第733話
「ゼリーの中にあった今食べたリンゴ、凄く甘くて柔らかかった・・・」とボニー。
「それは砂糖で煮詰めたものを冷やしたんだ。ゴブリンが作ってるアップルパイって知ってるか?あれと同じだよ」
「噂には聞いたことあるわ。そのゴブリンに教えたのも、まさか実はあなただって言うんじゃないでしょうね?」
「まあ」
「呆れた。あ、そっちのはどうでした?お味の方は」
ボニーが母親に向かって尋ねたが、母親はまだスプーンを咥えたまま恍惚とした表情。
ドモンを睨みつけなければならないのに、今一番してはならない表情で見つめてしまっていた。
「こっちはベリーの実?だと思うんですけど、全く嫌な酸っぱさもなく、サッパリとした酸味が口の中を駆け抜けて行きました・・・」
「それはシェリー酒っていう種類のワインで、砂糖漬けにしておいたベリーの実を煮たんだよ。まあいわば潰す前のジャムってとこかな?」
「ね?美味しいでしょ?」と何故か自慢げな息子。
「本当に美味しいわ。これが毎日食べられるなら・・・オホン!なんでもないなんでもない」
ドモンの顔を見ながら、一瞬良からぬ考えが頭をよぎってしまった母親が、小さく首を横に振った。
「ねえもっと食べようよ」という子供の声に、ボニーと母親が一度目を合わせ、今度は縦に首を振る。
結局用意してきた1ダースのゼリーは、全て三人のお腹の中へ。
「フゥ・・・美味しくて僕、飛び上がっちゃいそうだったよ。あいにく脚が悪かったお陰で、天井に頭をぶつけて死ななくて済んだけど」
「お前ガキのくせに洒落た言い回ししやがるなハハハ」
「でも本当に空を飛ぶような爽快な気分でした。そんな魔法がかかっていてもおかしくない食べ物ですね。ありがとうございましたドモンさん、貴重な物を」
「どういたしまして」
ここでようやく母親の優しい笑顔がやっと見られた。
「まあ魔法も使えない俺が作ったものにそんな力はないんだけどさ、食は力なりと言って、美味いものを食えば生きる上で気力になるもんなんだ。ましてや母親の愛情がいっぱい詰まった料理なんて、時には奇跡を生むことだってあるかもしれない。だからたくさん食って元気出すんだぞ?」
「わかったよドモンさん!僕いっぱい食べる!」
「まあこの子ったら・・・ウゥ・・・それじゃ腕に縒りをかけて、美味しい物たくさん作らなくっちゃね!」
動くことが少なくなり、最近はすっかり少食だった息子がこう言ってくれただけで母親は嬉し涙を流し、そんな様子の母親を見て、息子もまた涙を浮かべた。
「あ、そうだ。俺の世界には本当に奇跡が起こせる料理・・・いや、やめておこう。いくらこいつが歩けるようになるかもしれないからと言って、あれだけは流石に・・・」ドモンはう~んと渋い顔。
「な、なんですかそれは!」「教えて下さい!!」
またも同時に立ち上がった女性達。
「なんでもないってば。冗談冗談」
「教えて下さい!条件はなんですか?か、身体ですか?!それならいくらでも私を抱いてください!」とボニー。
「私もなんだってします!あなたの奴隷になったって構わないですし、死ねと言われれば死にます。この子さえ元に戻るのならウゥゥ」僅かな望みに全てをかける母親。
「その気持ちは嬉しいけどさ、そうじゃないんだ。材料を揃えるのが大変だし、あまりに危険なんだよ。タバコ良いかい?子供には煙いから少し離れていてくれ」
「・・・わかったよ」
察しの良い子供で、ドモンが自分には聞かれたくない話をするのだろうと思い、息子は素直に自室に引き上げた。
母親は部屋まで車椅子を押してきた帰りに、ずいぶん長いこと使用していなかった灰皿を持ってきた。
「まず、そんな物があるということを秘密にしないとならないんだ。もしそんなことが知れ渡れば・・・」ふぅと煙を吐くドモン。
「奪い合い・・・ですか?」とボニー。
「うん。で、それは俺らだけで内密に作ってしまえばいい話なんだけど、そうなると材料集めは、誰にも協力してもらえないってことになる」
「集められるものは私がいくらでも集めて見せませます!いくらかかったって、どんなに時間がかかったって!」息巻く母親。
「それが崖の上や海の底でもか?」
「え?!」「うっ!」
それを聞いただけで、本来ギルドに高額な懸賞金を出して冒険者を募集するくらいのものだと理解したふたり。
ただしギルドにお願いするには、使用目的も正直に話さなければならない決まりがある。当然嘘は厳禁。
つまり、本当に自分達が崖の上に登ったり、海の底に潜ったりしなければならないということ。
「必要な物は特殊に加工した豚の干し肉、いくつもの干したキノコ、干したアワビと呼ばれる貝に、同じくホタテと呼ばれる貝の貝柱を干したものに、あと他にもいろいろな魚や貝、人すら食い殺すサメと呼ばれる大きな魚のヒレ、いくつかの貴重な薬草や龍眼と呼ばれる木の実、鳩の卵に鶏肉に・・・あとなんだっけ?ああツバメの巣だ」
「ツバメの巣って・・・本当に人の手が届かないところに作るんじゃ・・・それを取ってこいというの?本当なんですかそれは」
とてもじゃないけれど信じられない。
母親は絶望というよりも、ドモンが自分に無理難題をふっかけて、意地悪を言っているのではないかとまで思い始めた。
「それが本当なんだよ。だからこそ価値があるし、体にも効くんだ」
「死ねと言っているようなものです。そう無茶なことを言って、結局最後はあなたが用意した材料を高額で買えと言うのでしょう。私の夫がそうしていたように」よくある詐欺の手口。
「本当なんだってば。仏跳牆と言って、この匂いを嗅げば、信心深い僧侶も壁を飛び越えてやってくるという幻のスープなんだよ。このスープを飲めばもう何だって治るし、きっと奇跡だって起こる」体に良さそうではあるが、後半はドモンの嘘。
「あなたが飲みたいだけでは?そんな物、一流の冒険者だって集めるのは無茶というもの。誰がそんなものに命を捧げられるというの?」
母親は両手で涙を拭う。
ドモンの話に、少しでも希望の光を見た自分がバカだった。
しかし話を聞いていたボニーの目は本気。
「私が行きます。元々死刑で死ぬべきであったこの命、今こそあの子のために使うべき。今度漁に行くと言ってたわよね?私も連れて行って!」そう言ってボニーは静かにまた立ち上がった。
「ああいいよ。それでこそ本当の意味で罪滅ぼしが出来るってもんだ。帰ったらまずは海に潜る練習するぞ。二分は潜らなきゃならないから、風呂で俺がお前の頭を掴んで、無理やり水中に沈めてやる。しっかり息を止められるようにしろよ?まあそれをやると大抵の女は、風呂の湯を黄色か茶色に染めて、臭い匂いを風呂場に充満させることになるんだけどな」
「ヒッ・・・」ドモンの話に思わず口を両手で塞ぐ母親。
「どんなことでも受け入れます。何でもやってください。いえ、やらせてください。死ぬ覚悟は出来ています。私に明日なんかいらないから、その分を全てあの子に・・・」
「あいつが本当に歩けるようになるかどうかはわからないぞ?変に期待させちゃ可哀想だから、材料集めは息子にも秘密で行う。その際もし本当に死んじまったとしても、あいつには秘密にしろよ?自分のせいで死んだとあっては、一生罪の意識を背中に背負うことになる。今のお前みたいにな」
「はい」
ドア越しにドモンとボニーの話を聞いていた子供は、ドモンらの帰宅後、母親と一緒に号泣した。
1月から続く体調不良はまだ続いているんだけど、なんか見てるものが全部ゆらゆらしながら左回転してて、真っ直ぐ歩くのも困難。ぐるぐるバットを24時間やってるよう(笑)
夜もずっと寝られてなくて、座椅子に座ってうたた寝&徹夜のまま一週間。回復の気配がないのがまいっちゃうな。