第74話
「うるせぇぞガキ共!」
子供達が一番最初にかけられた言葉は罵声だった。
ドモンがバケツの薪に火を起こし、ナナがそのそばにスペアリブの入った鍋を置いて、ふたりと護衛達は少し離れたところで見守っていた。
張り切った女の子達が大きな声で「いらっしゃいませ~!」と叫んで、すぐかけられた言葉がこの罵声。
貴族である子供達は信じられないといった表情になり、女の子達は涙を浮かべた。
ナナと護衛達が駆け寄ろうとしたところでドモンが止める。
ジャックがすぐに声をかけていたからだ。
「大丈夫!その調子だよ!」
「うぅ・・どうして・・・どうしてあんな酷いことを言うのかしら!?」
「アハハ!あんなのはいつものことだよ。こんにちはって言ってるんだと思えばいいよ」
「そんな風には思えないわ・・・」
女の子達の声のトーンが一気に下がった。
近寄ってくる者もいない。
「もっと簡単だと思ってたね・・・」
「悔しいな。予想と違っていた」
男の子達も険しい表情。
ナナはそれを見て、胸の前で両手を合わせて祈っている。
「さあさ、みんな頼むよ!商売なんてこんな事は当たり前だよ」
「で、でも・・・」
「ほらほら!頑張って稼がないとご飯が食べられなくなっちゃうんだから」
「!!!!!」
ジャックは当然のことを言っただけだ。
ただ貴族の子供達はそんな事を考えたこともなかった。
食事の時に思うのは『今日のご飯は美味しいか、そうじゃないか。』
それだけだった。
「み、みんなこんな苦しい思いをして働いてるの・・?」
「苦しい??」
「毎日こんな辛い思いをしているのかしら?」
「辛くなんかないよ!何言ってるのアハハ」
「だって!!」
「僕達は仕事があって生きていける。こんな幸せなことないよ」
ジャックは平然とそう答えた。
唖然とする貴族の子供達。
こんな人達から自分達は生かされ、贅沢をさせてもらっていたのだ。
そう思うと途端に自分が恥ずかしく、惨めに思えてきた。が・・・
「そんな場所を与えてくれた領主様、そして君達貴族様にみんな感謝してるんだ」
「え・・・??」
「みんなを守ってくれているから僕達は生きられるし、みんなこの街に集まっているんだ」
「そんなことない・・・」「私達こそ・・・」と声にならない声を出す女の子達。
そして大きく深呼吸をし、涙を拭った。
「いらっしゃいませ~!!美味しい美味しいお肉ですよ~!!」
「異世界から来た人間が、世にも珍しい味付けで貴族達を唸らせた、この機会を逃せば二度と食べられないかもしれない超高級スペアリブはいかがですか~!」
ドモンがそれを見てニヤリと笑う。
『利用できるものは利用する』
ドモンが子供らに向かって言った言葉だ。
子供らはそのドモンを利用したのだ。
「領主様も金貨を払うといったこのお肉!今だけのタイムサービス、銀貨2枚のところを銀貨1枚!ええい今日は気分がいいからまけちゃうよ!銅貨80枚でどうだ!」
ジャックも有る事無い事混ぜながら威勢のいい声を上げると、一人の女性が子供達の前へとやって来た。
「どんなお肉なの?」
「スペアリブなんだけどね、なんとオレンジで作った特別なジャムで味付けしてるんだよ。これがほっぺが落ちるほど美味しいんだよ!」
「貴族様が食べたってのは本当かい??」
「ほ、本当よ!さっきまで屋敷でもう大騒ぎだったんだから!」
「じゃあひとつ貰えるかい?」
女の子達が「あ、ありがとうございます!」と言いながら抱き合う。
「よし!今から炙って最後の仕上げするからね!」と男の子がニッコリ笑った。
銀貨を一枚受け取り銅貨20枚のお釣りをあげる金庫番の男の子。
醤油をつけて炙ったスペアリブの煙が広場へと流れる。
そのニオイを嗅いだ人達が、子供らの前へと集まってきた。
「随分美味そうなニオイだな」
「そりゃそうよ!異世界の調味料を使った特別なお肉なのよ!」
「なんだって?!そりゃ本当か??」
「驚くわよ!買って食べてみなさい。ひっくり返っちゃうんだから」
「ちっ!しかたねーな!ひとつくれ」
「ありがとうございまーす」
女の子達がハイタッチしてるのを見て、男の子達とジャックが親指を立てる。
そうした連鎖があり、スペアリブは十本ほど売れた。
完売にはまだほど遠いが、子供達は充実していた。
それと共に、お金の大切さ、その価値、そしてそれを得る大変さを知った。
「まあ彼奴等にしては頑張った方か」と一時間半ほど見守っていたドモンが立ち上がり、子供達のところへとやって来た。
「ドモンさん!どう?みんなのおかげで調子よく売れてるよ!」とジャック。
「私達だってやれば出来るのよ」
「大変だけど、日が暮れるまでには全部売れるぞ!」
そう言って笑顔を見せる子供達。
よしよしよく頑張ったと女の子の頭をニコニコしながらポンポンと撫でるドモン。
「まあ今日は時間もないし、このへんで終わりにしよう」
「えぇ~!やっと調子出てきたんだぞ?」
「まだ赤字だよドモンさん!」とジャックも焦る。
ドモンはニコっと笑って広場の方へと振り向き、そして叫んだ。
「おーいお前らバカだなぁ!こんな機会二度とねぇぞ?」
「・・・・」
「終了まであと10秒!!9、8・・・」
「ちょちょちょちょ!!なんなのちょっと!!」とそばにいた女性。
「ナナ!」
「何?」
「いやお前の事じゃねぇこの天然巨乳」
「・・・・」
「6、5秒前!!」
そばにいた人達が大慌てで、ぞろぞろとドモンの前へと集まる。
「もう二度と食べられなくなるまで4秒前!」
「え?何よ?!ちょっと待って!買う買う!買うわ!」
「はい!あと残り15本!3秒前!!」
「買った買った!待って!!」
「私も買う!!」
「2秒前!!」
「どいてどいて!!私が買うわ!!」
「なによ!私が買うのよ!!!」
「い~~ち!!」
「おい!待てと言ってるだろ!!」
なんだなんだとあっという間に数十人が集まり、スペアリブの争奪戦となった。
子供達はその様子を見て驚く。
「2~」
「なんだよ!増えるのかよ!!」
ドッと笑い声が上がる。
そうしてスペアリブはあっという間に完売した。
その間数十秒。
買えなかった者達が悔しそうにその場を去り、買えた者達は優越感に浸りながらスペアリブを炙っているのを待っていた。
これには貴族の子供らだけじゃなく、さすがのジャックも唖然呆然。
「ハハハ・・・さすがドモンさんだ」
「あの人おかしいわ。他人に向かっていきなりバカって言ったのよ?それでなぜ売れるのよ・・・」
「俺なんか、スペアリブをつい自分で買おうと思っちゃったぞ」
そんな子供達の様子を見てナナが「ウフフ、この人いつもこんな感じなのよ?」と笑った。
仕入れ値を引いた利益は銅貨1430枚となり、分前はひとり銅貨286枚となった。
ジャックが貴族の子供達に少しだけおまけして、銀貨を3枚ずつ渡していく。子供達が持つお金は銀貨5枚となった。
「い、いいのか?ジャック」
「そうよ。寧ろジャックの方が多く貰うべきなのよ?」
「いいのいいの!みんな頑張ったし、その前に僕は・・・いや僕のお母さんが貰ってるでしょ?ね?ドモンさん」
「そうだな」
子供達が分け前を巡って楽しくやり取りをしてるのを横目に、ナナと片付けをしながらドモンが返事をする。
「それにしても、途中でなんだか聞き捨てならない言葉があったように思えたけど?」とナナ。
「そりゃお前が悪い」
「急に名前呼ぶからでしょ」
「じゃあこの場にサンがいたとして、あの場面で返事すると思うか?」
タバコに火をつけながらドモンがため息を吐く。
「返事なんかするわけないじゃない」
「だろ?」
「だって3秒前って言ったもん。私は思いっきりナナ!って言われたんだから」
そう言って頬を膨らますナナに「膨らますのは胸と尻だけにしとけ」と笑ってお尻をポンと軽く叩きながら、空になった鍋をナナに持たせた。
ヤンヤと騒ぐ子供達を連れ、ジャックの家へと戻ったドモン達。
「おかえりジャック。どうだったの?」と母親。
「全部売れたよ!とは言っても、半分以上は時間無くなるからってドモンさんが売っちゃったんだ。一瞬でね」
「ウフフ、勉強になったでしょう?」とエリー。
「うん。でもあれは真似できないや」とジャックが頭を掻きながら笑った。
「さあそろそろ行こうか。今度はお前達が買い物する番だな」
「え、ええ・・・」
「どうした?」
「ねぇドモン・・・お金って重いのね。使うのがちょっと怖くなっちゃった」
そう言って、女の子がお金の入った小さなバッグを両手で握りしめる。
「その重さを知っていればいいさ。今度は自分のためと、そしてみんなのために金を使え。そうして金を回せば街は良くなるんだ」
「はい」
女の子、そして他の貴族の子供らも頷いた。
「それにしてもドモンさん、なんだかズボンのポケットがパンパンで重そうねぇ」とエリーが首を傾げる。
大きくため息を付いたナナが「そりゃそうよ。ジャックにスペアリブ卸して貰った銅貨650枚そのまま突っ込んでるんだから」と言いながらヤレヤレのポーズ。
「お金って重いよなハハハ。ジャックやっぱり両替してくれる?」
子供達が揃ってヤレヤレのポーズをとった。