立てているコイツがヒールしてくれたんだろう。使えるハズレだ。
「……あ、ハイカキンさん、目が覚めました?よかった……」
起き上がった俺の気配に気付いてマノンも目を開け、ホッとしたように微笑んだ。
「ここは冒険者ギルドの二階の宿か?」
「そうです、バオバオさんが運んでくれて……」
「迷惑かけねぇように出てったのに、結局迷惑かけちまったな」
「迷惑なんて………なんでも一人で解決しようとしないで、あんな時は誰かに頼ったっていいじゃないですか」
「俺はソロプレーヤーだから他人と馴れ合うのは苦手でな」
「私は他人じゃありません。あなたの守護天使ですよ?だから傷を治してあげるのも当然ですし、ちっとも恩に着たりしなくていいんですからね」
「…………わかったよ。お前がいてくれて助かった」
「よろしい。誰かを頼るのは恥ずかしいことじゃありません。大事なのは感謝の気持ちです」
フフンと得意気な顔にまたイラッとする。そういうとこなんだよ。
「感謝はするさ。だが俺は何も返せない。お前ももうわかっただろ?俺がどれだけ役立たずか。ただでさえゴミみたいな能力値なのに、ゴミなりにできることをしようったってガチャがいちいち邪魔をする。何が廃課金だ。さんざん恥を晒して、人様の情けにすがって生きて何か意味あんのか?」
苦々しく吐き捨てる俺を見て、天使は困ったようにため息をついた。
「ハイカキンさんは変わった人ですね。いつも投げやりな愚痴ばっかりこぼしてるかと思えば、変に理想は高くてカッコつけで、こんな風に生きられないと意味がないなんて決め付けて……」
フワッと包み込むように俺の頭を抱き寄せ、ギュッと柔らかな無駄肉に押し付ける。
「思い通りにいかないことばっかりでも、一人で上手に生きられなくても、意味無くなんかないですよ?真面目にひたむきに生きてさえいれば、神様はちゃんと見ていてくださいます」
「神も仏もいやしねぇよ」
ついドキッとしてしまったのを誤魔化すように、神の使いに向かって暴言を吐く。
「もしいたとしても俺なんか眼中にねぇんだ。ありがたがってやる義理はねぇ」
さすがにムッとした顔で天使がじっと目を覗き込んでくる。
「いいですか?ハイカキンさん……神様は人間の願いを叶える魔法の杖じゃありません。自分が不幸だと思うなら、周りをよく見てください。あなたより不幸な人はいくらだっています。勝手に高望みをして、神様が願いを叶えてくれないと嘆く前に、あなたは誰かの願いを叶えてあげたことがありますか?」
くそっ、ハズレ天使のくせにクソ正論の説教かましやがって。俺より不幸な奴なんざ知るか!聞きたかねぇんだよそんな綺麗事は!
……だが何かが俺の頭に引っ掛かる。いま一瞬、何か大事なことが頭に浮かんだような……
「求めるより与えよ。正しい道を歩く人は常に神様と共にあるのです」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳に一条の閃光が奔った。
「……いまなんつった?」
「ですから!神様に何か求めるよりも、まず誰かに何か与えてみたらと……」
「それだ!!!!!」
いきなりベッドから跳ね起きた俺に驚いて天使はひっくり返った。
「わ、わかっていただけました?」
「ああ、ようやくわかったぜ。俺の力の使い方………この世界でやるべきことがな!!」
*
俺は急いで一階のギルドの受付に駆け下りた。
「お、兄ちゃん!もう起きて大丈夫?」
「ああ、親父さんに迷惑かけちまったな」
「バウッ」
仕込み中の大型犬が厨房からこっちに顔を出して「気にするな」という声で吠えた。本当に世話になってばかりだ。大事なのは感謝。それは同意だが、気持ちだけじゃダメだ。受けた恩は形にして返さねぇとな。
「昨日の奴らはどこにいるかわかるか?」
「親父がきっちりシメて追い出したから、別の店に流れてったんじゃないかな。ああいうタチ悪いのは大抵、裏通りの黒山羊って店に集まってるよ。でももうあんなの相手にすることないって。ほっときなよ」
「わかってる。でもこれは序盤攻略じゃけっこう美味しいイベントなんだ。サンキュー」
意味がわからずポカーンとしてる犬娘に礼を言ってギルドを飛び出した。
そう、俺が昨日あえてあいつらにボコられたのには理由がある。逃げたり誰かに助けてもらったりするのは簡単だが、それじゃイベントフラグが立たない。逃げずに自分の力で解決する必要があった。今なら……自分の力を理解した今の俺ならやれるはずだ。
「ちょっとハイカキンさん、いきなり元気になってどうしたんですか!ワンパオさんの言う通りです。仕返しなんてダメですよ!」
「フモッ!フモッ!」
俺を止めるために追いかけてくる天使と、加勢するために追いかけてくる血の気の多い毛玉。ついて来い!今から俺のチート無双を見せてやる!
俺は息を切らせて裏通りの黒山羊に駆け込み、昨日のあいつらを探した。いた!バオバオにやられたのか、どいつもこいつも昨日の俺以上に酷いツラになってやがる。いい気味だ。でも悪いが怪我人だろうと付き合ってもらうぜ。幸い、向こうも俺の姿を見つけるとイキリ立って取り囲んできた。
「てめぇ、ちょっとばかしあの犬親子に気に入られてるからって調子に乗るんじゃねえぞ?」
「この店じゃあいつらの目も届かねぇ。お前一人でのこのこやってきて、今なら勝てるとでも思ったか?」
よしよし。昨日と変わらないイキリっぷりだ。話が早い。
「どうかな?俺が勝つかはわからんが、お前らは負ける。これは確定事項だ」
「何わけのわからんことほざいてやがる!」
五人組の一番イキった下っ端が嬉々として殴りかかってきた。俺はその場を一歩も動かない。だがわかる。コイツの攻撃は致命的失敗だ。直前でテーブルの脚に躓いた下っ端は大きく体勢を崩して俺の斜め後ろにいたデブに思いっきり勢いの乗ったストレートパンチを喰らわせた。そのまま二人でもんどり打って床に転がる。パンチを喰らったデブは不意打ちが効いたのか、一発で意識が飛んだようだ。だらしねぇな。
「バカお前何やってんだ!」
「す、済まねぇアニキ!」
「あ~あ~、完全にのびちまってるよ………てめぇ、何ニヤニヤしてんだ!?」
おっと、あまりにも思い通りで、つい笑いが漏れちまう。
「別に。もう終わりか?」
もうちょっと付き合ってくれよ。俺のこの実験に。
「舐めんじゃねぇっ!」
今度は二人同時に襲いかかってきた。問題ない。どっちも失敗だ。勢い余った二人が鉢合わせてまた床に転がる。俺は最初の場所から一歩も動いてない。動く必要がない。何もしなくても、コイツらは勝手に失敗してくれる。
「コイツ………なんかおかしいぞ?」
「昨日と逆だ、こっちの攻撃が全然当たらねぇ!」
その通り。昨日までとは何もかも逆になるんだよ。この俺の力でな。
「もうこっちの用は済んだ。これ以上俺に関わらない方がいいぜ?」
俺は満足して連中に背を向けた。