第80話
「よぉドモン、今日はどうしたんだ?貴族様の子達がいらっしゃると聞いたけども」ファルが右手を上げながら大工の家へとやって来た。
「一体何だって言うんだ?弟子がどうとか・・・」と困惑した表情の鍛冶屋。
「まあまあまあ・・・なぜだかこうなっちゃったんだよ」とドモンが笑う。
やってくるなり「お、お願いします!」と鍛冶屋が子供達に頭を下げられ、更に困惑した表情となった。
だが子供達の真剣な目を見て、それが本気なのだと悟る。
「これからこの馬車代として金を調達してくるから、そいつらを雇う形で育ててくれ。ファルはナナに馬車の扱い方を教えて欲しい」
「いやよ」
「え?!」
ドモンが自分の考えを話したところ、あっさりとナナに却下され、今度はドモンが困惑した。
「私、ドモンと一緒に馬車に乗るんだもん」
「いやお前・・・それじゃ誰が馬車を運転するんだよ?俺は無理だぞ面倒だし」
「知らない!でも私はドモンと一緒じゃないと嫌!誰か別の人にして!」
「なんだこのワガママ巨乳娘は・・・」
頭を抱えるドモンに「おっぱいは関係ないでしょ!サ、サンにでもお願いしたら?とにかく私は嫌よ」とプイッと横を向く。
仕方なくドモンがサンを呼んでくるようにとナナに命令し、ナナが「はーい」と走って出ていった。
旅に出ている間、店を手助けして貰うためにサンを連れてきたのに、旅にサンを連れて行くのでは実に本末転倒な話。
「この中で鍛冶屋になりたい奴はいるか?」とナナを待っている間にドモンが子供らへ声をかけた。
「正直鍛冶はキツイぞ。ただ一度覚えれば一生食いっぱぐれはないがな」と鍛冶屋も続ける。
この世界で一流の鍛冶屋になれば、剣や防具などいくらでも需要がある。
その上、馬車のサスペンションを作る仕事も今はたくさんある。
ただただ、その技術を得るのが難しい。
しかしこんな機会は滅多にない事でもある。
鍛冶屋に弟子入りするには、余程気に入られなければならないからだ。
それらを考え、数人の男の子達がすっと手を上げた。
「厳しいぞ」
「は、はい!お願いします!」
真剣な目の子供達。
それを見てドモンや大工も目を細めた。
「じゃあ残りは大工ということでいいんだな?」と大工も子供達へと声をかけると「はい!」と大きな声で返事をした。
大工も覚悟を決め、子供達に目をやる。
程なくしてサンを連れたナナが馬に乗って戻ってきた。
「ご、御主人様、私なんかが一緒に旅をしても宜しいのですか?!」
サンが声をひっくり返して甲高い声で叫ぶ。
サンはその話を聞いて心底驚いていた。
しかもナナがそれを指定したということに。
「サンには悪いんだけど、ナナが嫌だっていうんだよ。一緒に馬車に乗りたいって・・・」
「そ、それは当然です!奥様は御主人様のそばにいなければなりませんから。でも私なんかが良いのでしょうか?」
喜びを隠しきれないサンの様子に驚くドモン。
サンは一緒に旅をする自分を想像し、もう信じられないというくらいの幸せを感じていた。
檻の中から外へと飛び出した小鳥のよう。
その様子を見たドモンがウンウンと頷きながら「夜ふたりに挟まれて寝るのが楽しみだなぁ」と考えていたところ、「あんた心の声が出てるわよ」とナナが顔を引き攣らせていた。
「私なんかが御主人様と一緒に寝るなんてあり得ませんよ!」とサンがナナに向かってあわわと両手を振ると、開き直ったドモンが「そりゃそうだ。寝かせるつもりはないからなイッヒッヒ」と舌舐めずり。
その場にいた子供らも含む全員が真っ赤な顔をし、ドモンはナナの大きなお尻で背中を潰され床に這いつくばっていた。
「じゃああとは頼んだぞ?俺達は一旦屋敷に戻って金をせしめてくるから待っててくれ」
「おう任せといてくれ」
「お前らもしっかり働いてたんまり稼げよ?まあ一時間頑張るだけで俺が貸した金も返せるんだしさ」
「は、はい!!」
そう言って、ナナの馬を繋いだ馬車に皆乗り込む。
「じゃあファル、サンに指南してやってくれ。その分給金も出すからさ。まあ出すのはカールだろうけど」
「流石に貰えねぇよ。ワシも馬車を貰うんだぞ?これ以上何か求めたらバチが当たるよワハハ」
馬を撫でながら笑うファル。
「サン、大変だろうけどしっかり頼むぞ?まあ心配はしてないけどな」
「はい!頑張ります!ファル様・・で宜しいのでしょうか?よろしくお願いいたします」
「や、やめておくれよ、くすぐったいこんな可愛い子に・・・ファ、ファルと呼び捨てでいいよ」
「呼び捨てだなんて無理ですよ・・・じゃあファルさん・・・で宜しいですか?」
サンが破壊力抜群の笑顔でニコっと笑い、ファルは一発で骨抜き。
「お馬さんもお願いしますね」とサンがペコリと頭を下げ首筋を撫でると、ブルルと馬も鼻息を荒くした。
「サ、サンドラってあんなに可愛かったのか・・・」
「わ、笑ってるところあまり見たことがなかったものね」
「笑っていると僕達と同じくらいの歳にしか見えないよ」
「なんだかものすごく敗北感があるわ・・・」
馬車に乗り込みながらサンの様子を見ていた子供らが、サンの変わり様に驚愕していた。
毎日見ているナナやドモンですら驚くほど、その笑顔が輝いていたからだ。
サンの笑顔が眩しすぎて、まるで太陽のよう。まさにその名の通り『サン』である。
「ありゃ可愛いの権化だな。あれが本物の天使か」
「サンより先にドモンに逢えて良かったわ。わ、私が第一夫人だからね!絶対よ!!」
事実上、ナナの敗北宣言とも取れる言い回し。
もうこれはドモンに浮気をするなと言っても無理だとナナは感じていた。
それならばせめて自分は第一夫人でいたいと真剣に考えた結果の言葉であった。
「御主人様~皆様~、出発致しますよ~!宜しいでしょうか?」
「お、おう」
窓越しにおでこに少し汗をかきながら、キラキラと眩しい笑顔を見せるサンに思わず見惚れる一同。
「ちょっと!あんた鼻血出てるわよ!」とナナにツッコまれ、男の子が「お、おう?!」と慌ててハンカチで鼻を押さえる。
ファルに指南を受けて手綱を握り「はぁい!」とサンが声をかけると、護衛達の馬に囲まれた馬車が動き出した。
「なんだこれ?!」
あまりの振動のなさに鼻血を抑えてたハンカチを思わず放り投げてしまい、慌てて拾う男の子。
ただその拾う行動も、どこかに捉まることをしなくても簡単に出来てしまうことにまた驚愕した。
「お、おかしいわよドモン!」ナナも驚く。
「なぜだ?!改造が更に上手く行ったのか?!」ドモンも驚いた。
驚いていたのはドモン達だけではない。
ファルも驚いていた。
「そんなバカな?!」
「ファルさん、これじゃ駄目でしたか?」
「そ、そんなことはない。上手すぎて驚いてるんだ」
「えぇ?!わ、私は何も・・・お馬さんが頑張ってくれてるだけで私は何もしてませんよ?」
ファルとサンのそんなやり取りを理解したのかどうかは知らないが、馬が胸を張って脚を高々と上げ、且つ慎重に馬車を引く。
「あ、男の子が飛び出して・・!止まって!」とサンが叫ぶと、手綱を引く前に馬が止まる。
ホッとした顔のサンが「褒めてあげていいですか?」とファルとドモン達に断りを入れ、御者台からトコトコと降り、馬の首筋を撫でた。
「助けてくれてありがとう。あなたは本当に良い仔なのね」
そう言ってサンが馬の首筋あたりに抱きつくと、汗に濡れた馬体が夕日に照らされてキラリと輝き、全体がオレンジ色にぼんやりと光を放っているように見えた。
「おいナナ、お前の馬が天馬になっちゃったみたいだぞ?」
「そ、そんなことあるわけ無いでしょ・・・」
その後、馬車が振動することは殆どなく、本当に天馬となり、馬車ごと宙を浮いているのではないかと子供達が錯覚するほどであった。