第86話
「この街には圧倒的に娯楽が少ないんだ」
「うん」
「だから休みを貰っても楽しむことが少ない。広場で買い物をするか・・・」
「お酒を飲むくらいよね。男の人はもっと楽しみがあるみたいだけど!」
ドモンの言葉にナナが口を挟んだ。
「だから休んだところで仕方ねぇんだよなぁ」
「新しいあの馬車が出来ればまた違うのかもしれないけれど、今までは旅行も大変だからねぇ」
ヨハンとエリーが困った顔で腕を組む。
あれだけ揺れる馬車に乗って数日の移動、しかも食べ物は現地調達と干し肉のみ、更には魔物に会う危険性などを考えると、とてもじゃないけどまともな息抜きにはならない。
若いうちならいざ知らず、歳を取れば大変なのは目に見えている。
なので遠くに住む孫に会えず、涙したおじいさんもいたのだ。
「お前達だけではどうにもならないかもしれないけれど、貴族達には領民が休みの日に楽しめるような娯楽を作ってくれると嬉しいな」
「なるほど」
ドモンの言葉に唸る男の子。
確かにそうだと思った。
自分達にとっては街を散策するだけでも楽しいことだったが、みんなにとってはそれが当たり前。
それではあまり息抜きにはならない。
「具体的に何があればいいのかな?」
「娯楽といえばやっぱり、す、すすきのかな?」
エヘヘと笑うドモンを、ナナがジトっとした目で睨みつける。
「スケベなお店ならあるじゃないのよ!」と怒るナナに「そうなんだけどそうじゃなくて・・・」とドモンが口ごもり、子供達がため息を吐いた。
「それはそうなんだけど、それも集まれば名物になるんだよ。完全に必要悪かもしれないけどな」
「ふむ」とヨハン。ある意味この店だって必要悪と言われればそれまでの店だとヨハンは思った。
「スケベな店やこの店みたいなのが三千軒も一箇所に集まったのがすすきのなんだ。俺の故郷」
「な、なんだってぇ?!」
ドモンの言葉にヨハンの声がひっくり返った。
この街すべての建物を合わせても三千軒はない。
なのにその建物全部が店だと言うのだから、もはや想像すらつかない。
「そこまでになると、国中から人がやってくるんだよ。そして金を落としていく。経済は回りだす」
「・・・・」
「その金で今度は違う名所を作る。服屋だけを集めた商店街を作ったり、お菓子屋だけを集めたグルメロードを作ったり・・・そうすると人は更に集まる」
「そ、それは凄いわね」
その想像をしてナナも思わずゴクリと唾を飲んだ。
「でもとにかく今一番欲しいのはみんなで入れるお風呂かな?」
ドモンの言葉に全員がずっこけた。
今までのスケールの大きい話は一体何だったのか?
「やっぱりあんたスケベなことしたいだけじゃないのよ!私とサンだけじゃ満足できないっての?!」と怒り狂うナナ。
「え?私?!」と突然名前を呼ばれたサンがビクッとする。そしてその言葉の意味がわかるなり、顔が真っ赤に染まっていった。
「だーから違うって!男と女はそれぞれ別に入る、大きな風呂が欲しいんだよ。銅貨五十枚くらいで入れる風呂だ」
ドモンが言いたかったこと。つまりは銭湯である。
「屋敷みたいに風呂のある家もあるのかもしれないけれど、たまにはゆっくりと広い風呂の湯に浸かって体の疲れを取ってさぁ、風呂上がりにエールやジュース飲めるような場所もその建物の中に作って、綿あめなんかも売ったりしてよ」
「うわぁ!素敵です!」とサンの目が輝く。サンは綿あめが大好きだ。ドモンに無造作に口に放り込まれた思い出が蘇り、耳が赤くなる。
「冒険者や遠くからやってきた人用に泊まる部屋を作ったり、宴会場を作ったり、有料で体をほぐしたりしてくれる人を置いたりするんだよエヘヘ」
「なんか最後がちょっと気になるけど、まあ素敵っちゃ素敵ね」とナナ。
貴族の子供達がウンウンと頷く。
「とにかく俺のいた世界では、この店よりもデカい風呂のある店があちこちにあったんだよ」
「大きな風呂ってそこまで大きなお風呂なのぉ?!」ドモンの言葉に今度はエリーが叫んだ。
そこでドモンは銭湯の詳しい説明をした。
銭湯というよりも温泉旅館やスーパー銭湯だったが。
「はぁ~ようやく見えてきたぞ。何十人も同じ風呂に入れるくらいデカいのか」とヨハン。
「そうだ」
「それがまたいくつもあって。寝転がったりする風呂や果物の香りがする風呂とか、壁で囲まれた外で入る風呂もあってと」
「そうそう」
「で、男女が一緒に入る風呂もあると・・・」
「そ、そうだ」
「嘘ね」とナナが睨むが、故郷の北海道には本当にあるのだと力説してようやく信じてもらえた。
「そ、それだと御主人様のお背中をお流しすることも出来ますねエヘヘ」と、赤い顔で両手の人差し指をちょんちょんとするサンに「あんたも結構大胆になってきたわね。まあ・・・サンならいいけど」と頬を膨らますナナ。何の話かよくわからないドモン。
「そんな施設でもあれば、仕事を休んで今日はゆっくりしようなんてことも出来るだろ?」
「そうですね!」ウンウンと頷き続ける男の子。
「それに病気も減るんだよ、身体を綺麗にしていると。それが一番領民のためになるだろな」
「な、なるほど!!」
これは早急に相談をしなくてはならないと子供達も考えた。
きっと大勢の人の憩いの場となるはずだと。が・・・
「そうなると大勢の人が集まるだろ?人が集まるところにはスケベな店がどんどん出来るんだよ。それがすすきのって街だ」
ドモンがそう言った瞬間、首根っこをガシッとナナが掴み、「サンも行くわよ!」と無理やり水浴びに連れて行かれる羽目となった。
ヤレヤレと子供達が首を横に振りながら護衛達に何かを伝えると、「で、では今日はこのへんで失礼致します。また明日参りますので」と馬に乗り、屋敷へとすっ飛んでいった。
「あの人、また忙しくなりそうね」
「仕方ないよ」
「まあドモンだし」
「お酒とタバコでもあげとけばいいのよ」
そう言って子供達はケラケラと笑い、ドモン達が水浴びから戻ってくるのを座って待っていた。