第742話
「イチッ!ニッ!サン!シッ!帰ってこい!帰ってこい!帰ってこい!帰ってこい!イチッ!ニッ!サン!シッ!帰ってこい!帰ってこい!帰ってこい!よしサンやれ!」
「は、はい!ふぅーっ!ふぅぅーっ!」
「よしもう一回!イチッ!ニッ!サン!シッ!・・・」
サンに手伝いをさせながら、心臓マッサージと人工呼吸を繰り返すドモン。
ナナはそれをなんとも言えない表情で見つめていた。
「ドモン・・・気持ちはわかるけど・・・ボニーさんが可哀想よ。もうゆっくり眠らせてあげようよ」
「イチッ!ニッ!サン・・・違う!こうすることで蘇生することがあるんだ!帰ってこい!帰ってこい!よしサンやれ!」
「はい!ふぅーっ!ふぅぅーっ!」
「・・・・」
今度ばかりはシンシアもナナの意見に賛成で、これ以上死体を痛めつけるような真似は見ていられず、顔を背けて目を瞑っている。
「イチッ!ニッ!サンッ!ハァハァハァ・・・帰ってこい!帰ってこい!ハァハァハァハァ・・・」
「私が代わります!胸の真ん中ですね?」「僕も代わるよ!」
疲れの見えたドモン達と親子が交代。
フラフラとドモンは立ち上がって、その様子を見ながら息を整えていたが、こうして傍から見ると、ナナの意見ももっともだと思えた。
せめて誰かがAEDを持ってくるか、救急車が来るまでの繋ぎで心臓マッサージをしているならわかるけど、これだけで息を吹き返すとはとても思えず、すべてが無駄に思えたのだ。
それどころか『こんなに努力したのだから自分のせいじゃない』と無理やり許しを請うて、自身の精神を保とうとしているようにさえ思えてきた。
まるで言い訳づくりかの如く。哀れな死体にすがりつき、みっともなく情けなく・・・。
「帰ってきて!帰ってきてちょうだい!このまま死ぬだなんて!私許しません!あなたは生きて!生きて罪滅ぼしをするの!今度は私が!あなたに生涯をかけて!」
「ふぅーっ!ふぅぅーっ!!そうだよ帰ってきて!僕歩けたよ!ボニーさんのおかげだよ!」
「あなたはもう!私達の!大切な!家族よ!それを伝える前に!勝手に逝くなんて!許さない!だからお願い!お願いだから!」
「・・・・」
ドモンが教えた蘇生法を行いつつ涙を流し、必死になってボニーに語りかける親子。
ドモンは感情を乱さぬよう、冷ややかにそれを見下ろしていた。
そんなことで奇跡が起これば誰も死なないだろうに、と。
だが、親と子の間にある無償の愛が時に奇跡を起こすように、家族愛や本物の友情も奇跡を起こすこともある。
少なくともそれを信じることは、情けないことなわけがない。みっともないなんてことは絶対ない。
全てこの世界に来て、様々な人間関係を見て、ドモンが初めて学んだことだ。
人と人が支え合い、助け合い、時には頼りにされて、時には頼りにする。
大好きな人の喜ぶ顔を見ると幸せになり、悲しむ顔を見ると辛くなる。
一連の出来事にドモンの感情は揺さぶられ、こんな時だというのに人間の感情をようやく手に入れた。
「駄目よ・・・駄目だわ・・・うぅぅ」「うわぁぁん」泣き崩れた親子。
「・・・助けてくれよ。頼むよ親父・・・俺じゃ駄目みたいだ。お願いします・・・」
「どうしたのドモン?ぶつぶつと・・・」「御主人様?」
「親におねだりなんて初めてなんだ。泣きついたことも駄々こねたこともねぇ。だからやり方わかんねぇけど、親父今度会ったら美味いつまみ作るからさ・・・」
自分のつま先が見えるくらい項垂れてブツブツとドモンは、自身の父親に対して助けを乞うた。
涙が落ち、鼻水が糸を引く。瞑った瞼の裏側に映る自分の姿は、随分と呆れた様子。
『クソガキが。さっさと口に舌突っ込んでベロチューしながら、左の胸揉めよ。先っぽは人差し指でピンピンと転がすようにな』
ドモンは言われるがままそれを行うと、ボニーの死体はビクンと跳ね、大量の水を嘔吐しながら息を吹き返した。
息を吹き返すと同時にボニーはドモンの頬を引っ叩き、ナナもドモンを引っ剥がして引っ叩いた。
「ゲホッゴホッ!!何してんのこのスケベ!向こうの不思議な街でも、あんな恥ずかしい姿のまま置いてけぼりにして・・・ってあれ?私どうやって帰ってきたの?」
「ボニーさん!」「ボニーさん良かった!」
起き上がったボニーに抱きついた親子。
少し酸っぱいニオイがしたが、今はただただ神に感謝。
「意識のない人にまで手を出すなんて!それに恥ずかしい姿って何よ!!」ナナにとってはボニーが生き返ったことよりも、こっちの方が大事。
「イテテ誤解だってば!ああやったら生き返るって親父が・・・それに恥ずかしい姿なんて知ら・・・あー渡した着替えが何故かシースルーだったから、慌てて家に別の着替え取りに行ったら、そのままこっちに戻されたんだった。母親が早く戻れって言っててついうっかり」
「え?ドモンのお母さん?やだもう、しっかりご挨拶しなくちゃ」
凄まじい奇跡が起こったというのに、すっかり締まらないやり取りに。
そしてその奇跡も神が起こしたものなんかではなく、ドモンの父である悪魔が起こしたものであるのだから、ただで済むはずもない。
『そいつを蘇らせるのに、こっちの世界で何十万人死んだことやら。悪いと思うならさっさと俺を殺しにこい』
「え?」
ドモンの頭の中にはっきりと響く父親の声。
初めて父親の存在を感謝し、初めて頼もしい存在だと思い、初めてその愛を嬉しく思った。たとえそれが有償の愛であっても。
初めて家族というものを意識して、大事にする存在なんだろうなと思った相手に「さっさと殺しにこい」と言われ、ドモンは激しく混乱と動揺した。