第716話
だがその優しさにつけ込む悪魔のような、いや、悪魔以下の人間はどこにでもいる。
ドモンの祖父が騙されたように、家や土地も奪われ、その上生涯返しきれないほどの借金を背負わされたのだ。
「奪った金品も名を隠して全部孤児院に寄付したよ。まあ元々うちのものだけども・・・あの人だったらきっとそうして欲しいと思ったからグス・・・」
「そんなわけあるか。借金まで背負って他人助けるような男が、そんなの喜ぶわけ無いだろバカ。きっとお前ら子供好きだったんだろ?なら子供を傷つけてまで奪った金で・・・」
「わかってる!わかってるわ!ウワァァァ!!」
取り乱す死刑囚の女。
きっと自身の行動を正当化したくて、何度も自問自答を繰り返しては、自分自身を否定してきたのだろう。
そうしなければ精神が保てないほどに心は病んでいた。
「その子供の母親はどうなんだ?やっぱり恨んでいるのか?」
「・・・恨んでいるでしょうね。あんな人でも夫であるのには変わらないし、何より子供を・・・手紙は出したけど、返ってきたことはないもの」
「まあそりゃそうだろうな。正当防衛でもない限り、何があっても命は奪っちゃいけない。騙した相手も・・・そして自分自身もな」
「それもわかってる・・・だから死にたい・・・いえ、殺してほしいの」
ドモンから見てもあまりに救われない。
相手の奥さんも恐らく事情は汲み取って、ある程度の納得はしているのだろう。子供の活動を認めているのがその証拠だ。
ただその子供が障害を負うほどの怪我をしたとなれば話は別だ。母親とはそういうものなのだ。
「死ぬ覚悟があるなら、それこそその命の全てを懸けて罪を償うしかない。その体売ってでも金稼いで、その金の殆どを渡してようやく謝罪の万分の一が済むかどうかの話だ。人殺しには人権も、人としての尊厳なんてものもない」
「うっ・・・」
「それがどういうことかわかるか?街の広場の人が集まるところで、素っ裸になってクソ漏らして金が貰えるなら、今すぐそれをやれってくらいの話だぞ?犬畜生以下の価値すらお前にはないんだよ、もう」
「イギギギギギ・・・」
辛いし悲しいし悔しい。だがドモンの言うことも理解できる。
死んで詫びるなど自分勝手な押し付けなのだ。
広場で裸になって、首輪を付けられた自分の姿が頭に浮かぶ。
すぐに野次馬が集まり好奇の視線を向けられたが、その群衆の中には子供の頃に仲の良かった友人や、今までお世話になった恩人の姿もあった。
その後はコマ送りのように、凄惨な映像が脳内で再生された。
犬のように座って踏ん張る自分の姿。嘲笑しながらお金を恵む男達。杖で頭を叩いてきた老人。軽蔑の眼差しを送る友人と、涙を流し悲しむ恩人。
「・・・通りかかった娼婦に唾を吐きかけられ、酔った青年達に小便を飲まされて、挙句の果てに自分がひり出したクソを口の・・・」
「う、う、うわぁううぅ・・・ギヒヒグヒ」「ドモン!もうやめたげて!」
精神の崩壊。
あと一歩でもう戻れないところまで来ていたが、ナナが寸前でなんとか止めた。
サンと終身刑の女は失神。ミレイとソフィアは嘔吐。
ナナとシンシアが耐えられたのは、日頃ドモンによって鍛え上げられた強い精神力と、似たようなことをすでに経験していたからだ。
結界の外からもえずく音や、実際に嘔吐している音が聞こえてきて、こちらの会話が筒抜けなのだとドモンは今知った。
もしこの会話で入国の審査をしていたなら、少しやりすぎたと反省せざる得ない。
「その様子なら、一度直接謝罪してみた方が良さそうだな。完全に関係を断ち切りたいって雰囲気でもなさそうだし。ただ許してもらおうだなんて甘っちょろい考えは持つなよ?」
「わかっています・・・」
ドモンの忠告に、死刑囚の女は神妙な面持ち。
「これが謝罪の一回目。それを自分で終わらせる権限なんてない。そしてはっきり言って、殺されても文句は言えない。まあ俺も一緒に行くから、殺させはしないつもりだけども。その覚悟は常にしておけ。それがお前にとって生涯背負い続ける罰だ」
「はい先生・・・あ!間違っちゃった!なんだか弁護士の先生のようでつい・・・」
「案外お茶目なところもあるんだな。この上向きの先っぽに似て」目の前で主張し続けていた突起を、指でピンと弾いたドモン。
「あんっ先生よして!もうっ・・・困った人」
赤い顔で怒っているふりをしつつ、嬉し恥ずかしの表情を見せながら、上目遣いでドモンの顔を見つめる死刑囚の女。
こっちこそ貴族が行っているという合コンに連れていけば、一撃で重要なポストに就けるどころか、そのまま貴族入りになってもおかしくはない。
その後もその胸の突起を隠しもせず、反対側も良ければどうぞと言わんばかりの態度に、ドモンもついうっかり手が伸びかけたが、当然ナナから許されるはずもなく、あっという間に石畳の上に転がされた。
それを見てクスクスと笑った死刑囚の女の名はボニーという。小柄でブロンドヘアーの美女。
「ってなわけでドワーフ王国の中に用事が出来てしまった。おい聞こえてるんだろ?見ての通り俺に危険はない。巨尻女のホカホカの股の間でうっかりナニかを元気にさせちまう程度の男だ。だから入れて欲しいんだ」
「だ、駄目よこんなところで!こんなに人がいるのよ??どうしてもって言うなら私は別に構わないけど・・・」「駄目ですぅ!」
何かを盛大に勘違いしたナナ。
サンが大慌てでドモンの大事な部分を握りしめ、「今は治まってください御主人様」と優しく撫で始めた。もちろん大変に逆効果である。
「早く開門なさった方が宜しいですわよ。そうでなければ、独身の方は一週間は眠れぬ夜を過ごすことになりましてよ?」
シンシアが門の方に向かってそう言うと、すぐに扉は開かれた。
病み上がりで体力回復のために湯治に連れて行ってもらったというのに、結局別の風邪を引いたらしい・・・
一日中気管に唾が入ったような感覚。
何のための温泉だったんだ・・・(笑)




