第758話
「これが噂に聞いていた動く階段ですの?!」
「そ、そうよ。失敗したら死んじゃうんだから、シンシアも気をつけなさいよ。ほら危険って書いてある」
「フゥフゥ・・・奥様の言っていたことは本当だったのですね。サ、サンには無理かもしれません・・・」
薄っすらとBGMが聞こえる静かな店内、パチンペチンとドモンの父親の爪を切る音を聞きながら、2階へのエスカレーターの前までやってきた一同。
ナナは経験者ではあるが、やはり今回もビビり散らかしている。
「きちんと足を踏み出せば大丈夫だから。サンは俺と一緒に手を繋いでほら」小さなお子様は手を繋いでステップ中央へ。
「無理ですっ!やぁ!いやぁ~!」
「下がったら危ないってば!!ほらこっち!!」戻ろうとするサンの手をぐいっと引っ張るドモン。
「うわぁ!うわぁぁぁん!!」
ドモンの身体にしがみつくようにエスカレーターに乗ったサン。
それを見たナナとシンシアも顔を見合わせ頷き、手を繋いで一緒に飛び乗った。
「ひぃ!!階段がっ!階段が吸い込まれて・・・」
「大丈夫だから・・・あ、サンしっかりしろ!」
意識を失ったサンをドモンが慌てて抱えてエスカレーターを降り、そばのベンチへ寝かせた。
もしかしたらそうなるのではないかと予想はしていたが、案の定そうなってしまい、ドモン達は女児用の下着売り場へ。
ナナが失神したサンの汚れた下着を脱がし、シンシアが新品のプリント柄が可愛いパンツを選んで持ってきた。
商品の代金は、全てドモンの父親へのツケでいいらしい。本当に支払うのかは疑わしいので、あまり高い物には手を出さないようにした。
「まったくサンときたら。あの程度のものを恐れていたら、ドモン様のお父様にも笑われてしまいましてよ?」
「うぅ申し訳ございませんシンシア様。御主人様と奥様にもご迷惑おかけして・・・」
と言いつつも、ナナとシンシアも、大人用の下着売り場で穿き替えなくてはならない。
向こうの世界の者にとって、エスカレーターはあまりにも鬼門すぎた。
「それにしても・・・なんと絢爛豪華なお城ですこと」照明がキラキラ輝く天井を見上げたシンシア。
「お城じゃないぞ。ただの大きなお店だここは」
「・・・。このような世界からやってきたのであれば、それはもうワタクシ達のいた世界など、取るに足らないおもちゃのようなものですわね」
「そんなことないよ。魔法なんて初めて見たし、知らないこともたくさんあったしな。今でもワクワクするくらいだよ」
シンシアは元々お姫様ではあるが、今まさにその気分を存分に味わっている。
ここに比べれば自分がいた城などおもちゃ、いや、まるで牢獄のようだとまで思えた。
「ヒィィ大変です!!あちらこちらに石化した人の姿がっ!!」サンは思っていた以上に自分が臆病だと知った。ドモンの後ろに隠れてばかり。
「あれは作り物なの。確か・・・マンキンとかいう少しスケベな名前だったはずよ」と得意気に答えたナナ。
「マネキンね。お前たまに覚えてたと思ったら、大抵スケベに結びつけてるよな。頭の中それしかないのかよ」
「悪かったわね!自覚はあるわよ自覚は!でも仕方ないじゃない。年中スケベな目で見られてんだから」
「どういうことだよ」
呆れたようにナナに返事をしたドモンだったが、以前付き合っていた胸が大きめの女性達も、実際似たようなことを言っていた。
自意識過剰というわけではないけれど、どうしても性的な目で見られることも多く、自然と思考がそっちの方へ行ってしまうとのこと。
ナナもよく言っているが「あれもいいな。これも見たい」みたいな会話が「これ揉みたい」のように聞こえてしまい、つい意識してしまったり、パイという言葉にうっかり振り向いてしまったり。
そうしている内に、自分自身もスケベっぽい言葉に何かと結びつけがちになってしまうのだそうだ。
そんな会話をしながらドモン達は、おもちゃ売り場の横を抜けてゲームコーナーへ。
以前ナナと一緒に来た方ではなく、やや子供向けの方。
「あれならナナやシンシアも自動車の運転が出来るぞ。ちょっとふたりで競争してみろよ」有名キャラクター物のレーシングゲームの筐体を指差すドモン。
「え?怖いよ」「無理です無理です!シンシア様代わってください!」
「本当に走り出すわけじゃないから心配するなって。ほら座って座って」
無理やりナナとサンを座らせ、お金を入れてゲームスタート。
教えられたとおりに恐る恐るアクセルを踏み、ノロノロと走り出したふたりだったが、どういうものかを理解してからはもう夢中になって、汗だくになりながら笑顔で運転。
「まが・・・曲がってぇぇぇ!ぎゃあ痛い!!後ろから当たったの誰?!」
「あぁ奥様ごめんなさい!サンがぶつかってしまいました!お怪我はありませんか?!」
「わかんないわかんない!でも痛くない!」
「サンもわからないですぅ!!」
結果はどうやらサンの勝ち。
ドモンの横で一緒に見ていたシンシアは、ずっと「ホーホッホッホ!」と大爆笑。
「ふぅチビッちゃったわ」「サンもです。でも楽しかった」
「お前ら、何でもかんでもすぐチビリやが・・・まあそういうこともある」
ドモンもナナと入れ替わった時、胸で見えないのを忘れてうっかり階段を一段踏み外し、「あ!」ということがあった。
これはもう体の構造上の問題もあるので、男目線で責めてはいけないとドモンもすぐに反省。
「ワタクシはこのドラムを叩いてみたいですわ。ワタクシの国では手が荒れるという理由で、女性は打楽器を叩いてはならないと古くから伝えられていまして、触らせてもいただけませんでしたの」と太鼓のバチを持ち張り切るシンシア。
「私もやりたーい!」ナナが隣へ。
「折角ドモン様と楽しもうと思っていましたのに・・・まぁ良いですわ。これで勝利した方がドモン様の正妻ということで」
「ハァ?!何言ってんのシンシア」
「勝つ自信がありませんの?そのような臆病者など、戦う前からドモン様の正妻には相応しくないですわ」
「や、やってやろうじゃない!!見てなさい!」
音楽の都で育ったという自負もあるシンシアだったが、結果的に言うとナナと同レベルであった。
ふたりとも大きな胸が災いしたのか叩くテンポが遅れ、あっという間にゲームオーバー。
特にナナは自分の胸を叩いてしまい、床に転がり大悶絶。
ニコニコとその様子を見ていたサンにもやらせたところ、まさかのフルコンボで優勝。
身長が足りないので土台の上に立ち、額に汗を光らせながらトントンと太鼓を叩く姿があまりにも可愛く、これにはナナとシンシアも敗北を認めざる得ない。
当然サンは正妻の座の権利をナナに譲り、平和的に解決。
クレーンゲームでも大騒ぎをし、楽しい時間を過ごした。
が、楽しかった分だけドモンは不安が募る。
例えば戦争の真っ最中ならば、敵から襲われたり、自ら戦いを挑まなければならないのも理解できる。
でもあまりにも平和で、あまりにも楽しく、あまりにも幸せな時間の中だというのに、これから命を懸けて戦わなければならないという理不尽な要求を、どうしても受け入れられる気がしないのだ。
旅行に行って遊園地で楽しんでいる最中、スマホで戦争が起きたことを知り、家に帰ればポストに徴兵の赤い手紙が入っている可能性があるのを知った気持ち。
嘘だ。嘘であって欲しい。どうしてそうなるのか?どうしてそうならざる得なかったのか?
不安を解消するため、聞きたいことが山ほどある状態。
それを知るにはやはり、直接本人に問いただすしかない。




