第751話
ドモンはこの場に呼ばれた時に色々察し、料理人達に魚料理を出すように頼んでおいたのだ。
調理法はすでに伝授してあり、国王は今ある全ての魚料理を何度か食べたことがある。
「これはカスベの煮付けだ。酒によく合うから俺は好きなんだよ」食べ方を示すために先にドモンが食べてみせたが、みんな箸が使えなかった。
「ホホホ私もだ。さささ、是非皆さんにも口にしてみていただきたい。きっと気に入りますぞ」
待ってましたとばかりにしゃしゃり出てきたドワーフ国王。
まだ魚料理を食べ始めてからそれほど日は経ってはいないが、今ではすっかり肉よりも魚派に。
今までしたこともなかったが調理場にまで顔を出し、何度も味見をしながら指示を出したり、ついには自ら魚を焼きだしたりもしている。
一同はフォークとナイフで器用に身を剥がしながら、煮付けを食べ始めた。
「ほぅ・・・身が柔らかく口当たりも良い。甘みの向こうに食欲をそそる旨味が口一杯に広がる・・・」
「う、美味いぞこれは!」
「酒と合いますなぁ」
「この魚も美味いが調理が完璧なのだ。まるで味わったことがない、まさに宮廷料理とも言える逸品だ」
ウンウンとまるで自分が作ったかのように、得意気な顔のドワーフ国王。
ご機嫌でアンゴルモア王国から取り寄せた『日本酒』も振る舞った。
「この領海はこんな美味い魚が獲れるのか。なるほど、領海を守りたくなる気持ちもわからなくもない」
「いやいや今食べたものは、恐らくそなたらの海にもよく見かけるであろうものだ」と答えた国王。
「私の国では魚も元から食すが、このような食感で美味い魚など知らぬぞ。デタラメな事は言わないでいただきたい。カスベなど聞いたこともない。一体何だそれは」
「これはエイだ。よく知っているだろう」そう言って国王は、立派なあごひげをひと撫で。
「は?」「そんなバカな!オェ騙されて食べて・・・」「あの毒針を持つ平たい魚か?」「・・・・知らぬ」「臭いがきつく食べられたものではないはずだぞ!」「???」
二名は知らなかったが、他の者達はその存在を知っていた。
エイは身体の中に大量の尿素を溜め込んでおり、死んでしまった後は時間経過により酷いアンモニア臭がして、とても食べられないものとして有名だったのだ。
カスベという名はドモンの地元の北海道での名前で、悪臭を放ちだすと煮ても焼いても食べられないカスのような魚という意味からその名がついたとか。
「でも実際美味かっただろ?鮮度と調理法に気をつけたら、こんな美味いものに化けるんだ」
「な、なるほど・・・しかしあのエイが・・・」「う、うむぅ、確かに食わず嫌いではあったか」「私はまだ複雑な気持ちだ」
ドモンの説明にもまだ納得してたりしなかったり。
日本人の中でも、蜂の子やイナゴなどの虫食に慣れていない地方の人にとってみれば、知らずに食べて美味しいと思ったとて、実際のものを頭に浮かべた時に嫌悪感を感じてしまう人もいるだろう。
今はその葛藤の最中。
むしろエイを知らなかった者達は、躊躇なくムシャムシャと平らげた。
その後もアジの開きにサバの味噌煮、ブリの照り焼きと日本人にとっての定番料理に皆が舌鼓を打つ。
カニしゃぶが出た時にはナナも夢中になって食べすぎるほど食べ、鯛のお造りと姿焼きが出てきた時にはドモンまでもが無我夢中。
気がつけば大宴会となっていた。
が、それはそれ。これはこれ。
とても美味しい料理ではあるし、魚の流通が増えれば経済も活気づくことは目に見えてはいるけれども、金貨10万枚の賠償金はともかく、領海の取り決めと漁船の独占だけはそう簡単には決められるものではない。
一度国に持ち帰り、大勢で何度も会議を行った末に決めるべき事案。
そうして揺れ動く天秤を逆方向に傾けたのは、最後に出したフカヒレスープであった。
サメのヒレだと聞いて、ほぼ全員が怒り出したのだ。
こんなものまで食うくらいなら、漁船などなくてもいいと。
だがその騒ぎをナナが一発で静かにさせることに成功した。正確には二発だが。
「あ!(ブッ!ブジュッ・・・!)」
「む?」「誰だ!」「おい今・・・」「な・・大丈夫か」
「お、男の人の身体って、お腹がすぐに張っちゃうというか痛くなっちゃうのねホホホ。オナラが、そうオナラが出ちゃったわフフフ」
「お前まさか・・・随分湿り気のある音が」ドモンにはよく分かる。ナナに何があったのかを。というかこの場にいた男は、ほぼ全員分かったことであろう。
「私ちょっと用事思い出しちゃった。サンのとこへ行かないと!」
ドアまで後退りしながらサッと去っていったナナを見送る一同。
胆のうの切除をしたドモンの身体は常に下痢気味で、オナラをする時の『アウトか?セーフか?』の見極めは、その身体に慣れ親しんだドモンじゃなければわからない。
便意の感じ方も男女で全く違い、男性の方が圧倒的に早く便意を感じるようになっているので、ガスも男性の方が我慢できる時間が短く漏れやすい。もちろん下痢でもだ。
そこで油断と判断ミスが重なった結果、ナナが今起こした『事件』に発展してしまうのだ。
女性のように『とにかく今は出さないでおこう』ということがなかなか出来ないため、悲惨な事故は男性の方が起こしがちである。
こうしてナナがこの部屋を去った今、ナナの身体を持つドモンに、千載一遇の好機がやってきた。
更新遅れた理由は、実際にカスベの煮付けを作ってみたため。
しかも半額の鮮度の怪しいカスベを、そのまま3日ほど凍らない程度にチルド室に入れ放置し、その臭いを確かめてから料理をするという暴挙へ(笑)
実際嗅ぐと確かに臭う。個人的にはカスまで言うほどか?といったところだけど。
醤油、砂糖、酒、みりん、生姜などで煮付けるのだけれども、酒にしばらくつけて臭み抜きをした後、生姜を多めにして煮付ければ美味しく出来上がった・・・と思われる。
殆どを女性陣が食べてしまったために結局味はあまりわからずじまいだったが、勢いよく食べてたということは美味しかったのだろう。