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第773話

「美味くないですか?実際これ」とディレクター。

「まぁこんなもんだろうと予想は付く程度だな」

「え?!マジですか??」

「自動調理でまともに作れるはずがないだろ。食わなくてもわかるよ、はっきり言って」


一口だけカレーのルーを口に含み、プロデューサーはティッシュに吐き出して口を拭いた。

サンはムッとした表情で残りのカレーライスの入った皿を受け取り、自分のものとした。


「あのなぁ・・・あんた料理のイロハもわからないみたいだから言わせてもらうけど、スジ肉煮るには手間も時間も、労力だって必要なんだよ。それに集中力や注意力も。何度か水も変えなきゃならないし」言わずにはおれないプロデューサー。

「随分詳しいんだな、あんた」


まだ食事中の者がいるというのにドモンはタバコに火をつけ、アンケート結果の2票の内、更に1票を失う。

その瞬間『俺だけかよ』というドモンの父親の声が聞こえたような気がした。


「昔はスジ肉なんてただの屑肉で、捨て値同然で肉屋で買えたんだ。何なら他の肉を買った時に、貧乏な俺らにおまけでくれたりな」

「今は随分高くなったよなぁ」ウンウンとドモンは頷いた。

「金はないけど嫁さんの時間だけはたっぷりあったから、あいつ俺が教えた通り、バカ真面目に台所の前に半日立ちっぱなしでよ、スジ肉煮込んでたりしたもんさ」

「そりゃ大変だ。料理はやる気と根気ってか」


ドモンは床に座り込んで、タバコを一本プロデューサーに渡した。

初めは躊躇したものの、少しだけ考えた表情を見せたあと、プロデューサーはそれを受け取りドモンが火をつけた。

その様子も世界中に中継されたまま。固定カメラだけれども。


「嫁さんタバコが苦手でね、きっぱりヤメたのがもう20年も前か。早いもんだ、月日が経つのなんてゴホッ」

「実は奥さん想いの旦那だったか」

「うるさいよあんた。ま、もうそんな気も使わなくて済むからね。俺自身ももう、体の調子なんて気にしなくても良くなったしな」

「ストレス発散できるタバコは、案外体にも良いんだぞ。自殺した50人を調べたら、全員が非喫煙者だったんだってよ。さあ死ぬぞって時の最期の一服は、頭をクールダウンさせるのに丁度いいのかも知れないな」


ドモンにそう言われて、確かに落ち着いたのかもしれないなとプロデューサーも感じた。

それが嘘であっても今は受け入れる所存。だがこの研究結果は本物である。


「嫁さん、さっきも言ったけど不器用だから料理が苦手で、煮ることくらいしか出来なかったわけ。で、お互いの誕生日や記念日なんかにさ・・・」

「うん」

「あ、赤ワインで煮ると臭みも取れて、お、美味しくなるねって。奮ぱ、奮発してさ。俺忙しくてその日帰れなかったってのに、癒そうと思ったんだろな、あ、あ、あいつ」

「だろうな」


プロデューサーの話に食事の手を止めたディレクター。


「赤ワインで煮込んだ牛スジのカ、カレーを俺、俺に、お疲れ様って、あいつの誕生日だったんだよ。つ、次の日の昼過ぎに帰ってきた俺を、寝ないで待ってたんだとさ。とんだバカ野郎だろハハハ・・・」

「あんたのことが好きだったんだな」「そうね」いつの間にか横にいたナナが相槌を打った。

「なのになんで先に逝っちまったんだ!あのバカ!!家にいろって言ったのにウゥゥ・・・」


プロデューサーが持つタバコの灰がポロッと落ちた。

久々のタバコで吸うのを結局忘れてしまっていた。サンが吸い殻を受け取り灰皿へ。


「そりゃ決まってるじゃねぇか。スジ肉と赤ワインを買いにきたかったんだよ、ここまで。なにがなんでも」

「へ?」

「こんな世界になって疲れているあんたに元気になってもらいたくて、美味しいって褒められたくて、あんたの為に命を懸けられる最高の奥さんだったから・・・」

「うぐぐぐ・・・くそぉぉぉ!!」


ドモンがまだ話している最中に、床を拳でダンダンと叩いたプロデューサー。

わかっている。わかっていた。きっとそうだったのだろうと思っていた。

だがそれを認めてしまえば、自分の気持ちが押しつぶされるのではないかと感じ、その事実を受け止めてこなかった。


プロデューサーはそれから五分近く、涙を流しながら悔やみ続け、ようやく冷静になれた。


「あんた・・・いやドモンさんと言ったか。あのカレー、わざとああして作ったんじゃないか?これでも多少人の見る目はある方でね。さっきその子が持ってきていた料理の腕前を見ればわかるよ。スジ肉の臭み消しなんて知らないはずがないもんな」

「さあどうだか」

「俺に嫁を思い出させるためにしてくれたんだろう?ようやく冷静になれたし、全てを受け止める勇気も出た。ありがとう・・・本当にありがとう」

「どういたしまして」


涙を拭い立ち上がったプロデューサーにドモンはタバコをもう一本差し出したが、線香をあげる時に嫁が嫌がるからとプロデューサーは断った。

そんなドモンの頭の中に『ふたりとも向こうの世界にいるぞ。大サービスで姿もそのままでな。ただしここへ戻ることは出来ないが』と父親の声が響いた。




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