第685話
「何やら大変な様子ですな。美しいお嬢さん」
「だから私はお嬢さんなんかじゃないってのに・・・言っとくけど名前は教えられないからね。みんなと同じくお嬢とでも呼んどいてよ。どうせ今だけだし」
「ハッハッハ、それは仕方ありませんな。ではお嬢、このワインを一緒に飲みませんかな?いつか家内と飲もうとずーっと取っておいたのだけれども、残念ながら5年ほど前に亡くなってしまって、飲む機会がないままだったのだよ」
「いいの?そんなのいただいちゃって。お返しなんて出来ないわよ?」
「ああもちろんそのつもりはない」
ニッコリ微笑んだ年配の使用人。
お酒は好きだけど知識はないケーコでもひと目見てわかるほどの高級ワインを、自宅では絶対に使うことはない高級そうなワイングラスに注いでもらい、窓際のテーブルに置いて向かい合って座った。
ツマミは、ネズミとネコが喧嘩しているアニメに出てくるようなチーズ。
「なんかこんな格好で飲むようなもんじゃなさそう・・・」最近天気が悪いので、合羽代わりに安物のパーカーを着て買い物をしていたケーコ。
「着替えるなら隣の部屋にいくつかのドレスの用意がある故、好きなものを選んで着てくだされ。選んだ物はそのまま差し上げよう」
「服もくれるの?!太っ腹ね!じゃあお礼にその鼻詰まり声を治してあげるわよ。ほら、少し顔を上に向けて」
「あ、ああ・・・何をするんだね?」
ケーコは向かいに座る男性の顎をクイッと持ち上げ、顔を近づけた。
この世界にはいないエキゾチックで美しいケーコの顔がいきなり近づき、男性の心臓の鼓動が戦いのドラムのようにドンドンと音を鳴らす。
「1、2、3で思いっきり鼻から吸い込んで」鼻水止めスプレーを男性の鼻の穴へ。
「何をする・・・」
「いち、にぃ~の、さんっ!はい吸って!」シュッとスプレーを右の鼻の穴に一吹き。
「ぐおっ!いっ!!」
「はい、反対も」
「ぬおっ!」
当然だが生まれて初めて鼻水止めスプレーを吹き付けられ、キュゥとなった鼻の奥を抑えながら涙目になった男性。
それを見たケーコがケラケラと笑って、グラスのワインを飲み干しタバコに火をつけた。
「くぅ~・・・なんてことを・・・やはりこのまま軟禁を・・・む?これは一体どうしたことだ??」
「早速効いてきた?鼻の通りが良くなったでしょ?」
「し、信じられん!だが確かに鼻の詰まりが綺麗サッパリ無くなっておる!」
「これで格好つけて演説も出来るわね。あなた王様なんでしょ?」
「なぜそれを?!いつから気づいておったのだ」
「今」
ケーコには知識はないが、女の勘がある。
そうなんだろうなと当たりをつけて、最後の最後でカマをかけるやり方は、もちろんドモン仕込。
ケーコの考えた通りこの年配の男性は、ドワーフ王国国王であった。
初めに出会った二人組のドワーフ達が、喜び勇んで大臣達にケーコの紹介をしたものの、大臣のひとりがケーコの存在を怪しんで軟禁を指示。
他の者達も同調し、まずは素性を探るよう命令を出した。いざとなれば軟禁から監禁へ・・・。
ケーコ本人はそうとも知らず、呑気に食事とお酒を堪能。
そうこうしている内に、ケーコがのど飴を配り大騒ぎ。
ただの旅人やスパイなどではなく、突然現れたこと、そしてその美しさから『神からの使者』もしくは神そのものなのではないか?と言われ始めていたのだ。
体の具合の悪さもあり、はじめは興味を示していなかった国王だが、その相手が美しい女性だと言うので興味が湧き、謁見の場を設けるか否か?の会議を行っている大臣達を横目に抜け出し、お忍びでケーコに会いに来たのであった。
そんな美女ならば謁見などではなく、一度くらいは抱いてみたいというスケベ心。だから大事なワインも持ってきたし、素性も隠した。
そうして実際に会ったケーコは、若い舞台女優のような顔だというのに中身は亡くなった妻のような心の余裕があり、まるで年齢が想像できず。
どこか抜けた可愛い部分も持ちつつも、男の前でも堂々と酒とタバコを嗜む豪放磊落な性格も併せ持つ、なんとも不思議な女性だった。
ドワーフ国王は一瞬で恋に落ちた。それと同時に、やましい気持ちを持って近づいた自分の行動を恥じた。
「一体何者なのだ、そなたは・・・。まさか本当に女神であるのか?」
「さあ。じゃあ約束通り着替えの服、貰っていくからね?王様が相手となれば、もう遠慮なんかしないから」
「それはもう好きにしてよい。私もそなたが着飾った姿を楽しみにしておるからな」下心が少し残っていたドワーフ王。
「別にあなたのために着替えるわけじゃないから勘違いしないでよね。襲われないように鎧にでも着替えてこようかな」
「ワッハッハ!これは手厳しい」
そそくさとケーコは隣の部屋へ。
たくさんの綺麗な服やドレスの中から一着を選び、ドワーフ王の待つ部屋へと戻った。
ピンクのドレスを着たケーコの姿に、ドワーフ王も思わず息を呑む。
「やはり美しい・・・一体そなたは何者なのだ?どこからやってきたのだ?」
「褒めたって何も出ないよ?私は違う世界からやってきたの」
この世界では珍しい日本人女性の顔。
それはドワーフ王にとって魅力的であり、興味がそそられるものであった。
「違う世界・・・となればやはり神の・・・」
「ふぁぁ~飲みすぎちゃった。ちょっと横になるわ。変なことしないでよ・・・」
大きなベッドでほんの少し酔いを覚まそうと思ったケーコだったが、突然の環境の変化に心労がたまっていたのか、あっという間に眠ってしまった。
その寝顔を見ながらもう一杯ワインを楽しんでいるドワーフ王のもとへ、大臣達や兵士、使用人らが慌てた様子で飛び込んできた。
「陛下!やはりこちらにおられましたか!」「何をしておるのです!探しましたぞ!」「また陛下は勝手な真似を・・・自身の身に何かあったら・・・」
「シッ・・・たった今女神様がお休みになられたところだ。静かにするのだ」口の前に人差し指を立てたドワーフ王。
ベッドの上のケーコの姿に、他の皆も息を呑む。
そして突拍子もないはずのドワーフ王の言葉に、思わず納得してしまった。
「これよりこちらの方を国賓扱いとする。異論は認めん」
深く頷く大臣達。
そんな事になっているとは全く思わず、ケーコはすやすやと寝息を立て、朝まで眠り続けた。
画像は30過ぎか40前かのケーコ本人。
見た目は今もほぼ変わらないからよくわからない。