【幕間】小樽と岩見沢にて その2
「大きな店がいっぱいで賑わってるじゃないの。これのどこが静かな街なの?ねぇシンシア運転代わってよ」
「いけません。ナナは運転の許可を得ていませんでしょう?いくら特別措置を得られようとも、しっかりとした知識と技術がなければ・・・」
「わかったわかった!わかったわよ!どうせ私は落ちましたよ!!悪かったわね頭が悪くて!!うー」
元々異世界で運転していたという事実もあり、シンシアはなんと一度の運転教習と一度のペーパー試験で、特別に運転免許証を取得していた。
つまりたった一日で合格したのだ。それもなぜかゴールド免許ならぬ謎のダイヤモンド免許証を。
「ワタクシに庶民と同じ位を与えるつもりですの?」の一言で国が動いた。
なんとどこに駐停車しても違反になることはなく、いざとなれば警察に連絡してパトカーに先導してもらうことも可能。
急ぎたい場合は、全面的に通行止めにして通行することも可能という、まるで皇族のような待遇を受けられる免許証である。
当然ドモンがそれらのワガママを許すはずもなく、普通に運転をするのみだが、どこにでも駐車が出来るのはありがたくその恩恵を享受させてもらっている。
本来事故で膝が全く曲がらないほど脚が不自由になった時、医者の言うことを聞いて障害手帳をしっかり貰っていれば得られた権利なのではあるけれども。
ちなみにサンはなぜか筆記試験のみで合格したものの辞退し、ナナはなんとか免許証を持たせようと周りが努力したにも関わらず、4回ほど事故を起こした上に試験のひっかけ問題に尽く引っかかってしまい、残念ながら不合格となった。
ただし『無限タクシーチケット』なるものを貰い、ナナはどこにでもタクシーで行くことが出来る権利を得た。
札幌方面から向かった岩見沢という街は、街の入口にとんでもなく大きな複合商業施設、いわゆるショッピングセンターがある。
大抵の買い物はここで済ますことが出来、大いに賑わっていた。ドモン達に縁のあるウオンや大型家電店なども直ぐ側。
しかし賑わっているのも正直ここまで。はっきり言ってしまえばここしかない。
駅前の中心街は完全に寂れてしまい、まるでゴーストタウンのよう。
苫小牧も似たような感じで中心街は寂れているが、岩見沢に比べれば何倍もマシな部類。
「ナニコレ??なんっ・・・にもないわね。小樽の時みたいになんかないの?!」ナナの暴言が街中に響き渡るが、ドモンも注意する気になれない。別に人はいないしまあいいかと。
「ワタクシ、パンと一緒になったかまぼこを揚げたものが食べたいですわ」
「それなら海鮮丼と半身揚げの方が良くない?あれも確かに美味しかったけど。あ、あと小樽のトンキにあった駄菓子屋さんってのも楽しかったわねぇ」
「俺はやっぱり酒だな。歴史ある酒蔵の日本酒も美味かったし、海を眺めながら飲んだ地ビールは最高だった・・・って、観光しながら別の街の話するんじゃねぇよバカ」
「ドモンだってノッてたくせに・・・」
思わず別の街の話が出てくるくらい何も無い街。それが今の岩見沢の中心街。
三名ほどの外国人観光客が歩いていたが、全員が終始困惑した顔で街中を彷徨いていて、サンが「何か助けになることはありませんでしょうか?」と心配してしまうほど。
生活する上では確かにこれで充分。だが、遠方からここを目的にやって来る者は少ないだろう。
来る目的がないのだ。一昔前ならばばんえい競馬目的でドモンも来ていたのだけども。
「本当に小樽とえらい違い」とケーコ。
「うんまあ・・・小樽も一時期こうなりかけてたんだけどな。駅前も寂れかけて。でも海外旅行者の増加で持ち直した感じかな?釣られるように日本人もやってくるようになって」
「同じように歴史のある街のようですが、何が違うのですか?御主人様」サンはずっと悲しそう。
「興味を引く名物があるかないかじゃないかな?その点小樽の努力は本当にすごいと思う。海産物だけに頼り切らず、ガラス製品やオルゴール、スイーツに美味しい半身揚げや唐揚げ、アーケードのある中心街はまだまだ努力は必要だけど、これからきっと上手くやれるんじゃないか?」
「なるほどなるほどフムフム」なぜかメモを取るケーコ。
一行は小さなデパートのようなところの中にあるスーパーマーケットへ、食べ物とお酒を求めてやってきた。
流石は北海道という品揃えではあるのだが、やはりここでも買い物客はまばらで寂しい雰囲気。
「じゃあさじゃあさ!このスーパーを繁盛させるにはどうしたらいいと思う?」またケーコがメモを取り出した。
「そりゃやっぱり、ここだけの名物がなきゃ駄目だろ。でもだからといって、そんじょそこらの物は他の観光地にもあるんだから、そうだなぁ・・・どうせ周りに店も少ないんだし迷惑もさほどかからないから、駐車場にバーベキュー用の炭とかのセット置いといて、ここで買った物は無料で焼いて食べられるようにしたらどうだ?」
「ほーほーほー良いわねそれ!美味しそうな魚とか買っても、家で焼かなきゃ食べられないから小樽でも困ったのよね!」
「え?買ったお肉とかお魚とかここで勝手に焼いて食べていいってこと?!最高じゃないそれ」「はい!」
「獲った獲物をその場で食す。冒険者のようですわねフフフ」「はい!」
ガリガリとメモを書き続けるケーコ。
スマホのメモ帳は信用していないとのこと。
「雪で潰された店のところが空地になっていたりするけど、それも全てバーベキュー場にして『バーベキューの街』くらいにしちゃうのもいい。それが名物というものだ」
「それなら週に一度はここに来たいかも!あっちで海鮮バーベキュー、それ食べながら歩いて、こっちではお肉を焼いてイヒヒ」
バーベキューの歩き食べという斬新な発想をするナナ。
あちこちに勝手に使えるバーベキューセットがなければ成り立たない。
「それは面白いな。バーベキューしながら街を散策なんて想像もしてなかった考えだ。でまあ、こんなのが始まりとなって、更に新たな名物がきっと生まれるはず。いや生まなきゃならない」
「・・・あんたやっぱ凄いわ。どんな脳ミソしてたらそんな発想が出てくるのよ」
「で、報酬はいくら貰うんだケーコ」
「300万と歩合制だけど、これなら1千万はくだらな・・・な、なーんのことかしら?!」
「裏にいるのは市長か商店街の組合か?ちっ!道理でこんな何も無い街をやけに歩かせると思ったら、やっぱりそういうことか。俺は風呂に入りたかっただけなのに」
全てはケーコの思うままに。
小樽の観光旅行の人混みでドモンをぐったりさせ、岩見沢のスーパー銭湯に家族風呂が出来た情報をドモンに知らせる。
気がつけばドモンがケーコにやるような思考誘導をケーコにされてしまい、ドモン自ら「次は空いている岩見沢に行こう」と言ってしまったのだ。
あとはドモンの推察通り、ケーコが勝手にコンサルティングを請け負っていた。
独自の街作りを成功させたドモンには、このような依頼が山ほど舞い込んでいるが、責任を負いたくないドモンはほぼ門前払い。
「ま、まあいいじゃない!ほらみんなで家族風呂入ろうよ!私も久々にサービスしてあげるからさ!レロレロっと」口の前に下品なOKサインを作るケーコ。
「ケーコ様!街中ではしたない舌の動きをさせないでくださいまし!」
「それなら私だってレロレロレロレロ・・・ほーれほーれドモン出しなさ~い」ナナ、ストロング5缶目。絶賛出来上がり中。
「サンは・・・サンも飲めます」3%のホワイトサワー半分で出来上がった挙げ句、何やら盛大な勘違いをしているサンがその場に跪いた。
「サンおやめなさい!ドモン様も何を下ろして・・・絶対に出さないでくださいまし!だ、駄目ですわドモン様!サン、口を離しなさい!!ナナ、あなたなぜ服を、ケーコ様も」
車の運転があるシンシアだけがシラフであった。
すっかり寂れたこの街に、こんなに人が集まったのはいつぶりか?
ただし集まった野次馬の5分の1は警察官。
いくら権力があっても見逃されることはなく、ドモン達は夜までこってりと絞られ、結局家族風呂に入ることは出来なかった。
現地に行ったけれど、捕まってはいません。