第735話
「先生!ご無沙汰しておりました!」
「おぉギド、今日到着したのか。急に呼び出してしまって悪かったな。それにしても随分早いなぁ」
「最新型の自動車ですので、二日もあれば到着しますよ。水陸両用ですしね」
「・・・お前もうなんでもありだな」
漁のための船や機械などを準備するに当たって、やはり天才技術者のギドの力が必要だと判断したドモンが呼び寄せたのだ。
緊迫状態である今でも国家間を自由に行き来できるのは、数々の発明によって世に認められたギドの特権である。
「それはそうと、いつも一緒にいる兄貴はどうした?城で仮眠でも取っているのか?」
「え?いやその兄は・・・あ、このツヤツヤしたパンパンに膨らんでいる物はなんですか?」話を逸らすようにサンに話しかけたギド。
「これは御主人様が向こうの世界で買ってきてくださった浮き輪というものです。これをこうして中に体を入れると、水の中でも楽にプカプカと浮くらしくて」サンはいつかこれを使う日を随分楽しみにしていた。
「ほう!」
「ちなみにシンシアでギリギリちょっときつくて、ナナは当然胸と尻が引っかかって浮き輪が使えないぞ。それはそうと兄貴は・・・?」
「ドモンが子供用のを買ってきたせいよ。何にも引っかからずに中に入れるサンがおかしいの!」「ムゥ奥様・・・それはどういう意味ですか」
「ハハハ、ナナさんそれは災難でしたね。お時間いただければ、似たようなのは作れそうですけれど」
またも話をはぐらかされたドモン。
なにか不幸があったのならば隠す必要もないし、病気であれば兄想いのギドはここへやってこないはず。
「もしかして俺・・・兄貴に嫌われちゃったかな?他の人達みたいに魔王だってバレちゃって・・・」一番の懸念材料はもうそれしかない。
「いえいえいえ!違うんです!本当は兄も一緒にここへと願っていたんですが・・・その・・・最近兄に恋人が出来てですね・・・えーと」
「え?嘘?!あの人に??ねえねえ聞かせて!どんな人なのよ?!」
話に割り込むナナ。他人の恋の話に女性が食いつきたくなるのは、どちらの世界も一緒。
「え、えぇ・・・細身の美しい方で、兄と似て活発な人でしたよ」
「へぇ~あんな無骨な感じの人がそんな女の子と・・・え?でしたって??まさか?!」
「バカ!ナナやめろ!」
不穏な会話のやり取りで全てを察したドモンが、慌ててナナを止める。
別れたのかもしれないのもあるが、最悪亡くなってしまった可能性もあるからだ。
心配そうにギドの顔を覗く一同の様子に、ギドは一瞬しまったという顔を見せた後、観念して詳しい話を始めた。
「実は今兄さんは看病してるんです。その恋人の」
「それで来られなかったというわけか。そこまで深刻な病気じゃないんだろ?」少しだけホッとしつつ、願いを込めてドモンはそう言った。
「・・・・正直よくわからない流行病で、まだ治療法がわからないのです。日に日に弱っていく彼女を兄は見守るしかないと・・・快方に向かえば良いのですが」
「流行り病かぁ・・・流石に俺もそこまで詳しくないしなぁ。お前の喘息は俺も喘息持ちだったからわかったけど。俺が買ってきた医学書に何かなかったか」
「調べてはいるのですが、まだ確証は得られていないです。病に苦しむ人も今は多く・・・その・・・」
「うんうん」
きっと天才のギドに人々が救いを求めているのだろう。
それでもどうにも出来なくてギドは悩んでいたのかと、ドモンは勝手に推測していた。
先に女性達に水遊びをさせたドモン。簡易テーブルと椅子にギドとふたりで座り、フルーツゼリーを振る舞った。
さっきの口ぶりからして、落ち込んでいる姿を皆に見せたくはないのだろうというドモンなりの気遣い。
だがギドが口籠っていたのはそんな理由ではない、予想外なものだった。
「その病を流行らせたのがその・・・先生ではないかと噂が立っているのです」
「うんうん、俺がその病気を・・・は?!何言ってんだよ!そんなわけ無いだろ!!」
「わかっています。先生がそんな事をするはずがありません!ですが国中の・・・いえ、世界中が今その認識なのです。ドワーフ王国は現在旅人の制限をしていますので、流行り病もまだここまで届いていない様子ですが」
「もう何があっても俺のせいになりそうな勢いだなハハ・・ハ・・・」
ボニー以外がキャッキャとはしゃぐ姿を眺めながら、ドモンはもう諦めの境地。
保育園での冤罪事件や、集団暴行での犯人扱いどころの規模ではない。
何かあればいつも自分のせいにされるのはもう慣れたけども、それが世界規模ともなれば笑うしかない。
ドモンはこの世界から逃げ出すことを決めた。出来ればナナ達と一緒に。
ハァと大きなため息をつくドモンに申し訳ない素振りを見せつつ、ギドはまた話題を変えた。
今度はギドなりの気遣い。
「このゼリーという食べ物も興味深いですね。一体どんな成分で作られているのでしょう?」とゼリーを揺らすギド。
「お前は本当・・・普通見た目や味の感想を言うもんなのに、いきなり成分と来たか。それはこの国の海で取れた海藻を煮込んで作った『寒天』というものから作ったお菓子だよ」ドモンはケーコが作ったワインゼリーがすっかりお気に入り。
「寒天?寒天と言いましたか?!そ、それはどのようなものですか先生!」
「お、おう?」
ギドの想定外の驚きように、護衛の騎士達が振り返る。
それに気づいたナナが「少しお腹が冷えちゃったのよ!でもほんの少しだけなのよ!」と、水をバシャバシャとかき混ぜていた。
結局病院には行けず・・・良化したり悪化したりしながら生きながらえている感じ。
好きな酒もすごく薄めたウーロンハイを一日一杯。それが精一杯。