第88話
「ん?お前ら水浴びは済んだのか?」
「いやこれからだよ」とドモンに答える男の子。
階段を上がって二階にやって来た三人だったが、なにやら様子がおかしいことに気がつく。
「あの~・・・もしかして・・・」
「ねぇドモンさん!ナナが第一夫人でいいのよねぇ?!」
「き、聞いていたのか・・・やっぱり全部」
エリーの言葉に思わず下を向くドモンと、真っ赤な顔となるサン。
ナナはそれなら話は早いと、すました顔をしている。
「サンにも本当に家族になって貰おうと思ったのよ私」とナナ。
「ナスカは本当にそれで良いのか?」ヨハンも流石に心配になった。
一人娘が結婚式前に旦那と他人との結婚を認めると言い出したのだから、親として心配になるのも当然の話。
サンが本当に申し訳無さそうな顔でヨハンとエリーの顔を見て、すぐにうつむいた。
「良いのよそれで。それに私、サンにそんな気兼ねをしながら暮らしていく方が辛いもの。サンが今はもう必要な存在なの」
「奥様・・・!」
ナナの気遣いにサンはまた泣いた。
まるで主人であるドモンと変わらない、そっくりでお似合いの夫婦だと感じていた。
こんなにも自分を見てくれる、こんなにも気にかけてくれる、と。
空気のような存在でいようと思っていたのに、その空気が生きるために必要なのだとこのふたりは言う。
「ドモンもそれで納得したのか?」とヨハン。
「俺はナナが良ければそれでかまわないところだけれども・・・この世界って重婚ってどうなんだ?俺の国では禁止されてたけれど」とドモンが心配そうな顔をした。
「そりゃ駄目よぉ」とエリーが普通に答える。
「貴族なら問題ないけどね」と女の子。
「この街ではいないわね」とナナも当然のように答えた。
「いや・・・じゃあ駄目じゃねぇか!」とドモンが驚く。が、他のみんなは不思議顔でドモンを見る。
「そんなの、ドモンが認めろって言ったら通るに決まってるだろ」と男の子が呆れ顔で苦笑した。
「いやお前何言ってんだよ」とドモンも思わず素に戻るが・・・
「あなた今まで何をしてきたかわかってるの??」と女の子。
「今まで自分で散々決まりを捻じ曲げておいて、今更何言ってるのよ」とナナも、そしてサンも「ウフフ」と笑い出した。
全てはドモンが思うままに。
この世界は何かがおかしい。
流石のドモンもそう感じざる得なかったが、ドモンはそれらをすべて受け入れることに決めた。
しかし、あまりにも都合が良すぎて、やはり受け入れられない気持ちもどうしても残ってしまう。
ドモンは混乱した。
「夢オチかなぁ?これ俺、夢を見てるんじゃないかな?」
そう言ったかと思った瞬間、ドモンは左にいたサンの服を、ボタンが吹き飛ぶほど乱暴に脱がした。
「きゃあああああああ!!」
「ドモン何してんだ!サンちゃん大丈夫か?!」
「お前何やってんだよ!酔ったのか?!」
「あんたどうしたのよ!!」
その場が一気に喧々囂々となり、ドモンは「うーん」と言いながら倒れ、慌ててサンとナナが支えてそのまま部屋へと連れて行った。
ドモンは壊したかった。何もかも。
ただ壊すと言っても、全てを壊すわけではない。
それは常識であったり、生活であったり、死生観や価値観であったり、多岐にわたる。
皆の人生を壊し、狂わせ、そして皆が幸せであればいいと思っていた。
しかしそれはドモン自身が願っていたことではない。
ドモンにある心の奥底、ドモン本人にもわからない『何か』がそうさせようとしていた。
だがいざ「どうぞ壊して下さい」と目の前に積み木を出された時、それに狂いが生じたのだ。
それを壊せば皆の思い通り。
それを壊さなければ何も変わらない。
その葛藤の中、ドモンの思考は狂った。
「御主人様大丈夫ですか?!」
「ドモンしっかりして!」
ベッドでふたりに揺すられドモンは目を覚ました。
身を乗り出してドモンの様子を見ていたサンに抱きつき、「ほらやっぱり夢だったじゃないか」とニヤニヤ笑っている。
「ドーモーン、あんたの夢はサンを抱くことなの?」
ドモンの背中付近から怒りに震えるナナの声。
そそくさとサンから手を離して寝返りをうち、ナナの方を見て「ま、間違った」とドモンが謝った。
「それにしてもどうしちゃったのよ?酔ったにしても様子が変だったわよ?」
「うーん・・・」
「それに子供達の前でサンの服を脱がすなんて・・・」
「うん・・・」
「子供が癇癪を起こしたみたいだったよ?」
「・・・・」
ドモンにもよくわからない。
その衝動に襲われたとしか言いようがなかった。
「サン・・・ごめん」
「いえ、いいんです。謝らないで下さい御主人様」
「急に寝ぼけちゃったみたいになっちゃったんだ」
「そうでしたか。でも気にしないで下さい。御主人様になら私は何をされても平気ですから。ただお子様達の前ではちょっと・・・」
サンの言葉でしょんぼりするドモン。
好きな子に素直に好きと言えず、いたずらをして気を引こうと思ったら「あなたなら別にいいよ?」と許されてしまったような気分。
怒ってくれた方がまだスッキリする。
「ナナもごめん」
「まあ私とサンならいいけれど、お母さんや子供達だったら大変だったわよ?」
「子供達は?」
「まだ寝ていないわよ。向こうで心配してるよ?」
ナナは集団暴行被害の時の、頭を強く打った事を考えていた。
そしてそれはヨハンやエリー、子供達も一緒だった。
パンパンと顔を叩いて気合を入れ直し、ベッドから出て三人でリビングへと向かった。
「ごめんなみんな。なんだか幸せ酔いしちゃったみたいだ」
「な、なんだよそれ」と男の子。
「あなた大丈夫なの・・・?」女の子が不安そうにドモンの顔を見る。
「ま、まあ明日医者にでも見てもらったらどうだ?金なら渡すから。少しくらいなら飲んだって良いんだぞ?ハハハ」とヨハンも不安げにドモンの顔を覗く。
「・・・・」ナナやエリーもいつものようにすぐに駄目だと言えない。
「いや明日はサンのドレスを買ってこようと思っている。子供達を見送った後に」
「そ、そうか・・・」
いつものような雰囲気にはならず、会話は弾まなかった。