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神様、見ていてください  作者: 水城しずみ
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別れと出会い(4)

 宿の入り口は目抜き通りから一本奥まったところにあった。未舗装の小道を進み、大通りに出ると、いきなり空気が変わる。


 人の声。かき鳴らされる楽器の音色。歌って踊って飲んで食って笑いあう人々の歓楽が、周囲一帯に満ち満ちていた。

 家々の屋根から屋根へ、大通りの頭上を細い糸が何本も横切り、それに括りつけられた数多の紙のランタンが頭上にとりどりの色を添える。そこにかしこに生花の籠が飾られて、どこからか風に運ばれてきた花弁が蝶のようにあたりを舞う。

 道沿いにいくつも並んだ大きさもかたちも不揃いなテーブルたちは、きっとあちこちの家庭から運び出されてきた食卓なのだろう。その天板を隙間なく埋めつくす料理や飲み物、あるいは収穫されたままの姿で籠に盛られた果物たちも、どうやらそれぞれ違う作り手たちによってそこで供されている。誰が配膳するでもなく通行人が勝手気ままにつまんでいって、気づけば誰かが新しい皿を持ってくるのだ。


 宿に来るまでの間にも見た光景だが、いざこの中に分け入るのだと思うと余計に圧巻だった。


「さあヨイちゃん、何が見たい? 楽しいことは大抵何でもあるわよ」

「あの料理美味しそう!」

「うふふ、まだまだ食い気が勝っちゃう歳なのねぇ」


 ヨイを先頭にして、チモモ、ヘェベ、私と続く。目に映るもの全てに興味津々のヨイは、あっちの料理を食べてみたりこっちの楽隊の拍子に合わせて歌ってみたり、そうかと思えばそっちの女性に呼び止められて頭に花冠を飾られたりと忙しい。

 小さな体に次々と食べ物を収め誰を相手にしてもよく笑うヨイは、次第に飾りたてられていく姿も相まって、当然ながらすぐに耳目を集めだした。


「お嬢さん、良い食べっぷりだね! こっちも味見してってよ!」

「ありがと! いただきます!」

「ちょっと失礼。ねえ君、食べてる姿で良いから絵を描かせてもらえないかい? 隣のお姉さんも一緒に」

「だってさ、チモモ」

「こんな可愛い子の隣じゃ私、霞んでしまわないかしら」

「二人ともとびきり美人に描いてあげるさ。大丈夫、見たままに描けばいいんだから」

「とりあえず口は達者みたいだね。それじゃ、筆の技量も見せてもらおうかな?」

「言ってくれるねお嬢ちゃん」



「ああ居た居た、花冠のお嬢さん。さっきの煮物のお代わりはいかが?」

「わざわざ持ってきてくれたの? ありがとう!」

「こんなに気持ち良く食べてくれる人、他に居ないもの。飲み物もいくつか持ってきたの」

「あ、あたしお酒は遠慮するよ。それはそっちの金髪の人にあげて」

「えっ」

「お兄さんいけるクチなの? 連れの子が動けない間退屈でしょう、お酌させてよ。隣、座っていいわよね」

「はあ、どうぞ」

「……やっぱすげえや、イザクの旦那」

「ふふふ、やだわ、仲間外れにはしないから。あなたも一杯どうぞ」

「ああ、いや、俺も酒はちょっと……」

「え、私だけ飲むんですか」

「へっ?」

「……ああいえ、すみません、軽い冗だ……」

「えあっ、全然そんな、謝らないでください! 俺も飲みますよ! お姉さん俺にもちょうだい!」



「おっ。見ろよ、ヘェベが復活してるぞ」

「本当だ。酌なんかされて喜んじまって、また騙されて水かっ食らってんのか?」

「ち、違えよ! 今度は潰れないように飲むんだよ」

「何だ? 言葉がまともになってら。ついさっきまで赤ん坊より酷かったのに」

「へへん、こちらの御仁に治してもらったんだ。イザクの旦那はすげぇんだぞ! ねえ旦那」

「ヘェベさん、あなたは今既にかなり酔いが来ているので気をつけてくださいね」

「旦那がいてくれれば平気だろ~?」

「おーいチモモ、お前があんまり厳しくするからお前の旦那、顔と優しさにつられて道を踏み外しちまうぞ」

「ま、お客様相手に何てはしたないこと言うの! イザクさん、そいつらまとめて一発ひっ叩いちゃってください!」

「えぇ……叩くんですか」

「じゃあイザクの代わりに、あたしが平手打ちをあげようか」

「あっ! ヨイちゃんのは! 下手したら首もげちゃいそう!」

「ヨイさんはそんな乱暴はしません」



「誰かと思えば大瓶のお嬢ちゃんじゃないか。お人形にされたんだな。女ってそういうの好きだからなぁ」

「可愛くしてもらったの。いいでしょう」

「10歳が12歳くらいにはなったかもな」

「うそ、そんなに小さくないでしょ。そりゃあ隣に大きいのはいるけど、10歳はない」

「どうだかねぇ。まあ精々、好き嫌いせずよく食うことだな」

「既にうちのひと月分近くは食べてるわよ、その子」

「ひと月!?」

「まだまだ入るよ。食べ比べでもする?」

「い、いや、命は惜しいんだ……。賦才持ちってのは腹まですごいんだな」



「よぅし、出来たぞお二人さん。僕の腕を見てもらおうか」

「ほお? わ、あたし、すごく美味しそうに食べてる。チモモもとっても優しい顔してるね」

「まあ本当。素敵な絵だわ。絵の全部が温かくって、幸せが閉じ込めてあるみたい」

「幸せが閉じ込めてあるみたい、とは、奥さん。嬉しいことを言ってくれるね。今までもらった中で一番の誉め言葉だ。それじゃあお礼にこの絵は、奥さんに差し上げよう」

「いいの? 嬉しいわ。ヨイちゃんと出会った記念にもなるわね」

「大事にしてくれると幸いだね。ついでに、このロクナンの街で2番目の絵描き、ハチスの名もよろしくどうぞ」

「2番目なの? 変なところで謙虚なんだね」

「そりゃあ1番はエスター女史に決まりだもの。彼女が次の街に旅立てば、僕にも希望があるかもしれないけど」

「エスター女史って?」

「4年くらい前からこの街に住んでる、絵描きの賦才持ちの女性よ。彼女の絵は紙の上で動くの」

「動く?」

「勿論、動かない絵を描いても彼女の作品は常にこの国で最高だとも。しかし何より、エスター女史という人は、それはもう大層楽しげに描くんだよ。彼女の作品と、創作への姿勢に触発されて絵筆を取った人間は数知れないね。かく言う僕もその一人なのさ。彼女との出会いは3年と7ヶ月前のこと……」

「そう言えば今日、西の牧場のお家で結婚式があるって聞いたわ。エスターさんなら行ってるんじゃないかしら」

「それは本当かいお姉さん! こうしちゃいられないな、失礼するよ!」



「……絵描きさんと結婚式に何の関係があるの?」

「エスターさんはご自分の気が向いたものばかり選んで描くんだけど、とりわけ結婚式には目がないのよ。街じゅうの結婚式に必ずふらっと現れて、新郎新婦を描いてくれるの。私とヘェベの時の絵もうちにあるわ」

「ふぅん……変わった人なんだね」



 ヨイたちの会話を片耳で聞きつつ私は、次々に満たされる杯を幾度となく飲み干していく。

 最初に申し出てきたご婦人の他にもちらほらと人がやってきたので、隣の席はいつの間にか時間交代制の様相を呈していた。ヘェベは感心しきりの顔でその様子を見て「すげぇなあ」とぼやいていたが、何を隠そう私は流されるままに座って受け答えしているだけだ。何をどれくらい飲んだかも何を食べたのかもよくわからない。代わる代わるやってくる女性が実は2順目に入っていたとしても気付けない。結構疲れる。

 顔面を見物されているのだと気付いてからは基本黙って微笑むことで労力の削減に務めてみたけれど、それでもやはり気疲れはする。ヘェベもまた、私の隣を次に譲ったご婦人についでとばかりに絡まれているので、チモモに何か言われやしないかとひやひやしていたようだ。


 ふう、とついた自分の息がとんでもなく酒臭いのではないかと、うっすら不安だ。人が途切れた隙にふと大通りの方を見ると、何やら大きな荷車がやってくるところだった。俵や麻の袋や葉の茂った枝、それに赤々とした肉の塊など、食料の補給というよりは、見たところの印象では供物の類らしい。


「ああ、返礼の詞の……もうそんな時間か」


 木製のテーブルに突っ伏するようにもたれていた赤ら顔のヘェベが呟く。彼の視線が向けられた空には、まだ白い陽光が満ちているけれども、日は既に没する方角へと進路を定めていた。

 大荷物を搭載した荷車は目抜き通りを上って街の中央の広場を目指しているようだった。供物はおそらく、広場の中心の櫓に奉られる予定だろう。前後から車を動かしているのはいずれも体格の良い男ばかりだ。歌うような先触れの声があたりに響き、人々がさっと道をあける。


 私たちは道端に出してあったテーブルセットに座っていたので、木製の車がギシギシと軋む音をたてながら進んでいくのを間近に見ることができた。

 ……それにしても不穏な音が聞こえる。怪しく思って見ていると荷台の揺れ方もどこか危うい気がしてくる。


 大丈夫だろうかと一抹の不安を覚えたその矢先、まさにヨイの目の前を通過せんとした瞬間、荷車の右後ろの車輪が突然脱落した。

 どうやら車軸が折れてしまったようだ。車輪そのものはほとんどその場でぱったりと倒れるだけで済んだものの、荷台は大きく傾いて荷物が崩れ落ちる。危ない、と、数人が同時に叫んだのとほぼ時を同じくして、ヨイがさっと荷台に駆け寄った。


「おおっ、おおうおう」


 俵数個の重さなどは彼女にとって訳ないが、その上に積まれた袋や果物が降ってくるのは、腕の数の関係でどうしようもない。

 慌てているのかどうなのかわかりにくい声を上げて珍しく慌てる少女の頭上へと、荷物が落ちかかるすんでのところで私の手足が間に合った。林檎が二つほど、私の指の隙間から逃れて転がっていってしまったものの、ヨイの額へ直撃する事態は免れた。


「助かった、イザク」

「それは何よりなんですが、ここからどうしましょうか」


 俵を支えるヨイの後ろから私が覆いかぶさるような状況だが、お互い手がふさがっているのでこれ以上どうしようもない。真上を向くヨイと真下を向く私で顔を見合わせる。


「……ねぇ、助けて~!」


 ヨイが声を張り上げたのが合図になって、我に返った人々がわらわらと集まってきた。左右から伸びてきた手によって雪崩れた荷物が取り除かれていく。私がとりあえず麻の袋ひとつを抱えて棒立ちしている間に、供物の山はすっかり道端に移転してしまった。なんとも統率の取れた民衆である。


「ヨイちゃん、イザクさん、怪我はない?」


 当然のように荷物の移動に加わっていたチモモが心配顔でやってくる。ヘェベもちゃんと参加していたようで、顔はやや赤いものの動きは案外まともだった。


「あたしは平気。イザクも何事もないよ。それより、車が壊れちゃったから荷物を運ぶのに困るよね」

「車を修理するにしても、積みなおすのがまたひと苦労でしょう」


 車を引いていた男たちは、ひとまず壊れた車の残骸を道の端に寄せて今後の相談をしているようだ。ヨイは彼らの背中を眺めてほんの数秒考えこむと、トコトコと歩み寄って声をかける。


「ねえ、これはどこまで運ぶの?」

「うん、ああ、助けてくれたお嬢ちゃんだな。さっきはありがとうな。広場までだからもう少しなんで、抱えて運んじまおうって話してたところだ」

「じゃああたしも手伝うよ。重いやつは任せて」


 俵は全部で六つあった。車を引いていた四人の男たちはいずれも一人一つは抱えられるとのことなので、あとの二つをヨイが担当すれば大物は片付く。その他の比較的小さなものは、居合わせた人間で分担して運ぶことになった。私はさっきから抱えたままの袋に、同じものをもう一つ重ねて運搬に加わることにする。

 両肩に俵を乗せたヨイの隣にヘェベとチモモが不安そうに並び、私はその後ろについて歩く。なかなかどうして異様な光景に当然人々の注目が寄せられた。いよいよ広場に入れば居合わせた人手もかなりの数だ。


 そんな数多の奇異の視線も、ヨイは相変わらずにこにこと受け止めるのだった。

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