第691話
トロール達から聞いた話だと、生まれてこれまで一度も外を見たことがないどころか、ドモン達を迎えた場所まで上がってきたのも初めてだと。自分達だけじゃなく親の、その親からもずっと。
トロールが最後に人に出会ったのは、もう百年以上も前のこと。
それ以前から長い間、その容姿を怖れられ、忌み嫌われた存在であった。
二千年以上前には地上の森の中で、森の守り神として静かに平和に暮らしていたが、たまたま当時の勇者と呼ばれるパーティーと出会い討伐された。
反撃するのは簡単だったが、優しいトロールは応戦することはなく、仲間達を逃がすために自ら死を選んだ。
そこでトロールを討伐した勇者達が、世間にこう誇張し吹聴したのだ。
「俺達は魔王を討伐した」と。
それから人間達の中で『森の守り神トロール』という存在は消え、トロール自体が魔王として扱われるようになった。
そして今度はそれを利用しようとする人間も現れる。
何十年か百数十年かごとに、戦争が起きたり、政治への不満により内乱が起きたりなど、国に大きな問題が起こった時に『魔王が現れた』と目をそらす為の対象として利用されたのだ。
「学校とかで起こるイジメと一緒だな。人がある程度集団になるとどうしても問題が起きたり、派閥みたいなのが出来るんだ。で、問題を有耶無耶にしようとしたり、派閥同士が争わないようにとか仲間意識を高めるために、誰かひとりをイジメ始めたりするんだ。トロールはそのイジメの対象になったようなもんだ」
「・・・・」「・・・・」「・・・本当に酷いです・・・グス」
温泉の縁に座って火照った体を冷ましつつ、タバコを咥えたドモン。
サンがスンスンと泣きながら、ライターで火をつけた。
そんなトロール達を気の毒に思った本物の魔王が、トロール達を集め洞窟に匿ったのがこの生活の始まり。
トロールも魔王に恩を感じ、今度はこの洞窟の守り神になった。
そうして何十年か百数十年かごとにやってくる『魔王討伐隊』の魔王役として君臨し、生贄となって身を捧げることにしたのだ。
そうすればまた暫くの間平和が訪れる。
そうしなければ、何度も人間達がやってくる。
「ああ、最期にみんなで美味しいもの食べられて良かったべな」
「なしておっとうが死なねばなんねのさ!」「そんな人間達、おっとうなら殺せるべ!ウッウッウ・・・」
「おめ達もいつか分がる。それにきっといつか分がってくれる。それさ願っておとうは逝くんだ」
「あんたぁ・・・いやぁ」「おっとう!」「うわぁぁん」
討伐される前日に、魔王から立派な食事がその家族に振る舞われたそうだ。
「それもじっちゃのじっちゃが小さい頃、そのまたじっちゃから聞いた話だでな」「おでのおとうもおかあも元気だべ。昔話のようなもんすなハハハ」とトロール達は笑っていたが、どこか寂しそうな目をしていた。
討伐がある度、魔王はトロール達の棲家を地下へ地下へと移動。
そして最後はもう二度と犠牲にしないと、魔王自らが相手になることを決めたのだった。
人間達の争いも、自身への悪評も、この世界が不安定になろうとも、もう知ったことではない。
だがそれが結果的にトロール達を地下へ閉じ込めることになってしまい、また苦しめることになってしまった。
地下深くで生まれ、地下深くで死ぬ。ただそれだけの一生。
人間にイジメられるために生まれ、殺されるまで生きるだけの一生よりもマシというだけ。
そんなトロール達が魔王の命令で地上付近までやってきた。
となれば、何かしらの期待を自分に寄せているのだろうと、ドモンはタバコの煙を吐きながら考えていた。
「で、お料理は何作るの?やっぱりあんな大きな体だから、分厚いお肉をジュージュー焼いちゃう?それとも唐揚げとかトンカツとかニヒヒ」全裸のまま、右手の甲でヨダレを拭うポーズをしたナナ。
「ナナはまたお肉ばかり。あなたそんなことでは、いつか体よりも胸の方が大きくなりましてよ?」目を瞑りながらヤレヤレのポーズをしたシンシアもまだ裸。
「野菜や卵や果物なんかもあるみたいだからな。まあいろいろ考えてみるよ。それにしてもいい湯だったなぁ。肩こりと腰の痛みが随分楽になったよ」
また頭から湯気を出しながら、ドモンも風呂から上がった。
今までの情報からして、ここは地獄のようなものだと想像していたが、地獄どころか天国気分で気も抜けて、裸でいることへの抵抗もすっかり薄れてしまった。
天国は極楽浄土とも言うが、地獄に落ちると書いても獄落と読むとはこれ如何に?なんてことをドモンは湯の中で考えていたが、みんなに意味が通じないだろうと思い言うのをやめた。
「あっあっあっ!皆様一度に上がられては!御主人様、今お体をお拭きしますから少々お待ちを!奥様まず下着を・・・シンシア様!そのまま出て行ってはダメですぅ!お待ち下さい!あぁ奥様、お尻の間を拭き取り忘れてしまいました!私はなんてことを。すぐに替えを」
慌ててナナの替えの下着を取りに脱衣所を飛び出したサンもまた裸だった。




