第761話
ドモンの目の前にいるのは父親だが、この世界、そして向こうの世界にとっても、やはり紛うこと無き悪魔である。
ドモンはふと我に返って恐怖を感じるも、一般的な人間では知り得ない豊富な知識を持つこの父親に、聞いてみたいことも山ほどあった。
「まず人は死んだらどうなると思う?お前は経験があるから分かると思うが」
「そりゃ・・・死んだら無になるというか、なんにも無くなるんじゃないか?」
「チッ!バカがよ。お前は何度も行ってる街があるだろうが」当然とばかりに話すドモンの父親。
「え?・・・あ、あぁ~たまに夢の中に出てくるあの街???」
ドモンがたまに夢に見るあの街。
そして死にかけた時、それに実際に死んだ時に行く『三途の川』の向こう側の街。
思い起こせば確かにある。
「まあ確かにそんな夢はたまに見るよ。でもそれが何だって言うんだ?わかんないよ」
「夢ってのはな、お前を含む人それぞれが持つ夢なんだよ。理想であったりそれこそ思念であったり」
「????」
「どうして寝る時に見る映像も、人間が将来を語る時にする言葉も『夢』と言うと思う?日本だけじゃねーぞ?世界でも同じだ。未来への希望をドリームって言うだろ?」
「う、うん」
分かるようで分からない。
ただ、それが核心に近づいているということだけは分かる。
「まあ人は寝るなんて言葉で片付けてるがよ、あれは毎日死んでるようなもんなんだ。で、朝になって生き返る。それの繰り返しよ」
「そ、そうなのか?まあ言ってることはなんとなく分かるけど」
「で、人それぞれその夢の中に住む世界を持ってるんだ。それがお前達の言う異世界の正体だ」
「え?!それって夢オチってことかよ!最低だな。じゃあこいつらの存在は一体どういうことなんだ??」
大の字に寝ているナナの胸を、バインバインとドリブルしたドモン。
ナナはフンフンと鼻息を荒くし、両手をバタつかせながら何故か嬉しそうな顔を見せていた。
「もう少し普段からかまってやれ。お前にイタズラされて『こら!』と怒ったりするのが、ある意味こいつの生きがいみたいなもんなんだからな」
「生きがいって・・・てか夢の中の住人に生きがいもクソもねぇんじゃ・・・いやもう頭が変になりそうだ。ナナ達は本当に人なのか?生きてる人間なのか?」ドモンは軽く頭を振った。
「本当にお前はバカな息子だな。現にそのデカい胸揉んでるだろうが。さっきも言っただろ?俺は願いを叶えるって」
「答えになってないだろ!」
ドモンには全くその意味が理解出来なかった。
理解出来たのは異世界が夢の世界だということだけ。
「ハァ・・・察しの悪い奴だ。人の希望や願いを『夢』と呼ぶと説明しただろう?俺はそれを叶えることが出来る。つまり夢を実現させられるってことだ。夢を現実化できると言った方がバカなお前には理解出来るか?」
「・・・・」
「お前にも一応その力は備わってるんだぞ。まあ俺に比べりゃ微々たるもんだけど。寝る時より死にかけた時の方がはっきりと力を発揮できていたみたいだがな。夢の中のあの街が、お前が作り出した異世界だ。それにお前も他の奴に、その能力を使ったことがあるんだぞ?長老とサンを夢の世界に閉じ込めただろ」
「・・・ゴブリンの長老が俺のせいでって言ってたあれか・・・」
人としての意識が薄まり、悪魔の能力を発揮した時にだけ、ドモンは異世界を作ることが出来ていた。
死んだ両親に会いたい、夫に会いたいという二人の『夢』を叶えるために。ドモンは夢を現実化して二人をそこへ閉じ込めたのだ。
「悪魔はみんなそんな事が出来るのか・・・無茶苦茶じゃねぇか。どれだけ異世界が作られてんだよ」
「いんや、そこらの雑魚の悪魔にゃそこまでは出来ねぇよ。ちょっとした魂の行き場を作るくらいだ。俺らクラスの上位じゃねーと、夢から完璧な世界なんて作れねぇよ。もっとぼやっとしたもんしか出来ねぇから、せいぜい頑張っても『随分今日の夢ははっきりと覚えてるな』というくらいだろうな。異世界ってほどのもんじゃねぇ」
確かに普通に夢で見る世界など、案外範囲は狭かったりもする。
ちょっとした部屋だったり街の一角であったりで、異世界と呼べるほどのものではない。
「なんでわざわざそんな真似すんだよ悪魔は。人間にそんな夢を見させて何になる?」
「そりゃその夢に住むためよ。俺らは思念体だからな。棲家は誰かの思考の中というわけだ。そのせいで人は自分の理想とする夢じゃないものも見ることになるがな。たまに俺らがその夢に姿を表すもんだから。そんな嫌な夢をお前らはなんと呼ぶ?」
「悪夢・・・悪魔の夢ってことかよ・・・」
「ハハハ、そういうことだ」
人の夢。人と悪魔の関係。異世界の真実。
人として生きていれば恐らく生涯知り得ない話を、ドモンは次から次へと教えられた。
言葉遣いは乱暴だが、ひとつひとつ明かされる真実にたくさんのものが腑に落ちていき、ドモンは少しだけこの父親を尊敬した。
「まあそんな俺達でさえ、勝手に作れねぇものはあるんだけどな」
ドモンの父親は、チラッとそそり立つナナの胸に目をやった。




