第95話
「いいかお前ら、絶対にナナの部屋に入ったら駄目だぞ。絶対にだ。あとヨハンとエリーも止めておいた方がいい」
ふたりを二階へと連れて行き、寝かせてきたドモンが忠告をする。
ゴクリと唾を飲み込んだカール。
「ど、どうなってるのよぉ」と心配そうなエリー。
「サンはナナのことを俺と間違っていて、ナナはサンのことを俺と間違ったまま抱き合って寝てる・・・」
「それは・・・目覚めた時ふたりとも驚くでしょうねぇ・・・」
流石にふたりとも服を脱いでるとまではみんなに言えなかったドモン。
早く正気に戻ってくれるのを祈るばかり。
「さてお前達もそろそろ迎えが来る頃だろ?帰る準備をして、忘れ物ないかきちんと確かめろよ?買ったお土産とか」
「そうだな。そろそろ準備しようかみんな」
「そうね」
ドモンに返事をして階段を上がっていく子供達。
「くれぐれもナナの部屋だけは開けるなよ!」
「わかってるってば!」
赤い顔をしながら荷物を取りに行った。
「ドモンよ・・・この度は子供達の面倒を見てもらって感謝する」
「どうした急に改まって」
珍しく素直に感謝するカールに調子を狂わされるドモン。
「フフ・・・いやたった半日で貴族の顔になって帰ってきたものだから、昨日屋敷では大騒ぎだったのだ」
「へぇ」
「わかるであろう。誰かのために頭を下げるような子達ではなかったのだ。新型の馬車にも驚いたが、同じくらい驚いた。何より一番驚いたのは、私が13年掛けて出来なかったことをあっさり成し遂げた貴様の度量よ」
「よせよ、たまたまだ。きっかけが俺だったってだけで、それまでカールがいい子に育てたからこそだろ?」
エールを飲みながらカールとドモンが語らう。
ドモンのタバコの煙が天井へとゆっくり上っていく。
「それに例の施設の件もだ。悪いな。まだ貴様に苦労をかけることになりそうだ」
「いいって。そうだ!安く入れる小さい風呂屋も作ってくれよな?街の至る所に点々と。風呂がないのは俺にはキツイんだよホント。銅貨20枚くらいでパッと入れる風呂屋があるといい」
「まあそこは予算との兼ね合いだろう」
「一軒作れば民間で真似するかもしれないから、とにかく一軒作ってよ。ここの二軒隣は空き地だろ?」
「貴様はまた勝手に・・・」
そう言ってカールが笑う。
「まあ考えておこう。子供達のお礼も兼ねてな」
「悪いね。なんならこの家に風呂を作ってくれてもいいんだけど」
そんなやり取りをしていると、子供達が荷物を持ってドタドタと階段を降りてきた。
「お父さ・・父上、せっかくだから先にお土産渡しちゃうね。はいこれ」
「何だこの怪しい模様のキノコは?」
「これ市場で売ってたんだ。『夜に元気になるキノコ』だって!よくわかんないけど、ドモンが買え買えって言うから買ったんだ。夜ビンビンでお母さんも大泣きで大喜びって」
「ドモン貴様・・・!」
息子からの初めてのプレゼントが、怪しげなキノコになってしまったカール。
ヨハンが「そりゃ俺も欲しいぐらいだ」と言ってドモンとエリーを笑わせた。
そろそろ店を開けるということで、子供達が迎えが来るまでお礼としてお手伝いを申し出た。
ナナとサンがまだ来ないので「じゃあ甘えちゃっていいかしら?」とエリーが子供達にお願いをする。
「任せといてよ」と言った子供達の姿を見て目を細めるカール。
外のドアを開け店を開けると、早速客が一組入って来た。
「いらっしゃいませ~!」
「おや?この子達は一体なんなんだい?」
「カールさん達のお子さん方なのよ。昨日からお泊りでお手伝いしてもらってるのよ」
客達にエリーがニコニコと説明した。
「カールさん・・・って、もしかして・・・」店内を見回す客。
目が合い「私だ、すまぬな」とカウンターで挨拶をするカール。
「ってことは・・・えぇ?!貴族様のご子息様達ぃ?!だ、駄目だってばエリーさん!何やってんだよ!!」
「も、申し訳ございません!案内なんてさせてしまって!」と焦る客達。
「変に気を使わないで。お手伝いしてる時は貴族も何もないもの」
「不敬罪はもうないですから心配しないで下さい」
「それに昨日も私達手伝ったのよ?お給金を貰ってねウフフ」
「そ、そうなんですか・・・」
子供らの言葉にようやく少し落ち着く客。
ただ子供達も気になるが、それよりもその親である領主が見ているというのが、何とも言えない緊張感を生み出してしまっていた。相手が貴族じゃなくてもそれは確かに気まずい。
「そりゃ親が見てたんじゃ頼みづらいわな。それじゃ昨日作ったハンバーガーをまた作るからちょっと食べてみたらどうだ?カールの奢りで」とドモン。
「また私が奢るのか・・・先程払った金貨はどうなっているのだ」
「それは別だろ。あれはあれ、これはこれ」
「ちっ!ええい私の奢りだ!そのハンバーガーとやらを持ってこい!そのかわり私の分もだぞ!」
そう言ってカールがまた金貨を一枚出した。
客達は何がなにやらわからないまま、とりあえず「あ、ありがとうございます?」と感謝をしている。
「じゃあ俺達また厨房に入るよ!昨日みたいな感じでいいんだろ?ドモン」
「ああ任せたぞ」
「任せといてよ!よし行こう!」
男の子達が厨房へと走っていく。
女の子達はエプロンをエリーにつけてもらい、客にハンバーガーがどんなものかを説明していた。
ドモンが厨房に入ると、すでにトントンと包丁を持って肉と玉ねぎを刻んでいた。
パンをカットし、ドモンがハンバーグをどんどんと焼いていく。
「はいお待ち!今日はマヨネーズが最初から入ってるから昨日のあれはやらなくていいぞ。お前らもカールに見せたくはないだろ・・・」
「そ、そうね」
途中からコソコソとドモンと話をした女の子達。
じろりとカールから睨まれたが、素知らぬ顔をして厨房へと戻る。
「ほら、カールのハンバーガーも出来たぞ。肉を刻んだのはお前の息子だ」
「なんだと?!包丁を持たせたのか貴様は!」
「ああもう慣れたもんだよ。本気で雇いたいくらいだぜ」
「・・・。そしてこれがハンバーガーなるものか」
もう何も言うことはない。
それに自ら望んで厨房へ入っていったのも見た。
その姿は実に頼もしい姿であった。
「手で持ってガブッとかじるのよぉ!」とエリーがカールと客に説明をし、ほぼ同時にハンバーガーにかぶりつく。
「うわぁ美味しい!!中のお肉がすごい!!」
「本当だ!美味しいよありがとう!」
ハンバーガーを運んでくれた女の子に感謝する客達。
店の外ではカールの姿を見て他の客達が躊躇していた。
なにやら美味そうな物を食べていると思ったものの、なかなか店内へ入れずにいたのだ。
カールはカウンターで目を瞑りながら黙々と味わい、あっという間に食べ終えた。そしておもむろに立ち上がり店の入口へと向かう。
「皆の者!私がいる間このハンバーガーなるものを私が奢ろうではないか!遠慮せず入ってこい!美味いぞ、私が保証する!」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、客達があっという間に店内へとなだれ込んできた。
カールはドモンに余計なことを言われる前に行動に移した。
きっとドモンならこうさせるだろうと予測して。
そんなカールを見てニヤリと笑うドモン。
「さて今夜は・・・この怪しげなキノコでも食してみることにしようか。その前に彼奴に毒見をさせなければならぬな」
どうせ眠れぬ夜となるならば・・・と、カールは覚悟を決めた。