転生スキル
ここにやってきて一週間、生きるために必要な知識は何となくわかった気がする。通貨は無難に金貨と、銀貨、そして銅貨。かなり薄く小さく作られていて、日本円で言う百円ぐらいの大きさ。たくさん持ち歩くとなると、重いと思うと思う。
魔法はあるけれどもノアは使えないので、代わりにポーションを作っているらしい。そして私も使うことが出来なかった。
「異世界転生者と言えば、天才的な魔法の才能があるとかないとか」
「はあ、はあ…ごめんなさいね。私は特に飛出した才能が無くて」
ここにやってきたのはいいものの、ベッドが無いので、作ることにしたのだけれども、かなりの肉体労働でキツイ。隣のノアは器用にくぎを打っている。なぜ見えないのに、そんなに丁寧に釘が打てるの?できることなら、私がそれをやりたいけれども、木材をのこぎりで切ること。
「でも、まだ分からないだけで、何か特別なスキルがあるかもしれない」
「ノアはわからないの?」
「鑑定スキルを持っていないし、鑑定できる魔法具も持っていない」
夏なので、とにかく日差しが強い、家の中に入って冷たい麦茶を飲みたい。でもこれをしないと寝床が。もう何なら、床でもいいわ。
「ギルドがある町までは何キロだっけ」
「五キロ。かなり近いぞ」
全然近い気がしないけど、こんな山の奥なら近い方かも。できることなら町に行って、快適な仕事をしたいけれども、人生がそう、上手くいくわけがない。
「もう疲れた。三時間ぐらいぶっ続けだし」
「体力無いな」
「貴方は屋根の下だから。私は太陽の下なの。もう腕疲れて痛いし」
「俺がやる。代わりに昼食の用意をしてくれ」
働かざるもの食うべからずか。そうだよね。こんな険しい森の中なんだもん。私が日本という甘い国で生きてきたからだからだよね。
「わかった」
のこぎりを渡して、家の中に入った。家の中に入ると、喉が渇いたらしいルージュが水のお皿を持って尻尾を振っていた。
ノアの家のすぐ裏には湧水を引き作られた水道がある。家の中にはさすがに作れなかったらしい。でも新鮮な綺麗な水があるっていいことと思った。水道水とはまるで違う。天然の湧水だから、とても冷たいし、塩素の味がしない。
蛇口の下にルージュ用の水皿を置き、そこに水を流した。大きな舌でルージュは水を飛ばしながら飲んでいく。私もコップの代わりに皿を持ってきて、それに水を入れて、勢いよく飲んだ。
「ぷは!美味し!」
「わふ」
「ルージュも美味しいね」
広い畑の中から、トマトと玉ねぎを抱えた。野菜は前の世界と一緒らしく、こっちの世界の方が少し大きいくらい。
「ノアの作り方が良いのかな」
主食はパンだから、夜はトマトスープでも作れたらいいよね。お昼は時間が無いから、ルージュが今朝狩ってきたお肉が残っているし。そういえば、魔獣の解体。本当にグロかった。朝食吐くかと思った。
でもルージュって、普通の狼だよね?朝は自分の体より大きくて強そうな魔獣を狩ってきたけど、ルージュって結構人間以外には容赦ない感じなのかな。
そんでもって、ノアもかなり強そうなんだよな。ドラゴンも即死する毒を作ったことがあるなんて冗談言っていたけど、はて本当に冗談なのか。
一週間ここにいるって言っても、町に降りてないし、社会がどんなふうになっているか分からないからな。やっぱり一度待ちまで連れて行ってもらわないと。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「美味しい」
「それならよかった」
ずっと野菜の素炒めとか、肉を焼いて胡椒だけ、とかしか作れなかったから、手の込んだ料理が作れてよかった。
トマトを煮て、人参、玉ねぎ、肉を入れただけだけど塩、胡椒で味をつけたら、良い感じになったし、パンともよく合う。
「料理が上手いんだな」
「たまに料理本とか見ながら作ってたから、なんとなくは作れる。ここの畑野菜いっぱい植えられてるし。薬草とかも調味料として使えるから」
「森に行けばもっといろいろ取ってこれる。取ってくるか?」
「タラの芽とか旬の物ならまだしも。今は大丈夫」
すぐにノアは食べ終わり、おかわりもして、私が作ったトマトスープをすべて平らげてしまった。まさかこんなに大食いだとは思わなかった。
「明日からはもっと作ろうか?」
「いつもはこんなに食べないけど、美味しくて食べ過ぎた」
「あ、そゆこと」
料理のレパートリー増やしたいけど、調理方法も、材料も、時間も限られてるし、そんなに多くはできないよね。
できたてほやほやのベッドに腰を掛けて、寝転がり、幸福感がやってきた。私だけのベッド。私のベッド、最高。最近まで床に布団を敷いて寝ていたから、目覚めが悪かったけど、これで断然よくなった。
「ありがとう。ノア。ベッドで寝られるなんて幸せ」
「ベッドづくりで分かった。シズエは不器用だ。ポーションづくりを手伝ってもらおうと思ったけど、無理かも」
「私は普通だと思うよ。ノアが器用すぎるんだよ。別に前の世界で不器用なんて言われたことなかったし」
目が見えないのに器用なんて、たぶんこんな山奥で生活しているからだろうなぁ。
「シズエは前の世界に帰りたい?」
「いや別に。両親は私が高校の時に交通事故で亡くなったし、友達は居ても、親友みたいなのは居なかったし。仕事はブラックだし。ここにいる方が幸せかもしれない」
なぜだか今日はルージュは外に出ている。いつもは、ノアか私のところにやってきて、一緒に寝るというのに。
「ワォーン!!」
「ルージュ?」
地鳴りのようなルージュの走る音が聞こえて、驚いた。小さな地震でも起こったのかと思った。ルージュがこの家から離れてしまった。そして聞こえてくる遠くからのルージュの声に答える狼の声。
ノアは開けていた玄関の扉を閉め、ランプの火を消し、ベッドに寝転がった。
「ルージュには仲間が居るんだ。三年前ぐらいから、仲間がルージュを呼ぶようになって、ルージュはそれに答えるように森に行ってしまうんだ。ルージュはこの森のどの狼よりも強いから、たぶん群れを率いていて、妻子もいるんじゃないかって思ってる」
狼は群れで行動する。それにどれだけルージュが人間になついていると言ったって、動物だから。
「そっか」
「ルージュがいなくなる時は寂しかったけど、今日は寂しくない。シズエがいるから」
「私は居なくならないよ。ここにいるよ」
まだ二十歳に見えない青年だからか。愛を貰ったことが無いのか。