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13. 禁書魔術師ミョルヌ


天使を捕らえた擬態触手生物がウニョウニョと動き出す。硬質な素材の扉に見えて、その実態はヌメヌメブヨブヨとした肉質の何かだ。気色の悪い感触にマノンの顔が泣きそうに歪む。


「あぅぅ……そんなにムニュムニュ動いて揺らしたら、服がずり落ちちゃいます〜……」


「ふォォッ!身動きできない天使タンを弄ぶ不気味生物ッ!実りに実った天界の果実が今ッ、白日の下に晒されようとしているッ!こ〜れは眼福ッ!眼福至極ッ!!」


異様なテンションで天使の無駄肉にかぶりつかんばかりににじり寄るこの小っこい変態ロリエルフがミョルヌ。由緒正しき王立大図書館をバカバカしいエロトラップダンジョンに変えた張本人だ。


「あっ、ちょっ……こんな格好をスケッチしないでください!なんなんですかこのえっちなお子様は〜!」


おもむろにスケッチブックを取り出すと、真剣そのものの顔で揺れる無駄肉をガン見し、描写する。魔術師というよりエロ同人絵描きにしか見えない。着てる物もほぼ寝巻きみたいな、これ洗濯してんのか?って感じの変なモコモコローブだし。髪ボッサボサだし。いやエロ同人絵描きに失礼か。


「しかし完璧なこの構図!顔と手と胸だけがこちらに突き出して……ということはッ!プフォォッ!!この扉の反対側は……」


いそいそと扉を回り込む変態。そして扉から突き出たような天使のケツを見て歓喜の声を上げる。


「どぅっフォォォォォォォォッ!!まさしくこれはK・A・B・E・J・I・R・Iッ!!文字通り壁から尻だけ突き出したこの摩ァ訶不思議な様式美ッ!」


「やっ、どっ、どどどどこを見てるんですかっ!もしかしてハイカキンさんも見てるんですか!?えっち!変態!!ハイカキンさんのえっちっちぃっ!!!」


いや見てたけれども。もっと最前線でガン見してる奴がいるだろ。なんで俺にばっかキレるんだよ。ってか後頭部が邪魔だ変態。あと30センチ右か左にズレろ。

ひとしきり興奮して満足したのか、エロ同人絵描きフォビドゥン・マスターミョルヌはこっちを振り返ってニタァ〜と笑った。


「同志ハイカキン!……と呼ばせていただきましょうか。あなた、『理解(わか)っている』御仁(ごじん)ですなぁ」


「さて、何のことやら?」


「どぅっふっふ……とぼけても無駄ですぞ?あなたはリフトに乗る時、防ごうと思えば防げた粘液をあえてかぶった……そして先ほど、氷を溶かす二人を眺めていた絶好のポジション……あれは実に素晴らしかった!」


「やっぱお前、ずっと隠れてどこかから見てやがったな?」


「もちろんですとも!魔法で姿を消して最初からずっと一緒にいたのもお気付きだったのでは?」


変態がズンズン近付いてくる。俺は触手にガッチリと拘束されて身動きが取れない。


「たった今、自分ではなく天使タンを扉に飛び込ませたのも、この見事な壁尻を完成させるため!まるで、どうすればもっと捗るか教えてくれているようでしたなぁ」


ニタニタ笑いが目の前まで迫ってくる。ロリでエルフで顔だけ見たら実は美少女なのに、迫られても全然嬉しくないのはコイツが全身から醸し出すこの陰のオーラのせいだろうか。


「さすがだなミョルヌ。そこまでわかってるなら逆に話が早い。そいつらはお前の好きにしていいから、俺と手を組まないか?」


「なっ、ハイカキンさん!?」


俺のクズ台詞に、天使が抗議の声を上げる。尻しか見えんが。


「そんなっ、旦那様っ!う、嘘ですよね??」

 

「ムキッ!ムキィ〜モッ!」


増え続ける触手を相手に必死の防戦を続けていたオリエとコワモテも、健闘むなしく捕まっていた。もはやこの場で動けるのはミョルヌだけだ。


「どぅふっ……どぅふふふふっ……好きにさせてもらいますとも。言われるまでもなく!」


ユラリとまた振り返ったミョルヌの視線は、無数の触手に四肢を絡め取られたメイド姫に向けられた。


「ひっ……なっ、何をする気だ!」


「姫騎士といえばオーク?……否否否(いないないな)ッ!姫騎士といえば触手!触手といえば姫騎士!高貴な素肌にまとわりつく醜悪な肉の戒めこそロマンッ!背徳のロマンが止まりませんなァーッ!!」


もう何言ってるかよくわからんが、とりあえず楽しそうで何よりだ。好きにしろ。

ニュルニュルと動き出した触手がメイド服の中に入り込んでゆく。


「あっ、嫌ぁっ!気持ち悪いのが中でモゾモゾッ……んッ、くぅぅぅっ!」


「フハハハハッ!良き良き良きッ!その表情!その身悶え!我が手中で存分に(さえず)るがいいッ!」


「んぅぅっ……なっ、舐めるなよ!騎士たるものっ、こんな辱めにっ、くっ、屈し……くっ、くひひっ……」


「おやおやおやぁ〜?姫騎士タンは随分と反応が素直ですなぁ〜?」


「う、うるさいっ!……あふっ、んっ!……んふっ……ふぅぅぅぅんっ!」


必死でくすぐったさに耐える笑い上戸をさらに追い詰めようと、俺はオリエのキャラ設定からとっておきの情報をリークする。


「そいつワキ弱いぞ」


「だっ、旦那様っ!?なぜそんなことをっ!あ、いや違っ……」


「ほほぉ〜ぅ?」


変態が目を輝かせる。


「弱くない弱くない!弱くないからっ、やめっ、あっ、ダメッ!ふひっ、んひひひっ!ひゃはははははははっ!!」


触手はオリエの両腕を思い切り上に縛り上げると、無防備なワキの下を擦り上げるようにメイド服の袖口を出たり入ったりする。途端に抵抗の意志が崩壊し、バカ笑いを上げてのたうち回るチョロ姫騎士。コイツの「騎士たるものっ!」は単なる負けフラグでしかない。あまりにもチョロい。チョロすぎる。


「姫騎士タンは修行が足りませんなぁ〜。もう少し抗って楽しませていただきたい……が、まぁ良きでしょう。即落ちもまた姫騎士の美学。堪能堪能ッ!」


「そりゃよかった。じゃあそろそろ俺の仲間になるか?」


満足気な二ヘラ笑いをこちらに向けたミョルヌは「はて?」と芝居がかった仕草で首を傾げた。


「同志ハイカキンはメインディッシュをお忘れで?」


また寄ってきた。なぜ陰キャとはいえロリ美少女エルフが俺に向かってハァハァしながらにじり寄って来るのか。逆だろ普通。


「極上の生贄を二人捧げたはずだ。これ以上何を望む?」


「どぅっふっ……我が望みは………そのズボンの中の快復ポーションZッ!……ふっ、ふひっ、ふひひひひっ……黒光りする硬い瓶に触手が絡みつく様をこの目に焼き付けたいのですよ……生身のッ!実物のッ!快復ポーションZをねぇッ!!」


生身の快復ポーションって何だよ。要するに実物見たことないから見てみたいと。

バカかお前。そんなモン出したら一発で成人指定だ。


「望むところッ!さぁ共に参りましょうぞッ!深遠なるオトナの領域へッ!」


触手が俺のズボンの中に潜り込んでくる。ニュルニュルした感触がヘソの上を通り過ぎ、オトナな俺の快復ポーションZ……に巻き付けてあった呪い封じの護符をズルリと外した。

コイツが女も男も見境なく襲うボーダーレスな変態だってのは知ってるからな。ソコを狙ってくるのも計算通り。今日のキャサリンは特別に機嫌が悪いぜ?何しろ俺が他の女と散々ヌルヌルネチョネチョしてるのを封印されたままじっと見せられてたんだからな。

そして今、俺の目の前にいるのはお前だ、ミョルヌ。


「は、謀ったなッ!(ピーッ)!」


だからモロに言うなって。アウトだアウト。俺の背後にゴゴゴゴゴ……と湧き上がった怨霊の凄まじい怒りのオーラを見て、怖気づいた変態魔術師が後ずさった。


「ナニを………………………している?」


ん?キャサリンの奴、なんかいつもと様子が違うな。あまりにも怒りが強すぎると逆に普通にしゃべれるのか?


「わた私のたたた大切なヒヒヒヒヒ人のたた大切な(ピーッ)に(ピーッ)するこの害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫てめコラブッ(ピーーー!ッ)引きずり出して(ピーッ)呪い(ピーッ)呪ロロロロロロ呪いの(ピーーーーーーーーーーーッ)ルァァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ!!!!」


成人指定どころか発禁レベルだな。いやブチ切れてんのはわかるけどピー音で話すなお前ら、頼むから。


「ふぬぁぁぁぁっ!?なんというポルターガイストッ!このままでは我の禁書庫がッ!!」


慌てて杖を取り出した禁書魔術師が素早い呪文の詠唱とともに五重の結界を展開してキャサリンを封じ込めようとする。そういえばコイツが魔法使うの初めて見たな。まあ無駄だけど。


「呪ォロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロォォォォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ッ!!!!」


「プフォォッ!?抑えきれないッ!我が結界術がこうもたやすくッ!!?」


「言っただろ?溜まってたんだよ。怒りも、魔力も。それにお前、この四十年ロクに魔法使ってなかったよな?今のお前は天才でも最強でもない。ただの錆び付いたポンコツだ」


「ひあああああああああああッ!!?禁書庫がッ!四十年間コツコツ描き続けた我が秘蔵のコレクションがァァァァァァァァァッ!!!」


暴走するキャサリンのポルターガイストパワーで、俺たちを捕らえていた触手や周囲を取り囲んでいた不気味な肉質の壁は跡形もなく吹き飛び、この部屋本来の姿が現れた。足の踏み場もないほどに床を埋め尽くし、高い天井まで届くほど積み上げられた数万冊の書物。ここが王立大図書館の最奥、禁書魔術師ミョルヌが引き籠もった禁書庫だ。

渦巻くポルターガイストに巻き上げられ、辺りを埋め尽くしていた禁書コレクションが木の葉のように宙を舞う。


「こ、これが王国の闇………王立大図書館の禁書………」


触手から解放されたオリエが、ヒラヒラ舞い落ちてくる千切れた禁書の一ページを手に取り呆然と目を見開いた。

壁尻天使はまだ扉に埋まったままだが、その目の前にもビリビリに破れた禁書が次々と降り注いだ。


「なっ……なんですかコレっ!コレ全部……えっちな本じゃないですかっ!」


そう、王立大図書館の地下に眠る禁書とは、禁断の魔術書でもなければ、何かとてつもない秘密を記した古文書でもない。この変態が四十年間コツコツ書き溜めた薄い本、要するにただのエロ同人誌だ。

そして、かつて天才の名を欲しいままにした禁書魔術師ミョルヌは、今や単なるエロ同人作家。四十年間描き続けて、絵の腕前は立派にプロ級だが、代わりに魔法の腕前は鈍りに鈍っている。一から鍛え直さなきゃ使い物にならん。だがそれも承知の上だ。コイツは素材としてはピカ一だし、育て甲斐のあるキャラだからな。じっくり面倒をみてやるさ。


「うっうっ……うっ……ふぐぅぅぅっ………我が愛したエロ同人誌(きんしょ)は死んだッ……なぜだぁぁぁッ!!」


打ちひしがれて床に崩れ落ちた同人作家に、俺は容赦なくダメ出しをする。


「坊や……じゃない、お嬢ちゃんだからさ……と言っておこうか。なんだこの絵は。肝心なとこが全然描けてねぇ」


「…………見たことがないので…………」


だろうな。見せてやるわけにはいかんが。


「お前、上にあれだけ本があって、参考になる絵ぐらいいくらでもあるだろ」


「見られないんですよオトナの本はァァァッ!!!」


今にも血の涙を流しそうな魂の慟哭。そこまで見たいかエロ本が。でもそうだった。コイツは見られないんだよな、エロ本が。


「大人になれない誓い……だな?」


「なッ、なぜそれをッ!?」


その昔、類い稀な魔術の才能をエルフの大長老に見出されたミョルヌは、一つの誓いを立てさせられた。「あらゆる魔術の真髄を極めるまで、大人になることを自らに禁ずる」と。大人には誘惑が多い。酒もタバコもギャンブルも、もちろんエロいことも禁止。ひたすら魔術の研鑽に励むことを強制されたわけだ。

ミョルヌは必死で期待に応えようと古今東西のあらゆる知識と魔術を学び、不世出の天才と謳われるまでになったが、ゴールは果てしなく遠かった。「あらゆる魔術の真髄」ってなんだ?抽象的すぎんだろ。

周りは当たり前に恋をして、なんやかんや経験して大人になっていく。いつまでも大人になれず取り残されたミョルヌは、ただ妄想するしかなかった。許されないアレやコレやを。そしてすっかり歪んでしまった。どんなに妄想したって、欲しい答えはそこに無いからな。


「我だって知りたいのです!十八禁マークに隠されたその向こう側の世界をッ!!」


勉強して勉強して、他のことは何でも知ってるのに、そこだけ隠されてわからないんだからそりゃ知りたいよな。当たり前の本能的欲求だ。


「だったらこんなとこに閉じこもってないで俺と一緒に来い。本なんか見られなくたって、俺がお前に新しい世界を見せてやる」


「見せてくれるのですかッ!あなたの……かッ、快復ポーションZをッ!」


ソレじゃねぇよ馬鹿。

アレもコレもすっ飛ばしていきなり大人にはなれねぇんだ。今お前に必要なのはそういうことじゃない。


「四十年もこんなとこに一人っきりでお前……寂しかったんだろ?」


図星を当てられたのが丸わかりの顔で、ミョルヌは精一杯の虚勢を張った。ブワッと涙目になって、フルフル唇を震わせて。


「我は子供ではないッ!大人にはなれずとも、その辺のただの子供と一緒にされては困るのだよッ!」


子供じゃなかったらそんな顔しねぇよ。だから痛々しいんだ。


「寂しいなどという子供じみた感情はッ!……うっ……ぐすっ……そんなッ……そんな感情はッ!………ずびっ……ぐふうぅぅぅうっ………」


「わかったわかった。鼻水出てるってほら」


「ぐしゅっ…………さびっ……ずびびっ…………ざっ……ざびじがっだァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ!!」


顔をグッシャグシャにしてしがみついてくる。差し出したハンカチをスルーして俺のコートにネッチョリと大量の鼻水を擦り付けてくる。大人になれないどころじゃない。五歳児かよ。

まあ仕方ない。俺はため息をついてガキンチョの好きにさせてやる。


「だったらさっさと出てくりゃいいのに、こんな異次元ダンジョン造りやがって。これじゃ迎えに来ようと思っても誰も入ってこれねぇだろうが」


「うぅっ………リアルな触手を研究していたらいつの間にかこんなことに………」


中身ガキなのになまじ能力があるから周りが迷惑するんだよな。引き籠もりレベルが高すぎる。


「仕方ねぇから迎えに来てやったんだ。つべこべ言わずにさっさとここを出るぞ。今日よりもっと面白いモンをいくらでも見せてやる」


「行きましゅっ………ぐしゅっ………いつかきっとオトナになって………同志ハイカキンの快復ポーションZを見せてもらうのですッ!ぐふっ……ぐふふっ……フハハハハハッ!!」


涙と鼻水で残念極まりない顔のマセガキエルフが、実にしょうもない野望を掲げて高笑いを上げる。その調子じゃオトナへの道は遥かに遠そうだな。俺は苦笑してその酷い顔を拭いてやった。



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