第776話
「あ・・・ハハ」
手紙騒動から10分。それは突然現れた。約束の時間よりも5分早い。
以前と同じように、吹き抜けから頭が上階にまで飛び出すほどの大きさで、流石にドモンも驚愕。
これからあれと戦えというのだ。あまりの迫力に現実感がなく、恐怖よりも笑いが出た。
「ウオオオアアアア!!!」という怪物悪魔の雄叫びに、ドモン以外の全員の身体が硬直。
カメラマンも尻餅をついて、固定カメラ以外は役に立っていない。
さっきまで談笑していたナナ達やケーコですら、もうシャワーを浴びて下着は換えなくてはならない。
恐らく同じ悪魔であるドモン以外の全ての生き物を威嚇する何かを発したのだろう。
「このままじゃ埒が明かないし・・・ちょっと小さくなって貰えるか頼んでみるか」
「ドモンさん危ない!」「ねえドモンなんか様子が変よ!近づいちゃ駄目!」
トコトコと巨大な悪魔に近づくドモンに、思わず叫んだプロデューサーとナナ。
他の者達はその威圧感に声も出せない。むしろ命懸けで叫んだこの二人が異常。
ドモンのためなら死んでもいいと心の底から思っていたのだろう。
ただドモンにとっては、先程まで一緒に話をしていた父親にかわりはない。
初めはその大きさにびっくりはしたものの、ライオンの檻に手ぶらで入るよりはずっとマシと開き直った。
ドモン以外の全員にはドモンが全身に蜂蜜を塗って、クマ牧場の熊に挨拶しに行っているようにしか見えないのだけれども。
「あの・・・もう少しだけ小さくなってもらえないですかね?」ドモンの声は父親にしか聞こえていない。
「ならぬ!!・・・・それじゃ意味がないだろ、このバカ息子」威厳を保ったまま、途中から小声で囁いた父親。
そんな会話をしてるとは露知らず、他の者達、そして世界中の人々がその状況を見守る。
もちろんほぼ全員が絶望しつつ。
「でもデカいままじゃ見えないだろこれ。親父が見てたかどうかは知らないけど、カールの誕生日の祭りの時に撮影した梅酒で酔ったサンのアレ」ドモンが胸ポケットからスマホを出す。
「む?知らんぞ。なんだそれは」
「寝ぼけたサンに蹴っ飛ばされながら、我ながらよく撮ったもんだ。ほんの数枚だけど・・・いやぁ可愛い。こう見るとやっぱり今より若いか?」
上から覗き込もうとするドモンの父親から見えないように、コソコソとスマホの画面を操作するドモン。
その後姿だけを見れば、何やら指で九字を切るような動作で呪文を唱えているように見えた。
「ああああもう!見せやがれこの野郎!!」
「なんか苦しんでいるぞ!カメラは?!」「い、今ならなんとかここからなら」
頭を抱え悶え苦しむドモンの父親。
流石に近づくことは躊躇われるが、なんとかカメラマンも動けるように。
「なんか、小さくなってない?」とナナ。
「は、はい!まだまだ大きいですけど、確かに少し縮んだように思えます。御主人様は一体何をなさったのでしょうか?」
自身のあられもない姿が原因だとは全く思っていないサン。
「後ろのこっちの・・・も小さくて・・・大きいの出せるのかこれ?まるで赤ちゃんだろもう」
「クソぉぉぉ!俺にも見せやがれ!あいつだけは流石の俺も遠慮してたってのにお前という奴は」ひとり人間山脈と呼ばれたプロレスラーくらいの大きさまで縮んだ父親。
「でもサンを最初に手を付けたのは親父じゃ・・・」
「お前だよバカ野郎!てっきり妹みたいに可愛がると思って用意したってのに、いきなり尻なんて引っ叩きやがって。そんなのどうでもいいから見せろ」
「俺だって抱くのはずっと躊躇はしてただろ。でもナナが・・・家族も増えて賑やかになるっていうし」
「ナナがじゃねーよバカ息子!お前は家族を何だと思ってんだ!俺が言えた義理じゃないがな。ったく、あの女はどんな子育てしてんだよ」
自分の事を棚に上げて、ドモンの母親の子育てへの不満を漏らす父親。
だが自分自身もドモンに取り憑いていたのだから、ドモンとしては文句を言われる筋合いはない。
しかし父親はしょんぼりしつつも更に縮んで、ドモンのスマホを確認した。
「お、お前バカ・・・なんてもの撮ってんだ・・・どうかしてるぜ」
「可愛いだろ?白くてプリンとしててここも線みたいで」
「優しくしてやれ。今度こそもう子供も産めるようにしたんだから、大事にしろよ?ただお前ら全員の寿命伸ばしたから、これからは少し妊娠しにくくなってるからな?寿命が長くなれば出来にくくなるのが世の摂理だ」
「え?どういうことだよ?」
「俺の寿命を振り分けたんだ。全員向こうに行けば千年くらいは生きられるはずだ。まあお前のステータスのカウントがゼロになるまでは、こっちで暮らさなきゃならんだろうけど。アルラウネから貰った化粧水ありゃ若いまま向こうに行けるだろ」
「ステ・・?何のことだ?!」
端から見れば、ドモンの説得によって悪魔が萎縮し縮んでいるように見えた。
少しだけ近づくテレビクルー。
「しかし俺も焼きが回ったな。お前から人間の家族のあり方を教わって、それでお前に説教してるなんて」
「そんなもん教えた覚えねぇよ」
「散々見てきただろ。ヨハンやエリー、ジャックと母親、貴族の子供らと親達、ギドの兄弟や魔物共もそうだし、王都で遭った奴らにホークとオエイ、ミユとギル、他にもたくさんの家族と出会って、お前も俺も家族ってものを知った。一番はそこにいる胸のデカい女のおかげだろうけどな」
「あぁ・・・」
ふたりがナナを方に振り向くと、手を振りながらナナがぴょんぴょんと跳ねた。
プイッと同時に顔を元に戻すと「どうして無視すんのよ!」と怒っているナナの声が響き渡った。
「お前を通じで俺は家族ってものを学び、俺にとって一番大切なものを知った。まさか自分より大切なものがこんなおっさんだなんて、俺も流石に驚いたぜ」
「・・・じゃあなんでこんな勝負しなきゃならないんだよ」
「だから言っただろ。俺を殺して親孝行しろってな」
ドモンにはやはり父親の言ってることの意味がサッパリわからなかった。
 




