第694話
「この小さな器にドモン様の作った料理が入ってるんだべか?」「なして皿じゃないんだべな?」
「いいのいいの!これはそういうもんなんだから!あんた達、文句言ったら踏んづけるわよ!」
「あやや、すまねすなハハハ」「奥様には敵わねぇだよ」「・・・おで文句言ってみるべか・・・フゥ」「踏んづけるのは顔だべか?股だべか?両方ならもう死んでも・・・」
「馬鹿こくでねぇの!あら?あんた達のせいで、私まで変な話し方になっちゃったじゃない!」
座っているトロールのひとりの頭をスパーンと叩いたナナ。
それを羨ましそうに見つめる他のトロール達に、呆れる勇者パーティーの面々。
「でも本当にどうして大皿とかではないんだい?こんな小分けにしなくても良さそうだけれども」とアーサー。
「うんまあナナが前から作ってほしいって言ってたのもあるんだけど、こいつら外に出たこともないって言ってただろ?」
「それが何か関係あるの?」ナナも不思議顔。
「ナナはもう知ってると思うけど、これは旅や遠足に持っていって出先で食べるものなんだ。いつかその時が来たら、同じようなの作って持っていって欲しいなって思ってさ。ま、いつかとは言ったけど、俺がここを出る時こいつら連れて行くつもりだけどね」
「ホ、ホントだか?!」「なんだってぇ?!」「ドモン様!!」
ドモンの言葉に、思わずガタッと音を立てて立ち上がったトロール達。
信じられないけれど、でも信じたい。生まれた時から終身刑のような生活にピリオドが打たれる。突然の出所決定に興奮と震えが止まらない。
「でも・・・怖れられないかな?トロールのみんなには失礼だけど。魔王と勘違いしていた勇者だっていたって話だったよね?俺達も逃げ出そうとしていたくらいだし・・・」アーサーの懸念にトロール達も頷いた。
「そうでもないんじゃない?意外と人気者になる気もするよ。こんな強そうなプロレスラーや力士がいたら、きっともっと盛り上がるんじゃないか?なぁミレイ」
「あ!ああそれだドモン様!絶対盛り上がるさ!なんなら魔王にも来てほしいくらいだよ!良い相手が出来てライデンも喜ぶだろうなぁ!」
今度はミレイが立ち上がった。
ミレイには大観衆が大歓声を上げている未来しか見えない。
「トロールには女もいるんだよな?やっぱり強いのかい?」女子競技にもミレイは真剣。
「ああもちろん。ただ腕っぷしは強いけんど、女はみんなオッパイさおっきいから戦うには向かねぇだよ」「ドモン様の奥様ほどではないけんども」「うちのは娘産んだ時、奥様以上に膨らんだど」「おでの娘も14で乳が邪魔だと嘆いとった」
「ふむ・・・詳しく話を聞こうかイッデ!!きっと人気になるよ。巨乳は正義イチチ・・・」
いつものようにナナに殴られ、珍しくサンにも腕をつねられたドモン。サンも今は少しだけ膨らんだと自覚している。
ミレイは出入り口のそばに簡単な土俵を足で書いて、トロール達と相撲大会。
ものすごい体格差なのに、トロール達はコロンコロンと転がされた。ミレイは相撲の練習もしていたからだ。
そうして相撲をしながらプロレスについての説明もした。
「体が大きけりゃ勝てるってわけじゃないんだべな」「いやぁまいったまいった!」
「小さくても工夫と努力次第では勝てるってのが面白いんだよ相撲ってのは。で、プロレスではミレイみたいに憎まれ役を買ってでて、観客を喜ばせるってのも有りだけどな。憎まれれば憎まれるほど稼げるぞ」
「わざと負けるのには慣れてるだよハハハ」「命があるだけマシだぁ」
ドモンの言葉に夢は広がる。世界が広がる。
なんでもいい。なんだっていい。
今にも駆け出したい気持ちが抑えられない。この弁当を持って。
「まあ今はとにかく座って飯にしよう。落ち着けよ」
「そうよ。みんなでこのお弁当を食べるわよ」
「んだなや」「いやぁすまんこって」「でも興奮もしちまうべなドモン様」「噂通りのお人さ。いんや神様かね」
「フフフ」「んふふ」
ドモンもナナも、素朴なトロール達のこの後の反応は分かっている。
きっと驚き喜んでくれるだろうと。
皆大きな輪になって座り直し、パカリと弁当箱の蓋を開けた。
その瞬間、ミレイとソフィア以外は絶句した。
「まあなんて可愛いのでしょう!これが食事だなんて!私の知識の中にもこんなものはないわ!」大混乱のソフィア。
「うおっ!こりゃ食えねぇよドモン様!油断したら母乳が出ちまいそうだ!」大事そうに両手で弁当箱を抱え、ミレイは顔を近づけた。
少しの間かたまった後、トロール達も声を上げた始めた。
「お、おでのは横向いて寝てるだ・・・」
「見ろ!こいつ右手さ上げて寝ちまってぇ」
「あぁドモン様奥様たつぁ・・・ほんにどうして恩返しばすたらええのかもう~」
「これ持って外の世界へかぁ。もうドモン様に命さ捧ぐしかねぇべよな」
感激するトロール達に作ったナナ達もほっこり。
「まあいいから食えよ」とドモンに促され、各々が恐る恐るスプーンで食べ始めると、弁当の中身は瞬く間に消えることになった。
この弁当の美味さはとてつもなく、昔話で聞いた最後の晩餐なんか正直いらないと思えたほど。
だからもう死ぬ必要はないし死にたくない。生きてまた食べたいとトロール達は思えた。
そしてそれを与えてくれたドモンを、矛盾はしているが、命がけで守ろうとトロール達は心に決めた。




