4. 初めての戦い、最初の仲間
そのまま向かったのは町外れの小さな森。ここではよく変わり種のはぐれモフが出る。
モフってのはこのゲーム世界の最弱雑魚モンスターだ。その名の通りモフモフした毛玉みたいな見た目をしている。戦って倒したキャラは一定確率でゲットできるから、俺はコイツを最初の仲間にしようと決めていた。
一口に最弱モンスターと言ってもはぐれモフには色々な個体がいて、厳選すればかなり有能な戦力に進化することもある。PVPイベントの上位ランカーでもレアモフだけで構築したデッキを使ってる奴がいたりして、根強い愛好家が多い。俺もコイツをこよなく愛するモフマニアの一人だ。
問題は俺がこの最弱モンスターに勝てるかどうか。ノーマルモフの攻撃力は大抵1だが、こっちの防御力も1だからダメージは喰らう。能力値はほぼ互角。どっちのHPが先に尽きるかの勝負だ。HPは多少こっちが上回るものの、行動の結果が全部ガチャで決まる以上、肝心なとこで致命的失敗を引くのは目に見えている。勝率はいいとこ五分ってとこだろう。まさかモフ相手に命懸けのギャンブルを挑む羽目になるとはな。まぎれもなく世界最弱・最下層を決める戦い。底辺タイトルマッチだ。泣けてくる。
その前に、現在1のHPを回復しなきゃ戦えない。幸いこの森には何度でも無料でHPを全回復してくれる辻ヒーラーのルスティさんがいる。チュートリアル中限定の出血大サービスってヤツだ。
「あら旅のお方、そんなにやつれてどうなさったの?」
ほら来た。辻ヒーラーは神出鬼没。ダンジョンの最下層だろうと戦場の真っ只中だろうと、気付いたらそこにいる。
「私は傷つき倒れそうなカモ……若者に手を差し伸べるため、世界を旅する流浪の癒やし手ルスティ。よかったらお姉さんがあなたを元気にしてあげましょうか?」
変な誤解を生みそうな口調だがそういったお仕事のお姉さんではない。この人は本当にどこにでも現れる。イベントのボス戦の最中でさえ、体力がヤバくなってくるとどこからともなく現れて回復を売りつけてくる。こっちの足元を見て法外な金額のピュアハートを吸い尽くそうとするえげつなさから、ついたあだ名は「吸血鬼」。このゲームの行き過ぎた課金煽り体質を象徴するキャラとして忌み嫌われている。
もっとも、この人のおかげで勝てたイベントは一つや二つじゃない。目的のためなら金を惜しまない俺みたいな廃課金と、金さえ積めば役に立つこの守銭奴はいわば共生関係。これからお世話になるぜ。
「うふふ……今日はお姉さんサービスしちゃいますから、今後ともご贔屓にお願いしますね」
ルスティさんのヒールでHPが全回復した俺は、しばらく森の中を彷徨ってようやく一匹のはぐれモフを発見した。コイツは当たりだ。ゆるキャラらしからぬこのふてぶてしい面構え。特定の育成アイテムで触手モフモフに進化する個体に違いない。特殊個体だけに普通のモフよりちょっと手強いが、是非ゲットしておきたい逸材だ。
そして死闘が始まった。
まず先手を取ったのは向こうだ。モフアタック、1ダメージ。毛玉のクッションが顔面にモフッと当たったような感触。全く痛くないというか、むしろ気持ちいいのになぜダメージを喰らうのか。6回喰らったら死ぬようなダメージって相当だと思うんだが。
次はこっちの番だ。俺は腰に吊るした剣を抜く。
……抜……くっ!ぬぬっ……抜っ…………けねぇ!
腰でガチャガチャやってるうちにガチャが回り出した。そうだった。攻撃も一回ごとにガチャなのか。面倒くせぇな。おっ、やっと剣が抜けた。どうやら攻撃できるようだ。せいぜい1ダメージだろうが、渾身の力で剣を振るう。が、素早い毛玉にヒラリとかわされる。剣は勢い余って手からすっぽ抜け、少し離れた藪の中に消えた。致命的失敗!いきなりだなおぃ!
一人で空回ってる俺にまたモフアタックが炸裂する。1ダメージ。くっそ!どうせ剣なんかろくに扱えないんだ、こうなりゃコブシでやり合おうじゃねぇか。おらぉっ!失敗、0ダメージ。なんだよ!ガチャの半分以上は失敗か致命的失敗じゃねえか!
三たびモフアタック。命中、1ダメージ。やってるこっちは必死だが絵面が地味すぎる。途中経過をスキップして結論から言うと、俺は敗れた。1ダメージすら与えることもできずに。能力的には互角のはずなのに、想像以上の惨敗だ。
「あらあら、いい負けっぷりですこと。もう一戦頑張っちゃいます?」
「お……お願いします」
ルスティさんのヒールをもらって立ち上がると、もう一度さっきのコワモテはぐれモフを探す。廃課金は諦めが悪いんだ。というより諦めが悪いから廃課金なんだ。絶対アイツに勝って仲間にしてやる!
……と決意してから実に六時間。もうすぐ日が暮れそうだ。奴を見つけて挑むこと十五回。結果は全敗。もう能力云々の話じゃない。ガチャが酷すぎて戦いにならん。
「……私まだここにいなきゃダメですか?そろそろお金取りますよ?」
帰るに帰れないルスティさんが迷惑そうにジト目でこっちを見ている。なんだかんだで付き合いがいい人だ。
「あと一回!あと一回だけお願いします!次は絶対勝つんで!」
「それ聞き飽きました。ホントにこれが最後ですからね?」
「あざーっす!!」
ここまでやって今さら引き下がれるかよ!どこだモフ野郎!今度こそお前をブッ飛ばして……
薄暗くなった森の中をまた歩き出した時、茂みの向こうから数人の子供たちが騒いでる声が聞こえてきた。いくら街の近くだからって、こんな時間に子供だけで森の中をうろついてちゃさすがに危ないんじゃないか?と思って近付いていくと、いかにも悪ガキどもって感じの連中が大量のモフを袋に詰めて歩いてくるのに出くわした。
「おー、オッサンもモフ狩り?なんだよ一匹も捕まえてねーの?」
「いや……俺はただちょっとトレーニングしに来ただけだ」
嘘じゃない。経験値は1ポイントも増えてないが。
「そーなん?コイツら売ったらけっこーいい小遣い稼ぎになるんだぜ?」
毛並みのいいモフはペットとして売り買いされる。たしかにそれだけ集めりゃ子供にはそこそこの小遣いになるよな。見たところ特に高値で売れそうなレアモフは……………いた。さっきのコワモテ。お前、俺と決着つける前にこんなガキどもにやられてんじゃねぇよ!
「あ、コイツ?毛並みもボサボサだし、顔もなんか可愛くねぇからオッサンにやるよ」
ポイッ
贈り物といって、このゲーム世界ではガチャとかバトルでゲットしたキャラやアイテムをプレゼントとして誰にでも投げつけることができる。
俺は最初の仲間をゲットした……
納得いかねえぇぇぇぇぇっ!!さっきまで何がなんでもコイツをゲットしてやろうと燃えてたのに、ガキから恵んでもらうなんて断じて納得がいかねえ!!なあおい!お前だってこんなん納得いかねぇだろうがよ!
ガキどもにボコられてグッタリしてるコワモテモフを抱き上げると、相変わらずふてぶてしい目つきでこっちを睨んでくる。そうだ、それでいい。お前と俺はとことんやり合って白黒つけないとなぁ!
「ルスティさん!コイツにヒール頼む!」
「なんでモフにまでヒールしなくちゃならないんですか!もうホントにこれで最後ですから!私もう帰りますからね!」
むしろよくここまで付き合ってくれた。実はいい人なんじゃないのか?
ヒールで元気になったモフが猛然と飛びかかってくる。ガキどもにボコられて怒りに燃えているようだ。だが俺もいい加減この攻撃には慣れた。こればっかり何十発も喰らってきたからな。さすがに全ての回避ガチャがミスやファンブルばかりじゃない。ギリギリで見切ってサッカーボールのごとく毛玉を蹴り上げる。見たかこの野郎!俺は勝つまでやめねぇ。やめ時がわからない奴のことを廃課金って言うんだ、覚えとけ!
こうして俺はなんとか戦闘初勝利のミッションをクリアした。とっくに日が暮れて辺りは真っ暗。俺もモフもボロボロで地面に寝転がり、仲間の契りを交わす。
「俺たちはここからだ。お前を最強のモフにしてやるぞ」
「……フモッフ!」
これでパーティー結成のミッションも達成。チュートリアル終了だ。どこからともなくヒラヒラと手の中に一枚のカードが舞い降りてきた。チュートリアルミッションコンプリート報酬のSS確定ガチャチケット。ようやく手に入れたぜ。
言うまでもなく、これからしばらくのパーティーの主力を決める重要なガチャだ。ここで誰を引くかによって序盤攻略のスタイルが変わってくる。
……なのにこの胸の静けさは何だろう?少しもワクワクしない。あのこみ上げるようなガチャ前の高揚感が無い。ここまでの流れで、俺にはこの後の展開がなんとなく見えてしまっていた。
無造作にカードを宙に放り投げると、そこに神々しい黄金の扉が現れる。両開きの扉が開き、まばゆい光と共にそこから出てきたのは……
「親しみやすいキャラランキング1位!妹にしたいキャラランキング3位!お嫁さんにしたいキャラランキング………7位!みんなの愛され聖天使マノン、降臨しましたっ!」
……まあそう来るだろうと思ったよ。お前の顔はもう見飽きた。全力の媚びポーズをキメた無駄肉天使が、俺の白けた視線に気付いて固まった。
「ま、また会いましたね、ハイカキンさん!あなたとは何かとご縁があるようです」
「……チェンジ」
「は?」
実のところ能力的に見ればコイツは決してハズレではない。欲を言えば初期デッキに主力アタッカーか強力な壁役がいると楽なのだが、コイツは回復・支援系では当たりの部類だ。
だがそんなことは問題じゃない。俺はこいつの顔を見る度にあの大爆死を思い出してトラウマがフラッシュバックする。もはや使えるとか使えないとかの問題ではなく、コイツの存在自体が俺にとってはハズレなのだ。
「チェンジだ。引き直しを要求する」
幸いモフと殴り合って現在HP1。ゼロコストで廃課金のスキル「最後の一回」を発動できる。
「な、なんでですかっ!自分で言うのもなんですけど私けっこう人気あるんですよ?運営からも推されてて性能面でもちょっと優遇されてるんですよ?私何かハイカキンさんに嫌われるようなことしました?なんか初めて会った時からやたら私に冷たくないですか?」
天使は大きな瞳をウルウルさせて抗議する。そういうとこだよ。気に入らない奴ってのは変にアピールが強いと余計に腹が立つ。
「お前、その鈍器で俺を1キルしてんの忘れたのか?」
「あっ、アレはハイカキンさんが悪いです!」
『プンスカ』ってマンガみたいなふくれっ面で逆ギレ。いちいちキャラの作り込みが古臭い。
「引き直しはハイカキンさんの能力ですから、使っちゃダメとは言いませんけど………せっかく結ばれた縁は大事にしないと……いつか後悔しますよ?」
一番の後悔はこんなクソ廃課金ゲーにハマったことだけどな。
だが俺は一旦冷静になって考えた。引き直したところでコイツより使えるキャラを引く可能性は限りなくゼロに近い。というより、SSとは名ばかりのゴミを引く可能性の方が圧倒的に高い………か。
「私ならハイカキンさんを後悔させません!後できっと思いますよ?ここで私を選んでおいてよかったって」
その自信はどこから来るんだ。でもまぁそこまで言うならいいだろう。あえてコイツを仲間にして、俺と苦労を共にしてもらうってのも一興だ。苦楽じゃないぜ?苦労だけだ。俺の人生はな。
「お前はきっと後悔するぞ?なんでこんな奴に付いてきちまったんだって。いらん苦労を買って出て、後から恨みごと言ったって聞かねぇからな」
「自分の心配なんてしてません。あなたが心配なんですよ。でも大丈夫、私がきっと正しい道に導いてあげますから!」
余計なお世話だ。廃課金が正しい道なわけねぇだろ。ともあれ俺はコワモテのはぐれモフとおせっかい焼きの無駄肉天使をパーティーに加え、異世界での冒険者生活の第一歩を踏み出した。