第81話
屋敷の門の前へと着いた馬車。
馬車の窓から手を出し「よぉ!」と声をかけたドモンの姿を見て、大急ぎで開門する騎士。
「あんな挨拶で貴族様の屋敷に入れるのね・・・あんたの家じゃないのよ・・・」とナナ。
「友達の家に行くのに何の遠慮がいるんだよ」とドモンは不思議そうな顔。
ドモンのその言葉を聞き、何故か気持ちが高揚する子供達。
自分の親達がドモンの友人だという事実が嬉しい。
だがそんな事を言えばドモンが調子づく事もわかっているので、皆素知らぬ顔をしていた。
騎士が先に屋敷に向かって馬を走らすと、すぐに屋敷から侍女やら貴族達がぞろぞろと出てくる。
ドモン達がすぐに戻ってきたことで侍女達は心配そうな顔をしていたが、新型馬車を見て貴族達は我先にと飛び出していった。
「ようカール!」
「出来たのか?!ついに!!」
「まだだけど、あと暖房と冷房積むだけだって」
「これがか・・・おい!何なんだ本当にこれは・・・」
馬車の足回りを見て感嘆の声を上げるカール。
あまりの興奮に、御者がサンだということに気がついてもいなかった。ファルはサンの横で固まっている。
「まるで宙に浮いているようでした」と男の子が馬車から降りるなりカールへと話しかけた。
「前よりも揺れていないのよ・・・サンが御者だったんだけど」とナナも続ける。
そこでようやくサンに気がつく貴族達。
「この馬車ならどこまでも行けるわ。きっと」
「たくさん作らないとなりません。この馬車は」
次々と子供達が声を上げる。
はじめは親達からお金をせしめるために大げさに言おうと思っていた子供達であったが、それが何も大げさなことではないと途中で気がついたのだ。
エントランスへと足を運びながら「それで悪いんだけどさカール」とドモンが頭を掻いていると、男の子が手をさっと上げてドモンを止めた。
そして子供達がカールへと頭を下げる。
「この馬車を量産するべく、見習いの大工と鍛冶屋を多数集めてまいりました」
「見習い故に日雇いとなりますので、その資金が必要なのです」
「ただその資金を寄越せとはドモンも言いにくいかと思いまして・・・」
「この馬車の制作費として、金貨百枚を用意して欲しいと願います」
示し合わせたかのように言葉を連ねる子供達。
それに驚くドモンとナナ。そして親である貴族達も。
たった半日で一体何があったのか?
それはもう子供の顔ではない、立派な貴族と言える表情だった。
「それはこの街にとって・・・」とカールが言う最中に「必須です」ともう一度頭を下げる男の子。
子供達の頭に浮かぶ、ジャックやその母親、そして街にいた子供達の姿。
自分が頭を下げて助かるのならいくらでも下げる。
そこにプライドなんてものは必要がないし、それは恥ではない。いや、たとえ恥でも関係などない。
直接ではないがドモンはそれを教えてくれていた。
子供達はいつの間にかそれが身についていたのだ。
「まあそういうわけで、この馬車の制作費として急ぎで金貨が101枚必要なんだ」
「ドモンよ・・・なんだその半端な1枚は」
「百枚丁度だと縁起が悪いと思って・・・」
「ナナよ、どうやらドモンがまたお尻を腫らしたいようだぞ?」
カールが金貨を用意する間、絶叫し続けるドモンを子供達は冷ややかな目で眺めていた。
すると何故かサンが涙ながらに「私が悪いのです!」と四つん這いになってドモンの横に並び、ナナの前にお尻を突き出した。そこでようやくドモンへのお仕置きが終わった。悲しい顔をするサン。
「なんでサンが悪いのよ」
「いえ・・・そのあの・・・私もお仕置きが欲しかっただけです!」
「サン・・・あなたもなかなかだわね」
「えぇ、アハハ・・・」
床でぺちゃんこになったドモンを支え起こすサンが、ナナの言葉に何かを誤魔化すも、ドモンを見てついポロポロと涙を零してしまう。
その異変に気がつくナナ。そしてカール達。
「何か秘密があるの?」ナナが優しくサンに問いかけると、サンは困った顔をしながらドモンの方を見た。
「何にもねぇよ」とお尻を擦ってからタバコに火をつけるドモン。侍女が灰皿を持ってやって来てサンの横へと立った。
「御主人様、もういいです!どうして・・・?」とサンがまた泣き出してしまい、ドモンはついに観念した。
「ちょっと金が必要だったんだよ」
「あんたやっぱりまた!」
ドモンが仏頂面で語り始めるとナナがまた怒り出す。
が、すぐにサンが「違います!」と手で涙を拭いながら否定した。
「御主人様は先程帰ってらした時に、私のドレスも用意すると言ってくださったんです。でもみんなに気を使わせるから黙っていなさいと・・・何とかするからって・・・」
洗いざらい白状して、ぐじゅぐじゅと鼻水をすするサンの頭を撫でるドモン。
「お前らのドレスは高いものだろうし、なんか変に気を使うことになるだろ?お前達もカール達も」
「そ、そうかもしれないけど、私には相談してくれたっていいじゃない」
「それはそれでお前はすぐ嫉妬するだろ。前にサンの服を貰った時に、私も欲しいって言い出したくらいだし」
「う・・・否定は出来ないわね。今もこの話を聞いてちょっと・・・正直私もドモンに買って欲しいと思っちゃったわ・・・」
「そらみたことか」
ナナにそう言ってドモンは口を尖らせる。
「それにちょっとだけみんなを驚かせたかったってのもあったんだよ。ただそれだけの話だ」ドモンが話を終えてタバコを消した。
「では馬車の代金支払いの準備をするから少し待て。代金は・・・金貨101枚で間違いないのだな?」とカールが子供達へと確認した。
「は、はい!!」
元気に子供達が返事をし、それを聞いたサンがまた涙を溜める。
「お前もナナと同じくらい泣き虫なんだな」
「もう・・・御主人様のせいですよ」
ドモンにそう言って、ニコッと笑ったサンの笑顔はやはり天使のようだとドモンは改めて思った。




