第767話
ドモンの母親は、普通の家庭を持ち、ただ楽しく暮らしていたかった。
サキュバスであるはずのドモンの母親がそんな気持ちになれたのは、シンちゃんと呼ばれるドモンの父親と知り合ったからだ。
貧乏だっていい。多少の苦労も厭わない。この人がそばにいてくれるなら、他に男はいらない。
ドモンの父親からのプロポーズに本気でそう思えたから、迷うことなく素直に首を縦に振った。
だがすぐにどうにもならない事態に発展する。
ドモンの父親は働かなかったのだ。
正しくは働き方がわからなかったとでも言うべきか?中身はただの悪魔なのだからそれも当然。
女性達を囲っていた時は、みんなからお金を貰っていたし、それで困ったことはなかった。
だがドモンの母親と結婚する際にきっぱりと縁を切ったので、収入は完全にゼロに。
ならばドモンの母親が自分にお金を渡してくれればいいだけだと、全く悪気もなく『女性はそういうものだ』と信じていたドモンの父親は、パートと内職で稼いだドモンの母親のお金をすべて持っていった挙げ句、街金で次々に借金を重ねてしまったのだ。もちろんドモンの母親の名義で。
それを返すのにどれだけの苦労が必要なのか、それもドモンの父親は知らなかった。
借金取りがアパートのドアを蹴飛ばす度に、ドモンの母親は耳を塞ぎ、涙を流す毎日。
ドモンの父親は泣いてばかりのドモンの母親に嫌気が差し、シンちゃんと呼ばれた男性から抜け出した。
正気に戻るなり知らない女性に泣きつかれ、大勢の借金取りに追われていることを知ったシンちゃんと呼ばれる男性は、すぐにそのまま蒸発。
残されたのは多額の借金とドモンの母親、そしてそのお腹の中に宿った小さな命だけだ。
のちにドモンと名付けられるその小さな命は、この世に産まれる前に父親に捨てられることになった。
が、実際はその小さな命の中に、ドモンの父親は取り憑いたのだ。
子供になれば、無条件に愛し合うことが出来るはずだと考えて。
大人同士の愛と親子愛の違いを知らなかったのだ。
今度は失敗しない。我を出すことはしない。
そうしてドモンの父親である悪魔は、完全にドモンの母親の前から姿を消した。思考誘導にてドモンと名付けて。
ドモンの母親は両親からの助けを得て、離婚届を役所に提出して実家に戻った。
「ドモン、補助輪外れたんだって?ちょっと自転車乗ってみせなさいよ」と咥えタバコの母親。
「うん!さっき乗れるようになった!・・・と思う」ついさっき5メートルほど進めた。今は擦りむいた脚に赤チンを塗っていたところ。
「じゃあ早くほら。お腹すいたんだから夕飯の前に」
「いいよ!」
小さな自転車に跨る5歳のドモン。
舗装されていない土の道路を自転車を押して走り、通りの端まで移動。
まだ曲がったりは出来ないのでまずは端まで行って、母に向かって飛び込んでいく気持ちで自転車を漕ぐつもりであった。
「いっくよー!」ブンブンと手を振ったドモン。
「ハァ・・・誰かさんにそっくり。最近はますます似てきて嫌になる」
一体どちらに似てきたのか?どちらにしても母親には嫌悪感しかなかった。
どうしても思い出したくない思い出が頭に浮かんでくるからだ。
母親のバイクの時と違い、ノロノロヨロヨロと進み出す自転車。
必死な顔を徐々に笑顔に変化させながら、ドモンは自転車を加速させる。
すごいと言ってくれるだろうか?褒めてくれるだろうか?ドモンはドキドキしながら母の待つ場所へ。
「あっぶな・・・ぶつかったらどうすんの」
「え・・・あ・・・止め・・・て・・・」
闘牛士の如く母はドモンを避け、ドモンはそのまま真っ直ぐ進み続けた。
自転車で真っ直ぐ進むことは出来るけれど、ドモンはまだ曲がることだけではなく、止まることも出来なかったのだ。
このまま行けばドモンの行き先はT字路の突き当たり。母親が間一髪命を救われたあの場所。
止まれず曲がれず、そして誰にも救われることもなく、ドモンは車に撥ねられた。
だがドモンは死なない。死んでも死なない。ドモンの父親が取り憑いているのだから。
「あーあ、やっぱりそうなると思った。本当に誰に似たのかしら。かあさーん、ご飯できたー?夕飯食べたらパチンコ行ってくるから。あ、そういえばドモンが車に轢かれたみたい」
「えぇ?!た、大変!!!」
サバサバとした態度の母親の横をすり抜け、慌ててドモンの祖母が飛び出していく。いつものように。
ドモンはそれを確認するとムクリと起き上がり、無表情のまま服が破れたことと怪我をしたことを祖母に謝った。
今回も実話だけども、かなーりソフトな表現にしてたり(笑)
明日以降、色々出かけることが多くなりそうで、更新遅れたらごめんなさいということで。




