第684話
ドワーフ王国は、ドモン達が住むアンゴルモア王国から、千キロ以上も離れた独立国家である。
その国家体制もかなり独特で、輸出入以外ではほぼ他の種族とは交流を持たない。
出張で他国に行くこともあるが、その殆どがこの国で生まれ、この国で育ち、そしてこの国で働き、この国で死んでいく。
そうしなければならない決まりがあるわけではないけども、皆が皆そういうものだと考えている。
異世界人なんてものも知らなければ、特に興味もない。当然ドモンのことなどもドワーフ達は全く知らない。
知っているのは、仲間でもありライバルでもあるホビットが、新型馬車を作っているという話くらいである。
最近ぼちぼちとその新型馬車がここにも届き始めたところであった。
「待たせたなお嬢、さあ乗っておくれ。城まではこの新型馬車なら一時間もかかりはしないから」
「すぐに帰してくれるんでしょうね?変なことしたらおっきな声出すよ」
「絶対にそんな事はしないと信じてくれ」「神に誓って約束するよ」
「じゃあいいわ。あんなところに立っていても仕方ないし。王様の鼻詰まりを治せってんでしょ?」
「あぁまあ・・・直接は会えはしないだろうけどそんなとこだ」
買ってきた缶酎ハイが温くなる前に、一緒に乗ったドワーフのひとりに渡したケーコ。
「な、なんだいこりゃ?飲み物か?」
「・・・やっぱり開け方を知らないんだ」
ケーコの方は、これでここが異世界なのだと確信。そして代わりに開けてあげた。
「うわっ!なんだいこりゃ?!うめぇ!!」今まで味わったこともない酒の味に、思わず叫ばずにはいられない。大声に馬が少し驚き、前脚を跳ね上げた。
「美味しいでしょう?それが異世界のお酒の味よ。ねぇあなた達、ドモンって知ってるでしょう?」
「異世界?ってなんだ??ドモンって奴も知らねぇなぁ・・・」「俺も聞いたことがねぇ」
「あ、あれ?おかしいな・・・」
ドモンがいればなんとかなると思っていたケーコはあてが外れ、また少し不安な気持ちに。
知っているとなれば自分の名前も明かして、ドモンに引きあわせてもらおうと考えていたが、万が一騙されていることも想定し、それはやめておいた。
普段からドモンに詐欺の手口と対策法を散々聞かされ、それを実践していたからだ。
ドモンが異世界へ旅立つ少し前も、身に覚えのない電話番号から電話が着て相談したところ「+1844から始まる電話番号はアメリカからの国際電話だ。絶対に出なくていいし、出ても絶対に名乗るな」と教えられ、なんとか事なきを得た。
実際は電話に出てしまった挙げ句、少し話し込んでしまったあとだったが、名前だけは名乗らなかったため平気だったというのが事の真相。
ちなみに「お知り合いの方がお待ちですよ」というのも簡単に信じるなとドモンに言われており、「名乗るな、行くな、味方を名乗り出す者は怪しめ」と徹底的に叩き込まれていた。
「さあ着いたよ、お嬢。あれがドワーフ王国の王城だ」
「何それ?駄洒落?」
「ハハハ。あの城の中までは入れないけど、良い部屋は用意してもらったぜ」「中に居る者に必要なものがあれば何でも頼むといい。大切な客人を持て成すようにも伝えてあるからさ」
「大丈夫なの?それって本当に・・・」
ドモン本人はあちこちで御馳走になっているのに、ケーコには「タダより高いものはない」とも教えていた。
昔は奢られることも多かったケーコだが、ドモンと付き合ってからはケーコがお金を出すのが当たり前で、今では奢られるどころか無料サービスも何か裏があるのではと勘ぐり落ち着かない。
「何なりとお申し付けください。ええと・・・」
「お嬢と呼んであげてくれ」
「かしこまりました。お嬢様でございますね」
「お嬢様ではなく、お嬢だけでいいそうだ」
「はぁ・・・」
このやり取りで、先程まで一緒にいたドワーフ達が、少しだけ偉い立場なんだと知ったケーコ。
熱を出したというそのドワーフの子供に飲ませるための解熱剤とスポーツドリンクを手渡し、このドワーフ達とは一旦ここでお別れ。
大きなベッドに要望通りの分厚いステーキ、立派なワインと葉巻や灰皿もすぐに用意された。
名も名乗らないというのに本当に至れり尽くせりで、使用人達になんだか申し訳ない気持ちになったケーコは、買ってきたのど飴をみんなに分け与えた。
「食べて食べて。そうじゃないと私もなんだか悪いし。舐めるとノドに良い飴なのよ。風邪、流行ってるんでしょ?」
「え、えぇ・・・」「で、では遠慮なく」「頂戴致します」
上の者に大目玉を食らわないように、慌てて口の中に放り込んだ使用人達。
その瞬間、全員の顔つきがいっぺんに変化した。
飴なんてものはまだ存在せず、フルーツ味なんてものもわからない。
少し荒れていたノドがスッキリし、鼻の通りも良くなった。それより何より美味しすぎた。
「こ、これは大変な物を旅の方から頂戴してしまった・・・」「すぐに報告を!!」
「ええとあの~」騒ぎ出した使用人達にお酒のおかわりを頼もうとしたケーコ。
「しょ、少々お待ち下さい!」「不躾なのは重々承知でお願いしますが、先ほど頂戴した物をあといくつか戴けませんでしょうか?」
「別にいいよ、こんなのでいいのなら。袋ごと持っていったら?」
「えぇ?!あ、ありがとうございます!」「だ、大臣にも報告を!」「〇〇様には連絡したか?!」「すぐに戻りますので!」
何人かいた使用人達は全員出払ってしまい、ケーコは部屋にぽつんと残された。
ドモンもきっとこんな感じだったんだろうと、ウオンでのあの買い物量を思い出す。
そんなケーコの元へ年代物のワインらしきものを片手に、年老いた別の使用人がやってきた。