第774話
「ってことは、この卵焼きも・・・いや、これはだし巻き玉子か。んむぅ・・出汁の効いた味と、食べごたえのあるしっかりとした形ながら、ふんわりと柔らかさも残した食感は、これだけで主役になれるほどのポテンシャルがあるな。卵だけの料理で、茶碗一杯の飯を食いたいと思ったのはいつ以来だ?ま、味噌汁も欲しいところだが」とプロデューサー。
「流石くだらないグルメ番組ばかりのテレビのプロデューサーなだけあるな。意味があるようでないような食レポの言葉がまぁスラスラと」クスクスと笑うドモンにプロデューサーもフンと鼻で笑う。
「んぐぐ・・・ホントに美味しいよこれ!前に一回食べたことあるけどもっと美味しい!どうしてもっと作ってくれなかったの?!ングググだっはー!いくらでも食べちゃう助けて。もうちびっちゃいそう」
「単純に鰹節や昆布だしに、酒やみりんもなかったからな。てか嬉ションは頼むから今はやめとけ」
画面の向こうで見ている視聴者もヨダレを垂らすほど、豪快に頬張るナナ。
スーパー爆乳美女だというのに言動も奇抜で気取ったところもなく、とにかく純粋に食事を楽しむナナは、テレビ関係者にとっては逸材すぎた。
「シンシア様、フーフーなされなくても熱くはないようです」
「わ、わかってますわ!サン、ワタクシがそのようなこともわからないとでも?!ホホホホ、こちらも大変美味しゅうございますわ!サンも食べてご覧なさい」
「は、はい、では遠慮なく頂戴いたします!あ、サンもうっかりフーフーしてしまいましたエヘヘ」
「ほらご覧なさい!仕方のない子!ホーホッホッホ!」
シンシアに恥をかかせまいという振る舞いをした可愛いサンに、ハートを鷲掴みにされた視聴者。
気品溢れるお姫様だというのにどこか抜けたシンシアと共に、好感度はうなぎ上り。
そんな三人を騙して強姦したことになっているドモンの好感度は地の底のまま。
スタッフも順番に食べながら舌鼓を打つ中で、ディレクターだけが渋い顔。
「これってそんなに美味いすかね?おばあちゃん・・・じゃない、俺の婆さんの卵焼きはこんな白身部分見えないし、変に出汁の味もしなかったですよ。甘くもない」
「まあ好みもあるからなぁ」とディレクターに答えるドモン。
「そうそう。まぁこれは俺の好みではないっすわ」
「お前の婆ちゃんは、よくお前の好みを知ってたんだろうな」
「・・・えぇ、そりゃまあそうでしょう。嫌なものは嫌というタイプでしたしね、俺」
自分から祖母の話を出してしまったが、それを深堀りされてディレクターは嫌な顔。
「カラザを取るのも卵白かき混ぜるのも、量が多いと大変なんだよ。これでもしっかりやった方だと思うんだけどな」と頭をポリポリと掻いたドモン。
「そうだぞ。泡立てずにここまで・・・」「いいえ。悪いですけどこんなんじゃないっすよ。白いのなんてあったら食べないでしょ普通」プロデューサーにディレクターが即反論。
「随分おばあちゃんっ子だったんだなフフフ。婆ちゃんもお前にデレデレか」
「そんな事はないよ。そんな気持ちがあるなら、勝手にダメージジーンズを縫うような真似はしないでしょ。責任取ってから死ねってマジで。ネットに書いたら同情されまくったわ。老害死んで良かったじゃんって」
聞けば卵の白身部分どころか、サンマが骨付きで出てくるのが普通だと知ったのもかなり最近とのこと。
過保護の一言で片付けるのは簡単だが、それがどれほど手間のかかる辛い作業なのかを、ドモンはよく知っている。ケーコの子達のサンマの骨取りをしてあげていたからだ。
一匹10分から20分くらいで終わる作業だが、老眼になった後だとその辛さは段違い。
余程の愛情があるか、たくさんのお金でも積まれなければ正直やってられない。
「あのさぁ・・・」ドモンもフゥとため息ひとつ。
「大体おっさんとかババァとか、常識知らずの昭和脳のクソ共さえいなくなりゃ、世の中平和で済んだんだっつうのイテェ!!な、殴ったこのおっさん!!今の撮ったか?撮ってたよな?!今の時代こんなことしてただで済むとイタァァ!!」
「ただで済むわけねぇだろがホラホラホラ!近頃の若い奴はどいつもこいつも口だけでマウント取ろうとしやがってオラ!おっさんは手を出さないとでも思ったか?年功序列パワハラ制裁ビンタァ!ハイハイハイハイハイハイハイッ!」
ドモンは若いディレクターの胸ぐらを突然掴んで、往復ビンタを連発。床に倒れた後も、馬乗りになってビンタ継続。
ディレクターが周りに助けを求めるような視線を送るも、誰ひとり助ける気配すらない。
プロデューサーは澄ました顔で、だし巻き玉子をもうひとかじり。
「あんた、ドモンが優しくて良かったわね。うちのお客さんとかだったら、顔の形わからなくなるまで殴られてたわよきっと。あーカレーもう一回食べよ」と当然といった顔のナナ。
「だっさ・・・」「僕も若い奴の部類に入りますけど、流石に年齢関係なく尊敬できる人は尊敬できますよ」音声スタッフとADも蔑んだ目でディレクターを見下ろす。
「亡くなった祖母に暴言を吐く若者へ怒りの鉄拳制裁とテロップ入れさせたぞ」スマホをスーツの胸ポケットにしまい、プロデューサーはだし巻き玉子をもう一口。この歳になって好物がひとつ増えたことを喜んだ。
ドモンのインターネットアンケートも『はい』が一気に百倍に。つまり100人だ。
「グス・・・なぜご自身のお婆様にそのようなことをおっしゃられるのですか?酷いです・・・ウゥゥ・・・」サンの涙に世界中が同意。
「ドモン様、なぜこのような者を生かす必要があるのでしょう?年上の方を敬うことも出来ぬ者など、殺してしまった方が世の中のためになりますわ」シンシアは大袈裟に言っただけでもちろんそのつもりはない。
ケーコはずっと静観。恐らくこのビンタは音だけで、そこまで痛くはないはずだと予想。そしてナナもそれは一緒。
ふたりとも数え切れないほどドモンにお尻を叩かれたためだ。殆どが自分から頼んだようなものだけれども。
いつ、なぜそんなことを頼んでいるかは一応秘密であるが、とにかく叩かれている時、痛みよりも気持ちだけが昂ぶるようになっている。
このディレクターもその音だけで、自分の顔面がメチャクチャになっているのだと思い込んでいることだろう。
「さてと、そろそろトドメを・・・」
「ヒィィィ!!ごめんなさい!謝るから許して下さい!!」
「世の中そんなに甘くはな・・・ん?なんだ?もう許してあげてくれだって?自分が身代わりに・・・ほう」
「へ・・・?」
手を振り上げたまま、突然誰かと会話をし始めたドモン。
身構えていたディレクターもキョトンとした顔。そして当然周りも同じ顔。
「うんうんそうか、喜んでくれると思ったんだな。たかゆきの笑った顔が見たくてと。ふんふん、そんなに謝りたいってのか」
「え・・・まさか・・・おばあちゃん?どこにいるの??」
「お前の婆ちゃんさ、一針一針、お前が喜んだ顔見られると思って楽しみにしながら、半日もかけて縫ったんだってよ。すげぇよなぁ、お前の笑った顔見るためだけに半日潰したって平気だってんだから。でも悲しませちゃってゴメンだってよ。お婆ちゃん間違っちゃったって」
「うん、うん・・・」
「それで似たようなの探しに行ったんだけど、そこで殺されちゃったみたいだな。買えなくてゴメンて。あとお前は悪くないから自分が身代わりになると」
「!!!!」
ドモンが祖母の言葉を代弁して伝えると、ディレクターはその場で声も出せず泣き崩れる。
自分が殺したようなものだと床を殴るディレクターに、プロデューサーが片膝をついて肩へそっと手をかけた。
だが、ドモンが代弁した祖母の言葉は、当然ながら全てハッタリである。ドモンにそんな能力などない。
名前もADのひとりが「たかゆきさん」と言っていたのを聞いていただけ。
ドモンの父親からのメッセージを元に作り上げた嘘。
「でさ、あんたの奥さんとお前の婆ちゃん、こっちで死んだあとに異世界転生したみたいなんだよ。そのまんまの姿で」
「なんだって?!」「え?!」
「俺らみたいな能力はないから、もうこっちに戻ることも出来ないし、あんたらが今生きたまま会いに行くことも多分出来ない。だけど・・・」
「そんな・・・」「だけど?」
「手紙を書けばあんたらの気持ちだけは伝えることが出来る。お前らの書いた手紙を俺が向こうの世界に投げ込めば、きっとどこかの誰かさんが必ず届けてくれるはずだ。だから今の気持ち、伝えてみないか?」『面倒くせぇなまったく。さっさとしろ』
「頼む!」「書かせて下さい!」
ふたりの返事を聞くなり、サンが「この上に手紙の便箋とペンがあったので取ってきます!」と言って走り出した。
手紙はドモンの父親が届けてくれるであろう。
びっしりとメッセージをしたためられた手紙をドモンが自動ドアの外へと放り投げると、手紙はキラキラと光ってどこかへ消えた。




