第759話
建物の反対側にあるもうひとつのゲームコーナーでも随分と楽しんだ。
サンはやはり器用で、レーシングゲームや対戦型格闘技ゲーム以外では大活躍。
クレーンゲームで山程景品をゲットすることが出来た。
シンシアは元から自動車の運転が得意だったこともあり、レーシングゲームはお手の物。
マニュアル操作も卒なくこなし、「ワタクシのハチロクに敵うとでも思いまして?ホーッホッホ!!」と峠を一気に駆け抜け、鼻息を荒くしている。
何も得意なものがないナナは、「もしかして私って不器用なのかな?」と落ち込んでいたが、今更何を言っているのか。
しょんぼりとしながら、サンが獲得した景品のお菓子をバクバク食べていた。
時間はとっくに約束の0時を過ぎ、午前1時前。
ドモンの父親に急かされることもなく、ウオン店内を満喫した。
玄関前のエントランス部分まで戻ると、ケーコの膝枕でゴゥゴゥといびきを立てながらドモンの父親が眠っており、ケーコも正座したままこっくりこっくりと首をもたげていた。
なんだか自分を叩き起こすようでつい気が引けたが、ここはどうしても起きてもらわなければならない。
それよりも『悪魔も寝るんだ。あ、俺もそうだった』と思い、ドモンはため息混じりの乾いた笑いをこぼした。
「待たせたな。ほら起きろよ。起きろってばほら!」
「うぅん、うるせぇバカ・・・ぐぅ」
「起きろってんだ!このクソ親父!」
起こしてもグースカと寝続けているその頭を叩こうとした瞬間、「ん?」と右目だけを開けてドモンを睨んだ父親。
慌てて手を引いてドモンは後ずさり。
「ケーコ起きろ。バカ息子が戻ってきたからよ」
「うぅ~ん・・・あと1分・・・2時間だけ」
「時間増えすぎだ!」「時間増えすぎだ!」
一語一句まったく同じように叫んだドモンと父親に、くすくす笑うナナ達。
ドモンも父親もわかってはいたが、結局ケーコはそのまま本気で寝てしまい、仕方なく寝具売り場から枕を持ってきて床に転がした。
「まあとにかくあんたには聞きたいことが山ほどあるんだ」とドモン。
「あんたじゃないだろ?さっき俺のことなんて呼んだ?バカ息子」
「お、親父・・・」
「そう。それでいい」
なぜか満足げなドモンの父親。
そのワガママで偉そうな態度もドモンそっくりで、またもナナ達に笑われた。
「大体なんで俺と同じ体してんだよ。ややこしいだろうが。ケーコ騙すためか?」
「俺は思念体だからな。元々『肉体』なんてものは存在しねぇんだ。そのへんの詳しい話は・・・」
「思念体って・・・詳しく教えてくれよ」
「お前が作った飯を食いながらな。約束してたよな?今度美味いツマミを作るって」
「あ?」
ドモンはすっかり忘れていたが、確かにそんな約束はした。ボニーが海で溺れた時に。
「何もこんな時に・・・別に俺が作らなくても、惣菜なら売り場に死ぬほどあっただろ」
「まぁ世界中が大混乱の中でも、この店だけは通常通り営業させろと命令してたから、食料も飲み物も惣菜も確かにあるにはあるな」
「だったら別に俺が作らなくったって・・・」
「お前の作った飯にこの世界の誰が敵うかよバカ息子がよ。俺ザンギな。あのゲンコツみたいにデカいやつがいい。お前らはなんか食いたいもんあるか?ん?」
当然とばかりにそう答えたドモンの父親。
ちなみにザンギとは北海道特有の味付けをした鶏の唐揚げだ。普通の唐揚げとはまた違う。
ドモンはそれを聞き、頭の後ろの方がキュッとした。
素直に嬉しい。すごく嬉しかった。キュッとしなければ、なぜだか涙が溢れてしまうのではないかとドモンは思ったのだ。
幼い頃から自炊を繰り返してきたドモンの料理は確かに美味しい。知識もある。
付き合ってきた女性達には好評であった。
だがこちらの世界でその腕前を評価されることはなかった。
料理人でもない50前後のおじさんの料理を、誰が好き好んで食べるというのか?それはドモンも自覚している。
誰かに美味しいと言ってもらいたいというドモンの『夢』
その夢は異世界でついに叶った。認められた。
だからこそ面倒なことを嫌うドモンも、ヨハンの店で厨房に脚が痛んでも立っていたし、様々な場所でその腕前を披露してきたのだ。
こちらの世界ではそんなドモンがなかなか認められなかった事実に、一番憤りを感じていたのがこの父親だったのではないだろうか?
乱暴な言葉の節々にその気持ちが痛いほど感じられ、ドモンは嬉しかった。
どうしてそんな感情になったのかはわからないが、もうこの父親に美味しいと言ってもらえりゃそれでいいと、そう納得も出来た。
「私本場のハンバーガーがいい!あとあれ、ドモンがくれた白くてネバネバの、ノドにちょっと引っかかるドロっとした汁」ニヤッと笑うナナ。
「いけませんわナナ!もうこの子ったら本当になんてはしたない。大体いつも言っているでしょう?あんなものをお口に含んではダメだと・・・確かにドモン様がお喜びになることも承知してしおりますし、ワタクシも口に含んだことはありますが、やはり・・・の体内に直接いただかなくては、出来るものも出来ませんことよ?」
「サンも欲しいです・・・サンも、サンもきっと飲めます!飲みますから・・・」
「あ、あのさ、おまえらなんか盛大に勘違いしてるだろ。おいナナ、悪いぞ今のは」シンシアとサンの言葉に呆れるドモン。
シンシアとサンは何かを勘違いし真っ赤な顔。
ハンバーガーということでドモンの父親が「ほら出番だぞ」とケーコを起こしつつ、サンに「俺のすっごい濃いやつ飲ませてやろうか?」とニヤニヤ。
「お父様のはイヤですぅ!」とプイッと顔を背けたサンに、ドモンの父親はイヒヒヒと大笑い。
「ファァ・・・バニラのシェークでしょまったくバカな子達ね。あんた達が変なことばかり言ってるからこうなるのよ。ほらナナ達あっちの店舗までいらっしゃい。作ってあげるから」
「イヒヒヒ」「イヒヒヒ」
目覚めたケーコがポンポンとドモンと父親の頭を叩いて、ワックの店舗へナナ達を連れて行った。
ヨイショと立ち上がり食料品売場に向かって歩いていくドモンを、ドモンの父親は優しい瞳で見つめている。