第704話
「ケダモノ!!私の可愛いサンを!!許すまじ!!」
「ダメだシンシアさん!待つんだ!」
すぐに後ろからシンシアを羽交い締めにしたアーサー。
ソフィアがその手から剣を奪ったが、今度はソフィアが同じような気持ちになり、慌ててアーサーの剣を床に放り投げた。
目の前にいるのはドモンだが、全ての女性の敵であり、人類の敵であることは明白。
「ヤメてシンシア!私達も覚悟してたでしょ!約束したじゃない!」と叫ぶナナ。
「ワタクシだけならいざ知らず、サンを!サンの子だけは守らねば!!」
シンシアも、自分自身に対してのものなら覚悟は出来ていた。
だがシンシアにとっての大事な妹であり、娘であり、親友でもあるサンを傷つける行為は、たとえドモンが相手でも許せることではなかった。
「おやめくださいシンシア様!」ドモンの前に立ち、両手を広げてシンシアを止めるサン。
「サン!あなたはお腹の子が餌にされても良いというのですか?!」
「そんな事はありません。ですが、御主人様がそうしたくてしているわけではないのです!」
「それは・・・」
サンが妊娠していると知った時のドモンの顔や態度を思い出すシンシア。
それによりほんの少しだけだが、怒りは抑えられた。
が、今度はアーサーらの勇者パーティーが、新たな魔王となるドモンの討伐をしようとしてしまった。
自身が止めたはずなのに、なぜかはわからないがそうしなければならないという義務感。そして正義感。
そして剣を手にしたアーサーを今度はミレイが慌てて止めた。
「ドモン様のお父様がおっしゃられておりました。ドモン様が魔王の座に就く時、サキュバスである血から解放され、真の魔王となり我々の道標になると。ただその時世界の人々は目は覚め、ドモン様の敵になるだろうとのこと」と閻魔大王。
「それはどういう・・・」自身がサキュバスの血を引いていることを知らないドモンは大困惑。
「つまり今までサキュバスの能力でドモン様が魅了してきた人々が正気に戻り、ドモン様の敵となるということかと思われます。お連れの方々の感情が揺さぶられたのもその影響でしょう」
「え・・・?」
ドモンがこの魔王の玉座に座った瞬間から、ドモンと関わった人々の目が覚めた。
口八丁手八丁で言いくるめられ、無理やり納得させられた者達。その中の貴族や王族、それに使える騎士達。
サキュバスの能力で魅了され、ドモンと関係を持った女性達。
ドモンから恩恵を享受した者達は、いくらかマシといったくらいか?
今まで安売りの買い得だと思っていた物が、実は定価の十倍だったと知った時くらいの感情。
それなら騙された自分が悪いと諦めもつく。
だが騙されて体の関係を持った女性達は気も狂わんばかり。
抱かれたのではなく、騙され、犯されたのだ。
新たに宿った小さな命すらも奪われていたと知れば、刺し違えてでもドモンを殺したいと考えてもおかしくはない。
ナナやサンやシンシア、そしてミレイも同じ気持ちだが、あくまで身内であり、享受した恩恵の方が大きかったのでこの程度で済んだ。
奇しくもあの時、ドモン討伐隊をいち早く組んだカールの義父の判断は間違いではなかったのだった。
「必ずやあの者を討伐し、その首を我が国王の前に持ってくるのだ!陛下を誑かし騙した罪は万死に値する!」「おー!」「おー!」
「待ってください!待ってください皆さん!僕はそんな事望んでなんかいません!たとえドモンさんがそうであったとしても、僕は別になんとも思っていないのです!」
ドモン討伐隊をトッポは必死に止めた。騙されていたとしても、ドモンはトッポにとってかけがえのない友人であり兄だからだ。
「あぁ陛下、お可哀想に。これほどまで悪魔の洗脳が進んでいたとは。我々が必ず目を覚まさせてみせますぞ」
「だから違うというのです!」
「待て待て!誰の断りを得て討伐隊など組んだのだ!」
カールの義父も飛び込んできた。自分自身にも色々思うところはある。
しかしあの時食べたおでんや大根おろし、なぜか母の顔が浮かんだ大福の美味しさ、そして何度も叱った『バカ息子』の顔が頭に浮かび、必死になって止めた。流れる涙を隠そうともせずに。
「兄さんは動かないのか?」とグラティア。
「今更何を動くというのだ。彼奴が『悪』なのは初めから知ってるだろう。奴が悪ならば、この私も同罪だ」
冷静を装うカールは、カリカリと手紙を書き続ける。
それはもちろん、ドモンを救うための嘆願書だ。
「父上!!」
「なんだ?ノックもせずに」
カールの息子もやってきた。他の子供らと一緒に。
「もし動くとするなら、僕、いや俺は絶対に許さない!」
「・・・・フッ。一人前の口を聞くようになったな、お前も」
「どうなんだ!」
「聞くまでもないであろう。私の唯一の友を殺すというならば、私が・・・いや、私とグラティアが先頭になって討伐隊と戦うことになるであろう。この命を賭してもだ」息子と視線も合わせず、淡々と手紙を書き続けるカール。
「わかってるじゃないか兄さん。ま、先頭は譲るつもりはないけどな。クックック・・・」
グラティアは笑いながら部屋を去る。その後を追う子供達。
部屋にひとり残ったカールは、まだ手紙を書き続けていた。