第765話
心を手に入れたと言っても、まだ愛だの恋だのはわからない。
ドモンの父親にとって人間は虫以下の存在。
百歩譲って虫程度だとして、虫の求愛行動を真に理解するのは難しい。
虫が羽を広げているのを見て、ハァハァと興奮できるようになるのに近い。
そもそもそれが求愛行動なのか、求愛行動に対しての返事なのかもわからない。
大体、恨みや殺意から生まれた思念体に、愛だの恋だのを理解しろというのが無茶な話。
あまりにも非人道的な行いを繰り返していたドモンの父親だが、上位の悪魔からすれば、これでも相当人に寄り添ったやり方である。
人間が虫や草木の研究をする時、観察はすれど、虫や草木になろうとすることはないだろう。だがドモンの父親はそれをしているのだ。
ドモンの父親は人間になろうとしていた。
「なぜ人間の女は交尾の時、普通のやり方だけではなく、わざわざ向かい合って交尾したりするんだ?」小洒落たバーでブランデーグラスを片手に、とんでもないことを聞き始めるドモンの父親。
「ちょ、ちょっとあなた何を言ってるの?やめてよこんなところで・・・そ、それにそういうのは、向かい合ってする方が普通だし・・・」
「いや動物は一般的に、オスがメスを後ろから抱えるように交尾するだろう?」
「そ、それはそうかも知れないけど、ほら、そういう時ってお互いの顔を見つめ合いながら、チューとかしたいじゃない。もう何言わせるのよ」
「ああ、あの唾液の交換か。確か人間はお互いの口の中の細菌を交換し合って、繋がりを確認し合うんだったな。顔を見合わせるのは、相手の絶頂タイミングを測るためだったか?どれ、今確かめさせろ。お前のが見たい」
「だ、駄目よ今ここでなんて、もう馬鹿な人ね。そんなに真っ直ぐ来られたら・・・フゥ」
「わかった、じゃああとで交尾をしよう。必ずだぞ。でもお前も他人の前で交尾を見せつけて、生き恥をかきたい願望があるようだが?」
「知らないわよ!バ、バカ!!」
人間の願望や欲望に、敏感に反応するドモンの父親。
実は今までの女性達も、心の奥底に隠れていた願望を、ただいつものように実現していただけにすぎない。
ドモンの父親は13人目の女性にして、ようやく人間の女性との距離感を覚え始めた。
この日はドモンの父親と体を合わせた経験のある女性達が集まり、作戦会議という名のパーティーをひとりの女性宅で開いていた。
「私にしたみたいに、絶対にいきなり脱がすなんてことしちゃ駄目よ?いい?」
「お寿司取ったんだよねぇ?何時頃って言ってたぁ?」「あたし今のうち酒屋さん行ってくるよ」「タバコもついでにお願い!」
「シンちゃんお腹すいたって!この人お腹すいたら機嫌悪くなるんだから」「わかってるわよ」
「男は少し強引なくらいが良いって姉さんも言ってたし、少しくらい無理やり手籠めにしたって私はかまわないと思う」「あんたんとこの姉さん、考え方が戦前のままなのよ」
「すごい!カラーのテレビじゃないの!いいなぁ」「この家、あなたの持ち家なの?それとも借家?」
自宅パーティーと言っても、時代的にまだそこまできらびやかなものではない。
カーペットを敷いた和室のリビングに、店から譲って貰った下に雑誌が入る長机と、一箇所破れているところがあるソファーがひとつ。これだけではテーブルが足りないと、ちゃぶ台も出した。
それらを照らす照明は、薄暗い吊り下げ式の蛍光灯。
今にも幽霊が出そうな少し薄気味悪さがあるけれど、たくさんの女性がいる今だけは、すすきのの大人の店の待合室のよう。
「中森さんって悪魔なんでしょ?」「私も知ってる!」
「お寿司来たわよー」「ちょっとあなた!その格好で出たの?!」「別にいいじゃない今更」
「ねぇあんたぁ、あの娘落とすのに失敗したなら、あたしはどう?命なんて好きにすりゃいいからさ、だからまたあれシテよ。ヒロポンみたいに凄いやつさぁ」「抜け駆けしないでよ!こっちも頭ブッ飛ぶ覚悟なんて出来てんのっ!」
「シンちゃん美味しい?お寿司美味しい?いつでも来てね?お小遣いもあげるから」「お金の面倒はうちが見るんで!」
ドモンの父親はモテた。
ドモンのような悪魔の力での洗脳でも、サキュバスの力でもない。
単純な強さ。絶対悪。支配力。
警察やヤクザも目を逸らし、意気がる愚連隊もひと睨みでひれ伏せさせる。
まるで悪魔のような男だと揶揄され、ドモンの父親の素性を知ってる女性達は大爆笑。
そうして人間として生活することも悪くはないとドモンの父親が思い始めた頃、ようやくドモンの母親となる日本育ちのサキュバスと人間として相対した。
この二日で、エスコンフィールド北海道、北海道神宮での参拝、バーベキュー、温泉、パチンコ屋二回、ホームセンター三回、大型スーパー7~8軒、あとどこ連れて行かれたんだっけ・・・