第82話
泣き止んだサンが侍女から灰皿を受け取り、右へ左へと動いて出発の準備をしている様子を見ながら、ドモンとナナ、子供達も出発の準備に取り掛かった。
「なあドモン、さっきも言ってたけど、サンドラ・・・いやサンって本当に天使みたいだよな」と男の子。
「俺も今そう思っていたところだ」と相槌を打つ。
「サンが天使なら私は何なのよ・・・ドモンと結婚するのは私なのに」少しイジケたナナ。
「サンが天使ならお前は女神だろ」とドモンがフォローすると、すぐにパァッと明るい表情になったが、「ナナはどっちかというと破壊の女神かな?」と男の子がからかうと、またあっという間にふくれっ面。
「なんか私だけ悪者になった気がする・・・」としょんぼりするナナ。
「最近は俺を叩いてばかりだしな」とドモンがクスクスと笑った。
「だってドモンが・・・」とナナは口を尖らせると、「まあ俺も悪い事しちゃったからな。文句は言えないよ」とナナの頭をポンポンと撫でる。
日頃の行いはドモンが圧倒的に悪いというのに、なぜだかすっかり誤魔化されたようでどうにも腑に落ちないナナだったが、撫でられるのは素直に嬉しいと感じてすぐに笑顔になった。
「やっぱり御主人様と奥様が仲良しなのが私は一番嬉しいです」と、準備を終えて戻ってきたサンがニッコリ。
「まあサンがそう言うなら私も少し自重するし・・・ドモンも私に自重させてよね」とナナが苦笑するも「それは知らん」と恍けたドモンに、ナナとサンがため息を同時に吐いて笑った。
「まあサンもきっとその内・・・私の気持ちがもっと分かるようになるわよ。苦労ははんぶんこだからね」
「へ?」
「な、なんでもない」
ナナの言葉に首を傾げるサン。
そうこうしていると金貨の準備が整い、ナナがそれを受け取った。ドモンは金貨を一枚抜いてポケットへ。
日も殆ど落ちてしまい、一行は急いで大工の元へと戻っていった。
「ワシが教えることはもうなんにもないな」とファル。
「お褒めに頂きましてありがとうございます」とサンがニッコリと笑い、ファルはまたクラクラ。
程なくして馬車が大工の元へと到着しドモン達が中を覗くと、見習いとなった子供達が大工の周りへと集まり、必死になって説明を聞いていた。
より実践的な指導は明日からということで、この日はドモンが到着したところでお開きとなった。
「ほら大工、領主から金をせしめてきたぞ」
「おおドモンさん、そして貴族のお子さん方もありがとう。鍛冶屋と分けてしっかり管理するよ」
「もうお前達の金なんだから好きにしてくれ。そのままくすねたって俺は知らん」
「神に誓ってもそんな事しないよ。これからもっと稼げる仕事を棒に振るような馬鹿な真似はしないさハハハ」
受け取った金貨をいくつかの袋に分けながら、金庫へとしまう大工。
その金庫から今度は銀貨やら銅貨を出し、小分けにしていく。
「さあみんなこれが今日の給金だ。3時間弱といったところだから銀貨1枚と銅貨50枚だ。仕事が出来るようになったら約束通りもっと給金を支払うからな。その後も働きが良ければ給金を上げるし、いつか独立するならすればいい」
見習いの子供らにそう言って順番に渡していく大工。
「あ、ありがとうございます親方!」とお金を受け取る子供らの手は震えていた。
この日は説明を受けただけで、仕事という仕事をしていなかったからだ。
せいぜい言われた道具を持ってきて手渡した程度。
そんなバカなと子供らは思った。
「お前らまともに仕事したのは初めてか?」とドモン。
「は、はい。でも仕事だなんて・・・」と後ろめたい気持ちで一杯になる男の子。他の子供達も同じ気持ちだった。
「仕事を覚えるのも立派な仕事だ。そのかわりしっかりと覚えないとだめだぞ?金を貰うということはその責任が伴うということなんだ」
「はい!」
「1円・・・いや銅貨1枚でも給金が発生したなら、それはもうプロ・・・つまり職人の仲間入りなんだ」
ドモンの言葉にゴクリと唾を飲む子供達。そしてナナやサン、大工や貴族の子供達も。
「何度も言うが、そこには責任がある。誰かがお前達の力を借りに来る。命を削って得た金で、その対価を払ってな。それに対して必ず期待に応えなければならない」
「は、はい!!」
ドモンの力強い言葉に全員の背筋がピンと伸びた。
生半可な気持ちで仕事をしようとは思ってはいなかったが、更に心が引き締まる。
「その責任が重すぎて俺は遊び人になっちゃったんだよハハハ」とドモンが笑うと皆がズッコケ、ナナが「もう!」と笑いながらドモンの背中をポカポカと叩いた。
だがドモンの言葉はしっかりと子供達へと届いていた。
明日は何時から来たら良いのかと大工に聞き、順に子供達が帰っていく。
「ドモンさんこれ・・・ありがとうございました!」とふたりの子供がドモンへ借りたお金を返す。
ふたりは借りたお金よりも多い銀貨を1枚ずつ差し出し、ドモンがそれを受け取ったあと、「じゃあこれは就職祝いだ」とそのままふたりへと突き返した。
しばらく困惑していたが、やがて覚悟を決めそれを受け取るふたり。
「必ず!僕は必ず一人前になってみせます!」
「俺もやります!やってみせます!!」
いつかきっとこの人の役に立ってみせる。
いつか必ずお前がいて良かったと言わせてみせる。
その気持ちが二人を突き動かす。
この時ドモンから受け取ったこの銀貨が、将来『シルバーコインドモンズ』と呼ばれ、世界的に名を馳せた超一流の職人となるこのふたりの家宝となるという事は、今のドモンにはまるで知る由もなかった。