なぜ
木目の天井、そこから伸びる電灯。横を向くと、額に乗せられていたタオルがポトリと落ちた。そこに立っていたのは助けてくれた青年。
違和感があり、髪の毛を少し持ち上げて目の間に出してみると、赤毛のまじった茶髪になっていた。私の髪色は黒髪だったし、これは完全に私の髪ではない。もしこれが異世界転生だとして、姿かたちも変わってしまったの?
「驚いた。起きたのか…?」
「す、すみません。助けていただきありがとうございました」
男性の隣に寝て居たあの狼が私のところまでやってくると、私のお腹の上に顎を乗せてきた。
「起きたのか。助けたのはほとんどルージュだ。感謝するならルージュにしてくれ。俺は光の強さぐらいしか分からない盲目だから」
左右共に綺麗な浅葱色をした瞳。少しばかり白がかっている。目の焦点は合っているけれども、私とは目が合わない。
「そうなんですか。すみません、ベッドを使わせてもらって」
「せいぜい一、二時間だから。かまわない。でもなんであんなところに居たんだ。あそこはかなり危険なところなのに。ギルド冒険者の上級者しか行かないところだぞ」
ギルド、冒険者、完全に異世界に飛ばされている。ここは私の住んでいたところではない。完全に地球とは切り離されているどこか。
ああ、希望なんて無くなった。でも良いか。地球に居て希望があるとすれば、マンガとアニメぐらいだったし。その世界に入ることが出来たということは私はこの世界の主人公。
この人はこんな荒唐無稽な話を信じてくれるか。
「この話信じてもらえるか分かりませんが。話します」
「異世界転生者か?」
「え?」
「いや、これは俺の勘だから。馬鹿げたことだと思ったのなら、流してもらって構わない」
これなら、話が通じやすいのではないかしら。異世界転生者ってそんなにこの世界では浸透してもらっているものなの?
「いや、本当にその通りで。私仕事帰りに雷に打たれたらここに居て。全然前の世界とは違う場所なんです。あんなおかしな動物初めて見たし。冒険者とか、ギルドとか前の世界では空想の話だったから」
「こんな珍しい人に会えることもあるのか」
「その、異世界転生というのはよくあることなんですか?」
「あまり世間では広まっていないが、それなりにあることらしい」
王都に転移させられて、勇者になれなんて言われなかっただけ、あのおかしなペリカンと遭遇したのはまだマシって話ね。
「俺の名前はノア、お前名前は?」
「早見静恵」
「名前がハヤミ?」
「それは苗字で、名前は静恵。私の世界だと苗字が前に来て、名前は後ろに来ていたので」
「シズエか。それでシズエはこれからどうするの?」
どうするって言われたって、私この世界のこと全く分からないし。せめてお金があればいいのだけれども、無一文だし。
「何も分からないし、何も持っていないし、未来のビジョンが全く見えてこないので。というか、異世界転生ということ自体まだ疑っています。でも、できることなら、数日ここに泊まらせてほしいです。私本当にこの世界のことが良く分からないので。止まらせてもらっている間に、どうにかこの世界のことを理解して、職を探しますので」
ああ、また仕事をしなければいけないのか。異世界転生しても、お金がないと生きていけないし、仕方がないよね。この世界、肉体労働ばかりじゃないと良いけど。
「俺は目が見えていないから、一人で生きていくだけで精いっぱいなんだ」
「そ、そうですよね。すみません、どうにか町まで行きます」
こんな意味わからない私の面倒なんて見てもらえるわけないじゃん。
「そういうことじゃない」
「どういうことですか?」
「俺は盲目だから、ルージュが居なきゃまともに生活できない。だからシズエがいてくれたら、かなり生活が楽になる。家事とか、仕事とか、農作業とか、やることはいっぱいあるけど、俺は一人じゃ回りきっていない。だからそれを手伝ってくれるなら、ここに住んでいい」
この人めちゃくちゃ良い人じゃん!
「できることならなんでもやります!」
「でも俺は男で、シズエは女だから、嫌なら町に行ってくれ」
なんて良い人!会社勤めをしていた時なんて、男尊女卑をする上司にセクハラをされたこともあったけれども、この人はめちゃくちゃ優しい。
「いえ、そういうことはあまり気にしませんので」
「俺もシズエが見えていないから、君が何かしようとしてこない限りは問題はない」
「私は何もしませんから」
でもよかった。これでどうにか生きていける。
「起きてそうそう悪いけれど、これ手伝ってくれない?」
「なんですか。それ」
小瓶の中に綺麗な色をした液体が入っている。そして部屋の真ん中には木箱が置かれていて、その木箱の中に大量の小瓶が入っている。
「ポーション。俺はポーション作りをしていている。この近くの森は確かに魔物が多いけど、それと同じぐらいいい薬草も生えている」
「へえ。おもしろい」