第744話
海での騒動から一ヶ月と少し。
王宮に戻り、仏跳牆の為の干物、つまり干しアワビや干し貝柱やフカヒレ作りをしつつ、数々の魚料理をドワーフに伝えていったドモン。
寒天も手に入ったことで、ゼリー以外の和菓子や洋菓子も教えていった。
中でも暑い地方だからなのか水ようかんは特に人気で、フルーツゼリーと共に一気に国中に広まる大ヒット。
今まで捨てていた海藻が、金銀並に価値のある物へ生まれ変わった。
魚料理も大好評で、ついには寿司も広まり始める。
魚や貝の干物は各国に輸出され、莫大な利益を得た事により、漁船も大量に作られた。
元々屈強な身体のドワーフだから漁師になるにはうってつけで、漁業に転職する者が続出。皆、大儲けしていた。
だが転職しなかった道具屋も漁業に使用する釣り針や竿や網などで儲かり、負けず劣らずのホクホク顔。
皆が儲かれば食べ物屋から何から全てが儲かり始め、ドワーフ王国は超好景気へ。
ファッチューションの干物が全て準備が出来た頃には、ドモンの名声も国中に轟くことに。
ケーコやナナと共に、神格化されるほどとなった。ナナは美貌と胸の大きさのみで。
当然その噂は各国首脳の耳に入り、ドワーフ王国は世界中から羨望の的となった。
それと共に『悪魔崇拝の国』やら『魔王と手を結んだ人類の敵』といった噂まで立つことに。
それは当然、手が出せない中立国家に対して攻撃を仕掛ける理由付けとして、各国の暗部が噂を流しているからだ。
中立国家に手を出したとなれば問題だが、悪魔祓いや魔王討伐として正義を見せれば面目も立ち、全ては正当化される。
あとはドモン討伐ついでに、何もかもを奪い取ればいいだけ。
気がつけば反ドモン派の部隊やパーティーだけではなく、一般市民まで立ち上がりはじめ、その恩恵を受けようとヨダレを垂らす。
ドモンによって知恵や技術を授けられたが、一度手に入れてしまえば本人はもう用済み。
人は甘い汁に飛びついて、吸いきってしまえば捨てて次を探す。
その最後の汁がこのドワーフ王国。そしてドモンはもう出がらしのゴミであり、ただの絞りカスだ。
新たな技術はギドなどの天才が授け、人々を楽しませる音楽はギルやミユやその弟子達が生み出す。
そして料理も芸人も娯楽もスケベな店も芸術も、ドモンが伝えたものを受け継いだ者達が新たに生み出している。
全てが半端な遊び人のドモンよりも、努力家で才能のある真剣な者達が、この世界には大勢いるのだから・・・
「ついに完成したぞ。これが仏跳牆だ」
「おぉ!奇跡を起こしたと言われる・・・」「噂の究極のスープ!!なんと芳しい香りなのでしょう!」
王宮の間に集まったドモン達と勇者パーティー、そして国王や大臣やその家族。
もちろんボニーとあの親子も招待され、ニキータとサドも呼ばれた。
二人がかりでようやく抱えられるくらいの大きなツボに、なみなみと黄金色のスープが入っている。
「そうだ。ただあの時は本当にまぐれというか、親子の愛の力でたまたま奇跡が起きただけだから、そこまで期待しないように。でもまあ栄養もたっぷりだから美容には良いと思うけども」
「・・・・」「・・・・」
ドモンの言葉に思わずお尻を擦るナナとサン。
結局あの後サンが我慢できずに全てを白状し、ふたりはドモンから酷いお仕置きを受けた。
ナナは特に酷い目にあい、生まれてこれまでこんなに泣いたことはないというほど泣かされた。ドモンが死んだ時よりもずっと。
おかげで今ではすっかり何かに目覚めてしまい、その道の先輩のサンやシンシアにアドバイスを求めるようになってしまった。
サンとシンシアの三人でおつかいついでにサドの屋敷に遊びに行った際、ほんの試しでナナがサドに縛ってもらったところ、初めて『縄酔い』というものを経験し、うっかりサドの事を御主人様と呼んでしまったこともあった。
帰りの馬車で「サンやニキータさんが止めてくれなかったら、あのままサド様・・・じゃなかったサドさんに抱いていただいてもらっていたかも」とうっとりしていたこともドモンにバレ、嫉妬に狂ったドモンにやはり酷い目にあってしまった。
なのでそれを見ていたシンシアは全てを秘密にしたまま、身体の縄の跡が消えるまで部屋に籠もり、風邪で寝込んでいるふりをした。
「まずはドモン殿が味見してくだされ」と国王。
「いや陛下が一番でしょどう考えても。毒見しろって言うならするけどさ」今回に関しては料理の味見もしていない。なにせドモンも本物の出来上がりの味を知らないのだから。
「ハハハ、では毒見してくだされ」
「仕方ないなまったく・・・どれどれ」
このままでは埒が明かないので、渋々ドモンが先陣を切る。
器に一杯注いでもらったものをサンから受け取り、コクコクと少し飲み込んだ。
「ん、んぐ・・・な?!うむぅ・・・」
「どうなされたのかな?」ドモンの予想外の反応に戸惑う国王。
「いやこれ、不思議なんだよ。しょっぱくもないし甘くもない。だけど旨味が口の中で爆発して、わけがわかんないのにヨダレがあとからあとから溢れ出る。ング・・・むーん、次のひと口が欲しくてたまんねぇ。癖になる味わいだ」
「私の分を用意するのだ!」「私達にもお願い!」
そこにあるのは出汁の風味のみ。
ただその出汁のインパクトは絶大で、脳に直接旨味がやって来ているよう。
ひとつひとつの素材が出汁として使用するには強烈だというのに、それを合わせて煮詰めてあるのだ。味と旨味が濃縮するように一度干す手間まで入れたものを、だ。
味の感想よりもドモンが最初に感じたのは、タバコに近い中毒性。
タバコの煙は口の中で美味いと感じるものではあまりないが、脳が直接美味いと判断し、それを求め続ける。
それに近いものではないかということが頭をよぎり、思わず唸り声を上げたのだった。
「美味しい!・・・と思いますわ!」「本当に!」
「それになんだか若返った気がするわい」「腰の痛みが取れたような」
半信半疑のままスープを楽しむ王宮の者達。
一応ナナ達の話を聞いて、効果の辻褄を合わせるわけではないけれど、一滴のみスープにエルフの秘薬を混ぜたのだが、多少効果はあったらしい。
「あのお婆さんのおでこのシワ、一本減ったわね。ほら三本が二本に」というナナの余計な報告に、ドモンとサンはブルブルと震えながら笑いを堪える。
「聞こえますわよ!いい加減になさいナナ」と苦言を呈すシンシアと、無言でおかわりするケーコ。
そんないつもの呑気な食事風景に、突然騎士がノックもせずに飛び込んできた。




