第729話
慣れた手つきでロープを何度か扱き、その硬さなどを確かめたサド。
そしてドモンとは違い、まるで壊れ物を扱うかのように、優しくニキータにロープを絡めていった。
「痛くはないか?」
「だ、大丈夫よ」
「ここは少しだけきつくなる」
「これも平気・・・です」
まずは後ろ手に縛られ、徐々に身動きが取れなくなっていくニキータ。
だが肌に食い込んでいるロープはドモンの時のように痛くはなく、むしろ愛を持って抱きしめられているかのように感じていた。
それがとても苦しい。苦しさはドモンの時と段違い。
「苦しい・・・悔しい・・・」ニキータはポロポロと泣き始めた。
「どこが苦しいのかな?」
「ヒック・・・あなたを・・・あなたを抱きしめられないの。こんなに抱きしめたいのにウゥゥ」後ろ手に縛られた両手は動かない。
「それはまだまだお預けだ」
今なら分かる。もう理解できた。
ドモンには感じられなかった愛がサドにはある。
そして抱きしめる行為も、ある意味拘束であるということ。
サドにとってはこれが・・・縛り上げることが、抱きしめる行為と同じだったのだ。
ニキータは縛り上げられながら、自身がひとつの芸術作品となっていることにも気がついた。
まるで彫刻のように、美しく、神秘的に。
それが誇らしい気持ちもあるが、涙と共に垂れ始めた鼻水とヨダレすら隠すことが出来ない自分に、恥ずかしさと悲しさと情けなさで感情が揺さぶられ、余計に涙が溢れ出た。しかし誰が見てもその顔はとても幸せそうな顔に思える。
恥ずかしい姿を、自分のすべてを、優しく縛ってくれた愛すべきサドに見せることが出来たからだ。
「情けない顔だ。私に恥をかかせるのかね?」
「粗相をしてごめんなさい。あぁ」
自分の恥は主の恥。つまりはニキータはサドのものだと、サド自身が認めたことになる。
それに気がついたニキータは、恍惚とした表情で謝罪した。
すでに意識を取り戻していたサンもその姿をうっとりしながら見つめたあと、少し拗ねたような様子でドモンの顔も見た。
「粗相をした悪い子にはお仕置きが必要だな」
「あぁ許して、フゥお願い」
ここでドモンは皆に目配せをして、ふたりを残し全員で退室。
別室にて食事をしながら待機していると、一時間ほどしてからサドとニキータが現れた。
ふたりとも憑き物が落ちたような、スッキリとした顔をしている。
「はいよーお待ちどうさん!おろしポン酢の和風ローストポークだよ。見た目よりかなりサッパリした味わいに仕上げたから、腹が膨れていても食べられると思うぞ」
「失礼致します。私がソースをおかけいたします」
その後からドモンとサンがやってきた。
あれから多少気まずい思いをしたこのふたりは、ずっと厨房と部屋を行ったり来たり。
この時もすぐに厨房へ戻ろうとした。が、サドに止められた。
「ドモンとやら、いやドモン殿待ってくれ」
「はい何か?」
「これは全てそなたが仕組んだことなのであろう。その・・・礼を言いたいのだ」
「・・・礼ならそこのサンに言ってくれ。こういう場を作って仲直りさせてしまおうとは考えてたけど、この筋書きを考えたのは全部サンなんだ」
ドモンは合コンで美味しい物でも食べさせて、楽しい思いでもさせればなんとかなるだろうとしか考えてなかった。
ナナ達にサービスをさせて貴族達に取り入りつつ、あとは負けん気の強いニキータが勝手にどうにかするだろうと。
その話をナナ達に聞かせたところ、女心はそんな単純なものじゃないと即却下。
そこでサンがシナリオを考えたのだ。以前から思い描いていた妄想での筋書きにニキータを加えて。
ドモンが自分自身で考えたシナリオならもう少し上手く演技できたであろうが、セリフも全てサンが考えたものだったので、覚えるだけで精一杯。
加えてサンの想定外の暴走もあり、ドモンも暴走したのだった。
それが今とにかく恥ずかしいので、全てサンのせいにしたいドモンであった。
「ではサン、礼を言う。この度の気遣い感謝する。さあニキータからも」
「あの・・・ありがとうサン」
「いえ私は!元はといえば御主人様が願っていたことですので。私はそのお手伝いをさせていただいただけです。御主人様の願いが叶って良かったです。はい!」
サドとニキータよりもペコペコと頭を下げたサン。
ふたりは一瞬面食らったような顔をしたあと、お互い顔を見合わせ吹き出した。
「あなた達、良い関係なのね。ドモンさんの妻であり、メイドでもあり・・・一見成り立つはずがないのに。普通は怒るものなのよ?『私はあなたのメイドじゃない!』って。ウフフ」そう言ってニキータがサンの頭をそっと撫でた。
「まあ人それぞれ愛の形があるってもんさ。他人から見ておかしいことでも、本人達にとっては当たり前だったり。俺とサンはこれで成り立ってる。他の夫婦のことはわからん」「はい!」ドモンの言葉にサンがニッコリ良い返事。
「・・・・」「・・・・」
「でもその当人同士でさえ、お互いに性格や性癖が合わないことなんて多々あるし、夫婦間ですら喧嘩になることもあるくらいなんだから、それは仕方のないことなんだ。そんなことに腹を立てても、それこそ仕方ないだろ。お互いにまず歩み合う努力をして、それでも合わないなら、自分に合う人を探せば良い。こういった男女の飲み会はそのためにあるんだからさ」
「確かにそうであるな」「本当にそうね」
ニキータもようやくドモンが言いたかったことを理解した。
それと同時に、相手の考えや嗜好が自分に合わなかっただけで、それを世の中に暴露してサドに恥をかかせてしまった自分を恥じた。
「サド様、呼び名は御主人様で宜しいですか?」優しい笑顔のニキータ。
「主と呼ばれる方が好みであるな」
「では主様と。ドモンさん、私の主からお話があるそうですよ」
「まあ悪い話じゃないなら聞いてもいいかな」
周りに出来た他のカップルを見ながら、ドモンは偉そうにソファーの真ん中へと腰掛けた。
アップするの忘れてた・・・w