第728話
「私やっぱり邪魔しようかな」ぼそっと呟いたナナ。
「ワタクシ達も同じ目に合わせていただけるようですし、それもありますわね」シンシアもニッコリ。
「駄目ですぅ!それでは予定が狂ってしまいますから・・・それに今はサンだけ、サンだけにご褒美、ではなくお仕置きをしていただくお約束です。御主人様、今こそあの時の一本鞭をサンに!そのために作っていただいたのですから」サンは今まで見たことがないくらいの恍惚とした表情。
「あ、あぁ・・・いやでもあれは・・・」
「本気でお願い!でなければ、サンは舌を噛み切って死にます!」
ドモンがシンシアの国の憲兵に喰らった皮で出来た一本鞭を、サンは道具屋に作ってもらっていた。
自分のせいでドモンが叩かれたあの痛みを、サンはどうしても自ら受けたかったのだ。
痛いのは覚悟の上。
でもこんな機会でなければ、絶対にドモンはやってくれない。
その為ならどんな恥ずかしいことでも出来る。
初めは演技だったサンも今だけは本気。
ドモンはその気迫に押され、ニキータを縛るのもそこそこに、カバンから2メートルはありそうな牛革の一本鞭を取り出した。
「や、やめろドモンよ!そんな物を振り下ろせば、数カ月は痕が消えぬ、いや下手をすれば生涯消えぬ痣が残るぞ!」とサド。
「承知の上です!部外者は口出ししないで!」涙と鼻水を垂らしながら、尻を突き上げた四つん這いのままサンは睨み返した。
「サ、サン・・・」
「手加減はもう嫌!サンは本当の意味で御主人様にお仕えしたいの!」
「くっ・・・」
これはドモンも想定外。
そもそもこの鞭も、ニキータを脅すためだとサンに聞かされていたからだ。
「じゃあ行くぞ!一度だけだからな?!」
「はいっ!」
「・・・そらぁ!!」
「ぎぃゃあああああああああ!・・・あああぁぁぁ・・・これでやっと・・・」
ビシッでもバシンでもパーンでもない。
本物の皮の一本鞭は『ズドンッ!!』である。
叩かれた皮膚への痛みよりも、骨や内臓がズラされるような感覚。背中を叩かれたのに響くのはお腹の方。
骨折してもヘラヘラと笑えるドモンですら、うめき声を上げるほどなのだ。
鞭打ちの刑が未だに行われている国もあるが、その痛みと衝撃は、平和な日本人には想像が出来ないほどであり、全く生ぬるいものではない。
『何ヶ月も牢に入れられるくらいなら、百回の鞭打ちの方がいいだろう』なんて考えは持たない方がいい。
百回焼けた鉄の刻印を押し付けられるよりも、ずっとずっとキツいのだから。
そうしてサンは絨毯を何かで濡らしながら、満足そうに失神した。
「さあ次はお前の番だぞ!今度はサンの時よりも本気の本気だからな!」
「ややややめておおお願いぃぃぃ助け・・助けて苦し・・・」
ニキータを縛り上げたドモン。
強く縛り上げられた手首はうっ血し、首に巻きつけられたロープは強く食い込んで、ニキータは窒息し始めていた。
「イヒヒヒ・・・どうですかサド様、サド様もお好きなんでしょう?」サンへの鞭打ちでドモンも何かが吹っ切れ、ヨダレを垂らす。
「な、なんだと!?貴様と一緒にするな!!」
「同じでしょうよ。弱いメスをこうやって縛りあげ、苦痛に顔を歪ませているのを見ながら、人間の尊厳をすべて奪っていくこの快感!イーッヒッヒッヒ!」サンの予定通り事は運んでいるが、サンに鞭を振り下ろした時からドモンはもう、本気で狂っていた。青く光る目。
「そんな事あるか!私は愛した女性のその心を、自身のもとにとどめておきたいだけだ。ただそのやり方が間違っていたのだと今はもう・・・とにかく離せ!ニキータが死んでしまう!!この悪魔め!!」
ドモンが悪魔なのではないかという噂は入っている。
だがもう我慢が出来なかったサドは、思い切りドモンの顔面を張り倒し、ニキータを救い出した。
ロープを解かれ、命からがら逃げ出したニキータは、サドに抱きつき大声で泣いた。
「じゃああんたが縛ってみなよ。嫌だとは言わせないぞ?もし断るならここにいる女全員この一本鞭で・・・」
「ひっ!」「や、止めなさいドモン」「ワ、ワタクシが皆様の代わりに」
目の焦点が合っていないドモンがバシンと床を鞭で叩くと、女性達は皆怯えた表情に。
これがドモンとサンによって仕組まれたものと知っていても、ドモンの様子とその鞭の威力にナナとシンシアも動揺した。
「いい加減にしてください!やりますから!サド様、どうぞ私を遠慮なく・・・それでいいんでしょ?!他の人には手を出さないで!」とニキータ。
「良いのだな?ニキータよ。ドモンとやら・・・私もその茶番に付き合わさせて貰うぞ」
そう言うと、貴族のサドは自身のネクタイを右手で少し緩めた。