第775話
「ドモンさんは確かに救世主です。少なくとも俺・・・いや僕にとっては間違いなく」とディレクター。
「あぁ間違いない。異世界というのが天国なのか何かよくわからないけれど、それでもどれだけ俺達の心は救われたか。きっと映像を通じ、『もしかしたら向こうで元気にやっているのかも知れない』と思えるだけで、心を救われた人は少なくないはずだ」悪魔との対決に向け、カメラ位置など最終確認をしながら頷いたプロデューサー。
約束の時間まであと30分。
あの父親相手に何をしたら良いのかがわからないまま、ドモンはタバコを吸っていた。
勝っても負けても、ウオンのエントランス部分でタバコを吸う経験などもう出来ないだろう。
思考停止した頭で考えられるのはそのくらい。
テレビやモニター、スマホの画面越しに、99.9%はまだ否定しているが、0.1%ほどの者達がドモンを支持し始めた。
残念ながら殆どの人は、手紙を消した手品くらいにしか考えていない。
が、それを一気に覆す出来事が起きた。自動ドアが光り輝き、手紙の返事が着たのだ。
それは偶然。たまたま外の様子を映してからカメラをパーンさせる演出のリハーサルをしていた時、一台のカメラだけが撮影に成功した。
生中継ではないが、映像はしっかり録画されていた。
信じられないといった表情で震えるディレクターとプロデューサー。
まずはディレクターが手紙と薄汚れた麻袋を受け取った。
『たかひろへ』
「お、お、おばあちゃんだ・・・」
「おいカメラ!」「回してます!!」
だが字が達筆すぎて読めなかったため、サンが代わりに代読。
普段から様々な身分や年齢からの手紙やメモを読んできたサンなら、大抵の文字は読めた。
『ごめんねたかひろ。婆ちゃんわからなかった。たかひろを悲しませてしまったのをずっとずっと悔やみ続けています。でも救世主様にこうして機会をいただけて、やっと謝れます。ごめんなさい・・・だそうです』
「だからもういいっておばあちゃん!!ウゥゥ・・・」
『今はドワーフ王国と呼ばれる国の、とある町工場でお世話になっていますよ。なんだか救世主様と同じ国の出身だということで、大変良くしていただいてます』
「なんだよ。ドワーフんとこにいたのかよ。もしかしたらあの店の連中かもしれないなハハハ」
ドモンのご明察の通り。
このディレクターの祖母は今、大人向けの拘束具を作る手伝いをしていた。
もちろんこの場では、それは黙っておいた方が良いだろう。
『そこで良かったらお孫さんにって、革で出来た冒険者が穿いていたズボンをいただいたので一緒に送ります。なんでも百年以上も前から、四代に渡って受け継がれてきたものだそうです。冒険者も辞めたので是非どうぞですって。革の手袋と上着も袋に入れておきます。あのズボンの代わりにはならないかもしれないけれど、今の婆ちゃんがしてあげられるのはこれくらいだから、これで許して下さいね。ではたかひろ元気でね・・・だそうです。良かったですね』
「おばあちゃん・・・くぅ」
サンから手紙を受け取りディレクターは泣き崩れた。
目の前で起きた奇跡に、スタッフ達も驚きを隠せない。
が、視聴者はまだ少しヤラセを疑っている様子。
「おい・・・これヤベェんじゃねぇか?ヴィンテージのダメージパンツどころの話じゃねぇと思うんだけど・・・革なのは間違いないが、向こうの世界の何の革で出来てんだ?」勝手に袋をあさったドモン。
「それほど長年愛用された丈夫な革製品なら、恐らくワイバーンの皮で出来たものかと思いますわ。王宮でも立場が上位の者達が好んで使用しております。特にドワーフ製であれば、かなり高級なものでしょう」とシンシア。
「えーすごーい!私これ欲しかったの!スカートのやつ。高いし、なにせ普通の冒険者じゃまず売ってもらえないどころか、交渉すら出来ないの。あぁそうだ!ほらドモン、カールさんのおじいちゃんの少し黒っぽいズボン。あれが多分ワイバーン製よ。同じように薄っすらギラギラしてたでしょ?」ナナがポンと手を叩く。
「あー?・・・あぁあれかぁ。なんかそういや俺も話に聞いてたな。皮を鞣すだけでハンマーの方に傷がつくほど丈夫だって。それでこんなにダメージが入ってるなんて、どんな歴戦の冒険者が使ってたんだよフフフ。戦士かなんかか?」以前ドモンにも作ってやると言われてたが暑そうなので断った。
上着は皮のジャケットかと思いきや、まさかの革鎧。
これも一体何と戦ったのか、背中に大きな爪痕の補修歴があり、明らかにヤバさ爆発。格好が良すぎる。
それよりなにより、地球には存在しない鉱石が使用されたドワーフ製の革手袋ひとつで、この世界では億の値段がついてもおかしくはない代物であった。
それらが放送された瞬間、世界中のコレクターや資産家、博物館に研究者、その他諸々からの問い合わせで、テレビ局の回線はパンク寸前。サーバーもダウン。
「おいどうする?これ売ったら一生遊んで暮らせるし、ヴィンテージジーンズなんて下手すりゃ数万本買えるぞきっと」
「・・・売らないです。売るわけがないです。これは、おばあちゃんが僕にくれた・・・宝物ですから。ずっとずっと大切にします」
「だよな」
ドモンにそう返事をしたディレクターは、憑き物が落ちたようにスッキリとした顔をしていた。
これで一気に30%近くまでドモンへの支持票が増えた。
そして今度はプロデューサーの奥さんからの手紙。
「ええと・・・ああ間違いなくあいつの字だ。本当に届いたんだ」
「折角だし、これもサンに読んでもらったらどうだ?演出的にも自分で読むより見栄えもいいだろう」
「フフフ、確かに。ドモンさんと一緒に番組作れたら面白いのが出来そうだな」
「俺に番組なんて作らせたら、コンプラで一発で終了だよ。女なんか全員ノーブラ確定だし、みんな怪しげなマッサージ機を股に装着させながらなんかさせるぞ」ニヤニヤと笑うドモン。
「それはまずいな。特にうちの嫁にはさせられん。掃除が大変にオホン!いやなんでもない」
プロデューサーの奥さんは元女子アナ。
結婚後も子供がいなかったため、フリーアナとしてちょこちょこ番組には出ていた。
『あなたへ。ねぇお願いがあるんだけど、こっちにはカレーのルーがないらしいの。以前救世主様がいくつか持ち込んだらしいのですけど、まだ流通はしていないみたい。だから牛スジを煮込んで作るカレーじゃない料理のレシピを教えてちょうだい』
「あ、あいつ向こうで何やってんだ・・・」
また感動路線になるかと思いきや、なんとも間の抜けた返信の手紙である。
ただ向こうでも変わらぬ様子に、プロデューサーはなんだかホッとしていた。
『あと、あなたが死んでもこっちに来れるかどうかわからないでしょ?だから私に構わず再婚してもいいよ。なるべくならいつもみたいに大人のお店で済ませて欲しいけどね!』
「え?!」突然投げ込まれた爆弾に引きつるプロデューサー。
『私も門番のオーガって人と仲良くなって、上手くやってるから心配しないで。もうクジラってあだ名付けられちゃったけどアハハ』
「あ、あいつ!浮気しやがって!!」
夫婦に、そしてさっき話を聞いたドモンや一部の人間にもわかる、奥さんが浮気をしたという証拠。
違う世界にいるため文句を言いたくとも言えない、泣くに泣けない寝取られ劇に、同情の声がネット上に集まった。
それすらもおいしいと感じてしまう自分が腹立たしいプロデューサー。
怒りに任せて殴り書くようにレシピを書いて、最後に「幸せに暮らせよ」と一筆添えた。
オーガは真面目だし、丈夫で強くて頼りがいのある者だとドモンから説明を受け、安心を感じたと共に悔しさも感じたことで、妻が生きているという実感を得られた。
普通ならば死人に嫉妬などしないはずなのだから。
こうしてドモンへの支持は半分の50%に。
あまりに生々しい寝取られ略奪愛のスクープで、信憑性がかえって増したためだ。
ちなみに送られた『牛すじ煮込み』のレシピで、プロデューサーの妻は楽しい芸人達が集まる賑やかな街に店を開くことになる。
店名は別の名前だったが、芸人達には愛情と親しみを込めて『くじら屋』という愛称で呼ばれた。
小樽、千歳、岩見沢、その他諸々旅行は続いてる。
暑くてどこ行ってもぐったり。




