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眠り姫が野獣

お越しいただきありがとうございます。


舞台は異世界ですが、こちらと同じような童話があるという事で一つご容赦を……。


お楽しみいただければ幸いです。

「みんなみんな呪われちゃえーーー!!!」


 そう叫んだ少女の体から、どろりと闇が溢れ落ち、広間を、父を、父の側近達を、控えていた騎士達を、侍女達を、館の全てを飲み込んでいく。


「いやぁーーーー!!!」


 自分の悲鳴を遠くに聞きながら、私の意識も闇に飲まれていった。





『うっ……いたっ……』


 目を覚ますと、そこは記憶の最後の場所と相違ない広間だった。

 但し異様に静まり返っているが。


 気を失う前のあれやこれやを思い出し、慌てて身を起こすも、何故か異常に視線が低い。

 まだ意識が混濁しているのかと、ふるふると首を振れば、いつもは肩に触れるはずの自慢の銀髪の気配がない。

 寝ている間に刈り取られたのかと慌てて頭部に手を伸ばそうとして愕然とした。

 白魚のような……とは言い難かったが、それなりに娘らしい細さを持っていたはずの手が、フサフサとした毛に覆われた、まるで四つ脚の獣のような前脚()になっていたからだ。

 きゅっと力を入れると、指先から鋭い爪が顔を出す。


「が、がふっ?!」

『どう言う事??』


 驚きのあまり口から飛び出したのは、人間らしい言葉では無く、獣の鳴き声のようなものだった。


 己の身に起こった事が認識できないまま辺りを見回すと、あの少女が暴挙に出た時広間にいた人間がそのまま床に伏していた。

 とりあえずと一番近くにいた腹心の侍女に近づこうと体を動かすも、まるで油の中を泳いでいるかのように進み難い。

 立ち上がり二本の足で歩こうとしても、がくりと床に伏してしまう。

 何度か体を起こす事を試みたが上手くいかず、焦燥だけが募っていく。


 ならばと、それこそ四つ脚の獣のように四肢を動かすと思いの外動けた事から、何とか倒れている侍女のもとまでたどり着けた。


「がふっ?がふぅ?!」

『大丈夫?目を覚まして?!』


 軽く彼女の身体を揺すってみてもなんの反応も示さない。

 気を失っているだけにしては反応がなく、かと言って既に命の火が消えている訳でもなさそうだ。

 あえて言うならそう、深く寝入っているような、時が止まっているかのような……。


 ふいに頭に思い浮かんだ不可解な可能性にぶるりと頭を一つ振る。

 侍女から目を逸らし、次は領主の椅子に座っていたはずの父親へ目線を送ると、やはりそこには椅子に縋るよう倒れ込んでいる父の姿があった。


 だいぶ四つ足での動きに慣れてきた体を動かし、お父様へと近づき、膝の上に飛び乗って顔色を伺う。

 先程の侍女と同じように時が止まってしまったかのような、微動だにしないお父様の姿に焦燥が募る中、ふと気づいてしまった。


 ……お父様の膝の上に飛び乗った?


 自分の行動ながら疑問が浮かぶ。

 お父様は大人の男性としては優男風で細身な方だ。

 流石に年頃の娘が膝に飛び乗るなんて、不可能に近いだろう。

 こちらが二つ三つの幼子の頃ならともかく、私は今十六の普通に成長した娘だ。

 それが今、私はお父様の膝に乗ってお顔を覗き込んでいる。

 その不可思議さに全身の、そう全身の毛が逆立ち恐怖を伝えてきた。


 何故、先程見た己の手は獣じみているのか?

 何故、四つ足であんなにも俊敏に動けるのか?

 何故、こんなにも視線が低いのか?

 何故、体全体が毛に覆われているように感じるのか?

 何故、私の口は人の言葉を喋ることができないのか?


 目覚めてからこちら、見ないようにしていた現実が追いついてきた。

 お父様の膝の上から飛び降り、掃出窓へと向かう。

 窓ガラスの向こうは月明かりのない漆黒の闇に包まれており、メイド達によって日々磨かれているガラスは鏡のように室内を写しとっていた。


 恐る恐ると窓に近づき、ガラスに自らを写し込む。


「あ、あおーんーー!!」

『な、なんでーー!!』


 そこにはフサフサとした銀色の毛に包まれた三角の耳、すっと伸びた鼻筋に大きく開く口、口内には鋭い犬歯を始めとしたギザギザの歯、同じく銀毛に包まれた胴体からは短くも床を踏み締め素早く走るのに特化した太い脚、つま先からちらりと覗く鋭い爪は獲物を切り裂く為のものだろう。


 そう、ガラスに写り込んだ私は立派な(恐らく)狼の様な獣になっていた。

 といってもまだ幼体なのか、大きさはそれほどでもなく、先程恐らくと付けたのも、もしかしたら万が一にも犬の可能性が捨てきれなかったからだ。

 ……臀部でふらりと揺れるふぁさふぁさとした長い尻尾の存在がその(犬である)可能性を低くしていたが。


 そしてしばらく己の姿に硬直した後、今度はがくりと力が抜け、床に伏した。


 そして思う。


 あぁ、アレは本当に魔女だったのだ……と。



 ◇◇◇



 今宵は月のない真っ暗な夜だった。


 その闇を切り裂くように領主館の門前に現れた一人の少女。


 本来であればそんな時間に少女が一人でいるはずもなく、ましてそんな不審な人間を(少女とは言え)屋敷にあげるなどあり得ない……はずだった。


 何故か門番も家令も何の疑問も持たず、一晩の宿を求めたその少女を屋敷に招き入れ、屋敷の主人たるお父様も、夜も更けた時分だったにも関わらず、何の疑いもせず面会を許可した。

 ……もちろん私も何ら疑問を持たず、面会に立ち会ったのだ。

 今思えば怪しすぎる存在であるが、あの時は何かしらの魔女が使うという(まじな)いがかけられていたのではと今となっては思う。まさに今更の話であるが。


 そして広間で始まった少女との面会。


 最初は遅い時間の訪問への謝罪や、一夜の宿に対する感謝などありきたりな話だった。

 風向きが変わったのは、件の少女が妙に熱のこもった視線を投げながら、お父様の容姿を褒めそやし始めた頃だろうか。

 それが段々露骨な夜の誘いになった所でお父様が靡く訳もなく、話は平行線を辿っていた。


 と言うのもお父様は既に亡くなった妻、即ち私の母でもあるのだが、を非常に愛しており、その熱愛ぶりは領内どころか王都まで噂になる程だった。

 母が亡くなった後、まだ私が幼かった事もあって母親の必要性を口実に自称遠い親戚やら何やらから再婚を勧められたが、ガンとして頷く事はなかったどころか、勧めてきた自称遠い親戚やら他家の人間が、何故か次々に没落していった為早々に後妻話は無くなったと言う経緯がある。

 ちなみに没落の原因は我が家が何かした訳ではないらしい。


 そして母が亡くなってから十年が経つ今でも父の最愛は母だけだと公言している。

 私も年頃になり、そんなお二人の様な関係を築ける相手と添いたいものだと常々考える程なのだ。


 それに相手は少女だったのだ。見た目は()とそう歳の変わらなさそうな。

 今となっては魔女だと思われる少女が本当に少女だったのかは甚だ疑問ではあるのだが。

 魔女の生態は不明な点も多いが、一説によると寿命が人より長く、己の力が最も高まった年齢で長く過ごすと言われている。

 なのであの少女のような見目の魔女も実年齢は……と言った可能性が高いのだ。


 されども何度も言うが見目は己の娘ほどの少女だったので、何らかの魔女の呪いに惑わされている状況であっても父が彼女の誘いに乗ることはなかった。


 その状況が気に食わなかったのだろう。

 ふるふると怒りに身体を震わせた彼女が叫んだ言葉は(のろ)いとなって私達を襲ったのだった。


 そして話は冒頭に戻る。


『ど、どうしよう…どうしたらいいの?

 よくある物語では魔女に呪われ眠りについたお姫様は王子様の口付けで目覚めるのよね。

 あとはやっぱり呪いで野獣にされてしまった人は、見た目が変わっても愛してくれる女性と出会って、二人の真実の愛で呪いが解けるのよね。

 状況的には似たようなものだけど……。

 でも、この館で姫に該当しそうな私は起きてるのよね。

 一応この領地を継ぐ予定の総領娘だし……。

 ……まぁ、今は『姫』からは程遠い見た目だけど。むしろ野獣……?

 実際眠りについてるのはお父様だし、お父様が王子様と口付けするのはちょっと……。

 野獣のパターンも私を愛してくれる人が現れるとか、そんな都合の良いこと起きるのかしら?

 そもそもこの屋敷から出られないし、入ってもこれないのに……』


 そうなのだ。

 先程誰かしら呪いの範疇から逃れられた人はいないかと屋敷中を走り回ってみたのだが、そんな人はおらず、使用人どころか鼠取り用に飼っている猫ですら寝ていた。

 更に悪い事に、外へと続く扉や窓にはびっしりと荊が這っており、一歩たりとも外へ出る事は叶わなかった。

 それどころか、夜が明けたはずの今となっても荊に塞がれた窓からは満足に陽の光も入らず、薄暗い屋敷内は陰鬱で、八方塞がりの今の状況も合わせて私の気を滅入らせる事に一役買っていた。


『あぁ……本当にどうしよう……?誰か……誰か助けて……』





 閉じ込められてから早一週間。

 なんの解決策も浮かばず、無理矢理こじ開けようと扉に体当たりを繰り返した結果痛めた肩はジンジンと熱を持ち始めている。


 それもあって弱気な自分が顔を出す。


 既に領主館の異変にご近所に住む領民達は気づいているだろう。

 この様な事態に陥ってから三日後には、外で何やら激しい動きがあったのだが、呪いを解くどころか、荊をどうにかして中の状況を確認する事すらできなかったらしく、渋々引き上げていった。

 勿論室内にいる私に気づく人はいなかった。


 今は恐らく王都の魔塔辺りに話が行ってるのではなかろうか。

 寧ろ是非ともそうあって欲しい。

 魔術に関して国の最高峰である魔塔の方々なら、荊をどうにかしようと何か手立てを取ってくれているかもしれない。そう信じたいのだ。例え相手が魔女であっても。

 荊のせいで外の様子も満足に伺えないが、それだけを胸に過ごしてきたと言っても過言ではない。


 だけど、果たして。

 魔女の呪いなんて厄介なものを解決する方法が直ぐに見つかるのだろうか?


 眠りについてる人達は、どうやら本当に時が止まったような状態になっているらしい。

 食事や排泄などの必要がないらしく、ただひたすら眠っている。

 この一週間程飲まず食わずで寝ているが、窶れた様子もなく、ただひたすら健やかに眠っている。

 物語でも荊に守られた眠り姫は百年の長きに渡り眠っていたらしいし、この呪いもそうなのかもしれない。


 ただその場合、確実に私は死ぬ。

 この獣の身体は食事や休息を必要とするのだ。

 食べ物自体は厨房に残されていた食料で今のところ凌いでいるが、それも有限だ。

 その食料が尽きればもはや飢え死にするしかない。


 いつまで続くとも知れないこの現状に、私の精神は容赦なく消耗し、一週間経った今、最早なんの気力も湧かず、くたりと玄関にその身を伏せるだけだった。


 そんな状況で、急に玄関の外に人の気配を感じても容易に信じられなかったが、人の話し声が聞こえた段階で、なけなしの気力を振り絞って伏せていた顔を上げる事ができた。


 近づいてきた人の話し声が途切れた次の瞬間、もの凄い音と共に玄関の扉が吹き飛んでいった。

 幸い床に伏していた為、頭上を扉や荊の破片が通過していった為、驚くだけで済んだが、普通(にんげん)の状態だったらどうなっていたかと冷や汗が流れた。


 そんな傍若無人ぶりを披露した客人達が扉の残骸を越えて入ってきたが、久しぶりに見た陽の光に痛む目では二人分の人影を捉えるのみで、どんな人物なのかを確認するまではいかなかった。


「おいおい。いきなり魔術をぶっ放すなよー。誰か居たらどうすんだよー」


 人影の片割れの台詞に全くだと深く頷きつつ様子を伺う。


「……屋敷の住人達が動いている気配がないと報告したのは貴様だろう」


 ……いや、それにしても乱暴過ぎませんかね?


 もう一つの人影に内心ツッコミを入れつつ、()の人影達の正体を察する。

 魔術を行使した方、若しくは両人共に魔術塔から派遣されてきた方々なのだろう。


 絶望でしかなかった日々に文字通り光が射した気分だ。


「がふっ!がふん!!」

『お願いっ!助けてください!!』


 痛む肩を庇いつつ声を上げる。

 と言っても相変わらず獣のように吠える事しかできないのだが。


「ん?なんだ?」


 魔術師に苦言を呈していた方が辺りを見回し、薄暗い中蹲っていた私の存在に気付いたようだ。


「……犬……?……っておい。不用意に近づくな」


 制止の声を無視して、ペシャリと床に突っ伏す毛玉()の方に魔術師らしい男が近づいてきて、おもむろに私を抱き上げた。

 一応貴族令嬢なので、本来見知らぬ男性に抱き上げられるなどありえないのだが、この異常事態に最早抵抗する気力すら無かった。


「……雌だ……」


 流石に対抗した。

 脇を持たれベロンと露わになった下腹部を確認されるなど、例え獣の姿だったとしても羞恥でどうにかなりそうだ。


「うわっ!こらっ!暴れるな!!」


 乙女の大事な場所を暴いておいて、大人しくなんて出来るかぁ!



 ◇◇◇



「おーい、リリ。ご飯だぞー」


「わーふっ!」

『はーいっ!』


 てけてけと走り寄ると、定位置に用意されたお皿には鳥のモモ肉を茹でて割いた物と、穀物をミルクで煮た物、更には水が用意されていた。

 心の中でだけ食事に感謝を捧げ、はぐはぐと勢いよく平らげる。

 うん、今日も美味しい。


「美味いかー。リリ」


 そう柔らかな声で言って私の頭をわしゃわしゃと撫でるのは、あの日魔術を放って我が家の扉(と荊)を壊した魔術師だ。

 私の予想通り、彼は塔の魔術師で名をコンラッドと言うらしい。

 同行していたもう一人がそう呼びかけていた。

 ちなみにこのもう一人の方はコンラッドに『殿下』と呼びかけられていたので、恐らくこの国の第三王子であるアベル殿下ではないかと思われる。王族特有の紫眼をお持ちだし。

 何故第三王子だと推測できるかと言うと、この国に『殿下』と呼ばれる人間は三人兄弟の王子様方だけで、一番上の王太子殿下は既に国政に携わっている為、滅多に王宮を離れる事はないそうだ。まぁ、国の跡継ぎですから、護衛の問題もあってひょいひょいこんな地方まで来ないでしょうし。

 それとは逆に第二王子殿下は隣国に留学中である。

 隣国はうちの領地とは王都を挟んで反対側に位置する為、これまた気軽に来れる距離ではない。


 となると、ここに現れたのは消去法で第三王子となるのだ。

 彼の方は兄君である王太子殿下の手足となって動いているとの話も聞いた事があるので、地方で起きた謎の集団催眠事件に駆り出される確率も高そうだ。


 などとしたり顔で考えながらも一心不乱に口を動かす。

 正直、屋敷に閉じ込められていた最後の方は碌な食べ物にありつけていなかったのだ。ご飯が美味しい!


「がふっ!がふーん」

『あぁっ!おなかいっぱーい』


 食事を終え、満足げな鳴き声をあげると、再び頭を撫でられた。

 人間の頃は頭を撫でられる機会などなかったので、正直こそばゆさを感じるが、同時に喜ばしさも感じてしまう。

 つまりはやみつきと言う事だ。コンラッド、良い匂いだし。


「よし。リリ、今日も完食だな。偉いぞー」


「わふんー」

『えへへー』


 彼に『リリ』と呼ばれるのも悪い気はしない。

 偶然なのか何なのか、ここに引き取られて三日程経った後、唐突に名付けられた『リリ』と言う名は、自分の本名『リリアージュ』の愛称でもあり、非常に馴染み深いものであった。

 ちなみに『リリ』と決まるまでは、『チビ』とか『ケダマ』とか呼ばれていたので、本当に『リリ』を何処で思いついてきたのか謎である。


「コンラッド、ここに居たのか」


 ノックもせずに入ってきたのは、第三王子殿下だった。

 ツカツカと入室してくると、一直線にソファに向かい、疲れたように腰を落とした。

 ふーっと深い溜息をついた後、ちらりと私に視線を送ってきた。

 その様子にコテリと首を傾げる。


「あー、リリはいつ見ても可愛いねぇ」


 両手をワキワキさせて近づいてくる殿下を制して、コンラッドが私を抱き上げ、殿下の向かいに着席した。


「それはいいから用件を言え」


 先程私に話しかけてきた時とは打って変わって平坦な口調で話すコンラッド。

 ……と言うかこの二人、いつもこんな調子なのだが、コンラッドは不敬罪とかにならないのだろうか?

 魔塔に属する魔術師達は俗世のあれやこれやに縛られない存在とはいえ、相手は王族だ。

 コテリと今度は反対に首を傾げてコンラッドを見上げると、こちらを見ていたらしい彼とバッチリ目が合った。


「あー、コンラッドの予想通り、伯爵家は呪いにかけられているらしい。

 しかも指摘通り呪いを掛けたのは『新月の魔女』で間違いなさそうだ」


 第三王子殿下の言葉に、分かっていたとは言えショックを受ける。

 あの状況から魔女の呪いだったとは分かっていたものの、相手が『新月の魔女』ともなれば、その呪いを解くのは難しい。

 恐らく『新月の魔女』と対極に位置する『満月の魔女』に希わないと解呪は難しいだろう。

 問題はここ最近『満月の魔女』の行方が要として知れない事だろうか。


「くぅーん」

『そんなぁ』


 八方塞がりの状況に、自然と耳が伏せ、ショックを隠しきれない。


「……リリ、何とかしてやるから……」


 そう言ってこしょこしょと耳の背後を掻いてくれるコンラッドの掌に濡れた鼻先を押し付ける。

 あぁ、いい匂い……。うっとりとコンラッドの匂いを堪能する。コンラッドの匂いは頭の芯を蕩かすようで堪らないのだ。

 モフモフの両手で抱え込むようにしながら、コンラッドのおおきな掌に思う存分顔を押し付け、仕上げと言わんばかりにペロリと一舐めし、指先をガシガシと甘噛みする。

 もちろんコンラッドの匂いを胸いっぱい吸い込むのも忘れない。うん、落ち込んでた気分が上向いてきた。


「……リリ……。お前わかって……ないんだろうな。はぁ……」


「ぷぷっー。いいぞリリ!もっとやれ!」


 反対の手で口元を覆っていた為、コンラッドの呟きは良く聞こえなかったが、殿下がなんだか大ウケしてるのはわかった。


 全く人の実家が呪われてるのに呑気なものだわ。

 ふんすと荒い息を一つ吐いて、殿下に剣呑な視線を送る。


「リリー。そんな睨まないでよー。

 まぁ、家が心配だよな。

 そんな君に朗報だ。

 なんと『満月の魔女』殿が近日中に帰国するらしい!」


「『満月の魔女』殿が?

 ……確か十年ほど前から遠方の国の紛争調停に駆り出されて、帰国できなかったとか……」


 殿下とコンラッドの会話に耳がピンとなる。

 『満月の魔女』ならきっと我が家に掛けられた呪いをどうにかしてくれるはずだ。

 嬉しくてフサフサの尻尾もブンブンと揺れる。


「あと三日程で満月だし、被害があの家なら魔女殿も全力で取り組んでくれる事だろう。

 良かったなーリリー」


 そう言って殿下が私の頭を撫でようと手を伸ばしてくる。

 解決の糸口も見つかって私は最高潮に機嫌が良かったので、普段はあまりコンラッド以外に撫でられたくないが、ここはおとなしく頭を下げておこう。


 と、思ってたら、伸ばされた殿下の手をコンラッドがぱしりと弾いた。


「触るな」


「ケチだなぁ。

 それにしてもなんでリリだけ眠りの呪いが掛からなかったんだろうな?

 狼は『満月の魔女』殿の眷属だって言うから、そのせいかー?」


 殿下が私をモフりたそうに手をワキワキさせながらそんな事を言う。

 ……いくら王族でも、顔が良くてもその手つきはどうかと思う。ちょっと……ねぇ。


 それはともかく、私は本来狼ではないし、『魔女』様の眷属ではないので、ある意味ガッツリ呪いに掛かってますが何か?

 本当は至って平凡な伯爵令嬢ですが?


 つい胡乱げな視線を殿下に送ってしまう。


「リリの呪いは……。いや、これは『満月の魔女』殿に聞いてみなければならないだろうな。

 ところでやらかした『新月の魔女』はどうなるんだ?」


「うーん、こちらとしては我が国の貴族に害をなしたと言う事で厳罰に処したいところだが、魔女自体が基本的に不可侵(アンタッチャブル)な存在だからなぁ。

 恐らく魔女同士で決着を付けることになるんだろうな」


 顎に手を当ててしたり顔で話す殿下に、微妙な気持ちになる。

 直接被害を受けた我が家が処罰に口を出せないというのもなかなか理不尽だ。

 まぁ、魔女という存在がそもそも理不尽なのだが。


「まぁ、今回被害を受けたのがあの伯爵家(いえ)だし、『満月の魔女』殿のお怒りは相当のものだろう。

 『新月の魔女』にとって罰が相当苛烈なものになるのは想像に難くない。

 ……むしろ怒りのあまり周囲に影響が出なければいいが……」


 眉根を寄せたコンラッドの呟きにぞくりと背筋が寒くなる。

 話を聞く限り我が家が被害にあった事で『満月の魔女』様は相当お怒りになるらしいが、何故に魔女様にそこまで肩入れしていただけるのかと疑問が尽きない。


「くぅん?」

『何故に?』


 相変わらずしゃべる事は出来ないが、思わず疑問が口をついた。同時に首を傾げてしまう。

 それに気づいた殿下が同じ方向に首を傾げるが、いい年した男性がやっても……可愛いとか、美形は得ですね!


「どうした?リリ?腹でも減ったのか?」


「がふっ!」


 人を勝手に腹ペコキャラにしないでいただきたい!





 うつらうつらと意識が揺蕩う。

 うっすら覚醒した意識が、眼裏(まなうら)を柔らかく照らす光に気づく。

 その柔らかな光は月のものであろうか。そう言えば明日は満月だと夢うつつの意識が訴えた。


「……リリ……?起きたのか……?」


 さわりと頬を撫でる柔らかな刺激が心地よく、それを逃すまいと手を伸ばす。

 はっと息を飲む音が聞こえた気がしたが、それの持ち主を確認したくとも、ぼんやりとした意識は夢から完全に逃れる事は出来なかった。

 ただ柔らかく頬に触れるその手の心地よさだけ妙にはっきり感じる。

 鼻先に感じるその匂いが嬉しくて、頬を摺り寄せると、温かな温もりが私の中に染み込むようだ。


 ぎしりと寝台がきしむ音がして、瞼の裏に影が差す。

 ちゅっと僅かな擦過音がして、少しだけ濡れた温もりが頬を掠めていった。

 続いて反対の頬に、額に、鼻先に、こそばゆい温もりが触れていく。

 なんだかそれがとても嬉しくて、ふふっと笑みが零れる。


「……リリ……。君は本当に……」


 ふっと温もりが離れていった頬が寂しくて、幼子の様に唇を突き出し不満を示す。

 すると再び眼裏に影が差し、ふわりと唇に何かが触れた。それは先ほど頬に触れたものと同じもののようで。

 少し湿った、柔らかな温もりがしっとりと唇を覆う。差した影からぶわりと漂う匂いがじぃんと頭の芯を痺れさせ、口元を覆った温もりがもっと欲しくて、思わず強請るように口を開けてしまう。

 するとびくりと一瞬影が震えたが、次の瞬間ぬるりと口腔内に熱を持ったナニカが差し込まれた。

 先程まで触れていたモノとは異なる熱さに、ピクリと身体が震える。

 それをそっと慰撫するように頬から首筋を撫でる温もりがもどかしい。

 口腔内に忍び込んできたソレは我が物顔で動き回り、それとともにくちゅりくちゅりと水音が響く。

 その激しさに呼吸も奪い取られ、ますます意識は夢へと飲み込まれそうになる。


 ちゅっと可愛らしい音を立てて、その温もりが離れていく。

 それが寂しくて、引き止めるように手を伸ばす。


「あ……月が……」


 薄ら開いた目に映る、優しい輝きを放つほぼまん丸の月。

 その光を遮るように窓越しの月に伸びる白い手は華奢で、女性らしい丸みを帯びている。


「……リリ?」


 その華奢な手に男らしい厚みのある手が重なり、きゅっと握り締められた。

 その感触が脳裏に届いた途端、私の意識はふつりと途切れた。






 おはようございます。リリアージュです。朝です。

 何だか昨日とんでもなくいかがわしい夢を見た気がします。


「おーい。リリー?朝食だぞー?」


 コンラッドの声に掛布の中で丸めた身体がびくりと震える。

 夢のせいで何となくコンラッドと顔を合わせるのが気まずい。

 いやね!あの夢の相手がコンラッドかどうかは分からないんですがね!相手は手しか見てないし!

 でもね!匂いがね!

 て言うか、夢でも匂いを感じるって狼って凄いのね!!


「リリー?早く食べないと、置いていくぞ?

 『満月の魔女』殿は午前中には伯爵家(現場)に着くらしいから……」


 その言葉にもそもそと掛布から顔を出す。

 誰に指摘されなくても、フサフサの我が尻尾が喜びに震えているのが分かる。


「がふんっ!」

『やったっ!』


 ご機嫌で寝台から飛び降り、先程まで引きこもっていたのが嘘のように朝食にありつく。

 ……最近獣の姿(見た目)に引きずられて、思考が単純化してきている気がするのは気付かないふりをした。





「よぉ!リリ!今日もモフモフで可愛いな!

 ……って褒めただけだろう!殺気を飛ばすなコンラッド!」


 先に到着していたらしい殿下は相変わらずだったけど、私は今わりかしそれどころではなかった。

 果たして『満月の魔女』様は呪いを解いてくれるのか、それだけが頭の中を占めており、ぺしゃりと伏せた大きな三角耳と、これまたぺしゃりとなったフサフサ尻尾が私の心境をよく表している。

 領主館に近づくにつれ、その不安は否が応にも増してしまい、(コンラッドが壊した)館の扉が見える頃には完全に脚が止まっていた。


「……リリ?」


「きゅうん……」


 なんとも情けない声を上げてしまう自分に嫌悪を感じるも、脚は動かない。


「きゃんっ?!」

『えっ?!』


 度胸のない私に呆れたのか、コンラッドがヒョイと私を持ち上げた。

 脇を持たれ、視線が合うように持ち上げられると、コンラッドの藍の瞳と私の空色の瞳がしっかりと合わさった。


「リリ、大丈夫だから。

 お前は何も心配しなくて良い」


 それだけ告げると、コンラッドは私の体を胸元に抱え直し、館の中へと足を進めていく。

 私の方も何故かコンラッドの力強い言葉に背を押された気分で、覚悟を決めた。


 館の中へ足を踏み入れると、一週間前にコンラッドから救い出された日と変わらぬ光景が広がっていた。

 コンラッドと殿下と三人(まぁ、一人は獣ですが)で広間に向かうと、やはりここもあの日のままだった。


 領主の椅子から崩れ落ちそうになりながらも眠り続けるお父様。

 お父様を護るべく側に控えていた護衛達も、床に伏している。

 そしてあの日私についていた侍女も、あの日のまま床に倒れており、その姿は穏やかに眠っているだけに見える。


「くぅーん……」

『お父様……』


 穏やかさとは程遠い静寂に包まれた広間に私の頼りなげな鳴き声が響く。


 と、入り口の方からバタバタと激しい物音が聞こえてきた。

 すわ侵入者か!と、ぐぅと喉を鳴らし、毛を逆立てる。

 フサフサの尻尾はピンと伸び、いつでも飛びかかれるよう四肢を踏ん張ろう……として、コンラッドに抱えられたままだという事に気づいた。


「くぅんー」

『降ろしてー』


 てしてしと太い前脚でコンラッドの腕に触れるも、物音に気づいているはずなのに私を降ろす気配はない。

 ただじっと人の気配が近づいてくる方に視線を送っている。

 それは隣にいた殿下も同様だった。


 慌ただしい足音はどんどんと近づいてきて、広間のすぐ側に、そして扉が開いた。


「ダーリン!!!」


 ばたーんと扉を押し開いて飛び込んできたのは、プラチナに僅かに金を混ぜた月光のような髪色と瞳の色をした一人の女性だった。

 ……ていうか今なんておっしゃいました?


 その女性は私達には目もくれず、ものすごいスピードで広間の奥へと突き進んでいく。

 そこにいるのは勿論領主であるお父様だ。


「わふんっ!」

『お父様っ!』


 コンラッドに抱き込まれ、動きのままならない状態で、何とかお父様に警告をと思ったが、そう言えばお父様は呪いで寝ていたのだ。

 なすすべもなく状況を見つめる事しかできない我が身が歯がゆいと思っていたのだが……。


「わ、わふん……?」

『お、お父様……?』


 女性はずかずかとお父様に近づき、お父様の頬を両手で挟んで上向かせると、その唇にぶちゅーっと、いや本当にそんな音がしそうな程の勢いで口付けたのだ。

 あまりの暴挙に動揺が止まらない。三角耳の頂点から、尻尾の先まで毛が逆立つのが自分でもわかる。

 それを落ち着かせるように背を撫でてくれるコンラッドの温もりが、この混沌とした状況下での唯一の(よすが)だ。


「わーお」


 殿下の驚いているのかイマイチよく分からない感想も、三角耳を右から左へとすり抜けていく。

 ぶちゅーっが終わったかと思えばちゅっちゅと軽い口づけを繰り返す女性をなすすべもなく眺めていたら、変化は訪れた。


 お父様の伏せられていた瞼がふるふると震え、私と同じ空色の瞳が覗いた。


「わふんっ!」

『お父様っ!』


 驚きに声を上げるも、こちらの声、いやむしろ存在自体気づいていないのか、口づけをした女性と見つめ合ったまま微動だにしないお父様。


「……おはようダーリン。わたし以外に(まじな)いを掛けられるなんて、愛情が足りないんじゃないー?」


「おかえりハニー。流石に不可抗力だよ。君への愛はいつでもこの身を満たしているよ」


 そう言って、恐らくもう必要もないのに口づけを繰り返す二人に、再び動揺が止まらない。

 え?亡きお母様を一途に思っていたんじゃなかったの?お父様?


 プルプルと混乱で小刻みに震える身体を持て余していると、どうやらお父様が目覚めた事により、他の人達の(のろ)いも解けたらしい。

 何があったのかと辺りを窺う護衛騎士や、ぼんやりするのか頭を振って状況を把握しようとする側近達の姿が目に入った。


 その時、広間を切り裂くように女性の悲鳴混じりの声が響いた。


「……リリアージュお嬢様は?!リリアージュお嬢様はどちらですか?!」


 声の持ち主は、(のろ)いを掛けられた当時一緒にいた私付きの侍女だった。

 その声に流石に見知らぬ女性とイチャイチャしていたお父様も気づいたらしい。


「え?リリがいないの?

 (のろ)いが掛けられた時、一緒に広間(ここ)にいたよね?」


 お父様が女性の腰を掴んだまま、辺りを見回す。

 ていうかお父様……娘の心配をしてくれるのはありがたいのですが、本当にその女性は一体……?


「あれ?君達は……?」


 そこでようやっと私達三人の存在に気づいたらしい。

 お父様を守るように護衛が動き出す。

 それに答えるよう殿下が一歩前に出た。


「私は此度この伯爵家で行われた非情な行いの調査をする為に派遣されたものだ。

 こちらは魔塔の魔術師コンラッド殿で、此度の調査に協力してもらった。

 ご領主、無事に解呪されたようで何よりだ」


 滔々と答える殿下のお姿に、その王家由来の瞳の色に気づいたのだろう。


「これはこれは。第三王子殿下自らお越しいただけるとは……。お手を煩わせて申し訳ございません」


 お父様が慌てて領主の椅子から降りると、殿下に近づいて礼を取る。

 その後ろに我が家の使用人達も続いた。


「いや、我々は『新月の魔女』の(のろ)いである事を突き止めただけだからな。

 実際の解呪は『満月の魔女』殿だ。流石の腕前だな。

 タイミングも良かった。()の国の騒動が片付いていなければ、これほど迅速に魔女殿は戻ってこれなかっただろう」


「この家の一大事ですものー。あんな紛争なんて放置して飛んできますわよー?」


 件の女性が口を挟む。なるほどやはりこの方が『満月の魔女』らしい。

 という事は、先ほどの口づけは解呪の為?口づけで(のろ)いを解くには愛し合っている必要があるのでは?

 えっ?あの二人は愛し合ってるの?

 あれ?眠り姫と王子様は愛し合っていたんだっけ?あれ?あれぇ?

 疑問がぐるぐると頭を巡る。色々あり過ぎて煙が出そうだ。


「流石は僕のハニー。頼もしい限りだ。ところでリリ……我が娘の姿が見えないようでして……。調査にお越しいただいた際、娘の姿は……?」


 お父様が不安げに殿下へ告げると、殿下とコンラッドが気まずげに顔を見合わせた。

 私は私で、『リリアージュはここにおりますわ!』とババーンと告げたいところだが、人の言葉を発する口を現状持ち合わせていない。


 すると、魔女様があっさり口を開いた。


「あら。リリならそこにいるじゃないー」


 そこ、とすらりとした魔女様の指が私を指し示す。

 辺りの視線が私に集中した。


「……愛らしい子犬様ですね。魔術師様の使い魔ですか?」


 お父様が余所行きの笑みに困惑を多分に乗せて尋ねる。恐らく現実逃避も含まれていると予想する。


「だから、その子犬……ではなくって、子狼がリリよ。ダーリンったら娘が分からないの?」


「……いや、ハニー。確かにこのこ(子狼)は僕そっくりの銀毛に空色の瞳だけど、僕達の娘は君そっくりの顔をした人間の娘だったと思うんだけど……?」


 ですよね。というか今聞き捨てならない言葉が……。『僕達の娘』……?


「うーん?恐らく『新月』の(のろ)いが掛けられた瞬間、わたしの眷属としての力が目覚めたんじゃないかしら?防御本能が働いて……。

 でも……うーん?『新月』の(のろ)いと絡み合って、自分の意志で人間の姿に戻れなくなってるわね。

 解呪するには……やっぱり()()かしらねー?」


 ふむふむとこちらを見つめながら話す魔女様のお言葉に、混乱必須だ。

 私が魔女様の眷属?なぜ??

 そして()()って何?!


「どうやら月が出ている間だけ本来の姿に戻れるようです」


 そう口を挟んだのはコンラッドだった。

 それにしても、本人も知らない事を何で知ってるの??


「まぁ満月の魔女(わたし)の眷属だからね。わたし同様月に力を分けてもらえるのよ。

 でも、それならその時に解呪を試みなかったのー?」


 こてりと首を傾げる魔女様に、気まずげにコンラッドが答えた。


「……試みましたが、上手くいかず……」


 ……いつの間に?何を試みられていたんだろう?

 コンラッドの匂いに焦りの匂いが混ざる。落ち着いてと伝えるために、コンラッドの指先を甘噛みすると、するりと鼻先を撫でられた。


「あらあらー。その様子だと条件を満たしていない訳じゃなさそうね。

 どうやら(のろ)いと防御本能が絡み付いて、解呪を難しくしてるみたいね。

 となると……身体を繋げるしかないわね!!」


「待ってハニー?!」


 魔女様の爆弾発言にお父様が焦り、コンラッドの体温がジワリと上がった。私はイマイチ真意がつかめず、こてりと首を傾げる。


「だって解呪するにはしょうがないじゃないー。

 コンラッド殿は魔塔にいるという事は嫡男じゃないわよね?還俗して婿入りは可能かしら?

 というかそもそも、リリ以外に恋人とか懇意にしている相手はいないわよねー?」


 慌てる周囲を放置して魔女様が次々と言葉を進める。

 横で笑いを堪えているのか、顔を手で覆って震えている殿下が何となく目についた。


「……婿入りは……恐らく可能かと。最終的には女伯爵として立つリリを支える事も、私自身が伯爵として立つことも血筋的に問題ありません。

 リリ以外に懇意にしている相手はおりません。事情もあって身ぎれいなものです。

 そして……リリを愛しております」


「わふっ!?」

『なんですって?!』


 コンラッドの突然の告白に動揺が凄い。にも拘らず、私の意に反して尻尾が嬉し気にブンブン振れてしまう。


「よしっ!合格!!

 ならちょっと細かい事を詰めましょ。リリは……ちょっと寝てなさい。

 貴女相変わらず早寝なんでしょ?幸い今宵は満月。解呪にこれほど相応しい夜はないもの。しっかり夜起きてるためにも、今はお眠りなさい」


 突然のコンラッドからの愛の告白を堪能する間もなく、そもそも魔女様との関係やら解呪に必要な条件やら疑問は尽きないのに、魔女様の指がパチリと鳴ったのを最後に、私の意識はふつりと途切れた。



 ◇◇◇



 目が覚めると、そこは寝台だった。

 うん。全く意味が分からない。


 伯爵家(自宅)にいた筈なのに、何故に私はここ最近慣れ親しんだコンラッドの寝台の上にいるのか。

 更に、何故に久しぶりに見た己の人間の身体はこんなスケスケの夜着に包まれているのか。

 更に更に、何故に窓から差し込む月の光に照らされたコンラッドに押し倒されているのか。


 うん。何一つ意味が分からない。


「コ、コンラッド?」


「何?リリ」


「コンラッドは、()リリアージュ(領主の娘)だって知ってたの?」


 この状況で最適な質問だったかと言われると疑問だが、とりあえず頭に浮かんだ事を聞いてみた。


「……リリ、寝ている時に月の光を浴びて人間の姿に戻ってたんだよ。

 事情を聞こうと起こしても起きないし……。何とか名前だけ聞き出して、調べたんだよ。

 どうやら絡み合った(のろ)いと防衛本能が拮抗していたせいで起きられなかったらしいんだけど」


「そ、そうなの……?」


 そこではたと気づいた。寝ている間、人間の姿に戻っていたとすれば、夢だと思っていたあれやこれやは実は……?

 そこまで考えてぼんと頬に熱が昇った。


「ん?どうした?急に」


 熱くなった頬をコンラッドの指先が優しく撫でていく。近づかれる事で一層濃くなるコンラッドの匂いに、聞きたいことはいっぱいあるのに、とろりと理性が融けていく。


「……あれは……夢じゃなかったの?」


「あれって……もしかして口付けした事?うん。夢じゃないよ。

 口付けすれば(のろ)いが解けると思ってしたけど、(のろ)いは解けなかった……。

 俺が相手じゃダメなのかとも思ったけど、日中のリリの様子があれだろう?

 何か要素が足りないのかと、魔女殿に聞いたんだ」


 どうやら、夢うつつでのあれやこれやは現実だったらしい。羞恥に頬どころか全身が熱くなった。

 あれ?でも……。


「日中の様子って?」


 こてりと首を傾げると、コンラッドが気まずげに手のひらで口元を覆った。

 それほど昼間の私は何かをやらかしてたのかとコンラッドを見やると、コンラッドの耳の先がほんのりと赤くなっていて、どうやら照れているらしいと分かった。


「……リリ、俺の指とか甘噛みするし、手とか顔とか舐めてただろう。

 あれはマーキングと言って狼が己の番を主張する行為だ。……だからリリの気持ちは俺にあるのだと……違ったか?」


 コンラッドの台詞に益々顔が熱くなる。

 確かに狼の本能の赴くままコンラッドを舐めたり噛んだりしていた!

 だって!コンラッドいい匂いなんだもの!!

 それが!無意識に好意を垂れ流してた事になるなんて!!

 そりゃあ殿下も大笑いされますよね!!


「あぅ……。で、今のこの状況は一体……?」


 パタパタと手で扇いで火照った頬に風を送りながら問いかける。

 いや、この薄手の夜着やらコンラッドに押し倒されているこの状況から色々察するものはあるんだけど……。


「ん?魔女殿も言ってただろう?解呪の条件は愛し合う者同士の口付け。でも今回はそれだけじゃ足りないみたいだから、その先まで……」


「その先って……。ワタシ、イチオウ、キゾクレイジョウ。オヨメニ、イケナクナルノ、コマル」


 明言されなくとも、口付けのその先を想像して妙な片言になってしまう。

 そんな私の動揺に、にっこりと笑みを返しながら、コンラッドが衝撃的な事を言う。


「リリは嫁に行くんじゃなくて、婿を貰う方だろう?伯爵家の一人娘なんだから。

 それにもう婿は俺って決まってるから。書類もそろそろ然るべき機関に届いているだろうし、俺はもうリリの婚約者だよ。だから……貰ってもいいだろう?」


 そう告げると、月を背にしたコンラッドから噛みつくような口付けが降ってきた。


 ……(けだもの)は私じゃなくて、コンラッドだった。



 ◇◇◇



 明けて翌日。

 軋む体に鞭打って朝食の席に向かうと、お互いあーんをしながら食べさせ合うお父様と魔女様がいて、余計に疲れたのは言うまでもない。

 因みにここは調査の為に、殿下とコンラッドが滞在していた領主館の近所にある伯爵家(我が家)の別邸である。

 お父様に爵位を譲った父方の祖父母が住んでいたが、しばらく前に亡くなっており、引退した我が家の元家令が管理がてら住んでいたものだ。

 領主館の異変にいち早く気づいたのもこの元家令で、派遣されてきた殿下方の世話役をかってくれたのも彼だ。

 彼には頭が上がらない。


 そんな訳で、この家も馴染みあるものなのだが、朝から桃色の空気を醸し出している父親を前に複雑な心境になるのは致し方ないだろう。

 亡き母を一途に思っていたのではなかったのかとか、満月の夜にバルコニーで一人寂しくお酒を飲んでいたのは亡き母を思っていたのではなかったのかとか、消化しきれない想いが泡のように浮かんでは消えていく。


 そんな心境でじとりとした視線を父に送りながら食事を終わらせると、食後のお茶が供された段階で殿下が口を開いた。


「さて、本件だが、最後まで(のろ)いに掛けられていたリリアージュ嬢も、こうして無事な姿を見れた事だし、一件落着という事でよろしいか?」


 改めて言われ、解呪の方法がアレだった事を思い出し、顔に熱が上がる。

 ニヤニヤとした笑みの殿下、テーブルの下でさりげなく指を絡めてくるコンラッドには何も言えず、とりあえず何やら微笑まし気な表情を浮かべているお父様と魔女様を睨んでおく。涙目で。


(のろ)いも解けたし、婿殿も見つかったしで結果オーライね!『新月』への制裁はそこそこにしておくわ」


 ニコニコと嬉し気な魔女様に昨日から感じていた疑問が最高潮になる。


「あ、あのこの度は解呪していただきありがとうございました。

 と、ところで魔女様と父のご関係は……」


「……え?」


 おずおずと昨日から気になっていた点を口にすると空気が凍った。

 魔女様の無の表情に、聞いてはいけなかったかと後悔する。


「リリちゃん?貴女お母様の顔を忘れたの?」


 無の表情から一転にっこりと微笑む魔女様の顔は妙に既視感を感じさせる。


「……って、お母様?!」


「リリ……なんでそんなに驚くんだい?」


 お父様が心底不思議そうに尋ねる。


「え…?いや……?だって……?!お母様は十年前に亡くなったのでは?!」


「「はぁっ?!」」


 お二人から驚愕の声が漏れる。


「リ、リリ?!なんでそんな勘違いを?!」


 焦るお父様と引きつった表情を浮かべる推定お母様。


「えっ?えっ?勘違い?!だって十年前お父様が、お母様は遠くに行ってしまわれたって……二人で強く生きていこうって号泣しながらおっしゃるから、私てっきり……」


「……それは勘違いする……かも?」


 そう言ってことりと首を傾げる顔は、確かに今朝も鏡で見た己の顔によく似ていた。

 おろおろとお父様と多分お母様の顔を交互に見やる。


「間違った事は言ってないだろう?ハニーは異国の紛争を調停す(とめ)る為、遠くに行ってしまったし、君が帰ってくるまでリリと二人強く生きていかないといけないわけだし……。いつ終わるかわからない紛争に駆り出されて、君がいつ帰ってくるかもわからないんだから号泣くらいするだろう!?」


「えぇぇっ?!そ、それじゃ満月の夜にお一人でバルコニーで過ごされていたのは?!

 あれはお母様との思い出に浸っていらっしゃるとばかり……」


 ガタリと思わず席を立つも、昨夜酷使された足腰に力が入らず椅子に逆戻りしてしまった。くっ!


「あぁ、それはね。

 わたし『満月の魔女』だけに満月の時最も力が強くなるの。その時なら遠く離れていても月を通してお話しできたから、ダーリンとおしゃべりを楽しんでたって訳。

 これが無かったら、紛争の一つや二つ力尽くで止めて帰ってきちゃってたわね」


「……彼の国の紛争が平和的に解決されたようで何よりです」


 頬をひきつらせた殿下の言葉に、首を傾げていると、コンラッドがこっそり耳打ちしてくれた。


「(この世界で最強とされる『満月の魔女』殿が力技で解決するという事は、焦土の一つや二つ覚悟せねばならないからな)」


 その言葉にぞくりと背が震えた。

 ……って、待てよ?その娘という事は……?


「私も『魔女』なんですか?」


「違うわよー。魔女の子は魔女の眷属になるの。『満月の魔女』の眷属は狼だから……。だから今回リリは狼に変化(へんげ)したのね。

 因みに『魔女』は血縁で繋がるものじゃないのよー。ある日突然『魔女』として目覚めて、その役目を終えたら『魔女』ではなくなるの。

 わたしも今回の紛争を平和的に治めたから、そろそろ『魔女』の役目はお終い。同じ時を過ごせると思うわ、ダーリン」


「……嬉しいよハニー。これからも共に生きていこう。

 という訳で、僕達は早々に引退して二人っきりの時間を過ごしたいんだよね。

 いやぁ優秀な婿殿っぽくて何よりだ!あとは任せたよ。第二王子殿下!!」


 ……今何と?

 何やらしっとりイイ感じで終わりそうだった話の最後に爆弾が仕込まれていた。


「……第二王子……殿下?……隣国にいるんじゃ……」


 ぎぎぎと音が鳴りそうな動きで、殿下とコンラッドに視線を送ると、殿下はニヤニヤと悪そうな笑みを、コンラッドは少し気まずそうな表情を浮かべていたかと思えば、さっと何かを振り払うように目元を拭った。

 そしてこちらを見たコンラッドの目は王族特有の紫眼で……。

 それを見て私は気絶した。


 いや、亡くなったと思っていた母親が生きてて、しかも最強と言われる『満月の魔女』だったってだけでお腹いっぱいだったのに、両想いになった婿殿が王族だったなんて……ねぇ。


 流石にお腹いっぱいです!!

最後までご覧いただきありがとうございました。


誤字脱字報告、ご感想、★のご評価、ポイント、いいね等々お待ちしております。

とても励みになります!


書ききれなかった裏話としては、リリとコンラッドは魔力とかその辺りの相性が非常に良いパターンです。

リリはその辺り無意識に匂いで感じておりますが、コンラッドも拾った子狼の状態で何か感じるところがあり、月光で人間の姿に戻ったリリを見て完全に落ちた感じですね。

でも寝ている女性に手を出すのはいけません笑


改めて、最後までご覧いただきありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
軽快な文章とストーリーで、とても楽しく読ませていただきました(^^)リリからのあれこれに照れるコンラッドがたまらなく可愛かったです。
[良い点] ヒロインが野獣になるとは思っていませんでした。 お月様に因んでいて大変楽しめました! 眠り姫寝てない…と思ったら夜しっかり寝てましたね。ちゃんと眠り姫、してる…!(?)
[良い点] 要素が、要素が多すぎる……!そしてその最たる当事者が付いていけてない!w [気になる点] 何故もっともふらないで戻っちゃうんだ……! [一言] 遺伝しないのはちょっと残念だけど、四つ脚犬(…
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