第77話
「あんた本当は料理人だったんでしょ?なんで自分が食べないものまで作れるのよ」
「いやほら、食べたいって言われたら作ることもあったし」
「誰によ?」
「・・・・」
思わぬところからボロを出してしまったドモン。
「まぁ今日はいいか!許してあげる!」と左手を空に掲げ笑うナナ。キラキラと指輪が光る。
そこへパスタ屋の店主が食材を買って戻ってきた。
「いやぁ遠くから見てたけど、すげぇなお前達!こんな事初めてだよ!」
山ほどのキノコを入れた袋を掲げながら駆けてきた。
キノコの他、豚肉の塊とバターをドモンが受け取り準備をしていると、客達がゲートに入った競走馬のように今か今かとジリジリ前へと迫ってきた。
「10人前ずつ行くぞ」と店主が大鍋にパスタを入れていく。ちなみにパスタは当然生パスタ。
バターでキノコと肉を炒め、塩と胡椒と醤油を加えると、また広場に香りが広がり歓声が上がる。
「よしいくぞ!」とパスタ屋が茹で上がったパスタを鉄板に乗せ、ドモンが一気に炒め混ぜ絡めていく。
「ほら出来たぞ最初の10人!皿は返してくれよ?」
「いやぁなんて香りだこれは!早くくれ!」
パスタ屋とナナが出来上がったパスタを皿に盛り、代金を貰いながらパスタを渡していく。
すると歓声はすぐにあがった。
「ぬおっ!!こんなの味わったことがねぇ!!」
「バターと不思議な調味料が美味しいわぁ・・・お皿洗って返すから、持ち帰って母に食べさせてあげてもいいかしら?」
「いいよいいよ!」
「ねぇお父さんばっかりずるい~!!」
「あと一口!あと一口!」
屋台の前の広場はお祭り騒ぎに。
あっという間に50皿が売り切れ、銅貨にして7500枚、銀貨にして75枚分の売上が上がった。
「いやぁ、こんな短時間でこんなに売れたのは初めてだ。もっと作って欲しいところなんだが・・・」
「醤油が・・・この調味料がもう少ないんだよ。まあその内この調味料も出回るようになるとは思うけどな」
「そうなのか?!それはまた儲かりそうだ。ほらよ、銀貨25枚と・・・作り方を教えてもらったお礼でおまけにあと10枚だ」
「おお悪いな。じゃあまたな」
パスタ屋から分け前の銀貨35枚を得たドモン。ほんの1時間の出来事。
ドモンは子供達とナナに銀貨を6枚ずつ配っていく。
「待たせて悪かったな。さっきの指輪代と待たせた分の利息だ」
「あなたね・・・酔っ払ってご飯食べてなぜお金が増えるのよ・・・」呆れる女の子。
「返さなくていいのに」と男の子。
「俺は食ってないだろ。まあ・・・やっぱり指輪代くらいは俺が出したいから返すよ」と照れ笑いのドモン。
「どうして私にもくれるの??」とナナが銀貨を受け取りながら不思議顔。
「お前に銀貨6枚やったんじゃなく、お前から銀貨5枚の小遣いを俺が貰ったんだよ」
「どういう事??」
顔を少し赤くしながらハァ・・・とため息をつくドモン。
「お前本当に察しが悪いな!夫婦で稼いだ金が銀貨11枚だったから、ドモンが5枚貰ったって言ってるんじゃないか。ナナに夫婦の財布を任せたって意味だよ」と、男の子が仕方ないなと首を横に振る。
「え・・・?そ、そうなの?」
「嫁さんがしっかり財布握ってくれないと、俺なんてすぐ使っちまうからな」
「わ、私が?ドモンの・・・?」
「お前以外誰がいるんだよ」
過呼吸でのドタバタの中だったため、ナナはまだ実感が湧いていなかった。
「あなたね・・・口約束だけじゃなく、婚約指輪まで渡してドモンが正式にプロポーズしたのよ?その意味わかってるの?」と女の子も呆れた顔をした。
「そ、そうよね!こ、婚約指輪よ!私、ドモンと結婚するの!!」
「そうだって言ってるだろ!こんな広場でデカい声を出すな!もうお前は恥ずかしいやつだな」
「か、過呼吸になりそう・・・」
「落ち着けバカ、ようやく頭が追いついたか。来週にはお前はクレタ・ナナだぞ。あれ?ナナ・クレタかな?」
それを聞いたナナが「ウー!」というよくわからない声を上げ、ドモンの胸に飛び込み、人目も憚らず口づけをした。
事実婚でも夫婦ごっこでもない。正式にドモンのものとなる。圧倒的な歓喜。
この世のすべてが輝いて見える。
トラウマだった広場の風景は、ナナにとって一番思い出深い場所へと変わった。
「さあ、さっきの雑貨屋で買いたい物があるなら買ってこい。今度は足りるんじゃないか?」
「そ、そうね!」
「行きましょ!」
女の子ふたりが走って雑貨屋に向かい、慌てて護衛がついていく。
「じゃあ俺はなんかまた食べるかなぁ」
「僕はお父さんとお母さんにお揃いの物を買ってあげたいんだけど」
男の子達が周囲の店を物色している。
「俺達は婚約祝いの祝杯でもあげようか。もう・・・大丈夫だな?」
「うん。私買ってくるよ。どこにも行っちゃ駄目よ?」
「行かないよ」と噴水のそばにドモンが腰掛ける。
店までの間、何度もくるっと振り向き、ドモンがいるかどうかを確認をするナナ。
それを見てタバコに火をつけながら吹き出すドモン。
「一人だるまさんがころんだだな」
ドモンの笑顔を見てナナも少し笑う。
男の子達は護衛を連れてどこかの店へと向かっていった。
入れ替わるようにナナがおでこに汗を光らせながら駆け足で戻ってきて、ドモンに頭からエールを二杯ぶっかけた。
「あ」
「おい・・・俺は別に優勝も何もしてないんだよ。婚約はしたけど。祝福が手荒すぎる」
「ご、ごめんなさい!あ、あ、あ・・・・あなたウフフ」
「ウフフじゃねぇ!」
消えてしまったタバコを受け取り、せっせとドモンの顔を拭くナナ。
顔の前でポヨンポヨンしているものをドモンが指でツンツンとしたが、ナナは「はいはいお家帰ってからね」と笑顔を見せる。
「今度は俺が買ってくるよ」
「本当にごめんねドモン」
コップを持って店へと向かい、すぐにドモンが戻ってきた。
「あ」
「え?ちょ?!」
「なーんちゃって!空っぽでし・・・おいっ!」
「きゃああ!!!」
ちょっと驚かそうと、ドモンがナナのように転ぶふりをして悪戯をしたのだが、ドボーンという派手な音を立て、後ろ向きにひっくり返ったナナが噴水へと落ちた。
「だ、大丈夫か?!」
「酷いよドモーン!!ブバァ!!」
そこへ子供達が全員戻ってきた。
「お前ら何やってんだよ大人のくせに」
「こんなずぶ濡れじゃ、一緒にいる私達が恥ずかしいじゃないの」
買い物した物を大事そうに抱えながら、二人を見て呆れ果てる子供達。
「ナナが悪い」
「ドモンが悪いのよ」
フンと同時に言いながら、仲良く手をつないで店にコップを返しに行った。
「出会うべくして出会ったんだろうな。あのふたりは」
「運命というか・・・正直羨ましいわ」
こんな日がずっと続けばいいのにと、子供達やナナ、そしてドモンも生まれて初めてそう思っていた。